第六章 猛者の真実 - 2/2

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 あの美しい光が欲しい──。

 いつごろからであろう、儂の中にこのような感情が生まれ出よったのは。

 いつのころか神竜も満足しよったのか、我々に一切の干渉をしてこなくなりおった。我々が闘争をせぬとも、何も反応がなくなりおった。
 神竜に反応がない以上、殺し合う理由を特に見いだせなかった者どもは早々に武器を捨て、次々に和解していきよった。
 口火を切ったのがあの旅人だった。あろうことか旅人は〝エクスデス用特製X〟なる怪しすぎるモノを用い、エクスデスを退化させてしまいよった。少しの魔力を残しただけの苗木にされてしまったエクスデスは、闘争どころではなくなってしまいよった。
 何とかエクスデスを上手く利用したいと考えておったらしい旅人は、苗木となったエクスデスに〝元に戻りたくば食用と調合用の植物の供給〟という条件を呈示してきよった。
 エクスデスは怒り心頭ではあったが、苗木なので何も言えぬ。そのうえ、敗者であったために勝者には歯向かえず、結局は旅人の条件を呑みよった。これにより五組の闘争は終結しよった。
 次に四組。五組の終結を知るや否や、速攻で月の兄弟は戦いを止めよった。元々いがみ合っていたわけではなかったために、手を取り合うのは早かった。
 次は七組。セフィロス自身がこの闘争に疑問を持っていたため、早々にあの兵士と戦うのを止めよった。兵士自体セフィロスとの因縁を切りたかったようなので、お互いが干渉しないように過ごすことを条件に闘争を終結させよった。
 九組・十組も四組同様、身内同士であるために終わらせるのは早かった。
 その後、次々と和解し仲良くなる組もあったが、二組と六組は最後まで残っておった。皇帝とケフカの性格を考えれば、義士と魔導の少女には同情するところはあるのだが……。結局は二組も六組もお互いに干渉しないと約束し、闘争を終わらせよった。
 最後まで残ったのは儂等一組。儂は皆が和気あいあいと過ごすなか、未だ輪廻に囚われ延々とウォーリアオブライト──光の戦士……〝ウォーリア〟と呼ばれる彼奴──と闘争を繰り返しておった。
 終わらない闘争を繰り返すうちに、儂の中に戦うこと以外の別の感情がいつしか生まれ出した。この感情が何か分からぬほど……儂は初心ではない。
 彼奴は男だ。戦場において男色にはしる者も確かに聞くが、儂はこれまで男になど興味すらなかった。それが何故? 儂は己の中に巣食う、この仄暗い感情を打ち消すように彼奴と対峙し、幾度となく屠ってきた。

『この戦いに真の決着をつけ、お前さえ救ってみせよう』

 しかし、彼奴は儂が何度引導を渡そうとも、何度もそう言っては儂に向かってきよった。他の連中同様、無干渉を決めてしまえば闘争を終わらせることも出来るのに。もしや彼奴も儂と同じく、何かに囚われているのであろうか? いったい何に?
 何度も何度も儂は引導を渡してきた。ゴルベーザやクジャから、いつしか彼奴はリーダーを降りたと報告を受けた。そもそも向こうから儂の元に来ては、戦を挑んできよる。別に儂には関係のないこと……そう思っていたら、弊害は意外にも別のところから生じ始めよった。

 彼奴の代わりに、兵士が新しいリーダーとなりよった。兵士は彼奴のときにはなかった面倒な取り決めとやらを、騎士と旅人と共に作り出しおった。
 秩序の仲間内の規律により、彼奴は儂の元へ来る回数を減らされることとなった。兵士の許可なくば動くこともままならぬらしい。
 忌ま忌ましい取り決めなぞ作りよって……思わざるを得なかった。だが、これは、どうやらあまりに浄化されていく彼奴を案じてのことのようだった。

 だが、そんな秩序勢の事情なんぞ、儂には関係のないこと。彼奴を手に入れられぬ苛立ちと、戦いたいのになかなか彼奴が来ぬ苛立ちとで、儂は益々彼奴を屠るようになった。これは……もう、ほぼ八つ当たりに近い。
 どうせ手に入れられぬのなら、初めからない方がいい。そう思えるようになったのは、いつごろからであろうか……。
 しかし、そんな儂達の闘争はある日をもって終結する。今のひとつ前……前回の光の戦士が全てを教えてくれた。

