2022.8/31
第二章 躊躇の結果
「おぬしにこれをやろう」
「これはなんだ?」
ガーランドにズズイっと差し出され、ウォーリアは眼を丸くしてそれを見つめていた。ガーランドが持っているのは、金属を弧にした弦にころんとした可愛らしい形のカンテラのようなものだった。ただ、カンテラというよりは少し大きく、携帯用というより室内を照らすもののように思える。
ウォーリアの返事に、ガーランドは何度かまばたきを繰り返してから答えてくれた。
「ランタンだ。知らぬか?」
「……」
今度はウォーリアも言葉を詰まらせた。ガーランドが手渡してこようとしているランタンは、確かにウォーリアも知らないものだった。それでも、灯りとして使うものくらいは形状から知り得るものだし、かつての仲間たちが旅でカンテラのほうを使用していたところを見ている。
「このコーネリアで最先端のものだ。不器用なおぬしでも簡単に扱える」
「……」
違う、そうではない……と。ウォーリアは声を出せたらよかったのだろうが、あいにく出てくる言葉すらない。ガーランドはウォーリアの意志を無視して勝手に事を進めてくる。最先端のものなんて、ウォーリアには身の丈に合わないものだった。
──先日、腕を負傷したガーランドがこの住まいに迷い込み、ウォーリアが治療を施した。それがきっかけでガーランドは事あるごとにここへ訪れるようになった。その理由が、『この家を改築してやろう』という極めて上からの目線で、ウォーリアとしては断りたいものであった。
その治療をしたときというのが、ウォーリアがこの家をどうにか住めるようにしたばかりだった。当然のことながら、必要最低限のことしかできていない状況で、そんななかにガーランドが来たのだから……当人たちの言い分は食い違いが出てしまう。
ガーランドにすれば一応の親切心からでも、距離を置きたいウォーリアにすれば大きなお世話だし、関わってほしくもない。しかし、剣技ならまだしも話術で勝てるはずもなく、結局ウォーリアはガーランドの訪問を許してしまうこととなった。
それから、数日が経っての今日だった。相変わらずウォーリアの住んでいるこの家はボロボロで、お世辞にも家とは言い難いものだった。ガーランドが見かねてしまうのも頷けるのだが、ウォーリアとしても意地があった。
それでも、この家には元々から灯りなんてものはなかった。ウォーリアが旅を続けるなかで必要とはしなかったためでもある。所持するクリスタルが夜の闇を照らす光源となり得るし、仲間と行動しているときは誰かがカンテラを持っていた。そのために、この家でも必要とあればクリスタルの輝きに頼るか、暖炉に炎を灯して天候に関係なく火を焚くかすればよかった。
ただ、暖炉の炎だけを頼りとするなら、部屋全体に火の眩さは行き届かずに薄暗い。その薄暗い部屋で治療を受けているときから、ガーランドは気にかけてくれていたのだろう。それは十分に理解もできる。
ウォーリアとしても、このランタンの贈り物は素直にありがたいものではあるのだが、如何せん贈り主がよろしくない。
ガーランドのことは遠くから見守るつもりでいたのに、どうしてこのようなことになってしまったのか──。ウォーリアは考える。コーネリアの湖が近いこの場所で、家を見つけて勝手に住んでいたから変に目立ってしまったのか。暖炉の灯火が壁の穴から漏れてしまい、近くを歩いていたガーランドの目に留まったのかもしれない。理由は複合してありそうだが、ガーランドからそのあたりの説明はされていない。
魔物討伐の帰りに偶然見つけた──とガーランドは教えてくれた。だが、もし近くに魔物が出没していたのなら、ウォーリアも気配を察知できたはずだった。家の改築をしていて集中を欠いていた、というわけでもない。
「……」
どこか、なにか、そういった説明のできないものがウォーリアの胸中を埋めていく。妙な違和感のようなものだけがしっかりと胸に存在し、ガーランドとの邂逅を素直に喜べない。元々ウォーリアは離れている予定だったので、喜ぶ必要もないのだが。
「儂が天井に取り付けてやろう」
「……」
どこまでも強引なガーランドに、ウォーリアは告げるのをやめていた。最初から無言だったのだが、心中ではいろいろと考えている。その思考すらやめてしまい、ウォーリアははぁと小さな溜息をついていた。
カチャカチャと天井から音が聞こえてくる。ガーランドほどの上背があれば、手を伸ばすだけで天井に届いてしまう。金属棒を使って天井から吊るせる鍵状のものを取り付け、そこにランタンの持ち手を引っかけている。
ウォーリアは黙って見ていて、なるほどと感心していた。天井から下げられているのなら、邪魔になることはないし、なにより部屋全体を明るくすることができる。コーネリアや他の町や村でも見てきたはずなのに、ウォーリアの頭からは完全に抜け落ちていた。
作業に没頭するガーランドと無言で見つめるウォーリアと、異なることを行っていても互いに気遣うこともなく、また場の空気も穏やかなものであった。
