2019.5/19
第四章 疑念
「……どうだろうか?」
「……何だ、これは?」
「……」
言われるだろうと思っていた。私は少なからずショックを受けていた。料理長に教わった通りに作ったつもりだった。それが……出来上がったものは、〝料理〟と言うには到底おこがましいもの……。かろうじて食材の形状を一部なし得ている部分も見受けられるが。
しかし、これはお世辞にも美味しそうには見えなかった。このようなものをこの部屋に持ち込むべきではなかった……私は後悔した。
「そうか、お前が作ってくれたのか」
「……姫が料理長を推薦してくれた」
料理を学ぶように、と。私は説明していった。ガーランドは無言で耳を傾けてくれている。
「秩序の勢はお前に何をさせておった?」
「それは……」
私は言えなかった。正直に伝えても良かった。だが、これだけは……このことだけは、何故かガーランドに知られたくなかった。黙る私をどう思ったのだろう。ガーランドは席に座り、私の作った料理以前の物体をひと口口内に放り込んだ。
「……美味くも不味くもない。最初はこんなものだろう」
「無理して食べなくていい」
無表情で食べ進めるガーランドを、私は見ることが出来なかった。私は料理の皿を下げようとした。だけど叶わなかった。ガーランドは私の腕を掴み、ぐっと引き寄せてきた。
「まだ最中だが?」
「別のものを用意してもらえ。これは私が」
「……姫に何を吹き込まれた?」
「ッ⁉」
私の身体は硬直した。ガーランドは何故これだけで分かるのだろう? 私のそんな様子を見て、ガーランドはくっと嗤っている。わたしの頭をするりと撫で、まるで種明かしをするかのように教えてくれた。
「見て分かる。これは……全て儂の好物ばかりだ」
「……そうなのか?」
私は眼を丸くしていた。きっと間抜けな顔をガーランドに向けてしまっている。ガーランドは私を覗き込むように見つめてくるから、私は咄嗟に顔を逸らしてしまった。
「姫がこれだけは覚えておけ……と」
「そうか」
私が伝えると、ガーランドはあからさまにホッとした表情を浮かべている。何か私に隠しているのだろうか? 今度は私がガーランドを見つめる番になってしまった。
ガーランドは私の両頬に大きな両手を包むように添えてきた。何をするのだろう? 私が思っていると、両の親指の腹で両頬をそっと撫でてくれた。私の頬に熱が籠る。
たったこれだけで頬を染める私を、ガーランドはどう思ったのかは分からない。ガーランドは両手を離し、今度は頭を撫で始めた。髪をずっと弄るだけで、何も教えてくれない。
いつも思うのだが、ガーランドは私のこの髪が好んでくれているのだろうか。事ある毎に触れてくるし、どうも毎晩時間をかけて、髪を手入れしてくれているようだから……。
「明日も早い。早く食って寝るぞ」
「……また早いのか」
「もうしばらくは続くであろうな。寂しいか?」
「違っ、そうではなく……」
言えない。言えるわけがない。私はここに居させてもらう身なのだから、あまり不容易なことを伝えるわけにはいかない。でも、これだけは伝えておきたかった。私は着席し、テーブルを挟んだ向こう側のガーランドに、小声になってしまったが告げていった。
「身体だけは気を付けて欲しい……」
ただでさえ、深夜に私を風呂に入れてくれるのだから、それに加えて早朝鍛錬まで行ってのことなのだから……。ガーランドの身体にかかる負担がどれほどのものなのか、私だって少しは理解出来ている。
「そうだな、お前がこうして食事を作って待っておるなら……、儂は頑張れるな」
「ガーランド……」
「上手い下手など瑣末事にすぎぬわ。何事も繰り返さなくば上達などせぬ……。これから儂に作ってくれぬか?」
「……」
こくり、私は無言で頷いていた。このようなものでも望んでくれるなら、これから先も……と望んでくれるなら、私は作ってあげたかった。
「ありがとう、ガーランド」
私はこれだけを伝えるのが精一杯だった。
***
食堂に着いた私に、料理長ではなく、姫が出迎えてくれた。このような場所に頻繁に現れて、公務は大丈夫なのだろうか? 私は変に心配してしまう。
厨房へ入った私の眼に飛び込んで来たのは、大量の玉葱だった。先日のじゃが芋よりはるかに量が多い。私は玉葱を指さし、呆然と姫を見つめた。
「えっ……と、これは……?」
「たくさん取れたそうです」
今時分は収穫期なのですよ。説明してくれる姫に、私は及び腰になっていた。
「……でも、私は」
「大丈夫です。わたくしに任せてください」
