第七章 白い花の恋の行方 - 6/7

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 ウォーリアのテントから少し離れた場所で、クラウドは四人のテント突入を見ていた。セシルは近付き、クスクス笑う。セシルの様子に、クラウドは組んでいた腕を下ろした。
「クラウド、ウォルは無事に戻ったみたいだよ」
「そうか。ガーランドは上手くやってくれたようだな」

『〝二日以内にウォーリア自身が心から愛する者と口付けをする〟ことだ』

 自分で言ったこととはいえ、ガーランドがまさかここまで上手く立ちまわってくれるとは思っていなかった。そのために、クラウドは正直驚愕していた。それとも、ウォーリアの方に自覚が出たか。クラウドは腕を組みテントの様子を窺っていたが、セシルに声をかけられた。
「ねえ、クラウド。どうしてガーランドにあんなことを言ったの?」

『──で、その方法とは?』
『それはウォーリアが好きな人、この場合はガーランドでしょうか……と口付けをすることです。出来なくても五日後には自然に戻ります』
『自然に?』

 腕を組んで話を聞いていたクラウドは、ハッとコスモスを見つめた。クラウドもコスモスの意図に気付いた。
 コスモスはにこりと微笑み、本当のことを告げていった。

『はい。お試しなので五日間です。もしウォーリアが本心から男性になりたいと願うのであれば、お試し終了後に改めて本当の男性にしてあげようと思っていました』

「期限を二日にしたのは、バッツからすぐ熱は下がると聞いていたからな。女に戻すのなら早い方がいい。ウォーリアが変に解釈したまま拗らせたら面倒なだけだ」
 コスモスから聞いた〝元に戻す方法〟は簡単なようで意外と難しく、どうやってもガーランドに動いてもらわないとならなかった。
 万が一、五日が経過して『やはり男性の方がいい』なんてウォーリアに言われたら、それこそ目も当てられない。本末転倒もいいところだった。
「確かにそうだよね。……今度こそウォルには笑っていて欲しいよね」
「……そうだな」
 クラウドとセシルは互いを見合い、やがてテントの方に向きなおった。

「お~い。セシルー」
「フリオ・オニオン・ティナ。どうだった? あった?」
「うん。あの場所に落ちてたよ」
 オニオンはウォーリアの兜をセシルに見せ、ティナはクラウドに花で出来た冠を見せてにっこり微笑んだ。
「見て、クラウド。セシルも。昨日の白い花をまた見つけたから、花冠作ってみたの。ウォルに似合うかな?」
「いいね。きっと似合うよ。ね、クラウドもそう思うでしょ」
「そうだな」
 クラウドに聞いたのに、答えたのはセシルではあった。だけど、そんなことをティナは特に気にすることもなかった。
 そのあとはクラウドとティナで花冠の話を続け、近くにいたフリオニールはセシルに気にかけていたことを尋ねた。
「ウォルもガーランドも朝食もう食べたかな? 朝から魚はウォルにはキツかったかな?」
「大丈夫じゃない? きっとガーランドに『はい。あ~ん』させられてるよ。ウォル、あの魚苦手だもんね」
言い出しっぺなんだから、ウォルも少しは食べないと。ウォーリアの小魚嫌いを知っているセシルは、沈黙状態のテント内を想像し、くすくす笑った。
「小骨も気にならないくらい柔らかく漬けたんだけどな。苦手なものって、どうしたってダメだもんな」
無理そうだったら、ウォルにはあとで別メニュー作ってやるか……。腕を組みうーんと考え出したフリオニールの隣で、クラウドはティナに優しく伝えた。
「ティナ、その花冠はもう少ししたら、ウォーリアに届けてやってくれ。今はあのテント取り込み中だ」
「分かったわ」
「オレ達はコスモスのもとに行く。皆、何かあればバッツに指示を仰げ」
「分かった」
 クラウドはウォーリアの兜をオニオンから受け取った。三人にそれだけを伝え、クラウドとセシルは野営地を出た。