***
「それで。おぬしのことはどう呼べばよい?」
作業を終えたガーランドは、ふいとウォーリアのほうを向いてきて突然言い出してきた。これにはウォーリアも戸惑った。完全に不意をつかれた状態になり、ウォーリアは咄嗟に顔をぷいと逸らした。
「それは……」
視線を伏せがちにしてウォーリアは考えた。ガーランドはウォーリアが気になるのか、それとも呼ぶときに名があったほうが便利と考えているのか、単純に知りたいだけなのか……それによって、話も変わってくる。そして、このことはウォーリアを何度も悩ませてきた。
「教えてはもらえぬのか」
「……」
少し物憂げな双眸で見つめてくるガーランドに、ウォーリアの心は揺さぶられた。どうも調子が狂う。ガーランドといえば、ぐいぐいと強引に引っ張っていくような性格の男だとウォーリアは認識していたのだが、実際は違っていたのだろうか。
……いや、違うな。
いろんな意味で、これは強引な手口だった。ただ、態度がへりくだっているだけで、それが謙虚なのか謙遜なのかの判断は難しい。
それでもこれはガーランドの本心も含まれていることはウォーリアにもわかることだった。決して絆されたわけではない。が、ウォーリアはガーランドを見つめると、ひとつの言葉をそっと口にした。
「──……光の戦士だ」
「なに?」
「二度は言わない。聞きそびれたのなら、おまえの責だ」
ふいとそっぽを向き、ウォーリアは天井に吊るされたランタンを見上げた。ウォーリアが手を伸ばすと届くように設置されている。おかげで夜は暖炉がないと真闇だった部屋が、かなり明るくはなっていた。これなら、夜にできることも増えてくる。ウォーリアはこの贈り物を受け取るか、返すか……ゆらゆらと揺らめく炎を見ながら考えていた。
「ふむ。『光の戦士の伝説』に出てくる戦士を名を語るか」
「……? 『光の戦士の伝説』? そのようなものがあるのか?」
ガーランドはこの世界に伝わる伽噺を思いだしていた。その伽噺に登場する光の戦士は悪しき存在を打ち破り、この世界に光をもたらしたと謂われている。
しかし、青年の様子から、その『光の戦士の伝説』の存在そのものを知らないようではあった。ガーランドが説明をしても青年はきょとんとして、まるで他人事……いや、かなり興味なさげにしている。
この世界で誰も知らない者はいないほど、『光の戦士の伝説』は有名な伝承であるにも関わらず……なのに、であった。
「その名を語るのは……反対はせぬが」
「それは……いけないことか?」
だからといって、光の戦士を名乗ろうとする青年を問い詰めるつもりはガーランドにもない。しかし、青年への興味がさらに増していったこともまた事実だった。青年がそう名乗るのなら、それに便乗すればいい。いつかは青年の真の名を知るきっかけに繋がれば、この戯れにも似た行為に意味が生じる。
「では、光の戦士よ。おぬしのことはそう呼ぼう」
「……」
青年はガーランドに背を向けているが、どうやら羞恥か決まりが悪いのか。どうも両方のように思え、ガーランドは背を向けた青年に、くっと嗤っていた。
「……む、」
不思議な印象の受ける青年を少しずつ懐柔できることに、ガーランドは胸を躍らせていた。だが、それだけではないことに気づいた。この胸の躍動が気になり、ガーランドは胸に手を添える。しかし、白銀の鎧の上から手を重ねたところで、鼓動ひとつ感じることはできなかった。
この鼓動は気のせいだと思い、ガーランドは青年に声をかけようとした。
「ひか──」
「ガーランド。このランタンについては感謝する」
くるっと身を翻して、ウォーリアはガーランドに向きなおった。呆気にとられているガーランドを無視し、ウォーリアはランタンへの感謝だけを告げる。
「……っ、」
……失敗した。
率直にウォーリアはそう感じていた。それでも、仲間たちから呼ばれていた〝ウォーリアオブライト〟──ウォーリアと、ガーランドに呼ばれるよりいいかと思ってのことだった。
ウォーリアに真の名はない。というより、ウォーリア自身が憶えていない。そのために仲間たちが便宜上呼んでくれていた名を使い続けていたのだが、ガーランドにその名で呼んでほしくなかった。
そのために〝光の戦士〟と名乗ったのだが、これはこれで妙な破壊力とむず痒いなにかが身体中を駆け巡る。ガーランドに背を向けてしまったのは、このむず痒いなにかで全身が紅潮してしまったからなのだが、それを見られたくなかった。顔が特に熱くなっていたので、きっと火照ってしまったのだと。
それでも、ガーランドがウォーリアの名乗った〝光の戦士〟を口にしようとしたので、慌てて止めに入った。
「……ランタン、か。そうか」
「そうだ……」
ウォーリア自身も、この行動には驚いている。そのせいでガーランドは目を丸くしてぽかんとしてしまっていた。少し苦笑しているガーランドの普段なら見ることのできない締まりの悪い表情に、ついウォーリアは見入ってしまう。
このことでガーランドとウォーリアは、ふたり仲良くぽかんとして互いを見あう奇妙な状況になってしまったのだが……。