Schwaches Licht(FF1) - 1/5

                2018.11/09
第一章 邂逅

 

──この世界は酷く眩しい……。
 生命力に充ち足りた眩く広い世界。最初に感じたこの世界の印象だった。
 気付けば私はここにいた。先ほどまで、この場ではない別の場所に、私は仲間達と確かにいたはずなのに……。
 私は周囲を見まわした。緑豊かな森林と、力強い大地が一面に広がっている。空は澄み渡り、鳥達は元気よく飛翔している。
 私は眼を細めた。細めた瞳にも光が射し込んでくる。眩いこの世界は、今まで曇天の荒野のなかで戦ってきた私には眩しすぎた。私は眼が慣れるまで、その場で少し佇んでいた。
……あれは?
 私は眼を細めたまま、前方を見据えた。私が今いる森の先には大きな湖と、湖の近くにそびえる白亜の古城が見える。あそこに行けばここがどこなのか、私はどうしてこの場にいるのか……? 私の中に込みあげてくる疑問が解ける──何故そう思えたのかは分からない──気がした。
 私はその城に向かい、歩き出した。

 城の近くに修練場があった。数多くの騎兵が修練に勤しんでいる。私は近くに寄り、ちらりと覗き見た。
……あの者……は。
 白銀の鎧に身を包んだ、ひと目で周囲にいる騎士達とは違うと解る大男がいた。鎧の色が違えども、私にはあの男が誰だか瞬時に理解出来た。先ほど、ここではない世界にて、真の決着を着けた混沌の筆頭の猛者だった。
 何故その猛者──ガーランド──がこの場で色の違う鎧に身を包み、騎兵達に稽古をつけている? 私はその疑問に問いかけるべく、近くで見物をしていた人物達の元へ近寄った。
「さすがガーランド様だ。収集のつかない荒くれ者達をこんな短期間で馴らすとは……!」
「騎士団長の名に嘘はないってね。あ、こちらを見てくださってる!」
 私が聞くまでもなく、その見物人達はガーランドについて談笑をしていた。ガーランドが騎士団長? 私の中でもうひとつ疑問が生まれた。あの者は混沌勢の筆頭ではなかったのか?
「……其処で何をしておる」
「……!」
 驚いた。ガーランドがこちらに顔を向け、話しかけてきた。私は隣にいる見物人達に対して話しかけているのだと思い、この場をもう去ろうと考えた。
 ガーランドが何故ここにいるのか分からないが、少なくともあの世界で輪廻の鎖に縛られていたころのガーランドではない。私は直感でそう感じた。
……この世界で生きる場所を無事見つけられたなら、それでいい。
 私は自然と口角が上がっていたことに気付いた。秩序の皆といたころは、散々『そんな堅い表情してないで少しは崩せば?』などと言われていたのに。
 ガーランドの白銀の鎧が日光にあたり、キラキラと光り輝いている。あの曇天の世界で、漆黒の鎧に身を包んでいた男とは到底思えなかった。
「此方に来ぬか」
「……?」
 何故だろうか? 私と眼が合う? ガーランドの厳つい兜面から覗く黄金の双眸が、私を射貫いているように見える。
「……まさか、な」
 修練場と私が今いる場所は少し離れている。加えてこの見物人の多さ。ガーランドは周囲の見物人の誰かに対して話しかけたのだろう。自意識過剰にもほどがある。
 私は首をふるふると振り、先の考えを払拭した。私はやはりここにいてはいけない。踵を返し、この場から去ろうとしたときだった。
「何処へ行く? ウォーリア」
「……」
 私は今度こそ驚愕し、眼を丸くした。驚きのあまり声が出ない。脚が震える。周囲からはざわめきの声が聞こえる。
「ウォーリアって誰だ?」
「さあ? ガーランド様の知り合いがこの近くにいるのかな?」
「でも物騒だよな。〝戦士〟って」
「戦士……?」
 そうか。私の呼ばれているこの〝ウォーリア〟という名は〝戦士〟という意味があるのか。
 名すら覚えていない私に、秩序の皆が自然とそう呼んでくれていた。いつしかこの呼ばれ方が周囲に定着していき、私も別段反対することもなかった。この名の意味を知り、私はどこか納得をしていた。混沌の軍勢の数人かは私を〝光の勇者〟と呼ぶ者もいたが……。
「ウォーリア、その場に居れ!」
「ッ?」 
 ガーランドが騎兵達に待機を命じ、こちらへ向かってきた。周囲の見物人達は突然のガーランドの行動に驚愕し、次に大喚声があがった。
「うわ、騎士団長様がこちらに来たー!」
「うっそ、間近で見れるのか?」
「白銀の鎧が輝いてとても美しい……」
 周囲の喧騒に紛れて私は身を隠そうと思った。だが無理だった。私の外見がそれをさせてくれなかった。青の重鎧に、天を突くような二本の角。大きな盾。私の周囲にそのような重装備の者はいない。
……捕まってはいけない。
 何故そう思ったのか、私にも分からなかった。とにかく鎧の擦れる音など気にせず、私は修練場から離れようと早足で歩き出した。ガーランドに捕まれば囚われる……そんな予感がした。