『お前さえ救ってみせよう』

 初めて邂逅したときもそれを言うだけで、戦う素振りを彼奴は全く見せなんだ。
 何だ? 秩序の小童どもはまだぼんやりさんな状態で儂の元に送り込んできよったのか? 儂は首を傾げた。
 どんなに挑発しても、威嚇に軽く掠める程度に緩めた攻撃を仕掛けても、彼奴はシールドを張るだけで何もせずにじっと待っておる。闘争せぬなら、儂にも用はない。戦意のない者を屠る気は儂にはない。

『貴様に戦う気があるのなら相手をしてやろう』

 それだけを伝え、儂は彼奴を無視した。儂が何もせずそのまま玉座を下り去ってしまったので、彼奴はそれからどうしたのかは分からぬ。おそらく秩序陣営に戻ったのであろう。それで良いと思った。もっともっと強くなり、儂と張り合えるようになってからまた来れば良い……と。
 数日が経過して、また彼奴は儂の元へ現れよった。あの兵士が許可とやらを出していなければ、もしかしたら以前のように、決着が着くまで毎日のように現れておったかもしれぬ。
 そして、また儂と対峙しても、戦うことなく何もしてこぬ。何度も言うが、儂は戦意なき者と戦うことはせぬ。儂が玉座から立ち去り、しばらくすると彼奴も諦めたかのようにして帰りよる。これが何度も何度も何度も何度も続けば、儂もいい加減キレる。

 数日経ち、彼奴はまた現れよった。
「貴様はいったい何がしたい?」
 儂は尋ねた。いい加減うんざりしてきておった。故に、彼奴の行動の理由次第では、戦意なくとも引導を渡してやろうと思っておった。
「お前に聞きたいことがある」
 力強い凛とした声。少なくともぼんやりさんでない。そう確信はしたが、だからと言ってその聞きたいことのために剣も取らず、儂の前に何度も現れたというのか?
「……儂が貴様の問いに答えれば、それで気が済むのか?」
「そうだ」
 力強いアイスブルーの瞳が儂を見据えて答えよる。儂は彼奴の虹彩をしばらく見続けた。少しでも翳りが生じればその場で斬るつもりでおった。
「……」
 射貫くようなアイスブルーの虹彩は、氷銀の睫毛に覆われ、より一層冷たい印象を受ける。彼奴が嘘をついておらぬことは明白で、儂はひとつ溜息をはきだした。全てを見透かしてきよるようなアイスブルーに、この身を撃ち抜かれた気分になっておった。
「……ならば、貴様の気の済むまで話してみろ」
「ああ。ガーランド、すまない。実は……ガーランド、お前は」
「待て、立ち話も何だ。こちらへ来い」
 彼奴は何故かしどろもどろになり、それでも話を続けようとするので、儂は一度その話を遮った。踵を返し、神殿の奥にある儂の自室へ彼奴を案内しようとした。
 玉座で立ち話でも良かった。だが、長引くのではないかと思ったのと、何より儂自身、一度腰を落ち着け彼奴とじっくり話をしてみたい……とそう感じてしまった。何故そのような気持ちになったのか、儂にも分からぬ。
 もし、理由をつけるなら……今まで闘争だけでロクに会話もしたことがなかった。一度くらいゆっくり腰を落ち着け、長話というものをしてみたい……その程度だ。

「茶の用意をする。しばらくここで待っておれ」
 儂の自室は執務机と書架と来客用の机と儂が落ち着けるほどの大きさの二組の長椅子しかない部屋で、隣には寝所がある。茶の用意をし、戻ってくると彼奴は一冊の書を書架から抜き出して熟読しておった。
……何故その書? 他にも魔導書や兵法書などいくらでもあるのに。
 そう思っていたら「なるほど。バッツの調合失敗作はこのように……」とか何とか聞こえてきよった。儂にはどうでもよいことなので、無視しておいた。
「気に入ったのなら持って行っても構わぬ」
 もうその書は読み終えておる。一冊くらい彼奴にくれてやったところで、儂には何ひとつ問題はない。
「本当か⁉ 一度この書をじっくり読んで見たかった……!」
 とても僅かだが、心から嬉しそうな笑みを見せよる。感情に乏しい男だと思っておったが、そうではないのか? 否、儂が今まで見ようとしてこなかったのやもしれぬ。
「茶を淹れる。用が済んだのならそこに座れ」
 儂は彼奴を長椅子に座るよう促し、茶を淹れ始めた。
「して、儂に聞きたいこととは何だ?」
「ああ、実は……」
 先の笑みの表情から一転し、いつもの氷の様に硬質な表情に戻った。しかし、何故か話辛そうにしている。何だ? 一体彼奴は何を? 儂にまで緊張が移り、ごくり、儂は息を呑んだ。
「ガーランド。お前はドウテイか?」