何が大丈夫なのか、私にはさっぱり分からない。優美な笑みを浮かべる姫はくるりと身を翻し、そのまま料理長の元へ行ってしまった。
私は大量の玉葱を押しつけられ、どうすればいいのか悩んだ。
……なんらかに調理するならば……。
まず、皮を剥いて根は外すべきだろう。じゃが芋の下処理ときっと同じだろうと私は考え、ひとつの玉葱を手に取った。
ずっしりと重い、いい玉葱だと思う。……これが玉葱でなければどれほど良いだろうか。嫌いではないが、決して好きでもない。加熱さえされていれば……。私は玉葱の皮を剥き剥きしていった。
根は外していいものか判断がつきにくいために、一応残してある。不要なら外せばいいだけのこと……私は籠にどっさり積まれた大量の玉葱と格闘していた。
「ウォーリア、この玉葱の皮を剥いて……って、もう剥いてくれてるのか」
助かるぜ! 大きな声でこちらに向かってきた料理長に、私はこの玉葱の調理法について問いておきたかった。
「ああ、今晩はそれをオニオンスープにしようと思ってな」
「オニオンスープ?」
聞いたことはある。異界の地でよくフリオニールが作ってくれていた。
『これは簡単だからな。切って炒めて煮込んで、最後に味付けて終わりなんだ』
フリオニールに言われたことを思い出し、私はくすりと小さく笑んだ。これならば玉葱をしっかり過熱する。まず生食になることもない。
料理長は私の剥いた玉葱をひとつ手掴みし、じっと吟味している。
「根は取ってくれていいぜ。それからみじん切りにしておいてくれ。全て終わったら教えてくれるか」
「……分かった」
やはり私が作ることになるのか。私は嘆息した。しかし、私はここでひとつの疑問を持った。
……私が……作る?
私は先日料理を始めたばかりの素人だが……構わないのか? 私は料理長の動きを目で追いかけた。
「大丈夫だぜ。オニオンスープってのは、切って炒めて煮込んで、最後に味付けて終わりなんだぜ」
「……」
料理長はフリオニールと同じことを告げてきた。私は料理長を刮目していた。
「材料は玉葱、水、調味料のみだ。まず、玉葱をみじん切りにする。それから、油をひいた鍋できつね色になるまで炒める。そのまま鍋に湯を流し入れ、煮詰めて、塩と胡椒で味付けをする。場合によっちゃ、固形コンソメで味付けに使うこともあるかな。チーズやクルトンを上に載せることもある」
様々な料理と相性がいいんだ、簡単に出来るしな。料理長の話を聞いていて、私は胸を撫で下ろしていた。これなら私でも作れそうだと思い、包丁片手に玉葱と向き合った。
キィン
「……相変わらずスゲーな。その調子で頼むぜ」
「分かった」
料理長は私の肩をぽんと叩くと場を離れてしまった。どうやら、もう夕食の仕込みに入るらしい。急がないと、大食堂はたくさんの人で溢れかえってしまう。私は大急ぎで玉葱を刻んでいった。
「お、出来たな。そこに油あるから炒めていってくれ」
「……この量をか?」
随分量が多くないか? 私は言いかけた。だが、料理長もやることがあるのだろう。さっと場を離れ、他の調理人に指示を出している。はぁ、私は嘆息した。
大きな深鍋に油を入れ、刻んだ玉葱を流し込む。弱火に変え、ゆっくり炒めていった。
「……くっ」
何分量が多すぎる。私の腕がだんだん重く感じるようになってきた。それでも、きつね色になるまで手を止めることなく、私はひたすら炒め続けた。
「いいねぇ。じゃあ湯を入れて煮詰めてもらおうか」
「分かった」
私の腕はパンパンになっていた。調理人は毎日このようなことを行っているのか……。ただ出されたものを食べていた私は、反省するしかなかった。
「ウォーリア、どうですか?」
「姫……」
「様子を見にきたのです。……あら、オニオンスープになったのですね」
だから、公務は大丈夫なのだろうか? おそらくちょっとした休憩の合間を縫って来てくれているのだろうが……。私に気にする様子もなく、姫は私の作ったスープを覗き込み、優雅な笑みを向けてくれた。
「へ、明日は別のものになりますぜ」
「楽しみですこと……。ウォーリア、そろそろ夕食の時刻になります。せっかくですから手伝ってお行きなさい」
「そりゃあいい、今日は手が足りなくて、ギリギリの人数でまわしてたんですよ!」
姫が厨房に現れたのだから、料理長は飛んでくる勢いで私達の元に来てくれた。姫は料理長と勝手に話を進めている。
「……私が?」
「あなたでしたら大丈夫です」
「ウォーリア。厨房からも頼むぜ」
私が怪訝な表情を向けても、姫も料理長も完全に丸無視している。まるで決定事項のような進み方に、私は多大の不安を感じていた。
……怖がられるのではないのか?
