第七章 白い花の恋の行方 - 4/7

◆◇同日夕方◇◆

 コスモスの元へティーダが慌てて駆けつけてきた。症状をティーダから聞き、コスモスの話もそのままに、クラウドを先頭に皆で野営地まで急いで戻ってきた。

 皆がウォーリアのテントに入ると、ガーランドの外套を抱き締めた状態で、ウォーリアは完全に意識を失っていた。傍にはウォーリアを寝具に寝かせようと奮闘する、青褪めたジタンがいた。
 しかし、ジタンではウォーリアと体格差がありすぎて無理がある。結局、フリオニールとセシルでウォーリアを寝かせた。

 そうして全員が落ち着いたのは、つい先ほどのこと──。
 素早く火を焚き、周囲を照らす。そろそろ日が暮れる時間帯に差しかかる。暗くなって火がないと、不便極まりない。
「どうだった? バッツ、ウォルの具合は」
「熱がかなり出てる。アイツにとっていろいろありすぎたからな……脳がパンクしたのかも。今はフリオとティナがついてる」
「そう……」
 ウォーリアを診てきたバッツはセシルに答えているようで、クラウドへの報告も兼ねていた。ふー、溜息をはき、バッツはクラウドとセシルの傍に腰を下ろした。
 いつもは皆が集まり、思い思いのことをしてすごす火の側に、今は三人を除く七人が集まっていた。年少の数人は少しずつ夕食準備に取りかかっている。
「ガーランドの話を聞かせたのは失敗だったな。オレの責任だ」
「クラウドの責任じゃないでしょ。ガーランドの話が思ってた以上に、ウォルには辛かったんじゃない?」
記憶のないウォルには相当衝撃だったのかもね。続けたセシルにクラウドは思案した。まだそれほど時間は経過していない。ならば……。
「ジタン。ガーランドがまだ近くにいると思う。悪いが、いたらオレ達のテントまで連れて来てもらえるか?」
「了解! クラウド、行ってくるぜ」
 さっと立ち上がり、ジタンは軽快な様子で火の側から離れて行った。
「頼む。他の皆は少し多めに夕食の用意を始めてくれ。オレ達はテントにいる。何かあれば教えてくれ」
「分かった!」
 オニオン・スコール・ティーダはそれぞれ返事をしてくれた。この三人で夕食を作ってもらわなければならない。一抹の不安を感じるが、人手が足りない以上文句は言える状況でもなかった。
 とにかく今はウォーリアの回復と、ガーランドに理由を聞くことが最優先事項だった。

***

「ウォーリア‼」

 ウォーリアを森の中で見失い、ガーランドはずっと探していた。そこでジタンに遭遇し、事情を知らされた。ガーランドは唖然としたものの、ジタンにクラウド達のテントへと案内された。

 テントに入るなり大声でウォーリアの名前を叫ぶガーランドに、バッツは耳を押さえた。至近距離の大声は、狭いテント内では強烈に耳に響く。
「おっさん。しーっ。ウォーリアはあっちのテントで寝てるよ。熱出してんだ」
「発熱? 儂が話をしておったころは、そんな様子はなかったが?」
「ここへ戻って来てからだろ。脳が情報に追いつけず、パンクしたんだと思うぜ」
「ガーランド。まずこちらに座ってくれ」
 ガーランドとバッツの話を遮り、クラウドはガーランドに座るよう促した。ガーランドは言われた場所に腰を下ろし、狭いテント内に四人向き合う形になった。
「ガーランド。まず詫びさせてくれ。昨日、ウォーリアをアンタの元へ行かせたのは早計だった。『ガーランドに聞きたいことがある』と言われたので、いけるかと思ったオレの判断ミスだ」

『クラウド。ガーランドに聞きたいことがある。カオス神殿に行ってもいいだろうか?』
『まだ早いだろう。もう少し待て』

 突然ウォーリアから切り出され、クラウドは多少驚いたものの、冷静に対処した。ちらりとウォーリアを一瞥し、素っ気なく返す。

『わたしは今行きたい! 頼む、クラウド』
『ウォルがそんな風に言うなんて珍しいね。クラウド、どうする?』
『オレはクラウドに賛成だぜ。ウォーリア、まだ早すぎる。今行ってもおっさんに軽くあしらわれるだけだ』