ガッシャ─ン

 意を決した彼奴のあまりな質問に、儂は茶器を落としてしまった。彼奴は怪訝そうな顔で儂を見つめてきよる。
「……ガーランド、何をしている?」
 儂の頭が考えることを拒否してしまった。震える手で落とした茶器を拾いあげる。今、彼奴は何と言いよった?
「……誰がそのようなことを言っておった?」
 落として台無しにしたものは仕方ない。儂はこの青年に若干の怒りを覚えながら、もう一度茶を淹れなおした。
「バッツがフリオニールに、そう……言っていた」
「……」
……嫌な予感しかしない。
 儂は直感で思った。あの旅人が絡むとロクなことになりかねない。
「バッツに意味を聞いたら『ガーランドのおっさんに聞いて来い。ついでにしてもらえ。あっ、それだと卒業にはならないなー』と言っていたが?」
「あの旅人、何ということを……」
 それで聞きたいことがある、か。儂が今まで捨てようにも捨てきれず、幾度となく思い描いた仄暗い想いを、ここでまた引き摺り出そうというのか……待て。旅人は何と言っておった? 儂にしてもらえ? 何を? 誰に? 誰が? いやいやいや、それ以前にあの旅人、何を知っておる?
 儂は震える指を心の中で叱咤した。彼奴に今淹れなおした茶をそっと出してやる。
「……? バッツだけでなく、クラウドもセシルも知っているが?」
……何? 兵士と騎士が何、と? ドウテイの話とはまた違う話なのか?
「話を聞いて欲しいだけなのに、聞く耳を持たない相手の元になど、クラウドがわざわざ許可を出すはずがない。クラウドもセシルもバッツも……承知のうえで私を送り出してくれている」
 いったい何の話だ? 全く話が見えぬ。彼奴は儂から茶を受け取った。だが、飲むのに邪魔なのか、兜を外し足元に置きよった。そのあとぬかしよった言葉に、儂は我が耳を疑った。
「ところで、このお茶には何か入っているのだろうか?」
「何……?」
……何だ唐突に? 今度は何のことだ?
 急に話を変えられては儂も付いていけぬ。ましてや相手は超の付く天然。儂は彼奴の次の言葉を待つことにした。
「いや、先日オニオンが茶会で暗闇の雲に一服盛られたらしくてな。それで、バッツの調合失敗作を食べて女性にされてしまった」
「あの旅人、何というモノを作るのか……」
 おそらく雲と結託し、盛ったのであろう。雲はあのタマネギ少年をえらく気に入っておるからな……恐ろしい。いや、苗木にされたエクスデスのことを考えれば、そういう物体Xが存在してもおかしくはないのやもしれぬ。
……というか、人が淹れた茶に対し、それは失礼ではないか?
「儂が一服盛るような姑息な男に見えるか? 飲まぬなら別に構わぬのだが」
「む、すまない。疑ったわけではないのだが……いただきます」
 律儀に手を合わせ、茶を口に含みきょとんとした顔で儂を見つめてくる。何か? 儂は思い、彼奴の顔を覗くように見遣った。アイスブルーの瞳を少し揺らしておる。
「すまない…」
 茶を少し飲み、彼奴は切り出してきよった。

 ずっと頭の中をよぎる、いつからか分からない想い。気付いたのはいつか? この想いは何なのか? 考えれば考えるほど胸は高鳴り、何も集中出来なくなる……。

「実は私自身があまり良く分かっていない。だから、この感情が何かをバッツに相談した。バッツには『それは、オレじゃなくおっさんに言え』と言われてしまった。だから……話を聞いてもらいたくて剣を取らず、お前が聞く姿勢をとるまで待っていた」
 ふ~。また少し茶を飲み、彼奴は説明をする。また話が飛んだな。天然のなせる技か? どう突っ込んでいいのか、もはや分からぬ。……ん? 今、彼奴は何と? 黙って彼奴の話を聞いていた儂は、ここで唖然とした。
「ガーランド。この想いが何なのか……私にはまだ分からない。ただ分かるのは、お前に逢えないと辛くて寂しい、ひと目でもお前を見れば、この胸は温かくなる」
私には以前の記憶がないはずなのに、お前のことだけは何故か心に残っている……。彼奴の思いもよらない告白に、儂は何も発することが出来なかった。刮目したまま、彼奴の姿を見下ろしていた。
「ずっとお前の傍にいたい、お前と共に生きていたい。輪廻の鎖に囚われ続けているお前を救いたい……と。このように考える私は、やはりおかしいだろうか?」
「……」
……何てことだ! もしや彼奴も儂と同じなのか?
 儂は何も言えぬまま、しばらく無言でおった。それを否定の意と捉えたのか、彼奴は「ごちそうさま」と言って立ち上がった。
「すまなかった。お前にすれば私は因縁の相手。こんな想いを持たれていては迷惑にしかならないだろう。もう二度と言わないので、今……私が言ったことは忘れて欲しい」
「待て! まだ儂は何も言っとらぬ! 話は二転三転するわ、勝手に自己完結はするわ、いい加減にせぬか‼」
……いかん。つい怒鳴ってしまった。
 ポカーンとした彼奴の顔は、普段の凛とした光り輝く戦士のものとはまた違っておった。年齢相応のあどけなさを残した、少し幼い表情で……儂は一瞬で全てを持っていかれた。
「……」
 もう自分の心に否定は出来ぬ。天然で、勝手に自己完結をしてしまうこの美しい光が欲しい。身も心も……今度こそ儂のものにしてしまいたい。そう、思ってしまった。

