2022.9/26
この闘争に勝敗はつけられた。猛者との闘争に敗れて命尽きようとする勇者は、口元を血だらけにして呻くように囁いた。
「最後に戦えたのが、おまえで……よかっ、た……」──と。
それから少しの間を置かずして、勇者は息絶えた。青年の胸に刺さったままの巨剣を抜き、猛者は床に剣身を突き刺した。
猛者は瞼を閉じ、これまでのことを振り返った。勇者の言い遺したことに、猛者は言いようのない違和感を抱いているからだった。床の上で眠るように息絶えた勇者の表情を見下ろし、猛者はその違和感の正体を探っていく。
普段は表情を崩すことなく、まっすぐに前を見つめて仲間たちを導く勇者が、今だけは穏やかに表情を崩している。今しがた胸を巨剣で貫かれて命を落としたばかりだというのに、勇者には苦悶の表情すら見受けられない。
猛者は考え続けていたが、じきに神竜の咆哮とともに、勇者の亡骸は光に包まれた。そして、ようやく猛者は勇者の言葉の本当の意味に気づいたのだった。
「愚か者め。貴様でなくば、儂は──」
猛者は拳を握りしめて呟いた。長い爪が皮膚を裂き、猛者の拳からは赤い血液がポタポタと床に零れていく。これは猛者の慟哭だった。取り返しのつかないことを、猛者も、勇者も、互いにしてしまった。
もう、勇者はこの世界に降り立つことがないのだ──と、猛者は知った。度重なる闘争に耐え抜いてきた勇者の肉体も、今度ばかりは損傷も激しく、次への浄化は見込めないのだと……。そこまでを理解し、猛者は血にまみれた拳にさらなる力を入れた。流れ落ちる血液は、言葉を発しなくなった猛者の心までも映しとっている。
なんのために、猛者がこれまで勇者と戦ってきたのか。人形のような虚ろなまなざしで、息も絶え絶えでカオス神殿に降ろされたときから、猛者は勇者のことを見てきたというのに。
自身を手にかけてくれる者としてこの地に立つ勇者の存在を、なによりも猛者が望んでいたはずなのに──。
これでもう、勇者の遺した言葉に、答えを出せる者は存在しない。猛者自身がそれを拒んでいた。
消沈して虚ろになった猛者の双眸は、破滅へと向かう世界に向けられている。混沌を育てるための舞台として用意された、絶望だけが残されたこの世界へと──。
Fin