第七章 白い花の恋の行方 - 3/7

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◆◇某日昼すぎ◇◆

……何だ? この状況は?
 ウォーリアオブライト──ウォーリア──はひとり頭の中で混乱していた。
 ウォーリアはガーランドに腕を引かれ、水場に近い平地に連れて来られた。その場にどかっと胡座をかいたガーランドに、ウォーリアは横抱きの状態で座らされている。
 しかも、ガーランドの腕はウォーリアの腰と腹にまわされていた。そのため、逃げることも動くこともままならない状態で、ウォーリアはガーランドの過去の話を聞かされている。
……何故この状態で?
 ウォーリアはガーランドの胡座から立ち上がろうと動く度に、ガチャガチャと互いの鎧の擦れあう音が響いた。

『……お前には少し辛い話になるかもしれんがな』
『ウォル、辛くなったら話を中断させるのも手だからね? 無理してまで聞いちゃダメだよ』

……クラウドやセシルの言う、辛い話とはこのことか。
 ウォーリアの胸の奥がちくりと痛んだ。辛い。ガーランドが好きなのは前の私で、今の私ではない。
 コスモスにこの想いが何かを教えてもらい、セシル・ティーダ・バッツに想いを伝えるよう背中を押してもらった。でも、肝心のガーランドがこれでは、私にはどうすることも出来ない。
……ガーランドは私を見てくれることはないのか……。
 ウォーリアはこれ以上話を聞いていることが辛くなり、下を向いていた。氷銀の睫毛を震わせ、瞼を伏せる。
「ウォーリア、どうした?」
……何?
 ガーランドはウォーリアの顔を覗き込んできた。慌てるような素振りでガーランドは聞いてくるが、ウォーリアは別にどうもしない。顔を上げることはしないで、その状態で首を傾げた。
「何を泣いておる? ウォーリア」
「え……?」
……私は……泣いて?
 ウォーリアは自分の瞼に指をあてた。涙はポロポロと流れ、頬に伝っていた。自身の涙に気付いたウォーリアは顔をさらに下に向け、ガーランドにこれ以上見られないようにと、身体を捩った。
……私は泣いていたのか? なら、ガーランドにこれ以上見られてはいけない。
 涙を見せまいとウォーリアは下を向き、身体を捩ってしまった。そのために、ガーランドは大きな息をはき、腹にあてていた右手でウォーリアの顎を掴んで上を向かせた。
 アイスブルーの瞳に大粒の涙を含ませ、涙を流すまいと堪えようとするウォーリアの悲しげな顔を見てしまい、ガーランドは狼狽した。ただ話をしただけで泣かれるとは考えるに至らなかった。
「だから、何故泣く? ウォーリア」
「私は泣いてなどいない! 欠伸が出ただけだ」
そうだ。これは欠伸だ。泣いてなどいない、泣くわけには……いかない。これ以上ガーランドを困らせてはいけない。
「離してくれ。ガーランド!」
 泣きながらも、ウォーリアは顎を掴んだままのガーランドの右手をパシッと弾いた。ガーランドの拘束から逃れるために、さらに身を捩り立ち上がろうとした。
「頼む、ガーランド。お前の話は聞いた……もう、いいだろう? 私を離して欲しい」
「ウォーリア?」
 ウォーリアの突然の拒絶により、ガーランドは仕方なく手を離した。ウォーリアを立たせ、ガーランド自身はそのままでいた。ウォーリアは涙を流し、ガーランドに訴えだした。
「ガーランド、話は聞かせてもらった。思わず欠伸が出てしまったのはすまない。次に逢えたときはお前の闘争相手として、相応しい私にきっとなっている。だから……もう皆の元に戻らせて欲しい」
「待て! ウォーリア!」
 ガーランドは慌てて立ち上がり、ウォーリアの腕を掴もうとした。だが、ウォーリアの方が一瞬早く、そのままこの場を立ち去ってしまった。
 ガーランドは呆気にとられ、何が起きたのか……一連を見つめなおした。そして、ひとつの結論を出した。
「……やってしまったか」
また変に解釈して、自己完結しよったな。闘争相手って何だ? 儂はそのようなこと、ひと言も言ってはおらぬ。なんとなくウォーリアの涙の原因に気付き、ガーランドは項垂れた。
「あれだけ泣いて何が欠伸か……。あの三人に怒られよるわ。全く……」
 大きな溜息をはき、天を仰ぐ。それから、ガーランドはウォーリアを追いかけるためにあとを追い始めた。