……まだ意識すらしてないお前ではな。
 これは言わずに留めておいた。今、ウォーリアに教えても混乱の種になる。バッツは判断した。
 クラウドの近くにいたセシルとバッツが、自身とクラウドの会話に割って入り、それぞれ好きに言う。セシルはともかく反対するバッツに、ウォーリアは眉を寄せた。

『だが、わたしは……』
『……分かった。行ってこい。ウォーリア』
『クラウド⁉』

 クラウドの返答にはウォーリアもだが、バッツも同様に驚愕していた。バッツのヘーゼルの瞳が大きく見開く。

『ガーランドに逢えば何か変わるかもしれん。ただし、無理はするな。お前の〝聞きたいこと〟を聞いたらすぐに帰って来い』

……ガーランドは戦意ないヤツとは戦わない主義だからな。
 腕を組み、セシルとバッツの意見を聞いたうえで、クラウドは決定を出した。ガーランドは戦うことなくウォーリアを帰すだろう。そういう算段がクラウドにはあった。

『……クラウドがそう言うなら』
『オレ達は何も言わない。行ってきな。ウォーリア』
『分かった。クラウド。約束しよう』

 クラウドから許可が出た。これだけでセシルとバッツは反対することはなくなる。ウォーリアの表情が一転して明るいものへと変貌した。分かりやすい変化に、三人はそれぞれ少しずつ口角を上げていた。

『だったらオレが深夜番についてやるよ。遅くなったときに様子も見れるしな』
『悪いな、バッツ。ならオレ達はすぐに動けるように、早朝から待機していよう』

 こうして深夜番はジタンと入れ替わったバッツとフリオニールが担当し、クラウドとセシルは皆が起きだす早朝から待機することとなった──。

「いや、兵士よ。儂も『お前に聞きたいことがある』と言われ、すぐに聞いてしまったのは失敗だった。何度か追い返してからでも良かったのに、焦ってしまった儂の失態だ」
「……お互いやってしまったようだな」
「ああ」
 クラウドもガーランドもはぁ、と溜息をついた。ウォーリアのことで苦労しているのは自身だけではないと分かり、互いに気持ちが少しラクにはなった。
 ガーランドは昨日ウォーリアと対峙したときに気になったことがひとつだけあり、そういえば……クラウドに切りだした。
「……あのときに放ったのは、ウォーリアが背中を向けていたとはいえ、避けるなりシールドを張るなりすれば、躱せる程度の威嚇攻撃だった。それが何故、彼奴は普通に食らいよった?」
……ここまできて、同じように崩落でまた失うかと思った。それも、己の攻撃で。
 自責の念でいっぱいのガーランドに、バッツとセシルは顔を見合わせた。理由を知る二人はガーランドに伝えていいものか、互いに目配せをする。
「あー、おっさん。それ、多分な……」
 先に口を開いたのはバッツからだった。下を向き後悔に駆られていたガーランドは、顔を上げ食い入るようにバッツを見た。
「多分……何だ?」
「盾が重くてシールド張れなかったんだよ、きっと」
……きっとどころか、確定だな。
 ウォーリアが埃まみれになって戻ってきた本当の理由を知り、バッツは苦笑を浮かべる。ウォーリアの話は間違ってはいないが、やはり肝心な部分が抜けていた。
「あとね。背中を向けてたから避けれなかったんじゃなくて、多分正面向いていても避けれなかったと思うよ?」
……重鎧が重くて、ね。
 何となくセシルも察した。くすくす笑い、ガーランドに教えてあげる。ガーランドの厳つい兜からは見ることが出来ないけど、その表情はきっと面白いことになっているだろうことは容易に推測出来た。
「……は?」
何だ? その理由は? 彼奴は戦士であろうに。まさか鎧や盾が重くて動けず、儂の適当な威嚇攻撃を食らったと? まだ理解の追いつかないガーランドは、脳内でぐるぐると考え始めた。
 これは普通に考えれば有り得ないことだった。ただし、相手がウォーリアだということを、ガーランドはどこかで忘れている部分があった。
「どういうことだ? 彼奴はまだぼんやりさんか、もしくはそれ以下なのか?」
「おっさん、ウォーリアが女だって気付いたんだろ?」
「っ‼ そういうこと、か……」
……女の身であの重鎧は確かに重かろう。なるほど、な。
 ようやく納得したガーランドに、バッツとセシルは顔を再び合わせた。しかし、ガーランドにはもうひとつ、腑に落ちないことがあった。ウォーリアに確認したあのとき、彼奴は仲間全員が女であることを知らないと言っていたはずだが……?
「秩序の者は皆、知っておったのか?」
「もちろん。ウォルは僕達が知らないと思ってたみたいだけどね。あなたがさっき僕達の前に現れる直前に、ウォルに教えてあげたよ」
「ウォーリアなりに隠していたんだろうな。だが、外見以上に動きで大体分かる」
 愕然としているガーランドに、クラウドは腕を組んだ。セシルに続いて説明を加えても、ガーランドはどこか釈然としていない様子ではあった。
「アイツさ、前に『少し重いが、動けないわけではない。問題はない』とか言ってたんだけどな、見てて全然ダメダメなんだ。走れないし、すぐスタミナ切れるし……さ」
「……よくそんな状態で儂の元へ来させたな」
 バッツの言葉に、呆れ果てたガーランドはクラウドを見遣った。この青年の判断全てが、此処にいる小童どもの命運を握るというのに……。
 視線に気付いたクラウドはガーランドを見ることなく、ふるふると頭を左右に振った。肩を竦め、先の話も踏まえ、ガーランドへ説明を続けた。
「男女で腕力や体力に差がでるのは、どれだけ鍛えてもどうすることも出来ない。実際、今の男のアイツは普通に走って盾も飛ばせてる。ガーランド、アンタもさっき見たはずだ。アイツはアンタと互角に戦うために、相応しい力を得るために……男になったとコスモスは言ってたぞ」
「……は?」
……儂と戦うための力? 闘争相手という意味でか?
 クラウドの言葉に、ガーランドは間抜けな声を出し愕然とした。〝来るべき時〟が来たから、ウォーリアは己の元へ現れたものだと思っていた。
 だが、どうやらウォーリアは純粋に戦うために来たらしい。〝聞きたいこと〟はそのついでということか。確かにあれでは儂の相手など出来ぬが。それで相応しい力? ガーランドは首を傾げた。何か……がおかしい。