パチン

 儂は立ち上がった。兜の金具を外し、兜を脱ぐと執務机に置く。彼奴の元に戻ったときは当然素顔で、初めて彼奴に素顔を晒した。彼奴はポカンとして、そのまま硬直していた。
「どうした……? 中は人外とでも思っていたか?」
「違う。思ったよりいい男だなと思った……」
「は?」
……彼奴の美的感覚は大丈夫なのか? 儂がいい男? 何をぬかしたことを。
「……そうではない。幾度となく戦ってきた精悍な男の顔だと言いたかった。美醜ではない。それに私はその者の光を視る。外見に囚われることはない」
「儂の光……?」
「お前の闇の中に光が視える。私はその光が何か知りたい」
「……」
……儂の中に光が視えると言うのならば、それは……ひとつしかない。
 儂は彼奴の腕をとって己の元に引き寄せた「何?」と小さく洩らした彼奴が儂の胸の中に収まった。互いの重鎧のぶつかる音が部屋の中に響き渡る。
「ガーランド?」
 訝しげに儂を見てくる彼奴の髪に唇をあてると、逃げるように身体を捩りだしよった。儂は腕の中から逃れぬよう背中と腰に腕をまわし、彼奴を優しく拘束していった。
「何を……?」
 儂は背中にまわした腕を彼奴の後頭部に持っていき、彼奴の髪・頬・瞼と順に唇を落とした。もう……隠すことは出来ない、引き戻れないと思い、胸の内を彼奴に告白した。
「……ウォーリア、儂らは随分と遠まわりをしてしまったようだな」
「……⁉」
「まだ分からなければ、それでも良い。これから知れば良い」
 儂は彼奴──ウォーリアの唇に、軽く唇を触れ合わせた。そのとき儂の眼には、アイスブルーの瞳を不安げに潤わせ、頬に朱を浮かべたウォーリアの美しい顔が映った。羞恥からか、下を向いては儂の様子を見るために、瞳だけが少し上を向く──所謂上目遣いは、ただ男を煽るものだと分かってやっているのでは……ないな。おそらく、無意識……か。
「嫌、か?」
「嫌ではない。ただ、お前のしようとすることを、私はあまり知らな……んぅ」
「あまり知らないと言えるのなら、知識としては一応知ってはおるのか?」
「んっ……愛する者同士で、んぅ、行う……行為だと、あ…ッ」
 ウォーリアが話す間にも、軽く触れるような口付けを数回繰り返す。少しずつ舌を絡め合う、深いものに変えていった。お互いの唇が離れるとウォーリアは膝に力が入らなくなったのか、その場にへたりこんでしまった。
 吐息は荒く、普段の冷たいアイスブルーの瞳がますます潤み、頬はさらに朱を帯びておる。
 その煽情的なウォーリアの様子を見ながら、儂は重鎧をひとつずつ外していった。ガシャガシャと硬質な鎧が外れていく音と、はぁはぁとウォーリアのまだ整わない荒い吐息だけが部屋に響く。
「何故鎧を……?」
 少し落ち着いたのか、やはり頬に朱を浮かべ潤んだ瞳をしたウォーリアは、儂を見て聞いてきた。鎧を脱がねば始まらんだろうが……そう思うも、次に儂はウォーリアの重鎧を外しにかかった。勝手が違うため、外しにくかったが何とか脱がした。互いにアンダー姿となった。
 気恥ずかしいのか、ウォーリアは瞼を伏せている。ふるりと震える睫毛に儂は胸をどきりとさせた。しかし、まだやることがあった。
 儂は互いの鎧をひとつに纏め、その辺に置いておく。手入れはあとですれば良い。ちらりとウォーリアを見る。まだ床にへたりこみ、荒い吐息をはいておった。儂はウォーリアに近付いた。