「ところで何しに行くの?」
「ウォーリアの新しい鎧をもらいにな。あの重いだけの重鎧は、もうアイツに必要ないだろう」
 隣を歩くセシルの問いに、クラウドは速度を緩めることなく答える。クラウドはずっと考えていた。ウォーリアが……一組が戦う必要がなくなれば、必然的にあの鎧は不必要でしかない。
 もし似たようなデザインのもので、軽量化されたものをコスモスが持ち得ているのなら……絶対そちらの方がウォーリアには良いはず。
「そうだね。ついでにティナの花冠に似合うドレスももらってこようか?」
「それもアリだな。バッツだけでは心配だ、急ごう」

◆◇同日朝食後◇◆

「バッツ。ウォーリアさん、無事に戻れたんだね」
「戻したのはオレじゃなくて、おっさんだけどな」
 ウォーリアの一人用テントはフリオニール・オニオン・ティナまで加わると、さすがに定員オーバーとなった。そのため、皆が集まる火の側に全員で集まった。
 最後の三人がテントの中を覗くと、ウォーリアは鎧を身に着けたガーランドの膝にちょこんと座らされていた。しかも、『はい。あ~ん』で解された魚を食べさせられる羞恥で顔を朱くしたウォーリアと、それを立って見せつけられているバッツ・スコール・ジタン・ティーダがいた。

『ねえ、外で食べたら?』

 その何とも言えない微妙な空気の中、覗くんじゃなかった……と後悔の念でいっぱいのオニオンは冷たく言い放ち、全員で外に出てきた。
 この世の混沌っぷりを見せつけられた大人びた子供は、げんなりした表情を浮かべていた。だが、ウォーリアが元に戻っていた事実にも早々に気付き、バッツに目配せをした。バッツはいい笑顔を見せ、ついでにサムズアップまでやってのけた。
「ウォル、これ」
「ティナ! この花……」
 ガーランドの膝に座ったまま、ウォーリアはティナから花冠を受け取った。ウォーリアとしてはそろそろ立ち上がりたい。それなのに、ガーランドはウォーリアの腰をしっかりホールドし、離そうとはしなかった。
「昨日の白い花をまた見つけたの。この花、ウォルにすごく似合ってたから」
やっぱり良く似合う。可愛い。ティナはにっこりと微笑み、花冠をウォーリアの頭にのせた。ティナはウォーリアの目線に合わせるためにしゃがみ、嬉しそうな可愛い笑顔をウォーリアに向けた。
「ね、ウォル。私が昨日言ったことを覚えてる? 私、楽しみにしてたの。ウォルの髪を結わえてあげたり、一緒に水浴びしたり、テントで寝たり……これから出来るんだね。嬉しい」
「ティナ……」
「もう潰す必要はないぞ。ウォーリア」
「……ッ‼」
 昨日ティナにもらった白い花を自身の心に見立て、ウォーリアは告白の際に自らの手で潰した。
 ウォーリアが潰した白い花は、前日に対峙したあのときからガーランドはしっかり見ていた。似合っていたのに何故潰す? ガーランドは考えていたが、ここにきてようやくウォーリアの意図に気付いた。もう潰す必要もないし、今後潰させることもない。
 ガーランドの思いに気付いたウォーリアは小さく笑い、ガーランドとティナに心からの礼を告げた。
「ありがとう。ガーランド、ティナも……」