……ここまで離れれば大丈夫か。
 気付けば私は鬱蒼とした森のなかにいた。もう、ここがどこかも分からない。空を見上げれば日は西に傾きだしており、東の空は薄暗くなっていた。
……今宵はここで寝るか。
 本当は先の城下街で宿を取りたかったが仕方ない。私は枯れ木に火をつけた。腰を下ろし、兜を外す。兜は邪魔にならない場所に置き、盾もその場に置いた。
 パチパチと燃え上がる火を見ていくうちに、私の心は少し落ち着いてきた。
 ガサガサ……
……誰かいるのか? 
 火を眺めていると森の奥から音が聞こえてきた。道に迷った旅人なら、一緒に夜を明かすのも悪くない。私はそう思い、声をかけた。
「誰か知らないが、良ければ火にあたらないか?」
「……ではそうさせてもらおう」
「〜~ッ? ガ……ラン、ド?」
 私は吃驚し、おかしな声をあげてしまった。何故ガーランドがここにいる? 騎士団長としての責務はどうした? まさか私を探し、今までこの森を?
「何故逃げた? 儂はあの場に居れと言ったはずだが?」
 ガーランドが怒っている。声色から分かる。私は何も言えなくなり、瞼を伏せ、顔を逸らした。射貫くようなガーランドの鋭い視線に、私は堪えられなくなっていた。ガーランドの顔は見れないが、話かけることは出来る。私はポツリと口を開いた。
「ガーランド……ここはどこだ? 何故私はここにいる? ここは……お前の世界なのか?」
「ここはコーネリア。貴様が何故この場に居るかは知らぬが、儂はこのコーネリアで騎士団長を務めておる」
「……」
……なるほど。やはり、ここはガーランドの世界か。
 私はようやく納得した。しかし同時に疑問も生まれた。ガーランドの世界において異質なはずの私を、何故ガーランドは記憶に残している? 全ての決着が着き、元の世界へ戻されたなら、記憶だって消去されていてもいいはず……。
「座らせてもらうぞ」
「……構わない」
 私が考えている間に、ガーランドは火を挟んだ私の向かいに座った。ガシャン! 白銀の大きな鎧の擦れる音が聞こえる。大きく胡座をかくガーランドはひと息つくと、私の姿をじっと見てきた。上から下まで見られ、まるで値踏みされているような落ち着かない気分に私はなっていた。
「貴様はいつ此処に来た?」
「……分からない。気付けばこの地に立っていた」
 立っていた場所から城が見えたので、情報収集のために修練場に近付いた旨を簡単に説明する。不思議だ。あの世界で戦っていたころは、このように和んだ雰囲気で話し合うことなど、とても考えられなかったのに。
「……っ!」
 私は唐突にあることを思い出した。戦いに負ける度にガーランドが私にしてきたこと……。神竜の迎えが来るまでに何度と身を暴かれた。浄化され、新しい私として再びあの地に降り立ったときには、すっかり記憶をなくしていたのに……。
 その行為及び、生命の灯火の消えるその瞬間を、走馬灯のように次々と思い出していき、私はますます顔をあげることが出来なくなっていた。
 圧倒的大多数で無理に暴かれ、この身を割かれた。だが数度だけ、壊れ物を扱うかのように優しくされた。それが全て脳に入ってきた。どうしてかは分からない。
 それがこの目の前にいる、今は騎士団長とやらとの数少ない思い出だからだろうか……。