「ガーランド。ウォルがカオス神殿に来たところから詳しく教えて? ウォルはバッツとフリオに、ドウテイの話とストレス軽減の話しかしなかったみたいだから」
「……? ストレス? 何だ、それは?」
 話が大きく逸れたために、ガーランドは兜の中で眉を顰めた。ウォーリアの二転三転する会話は、実はこの三人から来ているのでは? ガーランドは内心で考えた。
「ん? 『ストレスにはカルシウムだ!』とか言ってたぜ。ウォーリアのヤツ、おっさんを相当怒らせたんじゃねーの?」
「確かにドウテイの話が出て、それ以外にも何度か怒ってしまったが……?」
……それでカルシウム? 何故に?
 ガーランドはますます理解不能となった。全く話が見えてこない。腕を組み、唸るように考え始めた。
「ねえ、ガーランド。じゃあ、暗闇の雲やアルティミシアを引き合いに出したのはどんな話?」
「何処から出てきた、そんな連中……」
「違うの? ウォルが言ってたらしいよ」
 ガーランドは何処から突っ込んでいいのやら、全く分からなくなっていた。ウォーリアと対峙していたあのときには出していない、混沌の仲間の名がどうしてこの話に出てくるのか……全くの謎でしかない。
 それでもガーランドは記憶を探り、思い出そうとした。雲やアルティミシア? 何処で出した? そんな話……。女の出た話、ということなら──。
「確か……彼奴が身体を打ちつけたあとに、儂は帰るように促した。そのときに『わたしが女だと分かり、戦う気が失せたのか?』と言いよったから『女だからって加減などせぬ。それに我が勢にも女はおるからな』とは答えたが?」
「…………」
 ガーランドの思い出しながらの説明に、三人は仲良く沈黙した。それでどうやったら、コスモスの話に繋がっていく?
「意味分からん……」
「……何でそんな話から、男性になろうとか思うのかなぁ?」
「相当斜め上に飛ばしたな、アイツ……」
「……この話の何処から闘争相手が出てくる?」
誰かあの天然の取説をくれ。と、四人とも頭を抱え、それぞれが思った。