「おっさん。カオス神殿まだ修理中なんだろ?」
 これまでの流れをぶった切って、唐突に聞いてきたバッツにガーランドは訝しげな顔を向けた。ここで何を企んで聞いてくる? この旅人は……。
「ああ。イミテーションどもに復旧させておるが、あれだけ大破したのだから、もう少し日を要する」
「……もしかして、それでわたしが壁に身体を打ち付けたときに、崩落して瓦礫が降ってきたのか?」
 ウォーリアが口を挟んだ。ずっとウォーリアは気になっていた。ガーランドの一撃がいくら強くても、そんなに簡単に神殿が崩れるものなのか、と。
「そうだ。軽い一撃だったのだが、神殿自体がまだ脆い。悪かったな」
「軽い一撃? わたしを吹き飛ばすほどの攻撃が軽いのか?」
「あんなくだらぬ威嚇攻撃で吹き飛ぶのなら、重鎧を含めてもお前が軽すぎるだけだ」
「はいはい。痴話喧嘩はあとでゆっくりやってくれ」
 胡座のガーランドの膝にウォーリアは腰を乗せている。二人の口論を傍観していたバッツは、手をパンパンと叩いて仲裁に入った。
 バッツがその原因を作り出した戦犯であることに気付いているのは、横で傍観していた年少組の全員のみだった。当事者はまるで気付いていない。
「神殿が戻ったら、そこがお前らの新居になるわけか。お前の願いもようやく叶うかと思ったのにな。お前らの子供、もう少し先か~。残念」
「えッ⁉」

ボフン

 バッツの仲裁のあとに出てきた衝撃の言葉に、言い放った本人とガーランド以外は唖然とし、ウォーリアは顔を真っ朱に染めあげた。
「……な? バッツ、何故? えっ? わたしの……願い?」
「んんっ? あれっ? おっさん言ってなかったのか? ウォーリア、オレらはあのとき、おっさんの側にいたんだぜ。だから全て聞いてた」
「昨日儂の話を、最後まで聞かずに逃げ出しおったからな。前のウォーリアの願いはまだ伝えておらぬ」
「前のわたし……の願い?」
 バッツはとうにガーランドが伝えているものだと思っていた。だからここで話を振ったというのに。きょとんとするウォーリアとは裏腹に、バッツの方が慌てて止めに入った。
「ちょっ⁉ ここで大暴露しちゃうのか? おっさん! ウォーリアと二人だけで話した方がいいんじゃないのか」
「わたしは今、聞きたい」
ダメか? ガーランド。ちょこんと胡座に座るウォーリアはガーランドを仰ぎ見る。その愛らしい表情にガーランドはどうするか悩んだ。だが、結局、この場で応えることにした。
「構わぬ。ウォーリア、お前が女である理由にもなるがな」
貴様達も聞いておれ。年少組にも聞いていてもらった方が今後のためにもなる。そう判断をガーランドは出した。

『次、女性になることが叶えば、また私を愛してほしい。ガーランド、次こそお前の子をこの身に宿したい、お前と共に在りたい』

「……やはり、わたしが願ったのか」
 コスモスの仮説②が正解だった……。ウォーリアは瞼を伏せた。今までが男性だったのに、どうして今回は女性なのか……本当の理由を知り、ウォーリアはガーランドのアンダーをきゅっと握りしめた。ガーランドは分かっていて、今まで──。
「だから、わたしは女性なのか……前の私がそのように願ったから」
「前のウォーリアは自身が男であることを、儂の子を宿せぬことを憂いておった。旅人よ、貴様が余計なことを吹き込んだのであろう?」
「……あ~」
あれはマジで失敗だったな。バッツは記憶から引き摺りだした。

『ガーランドにこの想いを……伝える?』

 星の瞬く夜中だった。バッツとウォーリアは二人だけで語り合う。口火を切ったのはバッツだった。きょとんとするウォーリアに、バッツは一気に捲し立てた。

『オレに言ったって仕方ねーだろ。ウォーリア、その想いは誰に向けての想いだ? オレか? 違うだろ。おっさんにだろ? 想ってるヤツに言わなきゃ意味ねーんだよ』
『バッツ……』
『クラウドもセシルも心配してる。年少のアイツらもな。もう……お前ひとりの問題じゃねーよ』
『……そうだな。ありがとう、バッツ』

 ここまで心配してくれるバッツに、ウォーリアは僅かばかりの笑みを見せる。珍しいウォーリアの表情の変化にバッツはにしし、と破顔した。
 
『結果はどうあれ……まぁ、頑張ってこい』
『バッツ……。もうひとつだけいいだろうか?好きな者と交わることが出来れば、子を成すことは可能か?』
『………………はい?』