 儂は口付けで立てなくなったウォーリアの脇の下と膝の裏に腕をまわし、軽々と抱きあげた。ウォーリアから抗議の声があがる。
「な……に? 下ろしてくれ、ガーランド! 私は女性ではない」
 相当恥ずかしいのか、ウォーリアは首筋まで朱くし、手足をバタバタと大きく振りだしおった。
「暴れると落ちるぞ。大人しくしておれ」
「私をどこに連れて行くつもりだ?」
「行くところなどひとつしかなかろう。寝所だ」
 これから何が起きるのか、ウォーリアはまだよく理解しておらぬ。ウォーリアの訝しげに問う言葉に、儂は簡単に答えるに留めておいた。
 儂としては知識があるなら察してもらいたかったが、ウォーリアにはまだ無理のようであった。寝所にある寝台にウォーリアを下ろし、儂はそのまま押し倒してやった。
「もう逃がしてなどやれぬ。儂に身を委ねよ」

**

「ん……」
「起きたか?」
「……ガーランド? 私はどのくらい眠っていた?」
「無理をさせてしまったようだな。もう夜中だ。明日の朝近くまで送ってやろう」
「ッ⁉ ダメだ! すぐに帰らないと。クラウドに泊まる許可をもらっていないから、怒られ……痛ぅ!」

ズッテ──ン

 勢いよく飛び起きるから落ちよる。それに、おそらく腰が当分使い物にならんはず。儂はウォーリアが寝台から落ちよる様を見届け、顔を緩めてしまっておった。所謂〝お約束〟というものを素でやりよった此奴を愛おしく感じておった。
「もうしばらく寝ておれ」
 儂は生れたての仔鹿のように脚をふるふると震わせ、立ち上がろうとするウォーリアを寝台に戻してやった。喉が渇いておるだろうと水差しの水をグラスにとり、ウォーリアに渡してやった。
「……ありがとう」
 水を受け取るとウォーリアははにかんでそれだけを言い、少しずつ飲んでいきよる。しかし、急にウォーリアは思いつめたような顔をしてきよった。
「ガーランド」
「……何だ?」
……腰やあらぬ箇所があまりに痛むのならば、あとでポーションでも飲ましてやるか。
 ウォーリアは下腹を労るように撫でておった。故に下腹に違和感や痛み、もしかすれば腰にまでそれが及んでおるやも……儂は考えた。とにかく、儂も喉が渇いておった。渇きを潤すため、グラスに注いだ水を口に含む。その瞬間だった──。
「これで私はお前の子を宿すことが出来るのか?」
「ブフォォ──ッ‼」
ゲフォゲフォゴフン……儂は盛大に噎せた。まるで狙ったかのような時機で告げられ、儂は反応すら出来なんだ。
「……汚いぞ。ガーランド」
「…………」
……いやいやいや、今ウォーリアは何と言いよった? 儂の聞き違いか? そうであって欲しい。いや、そうであってくれぬか。思いつめた青年の突然のひと言は儂の脳天に突き刺さり、年甲斐もなく醜態をウォーリアの前で晒すこととなってしまいよった。
 儂は口許を布で拭い、噴いた水をどうするか迷った。幸いにも掛布や敷布には飛び散っておらず、水なので乾けば何の問題も残さぬ。面倒なので、儂は放置を決め込むことにした。
「バッツが言っていた。交わりをすれば、ここに……子を宿すことが出来ると。これで私はお前の子を宿せるのか?」
……あの旅人、中途半端な性知識を吹き込みおって。
 儂は此処に居らぬあの旅人に憤怒した。だが、目の前に居るのは、下腹を愛おしそうに撫でる性に無知な青年。さすがにウォーリアに当たるわけにはいかぬ。怒りでブルブル震える身体を抑え、儂はウォーリアに説明してやった。
「……それは男女で交われば、の話だ。儂らは男同士。子を成すことは有り得ぬ」
「そうなのか? なら……私が女性だったら、問題ないわけだな」
「は?」
……何を言っておる?
 訝しがる儂を無視し、ウォーリアは語り始めよった。寡黙な印象を持つ青年にしては珍しく、しかも何故か嬉しそうな表情をしておる。
「子供は可愛いものだと聞いた。実際、オニオンは暗闇の雲やアルティミシアにすごく気に入られている。まるで母と子のような関係で、その光景は私から見ても微笑ましい。ならば、ガーランド。女性になることが出来れば、私はお前の子をこの身に宿したい」
「……どう突っ込めと?」
 ウォーリアのその言葉は大変嬉しいのだが、何故か儂には嫌な予感しかせぬのだが……。儂はウォーリアに先を促した。
「バッツの調合失敗作でオニオンが女性になったあれを私も飲めば、きっと女性になれる」
「そんな物、飲む必要ないわ」
……危ない。何を考えておる、全く。
 ウォーリアが何か血迷ったことをほざいてきたから、儂は即否定してやった。顔に手をあて、儂は目を閉じた。気持ち頭が痛くなってきた気までしよる。
 期限付きならいくら女になっても、せいぜい着床までだろう。それ以前に排卵しておるのかも怪しい。出産まで女でおれるなら、もしかすれば可能かも知れぬ。だが、そんな危険を冒してまで孕む必要はない。
「そうか……残念だ」
「子が欲しいなら、何か長生き出来る動物でも飼えばよかろう。苗木のエクスデスでも育ててみるか?」
「結構だ」
 まぁ、そうであろうな。儂とてエクスデスを子になどしたくはない。ぴしゃりと即拒否されて儂は苦笑した。逆に欲しい、育てたいなどと言われても儂が困るが。
「ガーランド」
「どうした? まだ何かあるのか?」
「これで私はドウテイを卒業したことになるのか?」
「……何故そうなる? お前のは喪失であって、卒業ではない」
「……ッ⁉ ならガーランドが卒業したのか?」
「……それも違う」
 儂は一応経験者だが、男相手というのなら遠からずやもしれぬ。いい加減、誰かこの天然の取説をくれぬか。頭痛が本格化してきよったわ。
 こんな色気のない話をしておるうちに眠くなってきよったのか、ウォーリアはうつらうつらと舟を漕ぎだした。儂と互角に戦えるように鍛えあげた戦士でも、やはり疲弊はするらしい。
 掛布に潜り込んだウォーリアを抱き締めてやると安心しよったのか、儂の胸に頬を擦りよせてきよる。
「ついていてやる。もう寝るがよい」
「ん……」
 そう言うと、スーと寝入ってしまった。ウォーリアの心地好い体温を感じ、儂もいつの間にか寝てしまっておった。