私の顔面の痣を、この王城内の全ての者は良く思っていない。わたしが通行するだけで、二度見三度見されている。
それなのに、痣を言及してくる者はいない。きっと、話しかけるのも憚られるほど、相当不気味な印象を私が出しているのだろうと……。
そのような私が給仕などしてしまえば、この大食堂は混乱しないだろうか。
「大丈夫だぜ、ウォーリア。腹減り連中が来るんだぜ。ここで連中が見るのは鍋の中の料理であって、あんたじゃねぇ。気にすんな!」
「そういう、もの……なのだろうか」
不安ではあったが、確かに料理長の言うことも一理ある……私は考えていた。私がガーランドと共にここで食事をしていたころは、確かに鍋を見ていた。失礼ながら給仕してくれた調理人までは見ていない。
「分かった、料理長。必要な者に、器に注いで渡せばいいのだな?」
「そういうことだ。分からなければオードブルを配る奴に聞いてくれ」
俺は向こうに行ってるから。料理長はこの場から離れ、黙って話を聞いていた姫と二人っきりになってしまった。
「……あなたはどうも、相当の無自覚のようですわね」
「……? どういうことだろうか?」
「いずれ分かる日がきます」
そのときの保証は出来かねますが。くすりと姫に微笑まれ、私は返答に困っていた。私が無言でいると、姫はちらりと時間を確認し、私にひと言爆弾を点火していった。
「ガーランドは料理上手ですことよ?」
あなたも頑張りなさい。私は目の前が真っ暗になっていった。そして姫の言葉は私の胸に深く刺さっていた。
……姫はガーランドの手料理を?
私だって……? いや、私はまだ……。何故だ? 目の前が……チカチカする。どうしたのだろう? 私の目の前がまわって……。
「ウォーリアさん、どうしました?」
「君は……?」
先ほど料理長が言っていたオードブル担当の調理人に、私はしっかりと抱き留められていた。どうやら私は目眩を起こしていたようだった。
さほど時間は経過していないようだが、姫はいなくなっていた。言いたいことを伝え、戻っていったのだろう。
私は調理人に礼を言い、身を起こした。何故だろうか、周りからはどよめきと批難の声があがっている。この調理人は周囲から人気があるのだろうか。
それなのに、私を助ける行為を行ったから、批難を浴びているのだろうか? それなら申し訳ないことをしてしまった。私は調理人に謝罪した。
「気になさらず、ウォーリアさん。それより列が出来てますよ」
「ああ、すまない……」
調理人の言う通り、スープを求めて列が出来ていた。私は重い腕を振り絞り、頑張って給仕に務めた。
***
日は少し経過した。
わたしとガーランドはすれ違うことが少しずつ増えてきた。ガーランドは私が目覚めるとすでにいなく、昼も戻れることが減った。夜だって、かなり遅く帰るようになり、私が就寝してしまってから戻ってきているようだった。
何故私がそのように推測するのか? ガーランドは先の約束通り、私を風呂へ入れてくれている。料理指南を受けると、どうあっても髪や身体は汗や料理油などが付着し、少しベタベタしていた。
さすがにそのような状態で寝台に上がるわけにはいかず、私は椅子に腰かけて眠る毎日を送っていた。そうすれば、翌朝は寝台で寝かされ、アンダーも相変わらずガーランドの大きなものに替えられている。ベタベタしていた髪や身体は綺麗に清められ、髪は手入れもしてくれているのだろう。
私が起床するのは、決して遅い時間ではない。ガーランドはかなり遅く戻ってきても、日が昇る前には出ていくようだった。騎士団はそんなに忙しいのだろうか? 直接騎士団に赴いて詮索するわけにもいかない。私は空いた時間を勉強に使うか、窓から映る目の前に広がる大きな湖面を眺めては、嘆息する日々を送っていた。
ある日のことだった。
「戻ったぞ。ウォーリア、居るか?」
珍しくガーランドは早く部屋に戻ってきた。私は勉強をする手を止め、驚愕により筆を落としてしまっていた。何事かあったのだろうか? 私が頭に疑問符を飛ばしていると、鎧を外すガーランドに声をかけられた。
「まだ食っておらぬなら、一緒に食おうぞ」