 バッツはたっぷり数分は固まった。突然の発言に脳が考えることを拒否したようだった。告りもしていないヤツが何故そんな心配をするのか……。それでもバッツは応えてあげた。

『ああ、本当に好きなヤツとならな。ウォーリア。そっから先は……お前と、おっさんで、決めること、だ。結論から言えば子は出来る」

 男女間でならな……。嘘は言ってない。ただし本当のことも教えてはいない。肉体を繋げるような関係になれば、自ずと知ることになる。このときのバッツはこのように考えていた。

『オレからクラウドに伝えといてやるよ。お前は日が昇ればさっさと行け』

 バッツはウォーリアに背を向け、手をひらひらと振った。伝えておきたいことを伝え、満足は出来ていた。願わくは、ウォーリアが生きて戻ってくること。それは秩序の皆の願いでもあった──。

「ッ‼ やはり貴様か。あのときのウォーリアの顔は見れなんだぞ。……っ⁉ ウォーリア、どうした?」
 ウォーリアはガーランドの膝に座ったままでいた。ウォーリアのアイスブルーの瞳からは、大粒の涙がポロポロと流れ出ていた。
「覚えている。お前に抱かれながら、わたしの心はいつも泣いていた。こんなにも愛されてるのに、この身にどうして子を宿せないのかと。身籠ることが出来ない男の身体より、女の身体の方がいいと……女になりたいと、ずっとそう思っていた」
「泣くな、ウォーリア……」
 涙を流し、語り始めたウォーリアを、ガーランドはぎゅっと抱きしめた。

 初めて知った衝撃の内容に、年少組は呆然と聞いていた。だが、オニオンだけが首を捻り、何かを考える様子を見せていた。
「ガーランド。コスモスにお願いしてもダメだったの?」
 何かを思いついたかのように、オニオンは口を開いた。一同が一斉にオニオンの方を向いた。ウォーリア以外の全員から視線を向けられ、一瞬オニオンは怯んだ。
 それでも博識ある子供は、一度感じた疑問は気になって仕方ないらしい。オニオンはもう一度ガーランドに食いついた。
「ごめんねウォーリアさん、ガーランド。ちょっと確認したくて。女性のウォーリアさんが男性になったみたいに、男性のウォーリアさんが女性なることは出来なかったの?」
「ダメなんだよ。オニオン」
「セシルさん⁉」
 ここにいない者の声が間に入ってきた。一同が声のした方に目を向けると、大袋を担いだクラウドと神妙な顔をしたセシルが立っていた。話はすでに聞かれていたようで、クラウドは眉根を寄せている。
「その話をまだ終わらせてなかったのか? バッツ」
この場合、オレ達が戻って来たら普通はエンディングパターンに進んでるのがセオリーだろうが。呆れ声を洩らすクラウドにバッツは渋面を作り、ぼそりと返した。
「無茶言うなよ。オレに全てを丸投げしといてさ。で、クラウド。ちゃんとコスモスにあれもらってきたのか?」
「もちろんだ」
 クラウドは担いでいた大袋をどかっと下ろし、その場にいた全員に向かって言い放った。
「ここから先は、オレとセシルで引き受けよう」