 次の日の早朝、儂は野営地の近くまでウォーリアを送ってやった。出発前にポーションを渡してやったが、イヤだと飲もうとしなかったので、口移しで飲ませてやった。ウォーリアは真っ朱になって怒っておったが、そんな顔して怒っても返って煽るだけだと気付いて…おらぬな、きっと。これから時間はあるのだから、ゆっくり教えてやろう。
「ガーランド。ありがとう、ここまででいい」
「また神殿に来るがよい」
 長い時間がかかってしまったが、儂とウォーリアの闘争も終わり、これで全ての組の闘争が終了したことになる。儂とウォーリアの関係もこれからだ……そう思っていた矢先に、思わぬところで終焉を向かえることとなった。

**

 初めて交わった次の日、ウォーリアはあの兵士にかなり説教を食らったようだが、周りからは祝福を受けたらしい。というのも、旅人が苗木のエクスデスの元に来てアズキとコメを要求しに来たときに「ついでに……」と儂にわざわざ報告して行きよった。

 あの旅人、儂から見れば相当黒いぞ。秩序の小童どもは何故気付かぬ? 随分前に秩序の小童のひとりに忠告してやったのだが、どうやら上手く伝わらなかったのか? それとも、混沌軍限定の黒なのか?

 それからもウォーリアは、数日に一度は儂の元へ来るようになった。兵士から公認許可を貰ったらしく、外泊も可能になったと嬉しそうに報告してきよる。
 少しずつ笑顔を見せるようになりよったウォーリアを見て、儂はその場で押し倒してしまった。行為が終わってから真っ朱になって抗議してくるから、もう一度穿ってやった。

 この青年に対し、どうやら儂は相当貪欲であるらしい。今までが今までであったのだから、無理もないこと。此処に来れば儂に喰われることを身をもって知るがよい。

 ウォーリアが来る度に身を繋げ、儂の内なる貪欲な獣もそのうちに落ち着きを見せ始めた。そうなってくると身を繋げるだけが全てではなくなった。交わる日もあれば、身体を寄せて眠るだけの日も増えるようになってきた。
 たったこれだけのことが、儂達とっては何事にも変え難い幸せな刻だった。