相変わらず主語が抜けているが、私は大きく頷いていた。夕食を共に食べることなど、ガーランドが深夜に戻ってくる現状では、ほぼ行わなくなっていた。
「すぐ用意をする。鎧を脱いで待っていてくれ」
私は急いで準備を始めた。といっても、もうすでに出来上がっている。皿に盛りつけ、テーブルに置いていくだけだった。
今日ばかりは先に食べてしまわないで良かったと、私は自身を褒めていた。勉強が一段落してから食事を摂るつもりで、私は黙々と帳面に筆を走らせていた。
そのせいで私の夕食が遅れてしまったのだが、結果としては良い方向へ向かってくれた。私は自然と笑んでいた。嬉しさのあまり、メインを温めなおす腕にも力が入ってしまう。
「いい匂いだな……」
「今日は頑張った」
鎧を脱ぎ終えたガーランドは席に座ると、ふんふんと部屋に充満した料理の匂いを嗅いでいた。温めなおす間に、私はここ最近で起こった出来事を、全てガーランドに話していった。
厨房で人手が足りないときは、私が作ったものを大食堂で出すようになったこと。私を怖がる者が多くいるのに、そのような許可を姫が出したこと。料理長からも請われたこと……。全て話した。
「……」
ガーランドは黙って聞いてくれていた。ガーランドの許可もなく、勝手にこのようなことを決めてしまった私に怒っているのだろうか……私は少し不安を感じた。
ガーランドの沈黙が少し息苦しく感じだしたころに、鍋はふつふつと温まりだした。今晩は角切り肉を炒めて焼き色を付けたところに、じゃが芋と玉ねぎを入れて煮込んだものだった。
大食堂に来てくれた者にも評判良く、おかわりまでしてくれる者もいた。なかなか上手く作れたと私も思っている。これは、私とガーランドの分をもらったもので、作った私は当然味見もしている。だが、ガーランドの口に合うかは私にも分からない。
私は少し緊張していたのだろう。皿を持つ手が震えていた。それでも、私がテーブルに並べた料理を見て、ガーランドはまず驚いてくれた。
「見た目が良くなったな……」
「……うるさい」
ガーランドとこうして食事をするのは、初めて私が料理を振舞って以来だった。それからはすれ違うようになった。ガーランドは私が眠っている最中に、鍋の料理を食べてくれていたようだが……。
こうして温めて皿に盛りつけたものを出すのは、本当に久しぶりに感じられた。私は褒められたことに照れてしまい、ふい、顔を背け、つい素っ気ない態度をとってしまった。
「美味い。ますます上達したな」
「本当か⁉」
ぱくりと豪快に食べてくれるガーランドに、私は眼を丸くした。社交辞令ではなく本心で言ってくれている……。それが、私にも理解出来た。
ガーランドに褒められただけで、私の心は大きく弾んだ。私は火照った頬を見られないように、髪で隠そうとした。
「……っ!」
食べていたはずのガーランドはいつの間にか手を止め、その大きな手を伸ばして私の頬に添えてきた。武人の無骨なゴツゴツした大きな手……私はこの手が好きなのだと思う。私自ら手を重ね、すり……何度も頬を寄せていた。
季節がひとつ経過した。
私の料理の腕前は初めのころに比べ、幾分か上達したと思う。というのも、ガーランドの貶す回数より褒める回数が増えたこと。それに、料理を教わっていくうちに、少しずつだが私が担当した料理には行列が出来るようになっていた。
料理を教わるついでで、その作ったものを大食堂に来た騎士や王城に務める臣下の者に振舞う。いつの間にか、そういう決まりが出来てしまっていた。
別に私はそれでも構わなかった。料理の腕も上達するし、ガーランド以外の者にも味をみてもらえる。美味しく出来ていれば行列ができ、そうでなければ列にならない。この大食堂で食事を摂る者は、舌の肥えている者が多い。そのために私でもよく分かる。
「ウォーリア、今日も全部なくなったな」
夕食の忙しい時間を乗り越え、少し落ち着いたころだった。料理長は私の背中をバァン! と叩き、労ってくれた。地味に痛い。
「料理長の教えがいいからだろう」
私は料理長に感謝するしかなかった。ガーランドと完全にすれ違う生活を送るようになり、私は何か没頭出来るものが欲しかった。