「ご飯、出来たぞ」
「すぐ行く」
 スコールが呼びに来てくれた。どうやらもうそんな時間らしい。四人共一斉に立ち上がり、クラウドはスコールにテントの中から伝えた。
「ガーランド。今日はここで夕食を食べていけばいい……と言っても、アンタは兜を皆の前で外すのは抵抗があるだろう。だから、ウォーリアのテントで食べてくれ。そのついでに、ウォーリアも看ておいて欲しい」
「兵士よ、部外者の儂がよいのか?」
「オレは構わない。それから……昼のあれは楽しかった。また殺り合おう」
「儂は構わぬ」
 日中に行った手合せは、普段戦うことをしなくなった者達にとって娯楽事となっていた。本気度が全く異なるので、観る者にとっては本気の殺し合いに受け取るかもしれないが。
「うん。楽しかったね。たまにはああいうのもいいよね」
「そうだよなー。オレなんかエクスデスがあんなんだから、闘争相手いなくて寂しいわ」
「エクスデスを苗木にしよったのは、貴様であろうが……」
 にししと笑うバッツに、ガーランドはげんなりと突っ込む。エクスデスがいつまでも苗木なので、秩序勢は知り得ぬことだが、混沌勢にはいろいろと弊害が発生していた。
「僕も兄さんとはもう戦えないしね……」
「セフィロスともな」
 もう話は終わり、と、四人ともテントの外へ出ようとした。セシルはガーランドを見上げ、何かを思い出したかのように口を開いた。
「忘れてたから確認させて?」
 セシルはガーランドに微笑みかけた。穏やかな微笑みから突如として黒い微笑みに変わったセシルに、ガーランドは一瞬身動いだ。
「……ねえ、ガーランド。一応ちゃんと聞かせて? 何で指なんて挿れたの? まさか本当に強姦しようとしたの?」
「違うわ‼」
……この騎士は顔に似合わず、何という物騒な言葉を。
 ガーランドは即否定した。ウォーリアがこの三人にどのように伝えたのか……なんとなく察した。それで先に対峙したときにあのように……。ガーランドは大きな溜息をはいた。
「確認しただけだ……」
「確認?」
 反芻したセシルに、ガーランドは大きく頷いた。妙な誤解を与えたままでは、今後の展開に支障をきたすことになる。ガーランドは説明を始めた。

『次、女性になることが叶えば……』

「……儂は神竜があの願いを叶えるとは到底思えなんだ。だから彼奴をひと目見たときに、やたら細身だな、顔も女のようだなとは思った。しかし、〝女である〟という可能性を頭から否定しておった。だが……」

『女か……』

「兜が外れ、ウォーリアから女の声が出てきた。そのときに儂の中で三つの可能性が出てきた。本物の女なら確認をせねば……そう思った」

『やめろ!』

「本当は軽く触って確認するだけだった。だが、焦るあまり、気付けば指を深くまで挿れてしまっておった。結果、彼奴を泣かせてしまった」
 顔は青褪め、恐怖で声も出せずに引き攣ったような呼吸を繰り返し、痛みで見開いたアイスブルーの瞳からポロポロと溢れる涙──。
「儂は何をしてしまったのだろうと思った。今度こそ、真綿で包むように愛おしんでやろうと決めておったのに……手荒に扱うつもりなぞ、ましてや泣かすつもりなぞ一切なかったのに……後悔した」
 項垂れるガーランドに、三人は顔を見合わせた。強引に事を進めようとしたわけではないことが分かり、一応は胸を撫で下ろした。
「それなら……もう、いい。オレからは何も言わん」
「……ウォル泣かせたのは許せないけど、ちゃんと理由があるからあまり怒れないね。でもね、あなたのしたことが、女性にどれくらいの恐怖と苦痛を与えるかをちゃんと分かってね」
「ああ、キズを付けるつもりなど……一切なかった」
 諭すようにクラウドとセシルは続ける。ガーランドが闇堕ちしたわけではなく、高潔な騎士の心をしっかり胸に宿していた……。そのうえで行った行為なら、許し難い行為ではあるが致し方がなかった。ガーランドの気持ちが分かるだけに三人で顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。
「おっさんが反省してるなら、もういいんじゃねーか。オレらより、あとはウォーリアに謝れって」
「とりあえず、ご飯持ってウォルのテントに行って、フリオとティナと代わってあげて。ティナは朝食番だから早く寝かせてあげなきゃ」
 先の重い話から急に話題を変えられた。唖然とするも、確かにあまり時間をここで費しても、これ以上は無意味にしかならない。
「儂がひとりでウォーリアに付いておって、貴様等はそれでもよいのか?」
「そのためにここへ呼んだ。ウォーリアが起きたら、今度はちゃんと話をするんだぞ」
「兵士よ、恩に着る……」
 ガーランドは頭を下げた。思いもよらぬガーランドの行動に、クラウドを始めセシルもバッツも目を丸くした。顔を上げたガーランドは目を丸くする三人の間抜けな表情を目撃してしまい、兜の中で思わず表情を緩めてしまっていた。
 間抜けな顔を見られてしまい、いたたまれない三人とガーランドで、しばらく微苦笑しあっていた。