 ある日、久々にとカオス神殿でウォーリアと本気の手合わせをした。勿論生命を奪うほどのものではない。

キィン

 二人だけで行う剣戟の応酬。数度打ち合ったところで思わぬ邪魔が入ってきよった。
「はっあ~い。ガーちゃん、ウォーちゃん、ごっきげんよぅ。ケ~フカちゃ~んで~す☆」
「ケフカ? 何の用だ?」
「ケフカ? 貴様に用はない。儂らの邪魔をするでない!」
「イ~ヤ~、もうハモッちゃって仲良~いですね~。せっかくなんで~ボ・ク・チ・ンが、遊びに来て~あげました~。楽しい玩具を持って、ね☆平和ボケして暢気に花冠なんて作ってたから~拉致っちゃいました☆」
「ティナ⁉」
 ケフカは魔導の少女を連れてきておった。それに少女の頭に見覚えのあるものが着けられておった……あれは、あやつりの輪か。下道道化め、またしても卑劣な真似を。
「……何てことを、ティナ! 今、助ける!」
「降り注いで!」
「あっら~ん。ちょ~っと威力が強すぎですね~」
 少女は天井高くまで浮遊し、詠唱して魔法を発動させよる。その威力は凄まじく、神殿の壁や天井が崩れ始めよった。この場にいつまでも留まれば、崩落に巻き込まれるやもしれぬ。
「ウォーリア! 此処はもう保たぬ。一度外に出るぞ」
「ダメだ! ティナをおいては行けない!」
 あの少女はあやつりの輪のせいで、周囲が見えておらぬ。下手すれば少女だけでなく、我々も崩落に巻き込まれる危険がある。
 天井付近を浮遊する少女に、儂らは為す術もない。我々は降り注がれる瓦礫を避け、互いに対峙するだけで精一杯だった。
「っ⁉ きゃ……っ!」
「ティナ⁉ くっ……!」
 天井の一部が崩れ落ち、瓦礫が少女に降り注いだ。ウォーリアは刹那の時機でシールドを張り、少女の前に光の盾出現させて瓦礫から少女を護った。しかし──。
「うあぁぁぁ!」
「ウォーリア!」
 何ということだろうか。少女を護るためにシールドを張ったものの、無防備になったウォーリアの身体へ少女の魔法が無惨にも貫いてしまいよった。その直後、少女が受けるはずだった天井からの崩落による瓦礫が、シールドに弾かれた。その瓦礫は重力に従ったまま、下にいたウォーリアに全て降り注いだ。
 儂は対峙していたケフカを放置し、崩落に巻き込まれたウォーリアを必死に探した。ほどなくして瓦礫の下に埋もれていたウォーリアを見つけ、儂は抱き起こした。
「ウォーリア! 無事か⁉」
「……ガー、ラン、」
「ウォ……リア?」
 ウォーリアは少女の魔法で腹に穴が開き、瓦礫の下敷きになっておった。おそらく様々な臓器や骨がやられ……もう永くはないと解る。せめて自身にシールドを張ればこのようなことには……否、過ぎたことを悔やんでも何もならぬ。

「ティナを返せ‼ ケフカ!」
 秩序の年長三人がケフカのあとを追い、ここまで来たようだった。儂の代わりにあの三人がケフカと対峙する。
「あっら~ん。もしかしてボクチン、大ピンチ~?」
「ティナ‼ ウォーリア⁉」
 いち早く現状を察知した兵士は、ケフカを睨み騎士と旅人に指示を出しよる。ここしばらく見なくなっておったが、あの兵士にもリーダーとして出来ることは増えたらしい。儂は何故か妙な安心感を持っておった。この場を任せられる……彼奴等を信用して背を預けてもよいと。
「セシルはウォーリアに、バッツはティナを頼む! オレはケフカを殺る!」
「分かった!」
「ガーランド。ウォルはど……う⁉」
 騎士にもウォーリアの状態が分かったのだろう。ゲボッと鮮血を吐き出し、ヒューヒューと苦しそうな呼吸を繰り返すウォーリアを見て、顔を青褪めさせておった。
「最期の会話くらいは……」
 もう意味がないと分かっておって、それでも騎士は気休めのケアルをかけてくれよった。儂は騎士に内心で感謝しておった。

「ティナ、待ってろ! 今ラクにしてやるからな!」

キィィン

 旅人の遠距離攻撃が浮遊する少女に掠り、上手く少女の頭からあやつりの輪が外れよった。少女は重量に任せ落下し、無事旅人の腕の中に落ちよった。
「これで……もう大丈夫だ」
 意識を失ってはおるようだが、少女に怪我はない。それは救いだと言える。これで少女の身に何かあれば、ウォーリアが……。

