第二幕 Beast Flare - 4/4

 
「この先で落ち合う予定であった近隣諸国の部隊であるが、今回は辞退されたそうだ。此処からの行軍は我々だけとなる」
「えっ⁉」
「うそだろ……っ、」
 翌朝、まだ山あいに陽が昇ろうとする早朝だった。ガーランドは隊を集め、口早に伝えていく。これは昨夜、温泉で部下より報告されたものであった。部下たちはどよめき、場は一時騒然とした。
「構うことはない。少人数のほうが、この地を利用するなら都合がよい」
 ガーランドは部下たちを諌めるように、穏やかな口調で告げていった。魔物が生息しているのは雪山と聞いている。大人数で行軍するには危険極まりない。
「質問や聞いておくことはないな。では、出発するぞ」
「……」
 ざわざわと部下たちがざわめいているなかで、ガーランドは無視して号令をかける。そのなかには白銀の鎧に身を包むウォーリアも含まれていたのだが、なにも言い出すことはなく終始ずっと無言でいた。
──ガーランド様と……なにかあったのか?
 それは、この場にいたガーランドとウォーリア以外の者全員が思ったことだった。ガーランドとウォーリアの深い関係まで知る者はこの場いないが、それでもふたりの仲は知っている。目を合わせるだけで互いの心が読み取れるくらい意思疎通のできるふたりが、今のこの瞬間に目を見ようともしない。むしろ、ウォーリアのほうがぷいとそっぽを向いている。
 どう見ても喧嘩をしているようにしか見えない──しかも、一方的にウォーリアがガーランドを避けている状態のふたりに、部下たちは胸に一抹の不安を抱くのだった。
「あの……。ウォーリア様、大丈夫でしょうか?」
 それでも、気になった勇気ある部下のひとりがおそるおそるウォーリアに尋ねていた。このような空気のなかでの出発は、全員の指揮に影響してしまう。それでも、勇気ある部下の行動に周囲はどよめき、ウォーリアは眼を丸くしてきょとんした表情になっていた。そのように訊かれるとは想像もしていなかったといった顔で、その部下を見ている。
「すまない。全身が少し気だるくて……、態度にも出てしまっていたようだ。改めよう」
「いえっ、こちらこそ! チョコボに一日乗っておられると、誰でもそうなりますっ! ガーランド様もウォーリア様が騎乗に慣れないことを知っていておられたのなら、昨日はかなり酷でしたよね。睨んでしまうのもわかりますッ!」
「……」
……原因はチョコボの騎乗ではないのだが。
 ウォーリアはどう答えていいものか数秒ほど考えたが、結局答えが見つけられず黙っていた。ウォーリアとガーランドの険悪な空気がチョコボによるものだと……周囲がそのように勝手に誤解をしてくれているのなら、下手な言い訳をするよりそれを理由にしたほうがいい。
「私語は慎め」
「はっ、」
 聞こえていたのか、聞こえていなかったのか。ここでガーランドから一喝され、周囲はピタッと静まった。ウォーリアは相変わらずガーランドにだんまりを決め込んでいる。この温度差に、やはり部下たちは不安を残してしまったが、それでも気を引き締めなおした。
 ここから先は雪山行軍となる。チョコボを連れていくには厳しい寒冷地となるため、数人の部下を残しての出発となった。

「……やはり、地を踏みしめるほうがいい」
 チョコボに揺られてこの地まで来たウォーリアとしては、自らの脚で歩いて行動できることが嬉しかった。チョコボに跨っての戦闘は、慣れないウォーリアにとって苦でしかない。積もった雪に脚をとられてしまう可能性はあったが、それでも負担はかなり軽減されたように感じていた。
 周囲は身を切るような凍てついた空気に変化し、吐息も白くなりだした。風は冷たく、まるでガーランドの隊を拒んでいるようにも思える。それでも、誰ひとり口に出す者はいなかった。黙々と歩を進め、険しい雪の山道を進んでいく。
 先導するガーランドは地の利に詳しいのか、地図を頭に叩き込んでいるのか、迷うことなく突き進んでいた。迷いのないさまは後続の部下たちを安堵させる一端にもなっている。しかし、ガーランドから少し下がって兵士たちと歩いているウォーリアだけが、周囲の異変に気づくことになった。
「……」
