Schwaches Licht(FF1) - 5/5

                 2019.7/15
最終章 新居

 

「これは……!」
 私は驚愕に眼を見開いていた。あのときの朽ちた小屋が綺麗に建て直されている。
「……どうして」
「少しずつ修繕しておった。無論……儂だけではなく、街の者にも手伝ってもらったがな」
「……そうか、それで」
ずっとガーランドは早朝からいなかったのか。私はガーランドが騎士団の任で早朝から出ているのではと思っていた。だが、それは違っていたようだった。早朝から街の者とこの小屋を修繕してくれていたのか……。
「お前が姫にこのことを吹き込まれておるのでは……と余計な勘ぐりをしてしまった」
「どうしてそのように思う?」
「……姫のサロンで何をしておった?」
「それは……」
 私は口籠った。姫の教師に勉強を教わっていたとは言いにくい。私は下を向いた。ガーランドに隠し事をしてしまうことに心苦しさも感じていた。
「ウォーリア、儂に言えぬことか?」
 ガーランドの言葉に怒気が含まれているのが分かる。私はまた……ガーランドを怒らせてしまったのか。
 どうしていつもこうなのだろう。ガーランドは何も悪くないのに。隠そうとする私が悪いのに。私は上を向き、ガーランドを見つめた。
「……」
 私は何も言えなかった。ガーランドは怒っていなかった。声は確かに憤怒の声色だった。いつもの鋭い黄金の双眸はどこに行ったのか? とても優しい色をしている。何故なのだろう。私は首を傾げていた。
「……勉強を見てもらっておるのだろう」
「っ、どうして……それを?」
「儂が知らぬとでも?」
 ガーランドの説明ではこうだった。毎朝、私がサロンに向かうのを訝しんだ文官が騎士団に報告に来た……という。なるほど……。私は変なところで納得をしていた。姫のサロンに部外者たる私が毎日出入りしていれば、訝しむ者がいてもおかしくはない。しかも、私の顔面には痣があるのだから、不気味さも増していただろう。
 騎士団経由でガーランドに知れ渡り、ガーランドは当の姫に確認をとった……が顛末になる。はぁ、私は嘆息しか出なかった。分かってて私に聞いてきたのなら、ガーランドは相当人が悪い……いや、意地が悪いのか?
「何故知っていて私に聞いた?」
 私は声を荒らげていたかもしれない。握った拳がふるふる震える。
「……儂に黙って事を進めるからであろうが」
「……」
 私は何も言えなかった。これはガーランドが正しい。ガーランドに何も言わず、姫の薦めに従って行ったことなのだから……。
「全く、お前は儂に対して遠慮しすぎだ……。勉強なら儂が見てやるのに」
「それは……」
「どうせ、騎士団で忙しいだろうから……とかで遠慮しておったのであろう?」
「……」
 言えるわけがない。ガーランドは早朝に出ていき、日もすっかり暮れてから戻ってきていた。表情に疲弊の色を浮かべて、それでも眠ってしまう私を風呂に入れてくれる。では、ガーランドはいつ眠っているのだろうか? そう……考えだすと、とてもではないが言えなかった。
 僅かな時間でも、ガーランドには身体を休めて欲しい。私はそれだけを願っていた。私がそれを説明すると、ガーランドはぽかんとしていた。私はまた何かおかしなことを言ってしまったのだろうか?
「……お前には敵わなぬな」
「……?」
「此方のことだ」
 だから、どうしてガーランドは私から聞きだすくせに自身からは言わないのだろうか。私は嘆息した。
「それより……入らぬか? 此処にいつまでも居っては目立つからな」
「……」
 確かにそうだ。ここは小屋の前。中に入らないとガーランドを目当てにまた人だかりが出来てしまう……もう出来ているが。
「……っ」
 中に入り、私はまた驚愕していた。内装が驚くほど綺麗になっている。私は部屋を見てまわった。大きなこの部屋と小さな部屋とキッチン、風呂に手洗い……。
 これで、私はこれからガーランドに入れてもらうことなく風呂に入れる。私は嬉しかった。ガーランドがどのようにして、私を綺麗に清めてくれているのかは分からない。
 でも、毎日疲れて帰ってくるガーランドの負担になっているだろうことは分かる。例えガーランドが風呂に入るついてで、私を清めてくれているのだとしても。
「ガーランド、これからは私はひとりで風呂に」
「何を言っておる。二人で入るぞ」
「え?」
「この風呂は外の竈で火を焚き、水を温めなければ入れぬ。お前には火を焚いてもらわねばな」
「……」
 なるほど。私はガーランドの説明を黙って聞いていた。どちらかは火の番をしないといけないから、風呂は交替で入ることになる、二人が揃わないと入ることは出来ない……と。
 おかしくないか? 湯加減さえしっかり出来ていれば、別にひとりで先に入っていても構わないと思うのだが? 私は首を傾げ、ガーランドを見つめた。
「お前がひとりで入っておるときに、不届き者が覗くかもしれぬし、下手すればそこで無体を働くかもしれぬ」
「……」
 どう言い返していいのか、もはや私には分からない。この男はどこまで私を心配する? 私がそのような輩に、この身をいいようにされるとでも思っているのだろうか。
「この街は儂等騎士団が常に目を見張らせておるがな。残念ながら、治安は良いと言ってはやれぬ。掻い潜る者はおるからな」
 確かに。騎士団がいるから安心は出来る。だが、ここまで大きな街ならば、隠れたところで犯罪が発生してもおかしくはない。くすり、私は少しだけ眉を下げて苦笑した。
「ありがとう、ガーランド」
 ここまで心配してくれるなら、私はガーランドの言う通りにしておこう。これでまた悶着するのは、私としても嫌だし。それに──。
……ガーランドと、入れる……。
 これは嬉しかった。いつも入れてもらうだけで、一度たりとも私はガーランドと風呂に入っていない。どちらかが火の番だったとしても、傍にいることは出来る……。私の頬が火照っていくのが分かる。私は火照った頬を隠すために、ガーランドに背を向けた。興味を別のものに移すふりをして、私は隣の部屋に入っていった。
「ここは……」
「寝所に使おうと思っておる。手配はかけておるから、今日中に儂の部屋の寝台が届けられる」
「あんなものを……」
 私は驚愕に眼を丸くしていた。ガーランドの部屋の寝台はとても大きい。ガーランドがゆったりと寝返りを打てるくらいで、もちろん私が加わっても全く影響しない。
……というか、どうやって室内に持ち運ぶのだろうか。
 私が首を傾げてガーランドに向きなおると、ガーランドは私の言いたいことが分かったのだろう。
「あの状態で持ってくるわけがなかろう」
「……?」
 ガーランドは口許に手をあて、くくっと嗤っている。私がじっとガーランドを見つめていると、腕をとられうしろに引かれた。
「うわ……っ」
「もうじき、此処は人が来る……。今だけ、な」
「なに……んぅッ」
 ガーランドはいつ口当てを外したのだろう。私はガーランドに唇を塞がれていた。ただでさえ肩越しの辛い体勢なのに、ねっとりとした大きな舌を口内に入れてこられた。私は体勢だけでも何とかしたくて身体を捩り、ガーランドに向き合った。改めてガーランドと口付けを交わす。
「んッ、ガーラ……ァう」
 私の膝がガクガクと震えだした。激しく荒い口付けに私は付いていくのがやっとだった。もう、膝が落ちる……その瞬間に、ガーランドは私を受け留めてくれた。私はガーランドの腕の中で整わない呼吸をどうにかしようと、何度もはぁはぁと吐息をはきだしていた。
 コンコン
 ガチャ
「ガーランド様、これはどうしましょう?」
「ッ⁉」
 扉が急に開いたと思ったら、数人の騎士達が部屋に入ってきた。この者達には見覚えがあった。確かガーランドの部下の者達だと思う。どうしてこのようなところに? 私が考えていると、ガーランドは私を外套で包み、騎士達には見えないように隠してくれた。何故私は隠されなければならないのか。私はガーランドを仰ぎ見た。
 ガーランドの口許しか分からないが、あまりいい表情ではない。いったい何があったのだろうか……?
「ご苦労であった。それは向こうの小部屋で組み立ててもらえぬか?」
「分かりました!」
 代表してひとりの騎士が最敬礼して隣の部屋に入って行った。続いて数人が入って行く。私が騎士達の動向を外套からちらりと窺うと、ガーランドは私をぎゅっと隠すよう抱きしめてきた。
「……もう少しでお前のその顔を、連中に見られるところであった」
「……馬鹿」
 心配した私が愚かだった。ならばこのような場所で、このようなことをしなければいいのに。誰が来るか分からない状況で、口付けなど……。
「だけど……、ありがとう、ガーランド」
 私はガーランドに隠されていることをいいことに、ぎゅっと抱きついた。今までなかなか出来なかったのだから、これくらいは構わないだろう。騎士達は皆、向こうの部屋で作業してくれている。
 隣の部屋の作業が終わるまで、私とガーランドはずっと抱きしめ合っていた──。

