第七章 白い花の恋の行方 - 2/7

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『来ましたね。ウォーリアオブライト。私はコスモス……調和を司る女神です。ここは、秩序の聖域です』
『わたしは……いったい?』

 ウォーリアオブライト──ウォーリア──と呼ばれる人物は女神の前に降り立つと、何が何だか分からないといった感じで周囲を見まわした。
 コスモスと名乗った女神は、ウォーリアが向きなおるとにこり、優美な笑みを浮かべた。

『覚えていないのも無理はありませんね。あら? 今回は女性なのですね』
『今回は女性?』

 いったいどういうことなのだろうか? 何も分からないウォーリアはコスモスをじっと見つめ、首を傾げた。少し考え、思い至ったことをコスモスに告げる。

『わたしは以前から女性だったのだろうか?』
『いいえ。今までのあなたは全て男性でした。ですが、どうやら今回は女性のようですね』
『そのようなことってあるのだろうか?』
『今まで一度もありません。ですが、今回何故あなたが女性なのかは私にも分かりません』
『そうか……』

 コスモスは申し訳なさそうに、首を左右に何度も振り続けた。そんなコスモスの様子に、ウォーリアもそれ以上は聞けなくなった。

『この地にはわたしとあなたしかいないのだろうか?』

 ウォーリアは周りを見まわしたときに感じた疑問を、コスモスに尋ねてみることにした。女神が聖域と言うこの空間には、ウォーリアとコスモスの二人しかいなかった。わたしの頭の中にいる、十人は誰だろう? ウォーリアの脳内にはっきりと映し出される十人の姿。ここにいなければ、いったいどこに……? ウォーリアは眉を顰めた。

『いいえ。あなたの仲間が九人向こうにいます。私からより、皆からいろいろ教えてもらう方がいいでしょう』
『九人? 十人ではなく?』
『……あなたを入れると十人になりますね』

 違う。ウォーリアは言いかけた。しかし、コスモスの様子から、自身の仲間は全員で十人ということになる。では……? ぶんぶんと頭を振り、ウォーリアはコスモスに向き合った。まだ聞かねばならないことはある。

『その仲間とやらは、わたしが女性だと知っているのだろうか?』
『いいえ。知らないはずです』

 ウォーリアは少し混乱しかけた脳内を少しでも軌道修正させようと、頑張ってコスモスとの会話に集中した。しかし元が天然なので、何かが少しずつズレていっていることには気付いていない。

『ならばコスモス。わたしが女性であることは、皆には黙っていて欲しい』
『分かりました。女性であることを隠すのでしたら、声は大丈夫なのですか?』
『声?』

 ウォーリアは自身の口許に触れた。この声が女性のものということなのだろうか? ここには女性のコスモスと二人っきりのため、男性の声が分からない。女性であることを隠すのなら、男性の声の方が良いのか?

『何とかならないだろうか?』
『では、兜に魔法をかけておきましょう』

 ウォーリアは兜を外し、コスモスに渡す。コスモスは兜に向かい、何かを唱え始めた。すると、フワーっと兜が仄かに輝き出した。兜に細工をされたのは明白で、ウォーリアは呆然と見つめていた。
 コスモスはにこりと優雅に微笑んで、ウォーリアに兜を返した。

『もうこれで大丈夫なはずですよ』
『これが、男性の声?』

 ウォーリアはあー、あー、と何度も男性の声になった地声を確かめだした。先とは明らかに違う地の低い声色に、ウォーリアは喜色の色を隠せなかった。

『兜を外すと元の女性の声に戻りますから。気を付けてくださいね』
『そうなのか。気を付けよう』
『ところでその重鎧、重いようでしたら女性用の軽量の物に代えましょうか? それは今までのあなたが使っていた男性用のものなので、かなり重いと思いますが?』
『重鎧? この鎧のことか?』

 確かにウォーリアからすれば異様に重いものだった。これを装備したままで動くこと自体が、まず難しく考えられる。慣れれば大丈夫だろうか? ウォーリアは軽量の鎧と替えてもらうべきか悩んだ。だが、結局このままにしておくことにした。性別を偽るなら装備を変に変えては、きっとそこからバレてしまう。

『大丈夫だ。じきに慣れるだろう』
『そうですか。では、もうお行きなさい。ウォーリア、仲間達が待っています。何かあれば、私の元へいつでも来なさい』
『ありがとう、コスモス』

 コスモスに別れを告げ、ウォーリアは仲間がいると言われた方向へ歩き出した。ガシャガシャと金属の擦れる音だけが、いつまでも聖域に響いていた。

『ウォールー。お帰りッス』

 二色頭の青年は手を振り、その場所まで到達したウォーリアを迎えてくれた。ウォーリアの姿を見て、二色頭の青年はビシッと固まった。ウォーリアは立ち止まり、その青年をじっと見た。頭の中にいる十人のひとりなのは理解が出来た。