◆◇同日夕食後◇◆

 夕食後。ウォーリアのテント内で、ガーランドはひとり苦悶していた。

『おっさん。これ水に溶いて、ウォーリアに飲ませといてくれ』

 そう言われバッツから受け取ったのは、水とバッツ手製の調合薬。ウォーリアは高熱のせいか、頬は朱く、はぁはぁと呼吸も浅い。これでは薬どころか水すら口に出来るか疑わしい。となると、方法はひとつ……。
 はぁ。何度大きな溜息をはいたか、ガーランド自身ももう覚えていない。

『ガーランド、ウォーリアが元に戻る方法だが……』

 ウォーリアのテントに入る前に、クラウドが切りだしてきた。クラウドから何かを感じとり、ガーランドは薬を持ったまま、黙ってクラウドに向きあった。

『〝二日以内にウォーリア自身が心から愛する者と口付けをする〟ことだ』
『は?』

……何だ、その取って付けたかのようなベタな条件は?
 突っ込んでやりたかった。だが、ぐっと堪え、ガーランドはクラウドを見据える。魔晄の色濃い虹彩に、不穏な輝きは一切見受けられない。

『コスモスから直接聞いたから間違いない。二日過ぎれば元に戻れなくなるそうだ』
『何……だと?』
『ウォーリアが本当に男でいいと思って決めたなら、オレ達は何も言わん。だが、アンタは違うだろ? 性別は問わないとか言いながら、本当はウォーリアの願いを叶えるために女に戻したいと思ってる……違うか?』
『そうかもしれぬな……兵士よ』

 ガーランドは嘆息した。ここまで拗れてしまっていることと、この三人を完全に巻き込んでしまっていることに。

『ガーランド、アイツにまわりくどいことを言っても、変に解釈して斜め上に行くだけだ。ひと言でいい。そのままの言葉をアイツにやってくれ。──と』
『……そうだな。しかし騎士ではなく、貴様に言われるとは思わなんだが』
『オレもな。こういうガラでもない。けど、今度こそウォーリアには笑っていて欲しいんだ』

 ガーランドに指摘され、クラウドはくすりと笑う。本来、こういったことには首を突っ込む性質でもなかった。それが……。ガーランドを見上げ、クラウドは肩を竦めた。

『儂もだ。善処しよう』
『頼んだぞ。そうだ、ウォーリアが戻るときに──』

 はぁ…。ガーランドはまたひとつ溜息をはいた。二日か。今日を一日にカウントするなら……明日中か。先のクラウドとの会話を思い出し、ガーランドは天を仰いだ。時間が短すぎる。何かの意図すら感じてしまう……。
……まず、ウォーリアが眼を覚ますかだが。
 何はなくともまず薬を飲ませてしまおうと、ガーランドはウォーリアの身体をゆっくりと起こした。薬を水で溶いたものを含ませてみるが、口の横からポタポタと流れ落ちるだけで上手く飲み込んではくれなかった。
……意識なき者に飲ますのは無理だな。
 そう判断したガーランドは、一度ウォーリアを寝具に横たえさせた。パチン、兜の金具を外し、兜を外した。脱いだ兜は端に置いた。
 もう一度ウォーリアの身体を起こし、今度はガーランド自身が口に薬を含んだ。唇を合わせ舌を使い、歯列を開いて薬を少しずつ流し込む。
「ん……ぅん、ゴホ……っ」