 作業が終わり、騎士達は皆帰っていった。今晩からは、ずっと──。
 私の心は緊張により、張り裂けそうになっていた。ガーランドはそんな私をどう思っているのだろう。鎧を脱いで寛ぐガーランドを、私はちらりと見た。
「緊張せずとも良い。今晩は儂が作ろう」
「え?」
 私は吃驚して緊張もどこかへ吹き飛ばしていた。ガーランドが作ってくれる……。何を、が抜けていても、私には理解出来た。夕食なのだろう。私は嬉しくなり、もう一度ガーランドをぎゅっと抱きしめた。
「まだ此処の仕組みが分かっておらぬだろう? 少しずつ覚えていくがよい」
「分かった……」
「食ったら風呂だ。沸かし方を教える。あとは……寝るだけだが」
「ん、私は大丈夫……だから、お前の好きに」
 ガーランドは言葉を選ぶように続けようとしていた。だから、私が続けた。ガーランドの言いたいことは、私にも理解出来る。私はもう……大丈夫だと思うから。
「……後悔、するぞ」
「後悔などしない。……するなら、お前とすれ違い始めたときに……、私は部屋を出て行っていた」
 何度と考えた。ガーランドのいないあの部屋で過ごすことに。部屋に残る意味に。
 このような状況でも、少しずつだが私はガーランドに深く触れていくことは出来た。もう、ガーランドに怯え、震えることもない。
 私は小さく笑み、ガーランドの手を取った。とくとく躍動する私の心の臓の音を感じてもらいたくて、私はガーランドの大きな手を胸に押しつけた。
「ガーランド……、私はもう、大丈夫」
「ウォーリア、お前は……」
 はあー、大きな溜息をはきだし、ガーランドは天を仰ぎだした。私の心音なんて、感じたくもなかったのだろうか。私は不安になった。だが……。
「うわっ」
「食事は明日だ、風呂もな。先にお前から喰らう」
「なっ⁉」
 急に横抱きにされたかと思ったら、そのように言われた。私は頭の中が真っ白になっていた。何故そのようなことになる?
「好きにとどの口が言いよった? 儂は新居に移れば遠慮はせぬと伝えたはずだ」
「う……」
「は。じっくり愉しませてもらうぞ」
「〜〜〜っ⁉」
 私の顔がみるみる染まっていく。もう、逃げ場はない。私はガーランドにしがみついて、小さくこくりと頷くしか出来なかった。
 こうして、この夜。私はガーランドと永い闘争の輪廻を経て、本当の意味でようやく結ばれることが出来た──。