 パチパチ……
 ガーランドは枯れ枝を火に投げてくれた。私はまだ顔をあげることが出来ない。互いに無言状態の、この微妙な重苦しい空気に、私は息苦しさを感じていた。
 パチン、ガーランドは兜の留金を外し、兜を取り去った。ガーランドの素顔を見るのは初めてだった。あの世界では戦うときも、辱められたあの行為のときも、ガーランドが装備を外すことは一度たりとてなかった。
 私だけが装備を外され裸体を晒した。別に同性だから気にはしていないが、さすがに全てを見られることには少なからずの羞恥は生じていた。ガーランドはそんな私の姿を見て愉しんでいたようだが。悪趣味め。
「行く処はあるのか?」
「……ない」
 素顔のガーランドがおもむろに問いかけてきた。今の私には別に向かう先もない。とりあえず日が明ければ宿に行き、もう少し情報を得てからこの地を離れようとは考えていた。ここはガーランドの住む世界。因縁の相手である私がいても、邪魔な存在でしかない。
「ならば儂の元にいろ」
「は?」
 私は間抜けな声を出していた。今、何を言ったこの男? 私は信じられないものを見る目付きで、ガーランドを仰視した。
「儂の部屋なら、お前ひとり増えたところで何も変わらぬ」
「いや、変わるだろう。断る」
 なんだ、その言い方は。私は捨てられた犬や猫か? それは、まるでガーランドの部屋に住み込むかのような……いや、さすがにそれはない。いくらガーランドでも因縁の相手と共に過ごすなんて、考えたりするはずは……ない。
 私はきっと聞き違えたのだろう。頭をふるふると左右に振り、勘違いを起こした脳に叱咤した。
「王と姫には儂から客人だと伝えておこう。行くぞ」
「……」
 勘違いなどではなかった。そしてやけに早い行動。ガーランドは私が苦労してつけた火を、松明代わりの枝に燃え移らせた。そして完全に消火した。
 ガーランドは火事の起こることのないことを確認し、立ち上がると私の手を引いた。勢いよく引かれた私は反動で立ち上がり、その勢いでガーランドの胸の中に飛び込んでしまった。
 ガシャン!
 鎧同士のぶつかる派手な音が、日の落ちた静寂な空間に響き渡った。ガーランドの重厚な胸当てに、私は頬を強打した。痛いとか言っていられない。
「待て! 私は行くなどと……!」
「黙れ。この場にお前ひとり残せるか!」
「なっ……?」
 するり、ガーランドが私の頭を撫でてきた。私はどうしていいか分からず、ガーランドの胸の中で固まってしまっていた。この男は何故私の頭を撫でる? さらり、私の髪を撫でていたガーランドの無骨な手は、先に打ち付けた私の頬に触れた。
「何故……?」
 頬を掠める体温の高い手のひらが心地好い。不覚にも私はそう思ってしまった。ガーランドの空いた手は、いつの間にか私の腰にまわっていた。しくじった。私は思った。
「私を……離せ」
 私は身を捩り、ガーランドの腕の中から抜け出ようとした。だが、体躯、腕力共に悔しいがガーランドの方が勝る。私は逃げられなくなったこの状況を打破するべく、何度も身体の向きを変えていた。
「大人しくしろ。此処にお前が来たのなら、儂は──」
「えっ?」
……今、何を?
 ガーランドの言葉を私は完全に聞き逃した。もう一度言って欲しいと伝えても応えてくれない。それどころか──。
「なに……を?」
 何が起こった? きっと私は混乱している。ぶつけた頬に触れるガーランドの手が顎を掴んだかと思えば、私は上を向かされていた。それだけなら良かった。だが、問題はそのあと……。
「んぅ、ん……っ」
 ガーランドの顔が近付いたと思ったら、私は唇を塞がれていた。何に? 私は混乱した頭で考えた。それがガーランドの唇だと気付くのと同じくらいのタイミングで、私の唇は解放された。ガーランドが口許を緩めているのが視界に映った。
「口付けのときくらい眼を閉じろ……」
「ん……ぅっ」
 私の頭の中は真っ白だった。言われるがままに瞼を瞑ると、再び温かく少しカサついた唇が押しあてられた。顎を掴んでいた指は離され、後頭部を抑えられる。
「んん、ぅん……っ」
 ガーランドの舌が私の口内に入ってきた。ぬるりとした舌が侵入してきたことにより、私の舌は縮こまり、捕まらないように逃げの姿勢を取った。身体が少しずつ震え始める。何故震える? 私の身体はどうなってしまった?
「……止めておこう」
「ぁ……」
 突然ガーランドは私の唇から離れた。指の腹で私の口許を拭い、私から離れた。どうしたのだろう? 惚けた頭でそんなことを考えていたら、ガーランドは角兜を拾い上げ、私の頭に被せてくれた。
「行くぞ」
「……」
 自らの兜も装備したガーランドは松明代わりの枝を持つと、私に手を差し伸べてきた。私はガーランドに手を引かれ歩き出した。分からなかった。ガーランドのこの行為が。
 口付けは恋仲の者同士で行う愛情表現だと聞いていた。秩序の仲間達が、元の世界に残して来た恋人や家族の話を交わし合っていた際に、その会話は私の耳にも届いていた。
 身を暴かれたとき、一度たりともガーランドは私に口付けなどしてこなかった。だからあの行為に意味はないものと、昂った勝者が敗者に行う負の衝動行為だと……私は認識していた。
「ガーランド……今の行為は?」
「察しろ」
「……」
 言われても私には分からない。それよりも、ずんずん歩くガーランドと私では身長差がありすぎる。いつの間にかしっかり繋がれている手のせいで、私はいつの間にか小走りになっていた。
 街道ではなく、ガーランドは所謂獣道というものを進み出した。ガサガサと草木を掻き分け、前方を猛進していく。おそらく地の者しか知り得ない抜け道的なものなのだろう。私は手を繋がれたまま、大人しく付いて行った。
 岩が剥き出しのゴツゴツとした険しい山道や、急な斜面林など、このような道の険しい道中路は初めてで、私の脚取りはおぼつかない。
 私より重量級のガーランドが、何故そんなにも軽い脚取りでスタスタ歩けるのか……そうか、これが経験の差か。私はひとりで納得をした。