 隊よりかなり離れたところで走る狼のような獣の姿を捉え、ウォーリアは視線だけをちらりと動かした。ウェアウルフの類か、獰猛なだけのただの飢えた狼なのか。周囲の樹々とちらちらと降り出した雪のせいで視界は悪く、ウォーリアの眼をもってしても判別がつかなかった。ただ、狼は数体いる。それだけは確実だった。
 ガーランドもそのことに気づいているのに、完全に無視して進んでいる。気にならないからなのか、今のこの場のことを考えてのことなのか。どちらにしろ、ウォーリアはガーランドの指示に任せるだけで、自ら声をかけようとは思わなかった。
「ふむ……」
 先からちらちらと感じる敵意に、ガーランドはそろそろ始末をしてしまおうかと考えていた。ただ、隊がいる今のこの場所が悪い。もう少し拓けた場所に出てから、一気に殲滅するつもりで少し早足気味に進みだした。
 ただでさえ歩行速度も速く歩幅も大きいガーランドが急ぎ足になったことで、後続の部下たちは慌てだした。なかには小走りになっている者もいる。チョコボに積んでいた荷物を代わりに背負った者も含まれていて、統一されていたはずの隊は少し統制が乱れはじめた。
「ガーランド!」
 これに物申したのはウォーリアであった。隊のうしろのほうで少し気だるげに歩いていたウォーリアは、隊が急ぎ足になったことで先頭近くまで詰め寄っていた。ザクザクと雪を踏みしめながら先導するガーランドに、声をかけて少し歩を緩めてもらうように伝えた。
「すぐだ」
 しかし、ガーランドは素っ気なく答えるだけであった。ウォーリアは眉を少し動かし、訝しげにガーランドを見ていたが、やがてその言葉の意味を知ることになった。ガーランドが向かう先は少し拓けた樹々の少なくなっている場所だった。
 そこで、先から気配を感じる魔物なり獣なりを倒すのだと……ただ、ウォーリアが理解できたとしても、ガーランドの後続の部下がそのことまで気づけているのか。ウォーリアは危惧したが、それは全く無用だった。
 隊の者は皆、ガーランドが急ぎ足になったときの理由をちゃんと知っている。なにも語らないガーランドがとる行動を、部下のほうが把握していることに、ウォーリアは感心すると同時に心の中で称賛していた。

「……此処でよいな」
「そうだな」
 山中であるのにここまで拓けているのは、おそらく人間が狩場とするために人工的に造りだしたのだろうと推測はできる。不自然なほどになにもない雪に覆われた平地に立ち、ウォーリアは周囲を見まわした。ここなら雪崩が生じる危険も少なく思える。雪のなかで得体の知れないものと戦い、二次災害に巻き込まれることだけは避けたかった。
 これはガーランドも同様に考えており、そのために隊の統制を崩してでも急いでこの地に到着させている。ガーランドは部下たちに指示を出し、魔物を迎撃する準備をはじめていた。気配はウォーリアが最初に感じたときより強くなっている。
 ガーランドの隊を囲むように気配は動いている。数は数匹……ではなく、数十はいると思われた。かなりの数に、さすがに周囲もただならぬ空気を肌で感じている。怯える者、周囲の者とひそひそ話をはじめる者、武器を手に取りカタカタと震える者、様々だった。
「……」
 ウォーリアはその様子を黙って見ていた。統制がとれていて場馴れをしてしても、結局は実践経験が少ないことは明らかだった。平和になったコーネリアで、ここまでの数に取り囲まれる経験がないのだろうということが浮き彫りになっている。
「来る……持ち場を離れるでないぞ」
 ガーランドの一喝で、場は張り詰めたような空気が流れだした。凍てつく寒さと相まって、この場にいた部下たち全員が身をピンと伸ばす。気配からしてそう強くは思えない。だが、数と地の利に影響はありそうだった。
 ウォーリアも剣と盾を構え、周囲を窺うように視線を動かしていく。そして、背の低い草がさっと揺れたのを視界の端で捉えた。
「あそこだ」
 ウォーリアは剣の先を向け、場にいた全員に盾で制した。下手に動かれたり動揺でもされれば指揮が崩れてしまう。ウォーリアだけで対処できる数なら、単独行動をするつもりだった。
「うわ、こっちにも」
「数が多いぞ」