『どうかしたのか?』

……ウォルとはわたしのことか?
 固まる二色頭の青年にウォーリアは眼を細めた。名前もだが、ひと目見て固まられる理由など、ウォーリアにはどこにもなかった。

『いやいやいやいや、何でもないッス。何でもないッスからちょっと待ってッス。みんなー、ウォルがー‼』
『……?』

 わらわらと、ウォーリアの仲間らしい八人が集まってきた。八人はウォーリアを見た瞬間、二色頭の青年と同じように、全員一斉に固まってしまった。

『どうかしたか?』

……わたしの顔に何かついているのだろうか?
 こうなると、徐々にウォーリアも不安になりだした。八人を順番に見ていき、ひとりずつ確認していった。皆、頭の中にいる十人のひとりだった。

『……ウォーリア、でいいのか?』

 金髪トリ頭の青年が片手を顔にあて、軽く頭を振っている。顔から手を離し、ウォーリアに問いかける。どうやら皆は軽く混乱しているようなので、ウォーリアは物理に訴えようかと少し考えた。

『そうだが。何か?』
『……』

……しかし、このトリ頭はどうやって作っているのだろうか?
 物理に訴える前に、無言になったトリ頭の青年の特徴ある髪型が気になった。ウォーリアはじっと凝視していた。

『ウォル。今ははじめまして、でいいかな。僕はセシル。こっちのチョコボあた「おい(怒)」は僕達のリーダーのクラウドだよ』

 何か考え込むかのように、急に黙ってしまったトリ頭の青年の代わりに、白銀の鎧に身を包んだ美しい青年がウォーリアの前に出てきて自己紹介を始めだした。
 頭の中では見覚えがあるのに、名前の全く分からないこの青年達を、ウォーリアはどう呼べばいいのか分からなかった。ウォーリアはありがたく思い、黙って白銀の青年の紹介を聞いていた。

『よろしくね』

 セシルと名乗った青年が右手を出してきたので、ウォーリアも右手を出し握手をした。

『ウォーリアオブライトだ。よろしく頼む』
『そんなに堅苦しくなくていいよ? まず聞かせてもらうね? あなたは男性? 女性?』

 セシルから「今日の晩ごはん何?」みたいな気軽さで発せられた突然の質問に、ウォーリアは心の中で驚いていた。
……いきなりな質問だな。わたしは女性に見えるのだろうか?
 質問の意図は全く分からないが、聞かれたことには答えておこうと思い、ウォーリアは口を開いた。周囲の者達は、皆固唾を呑むように見守っている。

『わたしは男だが?』
『もうひとつ聞いていい? 男性と女性の区別はつくかな?』

……何の話だ?
 ますますウォーリアは分からなくなった。疑惑を含む視線をセシルに送ってしまうのは、致し方ないかもしれない。それでもウォーリアは答えを告げた。

『男性は君達のような者を指し、女性はコスモスや君のような者を指すのだろう?』
『うん、そうだね……』

 ウォーリアは八人の中にひとりだけいた、髪をうしろで結わえた少女を指した。指を直接向けられた少女は、びくりと身を震わせた。
 セシルは訝しがるウォーリアを放置し、クラウドと呼ばれた金髪トリ頭の青年に、こそこそと小声で相談を始めた。

『どうしようか? クラウド』
『ウォーリア、この場で少し待っていろ。いいか、そこから動くな。絶対だぞ。全員あのテントに行くぞ。緊急会議だ』
『了解‼』

 一瞬で仲間と呼ばれる九人は小さなテントに入ってしまった。ひとりだけ残されたウォーリアは、しばらくポツンと待たされることになる。
……あの九人の中に、黒い熊のような大男がいると思ったのに、いなかったな……。
ではあの男はどこにいるのだろう? ウォーリアは首を傾げた。それにしても、鎧が重い。ウォーリアはしゃがむことも出来なかった。仕方なく、そのまま立って周りを見まわしてみた。

 ここが拠点地なのか……。森の中の開けた場所に作られた、少しばかり生活感の漂う異質な空間──これがウォーリアの第一印象だった。
 この空間は女神の力が少なからず働いている。そのために秩序勢には安全で、外敵からも身を守ることが出来る。ただし、全くの完璧な安全空間ではなく、時々迷い込む魔物の類も存在する。夜間は哨戒や深夜の見張りなどの役割分担をして、仲間達は日々をすごしている。