「あら、あなた達は……? 揃ってどうしたのです?」
「コスモス。アンタに聞きたいことがある」
 秩序の聖域に到着した一部の仲間達は、コスモスと対面した。ここにはウォーリアと年長三人以外に来ることは少ない。年少の数人は緊張するなかで、クラウドが代表してコスモスに問いかけた。
「ウォーリアのことですか?」
「やはり、アンタが?」
「ええ。ウォーリアはあなた達に性別がバレてしまわないようにと、ガーランドへの想いを封じ込め、良き闘争相手として相応しい自分でいるように、と言っていました」
「オレらはもう知ってるから前者はいいとして、問題は後者だな。アイツは何故そこまでおっさんを拒んでるんだ? ちゃんと好きなんだろ? おっさんのこと」
 クラウドの隣に立っていたバッツが口を挟む。バッツの的確な指摘に、コスモスはこくりと頷いた。
「ウォーリアの記憶がなくとも、ガーランドへの想いだけは残っていたようです。私はそれを彼女に教えてあげました。ですが……」
「ですが、何だ?」
「ガーランドは妖艶な魅力のある女性が好きだから、自分には到底敵わない。ガーランドが求めているのは互角に戦える相手だから、この想いは封じてしまう……みたいなことを言っていました」
「……は?」
 思わずクラウドはマヌケな声を出していた。隣にいたバッツも同様の反応を見せている。予想外のコスモスの返しに、ここに来た仲間達は唖然としていた。
「何か意外。ガーランドって、ケバいのが趣味なんだ……」
「同感だ、オニオン。オレもガーランドってどちらかというと、清楚な女性を好みそうだと思ってたのにな」
 いち早く回復したオニオンがポロリと洩らせば、フリオニールも賛同してきた。
「オニオンもフリオもそう思う? 僕もだよ。ウォル、何か勘違いをしてるんじゃないかな?」
「あの天然ならあり得るな。おっさんに何か言われたのかもしれんぞ」
 セシルとバッツも続いて会話に加わり、この四人で井戸端会議のような盛り上がりをみせ始めた。
「他に何か言っていなかったか?」
 隣で勝手に盛り上がるなか、腕を組み、考えながらクラウドはコスモスに問う。バッツから聞いていた内容と少し違うことに、クラウドは先ほどから違和感を感じていた。
……互角に戦える相手? どこから出てきた、そんなもの。
そもそも今のウォーリアを、ガーランドが闘争相手と見なすとは到底思えないが。外見だけでなく、もうひとつ出てきた不穏な単語に、クラウドは頭を捻らせた。
「そういえば、暗闇の雲やアルティミシアがどうとか言ってました」
「んー。何か分かったぞ。おっさんが雲やミシアを何かの引き合いに出したから、ウォーリアのヤツ……あの二人と自分を比べたんだろ。きっと」
「そしてウォル自身にはあの二人ほどの魅力がないから、ガーランドは自分のことを見てはくれない、と」
「セシル、それだ! てか、女なの隠しといて、何を言ってんだろうな、アイツ」
「バッツ。そうじゃなくて、ガーランドへの想いを自覚した途端、自分の外見を気にしだしたんじゃないかな? 男性の姿をした自分は、ガーランドにとってどう映ってるのか、って」
ウォルだったらそんな感じだよねー。苦笑を浮かべるセシルに、はぁ、小さくバッツは溜息をはきだした。
「それだったら一理あるな」
「ウォーリアが隠していたことが、仇になったということか」
 もう、それしか考えられなかった。バッツは天を仰いでいる。クラウドは組んでいた腕を下ろし、コスモスに問いた。闘争云々はガーランドに直接聞けばいい。まずは……。
「コスモス、元に戻す方法はあるのか?」
「あるにはあります」
「ウォーリアはそれを知っているのか?」
「いいえ。ウォーリアは知らない方が良いと聞きませんでした」
「アイツらしいな。で、その方法とは?」
「それは──」

***

 どこをどう彷徨ったか分からないが、気が付くとウォーリアは自分用のテントに戻っていた。
……ここは私のテント。いつの間に……。
 ウォーリアは中に入り、誰も来ないことを確認すると、その場に座り込んだ。嗚咽を洩らし、留め処ない涙を流し始めた。
……今日だけ、今日だけ泣いて、明日にはいつもの私に戻ろう。
 よくよく考えたら、今の自身は男性になっている。装備を外しても、誰にも何も言われることはない。その事実に気付いたウォーリアは鎧を全て外し、アンダー姿になった。
……兜をおいてきてしまった。
 鎧を脱ぐときに兜がないことに気付いた。そういえば……兜を落としたときに、入れ替えるようにティナが髪に差してくれた白い花に触れる。
 どこで見つけたのか分からないが、とても可愛い清楚な花だった。どうしてこれをティナが着けてくれたのか、今となっては知る由もない。
……せっかくティナが着けてくれたのに、今の私には似合わないな。
 花を髪から外し、壊れ物のように両手で持った。花に少しだけの笑みを向け、そっと鎧の側に置く。テントの隅に置いていたガーランドの借りたままの外套を掴み、ウォーリアはぎゅっと抱きしめた。
……もう疲れた。泣きすぎたのか頭が痛い……少し休もう。

ピ──、ピ──。

……あれは、ジタンの指笛? 何か……あったのか? 身体、が……動かな……い。

「ウォルー! しっかりしろ! ティーダ! みんなを早く呼んで来い‼」
「分かったッス! ジタン! ウォルを頼むッスよ!」