***

「ガーランド、アンタの知らない秩序陣営の話だ。一緒に聞いていてくれ。まずオニオンのコスモスだな。あれは外見を変えるだけで、中身は何も変わらない」
「……てことは? 外見だけ女性になっても?」
「オニオン、正解。子供は出来ない。女性器がないからね。ガーランド……あなたは、だから……ウォルに指を挿れて確認したんでしょ?」
ウォルが子供を作れる身体かどうかを。クラウドとオニオンの会話はセシルが引き継いだ。
 ガーランドが行ったウォーリアへの暴行行為──。これについても、年長三人は理由が解っていた。だから、ガーランドを強く責めることが出来なかった。例え騎士には禁忌ともいえる犯罪行為だとしても。
「そうだ。あのとき、儂の中でひとつ目と三つ目の可能性が出ていた。ひとつ目は先に言った〝本物の女〟。三つ目は〝調和の女神に変えられた偽りの女〟」
女性器があった時点で三つ目は除外したが。じっと見つめてくるウォーリアの涙で濡れた頬を、ガーランドは指で拭ってやる。
 ウォーリアがどのような状態であろうと、ガーランドはありのままの姿を愛おしむことが出来る。それを伝えてやりたくて、抱きしめる腕に少し力を入れた。
「前のウォーリアも同じように性別を変えようとしていた。だが、変えたところで子が出来ないなら、結局何の意味もない。お前達年少組は知らないだろうが、外泊から帰ってきたウォーリアはいつも泣いていたんだ」
「何だと? あれだけ幸せそうにしていたヤツが?」
 クラウドはその場に腰を下ろし、続けていった。その内容はガーランドを含め、年長三人以外は唖然としていた。誰も言葉を発しない状況で、スコールだけが小さく洩らしていた。どうやら、心の突っ込みだけでは追いつかなかったらしい。
「前のウォルは、基本的に僕達の誰かとテントが一緒だったからね。気付かなくても仕方ないと思うよ? でもね、見ていられなかった。幸せそうな顔をして、ガーランドに送られて帰ってきても、テントに入った途端に泣き出すんだよ」
嗚咽も洩らさず大粒の涙だけを落として、誰にも気付かれないようにひとりで静かに泣くんだ……見てる僕達も辛かった。セシルが当時を思い出すように、哀しげな表情で語る。ここで、バッツも会話の中に加わってきた。
「いつも無表情で、思うことを隠してしまうあのウォーリアが、全く隠さないでずっと泣くんだぜ。オレの足りなかったひと言のために、そこまで思い悩ませてしまったことに……あのとき、オレはすげー後悔した」
 適当に流し、本当のことを教えなかったがために、ウォーリアを思い悩ませた。バッツは自身のやらかした事の重要性に当初から気付き、罪の呵責に苛まれていた。そのために背後でずっと動いてきた。
「僕には残してきた妻子がいるからね。子供を望むウォルの気持ちはよく分かるんだ。誰だって好きな人との子供は欲しいと思うよ。同性同士で出来ないと分かったから、余計に強く望んだんだろうね」
 バッツに事情を聞かされ、セシルもクラウドも全てを知ることとなった。しかし、性別の問題はこの二人でも、どうすることも出来なかった。何も出来ないもどかしさに苛立ち、それでも三人は黙って見守るくらいしか出来なかった。