***

「ここが儂の部屋だ」
「……」
……どうしてこうなった?
 結局逃げることもままならなかった。城に到着した私は、騎士団寮内のガーランドの部屋とかいうこの部屋に連れて来られた。確かに部屋は広い。私がひとり増えたところで、ガーランドには何の害もないように感じられた。
 部屋は執務室のようで、大きな執務机に椅子、来客用テーブルと椅子、端にガーランドでもゆったり横になって眠れそうな、大きな長椅子が置かれていた。
 天井からは品のいい照明器具がぶら下がってる。どうやら凝った造りのランタンらしい。一目惚れしたのだとガーランドは説明を入れてくれた。
 明日にでもお暇する私には別にどうでもいいことなので、そこは簡単に流した。このまま聞いていれば、使い方の説明までされそうだった。
「ガーランド、あの扉は?」
「あれは儂の寝所だ」
そうか。では勝手に見るわけにはいかない。私はこの執務室の壁面を飾る書架をじっと見つめた。かなり難しい書物ばかり並んでいる。歴史や古文書、魔導書まで整然と並べられていた。
 ガーランドが寝所へ私を案内しようとしてくれたが、私は丁重にお断りした。個人の私的空間に勝手に入り込んでいいものではない。私は書架をじっと見ており、ガーランドは見ていなかった。

「ウォーリア、鎧を脱げ。茶を飲めば湯浴みに行くぞ」
「……分かった」
 ガーランドの淹れてくれた茶を啜りながら、私は返事をした。熱くて飲めない。鎧を装備したままなので椅子に座る。なるほど。この部屋に来客用椅子や長椅子など、椅子が多いのは客人の装備に合わせてか。私は部屋をもう一度見まわした。
 さすがにこの部屋に手洗いと風呂はない。騎士用の共同の大浴場というものがあるらしく、そこで用を足したり風呂に入るらしい。
 時間をかけて茶を飲み終えた私は、汗をかいていたこともあり、ガーランドに礼を伝え立ち上がった。鎧を全て脱ぎ、アンダー姿になる。
 隣ではガーランドが鎧を脱いでアンダー姿になるところだった。私はいつしか見惚れてしまっていた。
 アンダー越しにでも分かる、私にはない屈強な筋肉。逞しいを限界突破し、もう別次元の域に達しそうなほど鍛え上げられ、バランス良く整った筋肉美がそこにあった。
……私はあれに毎回組み敷かれていたのか。
 私はつい凝視していたことに気付き、慌てて顔を逸らした。何故か心の臓がトクトクと高鳴り始めた。
「……どうした? 顔が赤いが?」
「ッ⁉ なんでもない‼」
 ガーランドに指摘され、私は飛び上がりそうになった。別の意味で心の臓が高鳴り、私は思いきり顔を逸らした。これ以上ガーランドを見ていては、私の心の臓が持たないかもしれない。
「先に行くぞ」
「っ、すぐに行く!」
 私は湯浴みの準備を整え、先を行くガーランドの背中を追いかけた。

「これはすごいな……」
 私はまず驚嘆した。思っていた以上に大浴場は広く、快適そうな空間だった。時間帯もあるのか、たくさんの騎士達で溢れかえっていた。
 私はまず脱衣場で籠を借りた。ここに着替えを入れるのだと教えてもらう。説明をくれた騎士に礼を伝え、私はアンダーを脱ごうと裾に手をあてた。
……なんだ?
  突き刺さるような周囲の視線が、先ほどから気にはなっていた。それはきっと私が外部の人間だからか。しかし、こんなことを気にしていては、いつまで経っても風呂には入れない。
 私は胸許までアンダーを捲りあげた。何故かどよめきがあがった。私が周囲を見まわすと、騎士達が一斉に私を見ている。私はその理由が分からず、見てくる騎士達を何事かと凝視していた。
「帰るぞ、ウォーリア」
「な……ッ⁉」
 ガーランドは着ていたアンダーを脱いだかと思えば、バサッ、私の頭上に落としてきた。これにより、私は頭からすっぽり隠れ、視界も遮られた。
 全く何も見えない私の身体を、軽々とガーランドは担ぎ上げた。これに驚いたのは、周囲もだが私の方がきっと度合いが大きい。
「離せ! ガーランド! 自分で歩ける!」
「黙れ!」
「ひぃ、っ……ッ」
 バタバタと両手足を動かし暴れる私の双丘を、ガーランドはするりと撫でた。私は変な声があがるのを両手で口許を押さえ、何とか堪えた。
 ガーランドのアンダーが頭に掛かっていなければ、変な顔をしたのも周囲の騎士達に見られたかもしれない。公衆の面前でいったい何をしてくれる……。私は怒りで震えかけた。
「戻るぞ、風呂ならあとで儂が入れてやる」
「それは、どういう……うわっ」
 ガーランドが歩き出したのが振動で感じられた。誘ったのはガーランドのくせに、いったいなんだ! 私は声を大にして言ってやろうかと思った。