ゴホッゴホッ……

……少し噎せたか。
 ウォーリアは全て飲んだようだった。一応は薬を飲んだことに安心し、ウォーリアを寝具に寝かせた。
 兜を装備しようと、ガーランドはウォーリアに背を向けていた。その背後から、声がかかった。
「その顔は覚えがある……」
「何ッ⁉」
……ウォーリア? 起きたのか?
 慌ててガーランドは振り返った。すると、熱に浮かされているのか、潤んだアイスブルーの瞳を不安気に揺らして、ウォーリアが起き上がっていた。焦点の合わない虚ろな眼でもって、ガーランドをじっと見つめている。
「黒い大男……見たことないはずなのに、私にはその顔に覚えがあった……お前だったのか」
「ウォーリア?」
「私の頭の中に視える。ガーランド、お前の中にある闇に……」
 起き上がっていたウォーリアの力が抜けたのか、背中から落ちるギリギリの際でガーランドは受け止めた。ウォーリアを抱き留め、熱い身体を抱きしめた。
 上を向いたウォーリアは、焦点の合わない瞳で何かを訴えようとする。
「闇の中に視える光は……私なの、か」
「何を言っておる? おい! ウォーリア?」
 気を失うかのように、ウォーリアはそのままスーッと意識を手放していった。

『お前の闇の中に光が視える。私はその光が何か知りたい』

「……」
……前に言っていたその答えを、自らで見つけ出しよったというのか? 今頃……ではないな。見つけたまま、記憶を消却されておったのか。
 抱き締めたウォーリアを見れば、高熱のためか大量の汗をかいている。このまま放っておくわけにもいかない。ガーランドはウォーリアの汗を拭き、アンダーを着替えさせた。
……早く熱が下がってくれ。話がしたい。お前の話を……もっとよく聞きたい。
 今のウォーリアは一般成人男子より、はるかに体躯のいい男性になっている。それ故、いくらウォーリアより屈強なガーランドでも、一連の作業を終えるころには汗だくになっていた。
……一度戻るか。
 神殿を空にしてきたことも気にかかった。クラウドにすぐ戻ると告げ、ガーランドは野営地をあとにした。

◆◇同日夜半~深夜◇◆

「おっさん、こっちだ!」
 戻ってきたガーランドは、開口一番叫ぶバッツに面食らっていた。側にはやけに疲れた顔のジタンがいる。二人は火にあたって休憩を取っていたようで、ガーランドが近付くと場所を空けてくれた。
「ウォーリアの容態は?」
「安心しろ。セシルが付いてる」
 あの騎士が付いていたなら大丈夫だったのだろう。ガーランドは腰を下ろし、そのように考えていたらバッツとジタンから衝撃の言葉をもらった。
「おっさんがいない間、大変だったんだぜ? ウォーリアのヤツ、おっさん捜してテントから出て行こうとしたんだ」
「何⁉」
「すごかったぜ。声がしたからオレとバッツで見に行ったら『私をおいて行くな! 私をひとりにするな!』って泣きながらスッゲー叫んでたもんな。痛々しくて見てられなかったぜ」
「……な、に?」
「おっさん。ウォーリアがどんな拒絶の言葉をおっさんに言ったかなんて、オレは知らない。けどな、オレらがさっき見たウォーリアが、あれが本当のアイツだと思うぜ」
熱で浮かされてるからこそ出した、隠しも飾りもしない本当の、な。バッツの声はその場で思わず立ち上がったガーランドの心に留まった。では、今ならもしかすれば──。
「声が聞こえたと思ったら、やっぱりいたんだね。ガーランド、早くウォルのところに行ってあげて。ウォルね、熱に浮かされながらも、ずっっとあなたを捜してる」
 呆然と立ち尽くすガーランドに、セシルはウォーリアのテントから出てきた。ガーランドに近付き、肩をトンと叩いて伝えてくれた。
「すまぬ……」
 ガーランドはセシルにひと言だけを言い、ウォーリアのテントに入った。すると、意識を少しだけ取り戻したウォーリアの姿が目に入ってきた。
「どこに行っていた!」
 まだ焦点の合わないアイスブルーの瞳がガーランドの姿を捉えた途端に叫んだ。ガーランドは素直に着替えのために戻っていたと伝えると、ウォーリアはまたも叫びだした。
「ならば私も共に連れて行け! もう……私をひとりにするな!」
 それだけ叫ぶと落ち着いたのか、またしても意識を手放してしまった。スーッと再び寝入ったウォーリアに、ガーランドは何度目か分からなくなった溜息をはいた。先に儂の拘束から逃げ出したのはお前だろう……。突っ込んでやりたいが、当人は眠りに就いている。
 やり場のない怒りに似た妙な感情を持て余し、ガーランドは複雑な心境でウォーリアの汗で張り付いた前髪を掻き分けてやった。
……頭が痛いわ。