 一方、二人用の小さなテントに入った九人は、ギュウギュウ詰めになっていた。そんな状態でも、クラウドは冷静に全員を見て、静かに聞いた。

『さて、どうする?』
『ウォル、ちょーぜつ美少女になってたッスよ‼ ん? 美女ッスか? まっ、どっちでもいいッスね! ちょー可愛いッス。マジパないッスよ‼』
『お前もそー思うよな‼ あれはマジでヤバいって!』
『ジタンも同じ意見ッスよね‼ あ~。フリオ、顔真っ赤ッス~』
『ううぅうるさい!』

 はしゃぐ年少メンバーをスルーして、年長三人は話を進めていった。このような事態は初めてのことに、その理由を知る三人は驚きを隠せなかった。

『クラウド。ウォルは自分が女性だと分かってて、男性だと言ってる。この認識で合ってるかな?』
『おそらく合ってるな。ウォーリアのヤツ、どーせ今まで男で今回は女だと知って、今まで通り男でいようとか、そんな感じでいるんじゃねーか? 男の声が地なのか作ってんのか分かんねーけど』

 クラウドの代わりに肩を竦めたバッツが言う。クラウドはバッツの意見に頷き、腕を組みなおした。

『そんじゃどーするんスか? ウォルに教えてあげるんスか?』
『いや、ティーダ。本人が黙ってるなら、オレらも知らないフリの方がいいんじゃないか? な、クラウド?』
『……そうだな』
『オレから質問していいかな?』

 クラウドは目を閉じ、何かを考える様子を見せていた。真っ赤な顔をしたフリオニールは腕を組み、うーん、唸りながら何かを考える様子でクラウドに尋ねようとした。

『何だ? フリオニール?』
『あのな。ウォルのあの鎧、今までと同じ重鎧だろ? セシルやオニオンなら分かると思うけど、あれを女性が装備したら相当重いんじゃないかと思うんだ……ちゃんと動けて、戦闘とかも出来るかな?』
『……』

 はーっ。大きな溜息をはき、クラウドはちらりとフリオニールとスコールを見た。フリオニールの言うことは一理ある。万が一を想定していた方が絶対いい。クラウドは考え、フリオニールとテントの端にいたスコールに声をかけた。

『かなり怪しいな。戦闘時はフリオニールとスコールで守ってやってくれ』
『分かった』
『じゃあクラウドの代わりに僕が纏めるね。ウォルが打ち明けるまで、女性であることは知らないフリをする。戦闘時はフリオニールとスコールで守ってあげる。で、大丈夫?』
『大丈夫‼』

 年少組が威勢よく言い放ち、年長組は顔を見合わせた。こんな事態に陥り、混乱しているのは……おそらくウォーリアを含めた全員。
 それでも、皆は何事もなかったかのように受け入れようとしていた。それが、年長三人には嬉しくもあり、ありがたくもあった。

『ではウォーリアを待たせてる。行くか』

 クラウドの言葉に全員が外に出ると、ウォーリアは律儀にもそのままの姿で立って待っていた。クラウドを先頭に全員がウォーリアの前に集まった。

『待たせたな。ウォーリア』
『ウォル、みんなの紹介がまだだったね。言っていくから覚えてね』

 クラウドに続き、セシルはメンバーの名前を次々に言っていく。ウォーリアはそのアイスブルーの瞳でじっくりとメンバーを見つめ、ブツブツと呟きだした。

『……バンダナがフリオニール、赤いタマネギ兜がオニオン、白銀の騎士がセシル、青キャミソールがバッツ、少女がティナ、チョコボがクラウド、眉間にキズがスコール、しっぽがジタン、二色頭がティーダだな。これなら覚えやすい』
『こら! 覚え方酷くね? しっぽって何だよ⁉』
『二色頭ってなんスか? せめてプリンとかブリーチとか、他にも言い方あるっしょ?』
『赤いタマネギ兜も大概だよね』

 ウォーリアは外見の特徴から名を覚えようとしていた。しかし、どうやら仲間達の一部はそれが気に入らなかったらしい。
 主だってウォーリアに詰め寄ったのは、仲間達の中で特に酷い特徴を述べられたジタンとティーダだった。オニオンはどちらかというと、苦笑に近いものを浮かべている。

『まあまあ、特徴を捉えてていいんじゃない?』
『セシルはどっちの味方だよっ⁉』
『これはちょっと酷いッスよ』

 クレームを訴える一部仲間に、まともな呼ばれ方をされたセシルが仲裁に入った。
 何故仲間達が揉めだしたのか、まだ分かっていないウォーリアは、皆の方に右手を差し出した。力強いアイスブルーの瞳で皆を見据え、凛とした声で全員に聞こえるように言い放った。

『皆、これからよろしく頼む』
『そこはブレねーんだな。しゃーねーな。ウォル、覚えたらちゃんと名前で呼んでくれよな』

 ジタンが後頭部を掻き、ウォーリアの右手に右手を出して握手をした。

『もちろんだ。ジタン、よろしく頼む』

こうして、ここに十人が揃った──。