***

 ドサッ
「何をする!」
 頭にアンダーを掛けられた状態で連れて来られたこの場所は、私の知らない部屋だった。大きな寝台に投げ出された私は、アンダーを頭から外し、まず周囲を見まわした。寝台にサイドテーブル、小さな間接照明の薄暗い部屋。ガーランドの寝所か。私は瞬時に判断した。
……ということは……。
 私は自身の顔が蒼白していくのが分かった。このままではあのときと同じになってしまう。意味の見いだせない形だけの行為は、戦わない今となっては不要なものでしかない。やはりさっさと出て行けば良かった。私は後悔した。
 ギシ……、寝台にガーランドが上がってきた。私が置いたアンダーに袖を通している。私は少しでも逃れようと、反対側へ後ずさった。だが、この身体は震え、思うように動かなくなった。
 アンダーを着たガーランドは、寝台のヘリまで後ずさった私を見て嘆息した。私を見つめる黄金の瞳に翳りが映る。
「儂が怖いか……?」
「……」 
 私は否定も肯定も出来なかった。薄暗い部屋だが、窓から中空に輝く満月の光が差し込んでいる。月明かりのおかげで、私達は互いの顔色を見ることが出来た。
 蒼白の顔色で後ずさる私を、ガーランドはどう思ったのだろうか。翳った黄金の双眸は、私をずっと見据えている。
 寝台の中央に来たガーランドは、私に構うことなく無言で寝転がった。無防備に横たわり、両腕を後頭部で組んだガーランドに、私は少しだけ近寄った。おずおずとガーランドの様子を観察し始めた私に、ガーランドはくっと嗤い、そのままの体勢で視線だけを私に向けてくる。
「案ずるな。今のお前に手を出さぬわ」
「何故……?」
「出して欲しいのか?」
 私は首が外れる勢いで左右にぶるぶると振った。一瞬ポカンとしたガーランドが、くくっ、口許に手をあて嗤いだした。
 私は理由が分からなかった。そのためにガーランドは私をここに押し込んだのではないのか? 考えても分からない。だが迂闊にも聞けない。
「私をここから出して欲しい……」
この城から出して好きにさせて欲しい。私はガーランドに懇願した。今の状況はおそらく互いにとって、きっといい結果にはならない。
 ガーランドが私をじっと見据えてくる。視線を感じた私は、ふい、顔を逸らした。眼を合わせることすら今は出来ない。瞼を伏せ、下を向く。答えを待つこの時間が永久的なものに感じられる。
「お前は此処に居れ」
「だから、何故だ? 私がここにいても、お前の負担にしかならない。今は良くてもいつか邪魔になる。そのときに離れるくらいなら……最初から、私はお前の傍にいない方がいい」
「……誰が負担になって邪魔になると言った?」
「……」
 違うのか? 何故かガーランドの声色が下がっている。何故ガーランドは怒りだした? 私は何か間違えたことを言ったか?
 ガーランドから怒気を纏う気配をヒシヒシと感じる。怖い。あの世界で戦っていたときでも感じなかった、凄まじい怒り。私は震え、萎縮した。
 全てに於いて何事にも揺らぐことのないよう、凛とした毅然な対応と立ち振る舞いをすることに、私はこれまで努めてきた。それがどうだろうか。ガーランドの一挙一動に全て翻弄されている。私は頬に何か温かいものが流れていくのを感じた。
「……すまぬ。怖がらせるつもりも、泣かせるつもりもなかったのだが」
 ガーランドは起き上がると、寝台の隅に座る私の元に寄ってきた。何をされるのだろう、私は不安でいっぱいになった。
 ガーランドは私の両頬をそっと包み込むように、その無骨な両手で触れてきた。私はこれから何をされるのか分からず、震える身体のまま、顔を下げれないので瞼を伏せていた。やはりガーランドの顔は見れない。涙に濡れた睫毛までもが重そうに震えている。
「んッ……」
 ガーランドの顔が近付いたと思えば唇を塞がれた。触れるだけの口付けに私は驚き、きょとんとした間抜けな顔を見せてしまった。
「涙が止まったか」
 私はさらに混乱した。まわらない頭で唇を両手で押さえ、これ以上されることのないようにガードをした。何故あの世界ではしてこなかった口付けを、ここにきて何度もしてくる? いい加減止めて欲しい……馬鹿な勘違いをしてしまう。
 涙に濡れた私の両頬を、ガーランドは添えた両手の親指の腹で拭ってくれた。優しい手付き。このように優しくなどしてくれなくていいのに。あの世界で蹂躙してきたあのときのように、乱暴に捨て置いてくれたらいいのに。
「どうして……私にこのようなことをする?」
「察しろと言ったはずだが?」
 ガーランドに両頬を押さえられているので、私はいつまでも下を向くことが出来ない。瞼を伏せることしか出来なかったが、それでも射貫いてくるようなガーランドの金の双眸を直視しなくて済んだ。
 クラウド以上に言葉足らずで、肝心なことは何ひとつ言わないガーランドに『察しろ』と言われて、私に解るはずがない。とりあえず、ガーランドの憤怒が落ち着いていることだけは察した。こういうことなのだろうか。
「お前は此処でこれから儂と過ごす。儂が不在中、部屋を訪れる者がいても決して開けるな。誰かと二人きりになるなんて、以ての外だからな。風呂は儂が深夜に入れてやる。お前は大浴場を絶対に使うな」
「なっ……?」
 私は唖然とした。絶句して言葉も出ない。伏せていたはずの瞳は、いつの間にかガーランドを見つめていた。何をのたまった、この男? 何故そんな窮屈な監禁に近いことを平気で言ってくる? 私は声が出ない代わりに、脳内で騒がしく叫んだ。
「新居が見つかるまでの辛抱だな。見付かり次第、此処を出る。お前が城を出て何処かに行くと言うのなら、儂は騎士団長の任を解き、お前に付いて行く」
お前をこの世界でひとりには出来ぬ。さらっと大変なことをガーランドは言い放った。私は依然絶句したまま、眼を丸くしてガーランドを仰視した。
「新……居?」
 私はまた聞き違えたのかと思った。〝新居〟なんて単語は滅多に使うものではない。それにガーランドはなんと言った? 私が出て行けば騎士団長を、辞め……る? 私をひとりに出来ないから、付いて……?
「え……っ?」
「やっと理解したか」
 私のガードしていた手は、いつの間にか下に下りていた。私は声を出そうと口を開くが、思うように発せられない。身体が震える。もしかしたらガーランドは……?
「儂を縛る鎖はお前が断ち切った。因縁と言えば因縁かもしれぬな。儂はもうお前に対し、一切の遠慮はせぬ」
「……」
……もしかして、あの世界で行ってきた蹂躙は……?
 一切の感情も伴わない、一方的に嬲る行為だと思っていた。だが、幾度にも及ぶ乱暴な行為のなかで、数少ない優しかった行為も含まれていた。
 あれが、ガーランドの本当の気持ちなのだとしたら……? 私の視界が急速に霞んでいった。頬に伝わる涙が止めどもなく流れていく。
 私の両頬から手が離れたと思ったら、ガーランドはぎゅっと私を抱きしめてきた。先ほど鎧を装備していたときとは全く違う。ガーランドの心地好い体温と心音を感じる。
「もう泣くな」
 私はしばらくこの胸の中で涙を流した。ガーランドの逞しい背中をドンドンと叩き、分かりにくい言い方と行動しかしてこない、この堅物を無言で責めた。