***

 ガーランドにたくさん愛され、私は充たされていた。それでも、辛い身体に鞭打って起き上がった。というのも、昨夜は結局夕食を食べていない。
 私は構わなかった。だけど、ガーランドはそういうわけにはいかない。夕食を食べていないなら、朝はしっかり食べてもらいたかった。
「……」
……どうしよう。
 キッチンに立ち、私は悩んでいた。材料はここにある。だけど、何を作ればいいのか皆目検討がつかない。
 ガーランドはまだ眠っている。正確にいえば早朝鍛錬を終わらせ、二度寝している。聞けばしばらくは騎士団もお休みで、ゆっくり出来るのだという。
 それなら私としても、ガーランドをもう少しゆっくり寝かせてあげたかった。起きてきたときに、空腹を抱えたままで朝食準備をさせるのも申し訳ないから、私の方で作っておこう……私は考えた。それで、冷蔵箱を開けて、食材を取り出したわけなのだが──。
「……何をしておる」
「ガーランド……」
 どうしてガーランドは起きているのだろう。もっと眠っているだろうと思っていたのに。
「隣にお前の気配がなくなればすぐに分かる」
「……」
 ふぁ……背を大きく伸ばしながら欠伸をしているガーランドに、私はどう返していいのか分からなかった。ただ、私が隣にいないから起きてきてくれたことだけは分かった……。私の頬が熱くなっていくのを感じる。
「では作るか。お前も手伝え」
「……いいのか? 邪魔にならないか?」
「邪魔になるようなら、最初から声はかけぬ。そこのじゃが芋でも洗っておれ」
「分かった」
 くすり、私は笑っていた。ガーランドは共に作ろうと暗に誘ってくれている。それなら……。

「……美味しい」
「それは良かった」
 悔しいがガーランドは何においても私より上だった。せっかく学んだ料理の知識も、ガーランドにはまるで敵うことはなかった。嬉しい反面……少し悔しい。
「お前はこれからだろう? 伸びしろがあるのだから、伸ばしたくばもっと学べ」
ただし、食うのは全て儂だが。しれっとガーランドはとても恥ずかしいことを言ってくれた。私はまた頬に熱が籠るのを感じていった。
「私が料理を振舞うのは……これからは、お前にだけだ」
「それで良い」
 もう日はとっくに昇りきり、むしろ昼に近い時間帯に差しかかっている。それでも私達はゆっくりと談笑しながら食べ進めていった。
 窓から差し込むこの陽だまりに包まれて──。

 Fin