「ウォーリアが浄化される直前の、ガーランドに伝えた願いはオレ達にも届いた。オレ達はガーランドのすぐ傍にいたからな」
「性別はガーランドと同じ。神竜が気紛れでもおこさない限り、僕達にだってどうすることも出来ない。でもね。これ以上、ウォルを悲しませないようには出来るんじゃないかな……僕達は思ったんだ」
「オレ達はアイツの泣くところを、これ以上は見ていたくなかった。とにかく笑っていて欲しかった。だから、次に来るウォーリアは、ガーランドの元へ送るまで、オレ達で大切に手元においておこうと思った」
 クラウドの紡いだこの言葉──これが、今の年長三人の在り方にもなっていた。年少組も納得は出来た。だから、年長三人はあそこまでウォーリアを大切に扱っていたのか……と。
「次のウォーリア……お前な。お前は女なのに男だと言い張ったな。それでオレらはピンときた。記憶はすっかり神竜に消されてるから、今までは男だったのに今回は何故女なのか、その理由まではまだ分かってないってな。男女の認識があるのに、お前が男で通そうとするなら、それでもいいと思った。いらんこと、男だ女だ、で引っ掻きまわしてもややこしくなるだけだと思ってな。クラウドもオレと同じ感じだったみたいだし」
「そうだな。ガーランドにウォーリアを逢わせるまでは、別にこのままでいいと思った。ガーランドならウォーリアをひと目見たら、違いに気付くだろうと思ったからな。だから、お前が女である理由も、オレ達は特に何も言わなかった」
「……でも、ガーランドは頭から否定しちゃった」
 くすりと笑い、セシルはガーランドをちらりと見た。ウォーリアをしっかり抱きしめ、何も言わずとも愛情だけは伝わってくる。
 セシルの視線を感じ、ガーランドはバツが悪そうに兜面を下げる。今は混沌の筆頭だという威厳の欠片も感じられなかった。
「すまぬ」
「ガーランド。謝らなくていい。アンタの言い分はオレ達にも分かる。ウォーリア自身に自覚が出るまで待てば良かったんだ。それなのに……」
「ウォル、変に暴走しちゃって、男性になるんだもんね。何やってんの? って、僕、思っちゃった」
「自分で女になりたいって願って、せっかく女になれたのに何で男? って、オレは本気でブチ切れてた。理由は良く分からねーけど、多分ウォーリアの嫉妬からだろ? あんとき、マジでふさげんなって思ってたんだぜ」
 ウォーリアがコスモスに願い、男性の身体に変化させたあのとき。驚愕する者は多かったが、賛同した者は誰もいなかった。むしろ男性になったウォーリアに批難の目を向けていた。
 事情を知らされていない年少組の皆ですら、だいたいのことを察していた。そうでないと女性になる理由が生じ得ない。
「ウォーリア。前のお前の願いは、今のお前自身で叶えることが出来るようになったんだ。くだらん嫉妬なんかで、叶えられる願いを潰すような真似だけはするな!」
「二人の言う通りだよ。ウォル。あなたはガーランドの子を、もういつだって身籠ることが出来る。そのお腹に宿せるんだよ……」
 ガーランドに抱き締められたまま、ウォーリアはこくんと頷いた。もう涙は止まっており、頬に流れた水滴は先ほどガーランドに拭われている。