「それで返事は?」
 ようやく涙が収まり、落ち着いた私をあやすようにガーランドは頭と背中を撫でてくれた。身体を離し、私の頬に付いた涙をアンダーの裾で拭ってくれた。
「布が手元になくてすまない」
 小さく呟くガーランドの声が、私の耳に入ってきた。私はふるふると首を左右に振った。別に布でなくても構わなかったし、最悪そのままでも良かった。
 だが、私が首を振ったことにより、ガーランドの顔は強張った。ガーランドを誤解させたかもしれない。私は震える身体をガーランドに密着させた。今度は私からガーランドの胸に飛び込んだ。
「……ここにいる」
私のために、騎士団長を辞めさせるわけにはいかない。それなら私がここに留まる。私の発した声は、涙と震えにより滑舌が悪くなっていた。それでも聞き取ってくれたのだろう。ガーランドは抱きつく私の上から、さらに腕を伸ばしてきた。私はこの腕の中にすっぽりと収まった。
……囚われると感じたのはこれか……。
 捕まれば囚われる。修練場で感じたあの予感。あのときにどうしてそう感じたのかは分からないが、嫌な囚われ方ではない。むしろ──。
「私がここにいて、お前は騎士団長として大丈夫なのか? こういった前例はあるのか? もし私が邪魔になるようなら、すぐに言って欲しい。私はすぐにでもここから出て行く……」
 私の存在がガーランドの地位を危ぶむものであるのなら、私はここを出る。宿だってあるし、別に森のなかでも構わない。
 あの世界ではテントを張り、仲間達とすごしてきた。この世界でもテントは購入出来るだろう。
 なんとなくだが、私はここにいてはいけない気がした。私の存在が、ガーランドにとってあまりいいように作用しないのではないか。そんな不安が急速に襲ってきた。
「お前は儂の言ったこと、お前自身が言ったことを忘れたのか?」
「違う、そうではない。私のせいで、お前に余計な負担はかけたくない」
「なら儂の傍に居れ。お前が居なくなる度に儂は隊を抜け、お前を探さなければならなくなる。目に入る範囲内に居るのが、儂にとって一番負担になどならぬ」
「……」
 分かりにくい言い方しかしない男だと思っていた。だけど、ひとたび理解すれば、これ以上なく理解出来るのか。私は頬に熱を感じた。密着しているので、どうやら朱い顔は見られずに済んだようだ。
 こくん、私が頷いたのが振動で通じたのだろうか。ガーランドが腕を緩めたので、私も同じように緩めた。
「……」
 ガーランドの双眸に私の姿が映る。きっと私の眼にもガーランドの姿が映っている。私達は暫し無言で見つめ合った。
「ん……ぅ」
 じっと見つめ合っていた私達の顔が自然と近付き、唇が重なり合う。ガーランドの瞳に映る私の姿が、とても恥ずかしくて見ることが出来なかった。
 私はまた頬に熱を感じた。頬だけではない。耳や首許まで熱い。私は眼を閉じ、優しく重ねてくるガーランドの温かい唇に酔いしれた。
「えっ……」
 唇が少し離されたと思ったら、私の身体は反転していた。ガーランドの優しい力でもって、私は横たえされられたのだと理解した。私は眉を寄せ、力なくガーランドを見つめた。身体がガタガタと震える。
 ガーランドは私の様子に気付いたのだろう。両頬を包むように、両の手の平で添えてくれた。互いに何も言わず、軽く唇を重ねる。
 どうやらガーランドにはお見通しらしい。唇が離されたと思ったら、震える私を心配そうに見てくる。当然か。先まで朱く火照っていた私の顔が、横たわったと同時に一瞬で青褪めたのだから。
 月明かりの薄暗い部屋でも分かるくらい、如実に顕れていたのか。私は申し訳なさから、両頬に添えたガーランドの両手に触れた。
「大丈夫だから。続きを……」
 今さら優しくして欲しいとも思わない。だが、散々暴かれたこの身はガーランドを恐れ、いつまでも止まらない震えを生じさせている。