「あっら~。ボクチンの玩具がやられちゃいましたね~☆」
「貴様だけは赦さん!」
 兵士は怒り、ケフカに剣を振るうも、ケフカの動きに翻弄されておった。あの道下の回避能力は以外に高く、攻撃は上手く当てることは難しい。見兼ねた騎士と旅人は兵士の加勢に向かいよった。
「クラウド。加勢するよ!」
「おっさん。悪いけどティナもウォーリアと一緒に見ててくれ!」
 三対一になれば分が悪いと感じたのか、ケフカが逃げの体勢を取りだした。ぴょ~んと後方に跳躍し、三人から大きく間合いをとろうとしよる。
 味方でもあれは腹立たしい行動だと思うのに、敵として対峙するのなら、ケフカは相当火に油を注ぐタイプであろう。顔の前で両手を広げ、ピラピラと左右に振って挑発を始めよった。
「ボクチンは絶~っ対に捕まりませ~ん、あら?」
「いい加減にしろ」
「全く、見苦しいったらありゃしない。何してんの、一体?」
 セフィロスとクジャが現れよった。セフィロスはケフカの背後に立つと首根っこを掴み、三人の元へ突き出した。年長三人は突然現れたセフィロスとクジャに唖然としていたが、少し経って兵士が代表して口を開きよった。
「セフィロス……! なんでアンタがここに?」
「身内の恥の落とし前にな。それで……ケフカはどうしたい?」
「クラウド、どうする?」
「エクスデスのように……やっちゃう? ちょうどいいのあるんだけどな~?」
 首根っこを掴まれたケフカに、旅人はゆっくり近付く。黒い笑みを浮かべ、懐から如何わしい何かを取り出しよった。ケフカは首を大きく左右に振り、全身で拒否をしておった。
「ひっ、いやいやいやいや、それだけはご勘弁を~☆」
「それだけのことをやらかしたんだよ、貴様は‼」
「ひ─────」

 セフィロスとクジャは元ケフカ(?)を連れて去って行った。やれやれとばかりに見守っておった三人と儂らの元に、秩序の年少組と呼ばれる小童どもも集まってきよった。
「フリオニール、スコール。ティナを連れて皆、すぐに外へ出ろ! ここはもう長くは保たない。オレ達もすぐに行く」
「分かった」
 義士と獅子は少女を連れ、年少の皆で早々に脱出していきよった。残されたのは、年長三人と儂とウォーリアのみ……。
「ウォーリア……何か言い残すことは?」
 状態を見て、もう永くないと気付いた兵士はウォーリアに話しかけた。ずっと鮮血を身体中から噴き出していたウォーリアは眼を開け、儂に腕を伸ばしてきよった。
「ガー、ランド……私にゲホッ、引導を……」
ティナの手にかかったと知れば、彼女はまた傷つき苦しむことになる……。だから、ガーランド、せめてお前の手で……頼む。儂は伸ばされたウォーリアの腕を取り、顔を見た。もう眼が見えていないのか、焦点が合っておらなんだ。

ゴボッ

 大量の吐血。あまり時間が残されておらぬ。だが、儂は……。躊躇する儂に、ウォーリアは苦悶の表情を僅かに笑ませた。
「次……じょせ、私、……ガーラン、ド、こそ……たい」

〝次、女性になることが叶えば、また私を愛してほしい。ガーランド、次こそお前の子をこの身に宿したい、お前と共に在りたい〟

 どうにかウォーリアの最期の願いを、儂等は聞き取ることが出来た。儂はさっと口当てを外し、ウォーリアの血に塗れた唇に口付けを交わした。
「分かった、次は必ず。例えお前に記憶がなかろうと、この約束は絶対に違えぬ」
儂の腕の中でこれ以上苦しむことなく、今生の生を今……此処で終えるがよい。儂の言葉を聞くと安心したのか、ウォーリアが大きく笑いよった。最期に見せた美しい笑み。秩序の三人も何も言わず見守っておった。
 ウォーリアが息を引き取るその直前に、儂は……ウォーリアをこの手にかけた。

 たいした時間をおかずに現れた神竜という名の死神は、ウォーリアを浄化のために連れて行く。儂等四人は何も言えず、何も出来ずに、ただ見ておるだけであった。
 儂に気を利かせたのか、秩序の三人はいつの間にか居なくなっておった。少女の様子が気になったのもあるのだろう。儂はいつの間にか泣いておった。兜の中で嗚咽を洩らし、ひとりカオス神殿と呼ばれた……完全に崩落したこの瓦礫の中で──。

『次、女性になることが叶えば、また私を愛してほしい……』

 神竜が性別を違えることなどするはずもない。だが、性別など儂にとってどうでもよいこと。次のウォーリアが現れ、兵士の許可をもらい儂の元に来たその時は、今度こそ……お前を手離したりなどせぬ。必ず、この手に──。