勉強もそうだった。ガーランドのいない午前中を、姫と過ごすことによって、私はどうにか寂しさを紛らわしていた。
昼から夜にかけては、こうして大食堂の厨房に籠る。私がここで過ごすことを、料理長も快諾してくれた。その代わり提示されたのが、先の内容……。
「ウォーリアがメシ作るようになってから、大盛況になってんだぜ」
知らなかったか? 料理長に言われても、私には分からなかった。私はこれまで、ずっとガーランドの部屋で食べていたのだから──。
「アンタのメシ目当てに来てる者も多いんだぜ。人気者は辛いよな」
「……?」
私は怪訝な顔を料理長に向けてしまった。皆の視線の意味くらい、私だって分かっている。不気味なものを見る目付きで私を見てくる。それは、もう治ることのないこの痣のせいだろう。
私はこの痣を治すつもりはなかった。ガーランドはどう思うのか分からない。罪の意識に囚われなれけばいいが……。それだけだった。
あれから、また少し日が経過した。
「ほら。ウォーリア、時間だ。準備しな」
「ああ……」
今日は少し難しい料理を教えてもらった。上手く出来たかは分からない。出来不出来を決めてくれるのは私ではなく、大食堂に来てくれる者達なのだから。
「ウォーリアさん、こちらです」
「ありがとう」
料理人のひとりに場所を教えてもらい、私は鍋を持って給仕場所へと移動した。今日は焼いた肉を並ぶ者達の前で切り分け、皿へと盛る。そのため、厨房近くの給仕場所ではなく、少し離れた場所に私とその料理人とで立っていた。
……何故だろう?
この大食堂に来てくれたほとんどの者が、皿を持って私のいる列へと並ぶ。ここの者達はそれほど肉が好きだったのだろうか? 私は首を傾げていた。
早く切り分け皿に盛らないと、次から次へと列は増えていく。もう肉がなくなる……そんなときだった。
「こっちにもあるんだぜ。お前ら、ウォーリア目当ては分かったから、こっちにも並んでやんな」
「……」
……私、目当て?
どういうことなのだろうか? 私は眼を丸くしていた。そういえば、私ともうひとりメインの肉を切り分ける料理人もいるというのに、そちらの者の方には誰も並んでいなかった。
……この肉の味付けが良かったのだろうか?
私が肉と睨めっこしていると、ひとりの騎士が目の前に立っていた。肉を所望しているのだと思い、私は切り分けようとした。しかし、皿ではなく手を出されたので、私は一度手を止めて騎士を見ていた。何をしてくるのだろう、私が思ったときだった。
「ウォーリアさんに、決まった恋人はおられますか⁉」
「……いない」
騎士の突然の捲し立ててくるような質問に、私は吃驚していた。しかし、ガーランドは該当しないだろう。そう思い、私は答えた。すると、大歓声が上がり、大食堂は騒然としたものに変わってしまった。
「ウォーリア、そこは〝いる〟って答えておかねーと」
「しかし……」
呆れ顔の料理長に言われ、私は口籠った。だって、ガーランドとはそのような関係にはなっていない。望んで良いものか、身を引くべきか……、私は最近悩むようになっていた。そのようなときにこの質問は、返し方が分からなかった。ただ率直に伝えただけだった。だけど、料理長は言い切った。
「ガーランド様の耳に入ると揉めることにならねーか?」
「……私とガーランドは、そのような関係ではない」
ガーランドとは完全にすれ違い、私はほとんど逢っていない。何のためにこの王城に……ガーランドの部屋に滞在しているのか、もうそれすら分からなくなってきていた。
「これは空になってしまった。今日は早いが戻っても構わないだろうか」
私は空っぽになってしまった鍋を持ち、料理長と料理人に今日は戻ることを伝えた。私は歓声の響く大食堂から離れたくなった。私の気持ちを汲んでくれたのだろう。料理長は大きく頷いてくれた。
「いいぜ、事が大きくなる前に引き上げな」
「……?」
「ウォーリアさん、早く行かれた方がいいですよ」
良く分からないが料理長と料理人が口々に言ってくる。私は二人に礼を伝え、大食堂をあとにした。
料理長の言う通り、この夜のことがガーランドの耳に入るとは、私はこのとき気付いていなかった──。