 すり……私は頬を包んでくれる無骨な手のひらに頬を擦り寄せた。私なりの精一杯のお誘い。ガーランドはそんな私を見て、ひたいにちゅ、唇を落としてくれた。
「怖がらなくてよい。これ以上はせぬ」
お前が儂を赦し欲しがるようになるまで、一切の手出しはせぬ。ガーランドの言葉に、私はまた視界が潤んでいくのを感じた。この男は何度私に涙させれば気が済む?
「あまり泣きすぎると腫れてくる。いい加減泣き止め」
「っ、誰の……せいだと!」
「儂だな。約束は違えぬ。一緒に寝るのも怖いのなら、儂は向こうの長椅子で眠る。この寝台はお前が使え」
儂はお前がこの部屋に居てくれてさえおれば、それでよい。ガーランドは身をずらし、寝台から下りようとした。
「嫌だ……行くな」
 私は咄嗟にガーランドのアンダーを掴み、静止させた。ガーランドが肩越しに訝しげな表情で私を見てくる。まだ私の身体と唇は震えている。あのときの負の衝動に駆られ私を暴いていたころとは違う、今のガーランドを私は信じたい。上手く伝えられないのがもどかしい。
「ならば眠るときはこうするか」
「な……っ」
 腕を引き、横たわったままだった私の身体を急に起こすから、思ってもいない変な声が出た。羞恥から私はガーランドをぎっと睨んだ。
 ガーランドは私を包み込むように抱きしめ、掛布をばさりと被った。私はガーランドと掛布の温かさに包まれ、ポカポカと身が温もっていくのを感じた。そういえば、風呂には結局入れず終いになっている。汗もかいているし、このまま寝台で眠るのは気が引ける。
「ガーランド、風呂は……?」
「お前が起きている間にはおそらく入れまい。お前が寝てから儂が入れてやろう」
先も言ったはずだが? ガーランドの説明は肝心な部分が抜けている。何故私は起きている間に入れない? その説明が欲しくて、私は先も今も聞いているのに。私は根気よくガーランドから聞き出した。
 かくかくしかじか…
「……」
 要するに、深夜遅くにガーランド専用の入浴出来る時間帯があり、私はそんなに遅くまで起きていないだろう。ガーランドの説明はこうだった。
……私はそんなにすぐ眠る印象なのだろうか?
 あの世界で戦っていたころは、私はほとんど眠らず起きていた。私は秩序の皆を守る盾として常に眼を見張り、耳を澄ましてきた。外敵が現れれば皆の前に立ち、光の盾を張る。
 そうそう破られることのないそれを過信することはなかったが、それでも仲間達の怪我が多少なりとも防げたとは考えている。誰からも褒められたこともなければ、自画自賛することもないが。
「儂が組み敷けば、お前はすぐに意識をなくしていたからな」
「……」
……神竜が迎えにくるまでの、生命が失われる直前ではないのか?
意識をなくしたのではなく、息を引き取ったのではないのか? 私は喉許まで出かけた言葉を寸前で飲み込んだ。ここでこんなことを言い、つまらない論争に発展してはそれこそ目も当てられない。
 ガーランドが私にすぐ眠る印象を持っているなら、別にそれでも構わない。眠らずに起きていて、自分の脚でその時間帯の風呂を借りればいい。ガーランドに面倒はかけさせられない。
 ふぁ…。ガーランドの体温と掛布に包まれた私は、ガーランドの話を聞きながら小さく欠伸をした。どうやら私は相当緊張していたようだ。張り詰めた糸が切れたかの如く、突然私に抗えない眠気が襲来してきた。
 気付いたガーランドはトントンと優しく叩いてきた。鼓動に合わせたトントンは、私の眠気を加速させるには十分すぎるものだった。
「お前は一切気にするな。大浴場でお前の裸体を部下達に晒すことを考えれば──」
 ガーランドの説明の最後は、私の耳に残ることはなかった。眠気に負けた私は、いつしかガーランドの腕の中で眠りに就いていた。