「ねえ、ウォル。そのままでいいから、僕の言うことに答えて? 変に考えたりせず、そのまま答えてね」
 セシルはしゃがみこみ、ガーランドの膝に座るウォーリアの目線に合わせた。優しい紫菫色の瞳にアイスブルーが映る。セシルは優美な笑みをそのままに、ウォーリアに優しく問いかける。
「ねえ。ウォルはどうして男性になろうと思ったの? 『我が勢にも女はいる』ってガーランドに言われたから?」
「……ガーランドに『女がいる』って言われて、わたしの胸がちくりと痛んだ。それをコスモスに伝えたら、それが〝嫉妬〟だと教えてもらった」
 思い出しながら話し出すウォーリアに、セシルはうんうんと頷きながら耳を傾ける。もちろん全員が聞いている。
「ガーランドの側には暗闇の雲やアルティミシアがいる。あんな美女達に比べてわたしは? そう、思ったらさらに胸が苦しくなった。どう見ても男性にしか見えない女……わたしに、こんな想いを寄せられても、妖艶な美女を好むガーランドには相手にもされない……むしろ迷惑でしかないのでは、と」
 ん? セシルは首を傾げた。まぁ、一応理由として分からなくはない。セシル達が秩序の聖域で推理した通りだったから。ウォーリアが続きを紡ぐので、突っ込むことはせず、そのまま続けるように促した。
「ガーランドが望んでいるのは、互角に戦うに相応しい闘争相手。ガーランドにこのような想いを抱いていては、今はよくても今後は戦ってもらえなくなるかもしれない。ガーランドの闘争相手に相応しい強いわたしでいるためにも、この想いを気取られてしまう前に封じてしまおう、と思った」
 は? クラウドは組んでいた腕をだらりと落とした。今までの話から、何故闘争相手に飛んだ? ガーランドはウォーリアに闘争相手として求めてはいないし、ひと言もそのように言ってないはず……。クラウドは呆然と、続きを紡ぐウォーリアのアイスブルーの虹彩を見つめていた。
「男性になろうと思ったのは、男女の力の差を感じたからだった。ガーランドに組み敷かれたとき、わたしは抵抗ひとつ出来なかった。これが男女の差なのかと思った。わたしは今まで男女の肉体に差はないと思っていた。だが、ここまで違うのならば、戦える男性の身体の方がいいと思った。そうすればガーランドとも、より互角に戦える、と」
 あれ? バッツは違和感を抱いていた。男に変わろうとしたのは、ガーランドの暴行からなのは分かった。あんな行為、女性からしたら恐怖でしかない。だけど、その言い方はそれだけじゃない。むしろ、ウォーリアが求めているのは──。
「だからコスモスに頼んだ……皆? いったいどうした?」
 話し終えたウォーリアは周りを見ると、全員天を仰いだり、片手で顔を覆ったり、唖然とした表情で固まっていた。
「わたしは何かおかしなことを言っただろうか?」
「え~と。ウォーリアさんの言い分を要約すると『ケバイ美女が好きなガーランドに、男性にしか見えないわたしは似合わない。想いを寄せていてもガーランドには迷惑だろうし、ガーランドが望むのは強い闘争相手だから、気付かれる前に余計な想いは封じてしまおう。男女の肉体に差があることが分かったから、それなら男性の身体の方がガーランドと互角に戦えるからいい』で、いいのかな?」
 秩序勢の中で、ずば抜けて高い知性を持つ賢者にオニオンはジョブチェンジをした。要点を分かりやすく纏め、皆に説明をした。
「これって、どこから突っ込んであげたらいいかなあ?」
「おかしくはない。おかしくはないが、何かが違う」
 両手を地面につけたセシルは、助けを求めるように呟いた。クラウドは渋面を作り、頭をふるふると左右に振っている。二人は視線が合うと、引き攣った表情で互いを見合っていた。
「一見マトモなこと言ってるように聞こえるのに、内容はとんでもなくズレてるよな」
そうだよ、コイツ……このときまだ自覚なかったんだよ……。バッツは天を仰いでから項垂れた。恋の相手ではなく、闘争相手としてガーランドを捉えていたから、こういう事態が起こり得たんだと、今さらながらに気付いた。
「何故『我が勢にも女がいる』から、ここまで飛躍する?」
 斜め上を行くありえない飛翔っぷりに、ガーランドはウォーリアを呆然と見つめ、ぼそりと洩らした。
……天然怖い(ッス)。
 会話を黙って聞いていた年少組の全員で、そう思った。
「ん? わたしは何か間違っているのか?」
 首をこてんと傾け、ウォーリアは本気で分かっていない様子を見せる。クラウドは大袋の中身をゴソゴソと探り出し、疲れきった表情をウォーリアに向けていた。
「……もういい。もう分かった。この件は不問だ。とりあえず、ウォーリアは水浴び行ってこい。ティナ、これはウォーリアの着替えだ。ついて行ってやってくれ」
「っ‼ 分かった! ウォーリア、行こう!」
 ティナはクラウドから荷物を受け取った。ガーランドの膝に座って腕をまわされたままのウォーリアの腕を引き、二人で水場へ駆けて行った。残されたガーランドの肩にポン、クラウドは軽く叩いた。
「ウォーリアを頼む。今度は泣くことのないようにしてやってくれ」
「了解した、兵士よ。約束は守る」
「皆は手分けして昼食の準備だ。昼からはガーランドが手合わせをしてくれるぞ」
「やったー‼」
 クラウドの決定に、年少組は皆喜びの声をあげていた。手合わせなどなかなかないことなので、純粋に嬉しかった。 普段の年少組だと、互いに手合わせを行うので、相手の手の内をもう知り尽くしている。要は飽きていた。違う相手が現れたなら、手を叩いて歓迎するしかない。
「こら、兵士よ。勝手に……」
「構わんだろ? たまにはアイツらにも稽古をつけてやってくれ」
 顎で年少組を指したクラウドに続き、ガーランドも其方を向いた。喜び合う年少組を見て、ガーランドは小さく嘆息していた。この場合、決して否定的な意味ではなく、仕方ないか……程度のものだが。