***

「……」
……よかった。ここにいてくれている。
 私はこの大きな寝台に寝かされていた。それどころか、ガーランドは約束通り、私を風呂にも入れてくれたようだ。汗でベタベタだった身体も、纒わりつく髪も綺麗にされていた。
 私は秩序勢の中では一番体躯がしっかりしていた。そんな私を担ぎ、風呂に入れて身を清めるともなれば、今は良くても毎日となるとやはり負担になるだろう。その遅い深夜帯まで起きて、自分で風呂に入らねば。私は起き上がり、着替えさせられていた見覚えのないアンダーを見ながら考えた。
「……」
……ここまで体格に差があるのか。
 サイズの合わないアンダーだった。誰のものか聞かずとも解る。しつこいが、私は秩序勢の中で一番体躯がしっかりしていた。
 その私でも、このアンダーは肩の位置が大きくズレている。腰周りのサイズが圧倒的に違うためか、下は穿かされていない。ガーランドからすれば、私は小柄な部類に入るのかもしれない。私は横で眠る男を注視した。
 私の視線を感じたのか、ガーランドがもそり、動き出した。ゆっくり開かれていく黄金の双眸に、昨夜のような翳りは感じられなかった。
 ガーランドの射貫くような双眸が私を捉える。じっと仰視してきたかと思えば、ふっと口許を緩めてきた。
「……もう起きていたのか?」
「お前はあまり寝ていないのでは?」
「いつものことだ。お前は気にするな」
 する……。寝転がったままのガーランドは腕を伸ばし、私の乱れた頭に手をおいて軽く撫でてくれた。傷んでバサバサだった私の髪が潤っている。ガーランドが綺麗に手入れしてくれたのか……。それでガーランドは寝不足になっているのか?
「そうではない。ついでだから、早朝行う鍛錬も深夜に行ってきただけだ……」
儂が不在の間に、勝手にお前が居なくなると困るからな。どこまでも疑い深い。私はここにいると決めたのに。ガーランドの負担にならないように、自分のことは自分でしようと思っているだけなのだが。そこまで考え、私はハッと気付いた。
「ガーランド。風呂をありがとう。それで、このアンダーは……?」
 そうだった。風呂に入れてもらったことも、アンダーを借りてしまったことも、頭から抜けていた。先にこちらの礼を言わねばならないのに。
「お前の荷物に替えのアンダーが見つからなかったので、とりあえず儂のを着せてやった。持っておらぬのならば私服を含め、あとで買いに行くか」
「……は?」
 買いに行く? 私服? なんだそれは? どういうことだ? 私は眉を顰め、寝転がったままのガーランドをじっと見下ろした。
「言葉通りの意味だ。お前がこのコーネリアで重装備をする必要性はほとんどないと思うが?」
「確かに……この地は平和な国と見受けたが」
 それでもこの国を出れば外敵もいるだろうに。何故ガーランドはそのように言うのか、私には分からなかった。
「謁見にしろ、城内ではその鎧姿で構わぬ。だが、アンダー以外でも何点か所有しておけば、いずれ役には立つ」
 ふむ…。私は顎に手をおき考えた。ガーランドの言うことも一理ある。確かにアンダーに腰布姿でも構わないとは思う。だが、この世界ですごすなら、この世界の衣服を持っていた方が、確かにいいのかもしれない。

「ああ、それとひとつ伝えておく」
「……なんだ?」
 急に話が逸れたから、私は顎においていた手を外し、ガーランドに向きなおった。ガーランドは依然寝転がったままだが、別に行儀が悪いとも感じない。この男の素の姿が見れて、私はほんの少しだけ嬉しかった。
「この部屋……壁は厚いが、あまり大声を出すと周囲に筒抜けだからな。それは気を付けろ」
お前に手を出さない本当の理由がそれだ。ガーランドの言葉の真の意味を知り、私はみるみる頬が熱くなっていくのが分かった。では昨夜、私のお誘いにもしガーランドが乗っていたら……。
「お前のあの声を、周囲に聞かせてやる必要はないからな」
儂だけが知っておればよい。私の熱くなった頬の色を見てガーランドは嗤いだした。ガーランドは解っててやっていたのか。私はまたしても絶句した。唇が震え、上手く発声出来ない。
「新居に移れば儂は遠慮せぬからな。お前が怖がろうが泣いて嫌がろうと、それは儂には関係ない。加減も当然せぬ」
「お前ッ、昨夜は……」
私が赦すまで手を出さないと……! 怯え、震える私を優しく包み込んでくれた、あの優しい男はどこへ行った? 私はガーランドをぎりぎりと睨みつけた。
 私の身体がまた震えだした。だが昨夜ほど酷く震えてはいない。それはおそらく、この男の本質に少なからず触れたからだろうと私は思っていた。
「それはこの部屋での話だ。新居ではまた別だ」
だから新居に移れば、と儂は言ったが? ガーランドは私を揶揄うかのようにわざと言っている。
 する……。また頭を撫でられた。ガーランドの長く逞しい腕は私のそれとはまるで違う。鍛え方が異なるのだろう。伸ばされた腕に、私はそっと触れた。ガーランドはそれを見て、むくりと身を起こしてきた。
 起き上がったガーランドを私は仰視した。無言でぎりっと睨む私に何を思ったのだろう。ちゅ、触れるだけの優しい口付けをしてくれた。
「此処ではこれだけで我慢しておいてやろう」
「……」
 にやり、何かを企むかのような黒い笑みを見せるガーランドに、少しでもこの男が優しいと感じた私は、愚か者だったか……と、そう考えざるを得なかった。