 ウォーリアのひと言を皮切りに、次々と声が上がっていく。感じていた気配は複数あり、獰猛な肉食獣──狼や熊の類や、醜悪な外見の魔物──ゴブリン種などが入り交じっていた。魔物や獣の気配が特定できなかった理由をここで知ることとなり、ウォーリアとしても胸が晴れる気持ちだった。しかし、これで解決したわけではなく、大勢の魔物や獣に囲まれていることに変わりはない。ガーランドの隊は一気に緊迫した。
 ぐるると唸りながら狼たちが近寄ってくる。少し遅れて魔物も近づいてきた。ガーランドの隊を警戒しているのか、魔物たちは一定の距離を保っている。その保たれた間合いを崩してしまったのは、ガーランドとウォーリアだった。
 巨剣を構えて前傾姿勢のままで部下たちの前に立つガーランドと、剣と盾を構えて毅然とした態度で魔物たちを見据えるウォーリアと、ふたりはほぼ同時に動いていた。部下たちを庇うようにして前に出たウォーリアと違い、ガーランドは最初から殲滅する気でいる。
 しかし、ウォーリアはガーランドに対しても、ほかの部下たちと同様の扱いをしていた。ガーランドを剣を持った手で制し、一歩前に出る。肩越しに振り返り、ガーランドにも射貫くような視線を投げつけた
「おまえが手をくださなければならないような事態は、私が起こさせない!」
 ガーランドになにかあれば、この隊を率いる者がいなくなる。それはウォーリアとて例外ではない。ガーランドには怪我なくこの場を切り抜けてほしい。そのために、ウォーリアは声高々に言い放った。
「ちっ、」
 これにガーランドは舌打ちをした。ウォーリアは慣れないチョコボの騎乗により、全身に疲れを残している。その躰でこの数の魔物をひとりでどうにかするには、いくらなんでも無謀に感じられた。いくらウォーリアが〝光の戦士〟と呼ばれている存在であったとしても──。
 しかし、ウォーリアはガーランドの舌打ちをも無視し、先陣を切るように駆けていく。ふわりと舞うように跳躍し、魔物たちのいる中心に降り立った。その場で身を翻し、遠心力を使って魔物や獣を次々と剣で一掃する。
「すげぇ……」
 これに感嘆の声をあげたのは部下の騎士たちであった。ウォーリアの戦士としての能力は、ガーランドとの手合わせで知る者もいる。だが、実際は戦場にウォーリアに立つことはほとんどなく、実践で見るのは初めてとなる者が多かった。手合わせとはいえ、コーネリアではガーランドと互角に剣を交えられる者などいない。
 ガーランドの勇ましい豪快な剣技とは違い、ウォーリアは盾を主体として華麗な剣技を見せている。落ち着いた物腰で多数の魔物や獣に囲まれても動じず、時には剣で魔物の腹を切り裂き、時には盾で獣の突進を防いでいた。気だるそうな態度でいたとは思えない、雪のなかでの戦闘に部下の誰もが見入っている。
 ウォーリアひとりが前線で戦っているわけではなく、部下の数人が参戦しての戦闘であった。だが、雪に足をとられてしまい、その部下たちも役に立っているとはお世辞にも言えない状況だった。魔物や獣の数が多すぎて、いかにウォーリアといえど分が悪くなりだした。
「……」
 躰は気だるいだけではなく、全身……主に下肢や腰に鈍痛も残していた。加えて雪がウォーリアの機動力を阻害してくる。躰は徐々に不調を訴え、ウォーリアの動きが少し鈍りはじめた。
「っ、⁉」
 ほんの一瞬だった。眩暈のようなものをウォーリアは起こしていた。くらっとしたのは、時間にすればまばたきをするくらいの刹那のものだった。それでも、その隙に魔物の鋭い鉤爪がウォーリアを捉えている。
「──……っ、」
 振り下ろされた鉤爪に、回避は間に合わない。頭から攻撃を受けてしまう。咄嗟の判断でウォーリアは盾を高く構えたまま地に膝をつけた。下手に跳躍し、鉤爪で脚をやられてしまうのだけは避けたい。
 ガツンっ!
 ウォーリアの被る騎士団の白銀の兜が宙に舞い上がった。しかし、それは明らかに違和感のある金属音だった。
「……?」
 盾で身を守ろうとしていたウォーリアは顔を上げた。そして刮目した。目の前でガーランドが巨剣を構えて魔物の鉤爪を受け止めている。先の金属音は兜が攻撃を受けた音ではなく、ガーランドが割り込んできたことによる鉤爪と巨剣の交わった音だと知った。ガーランドの巨剣と鉤爪がぶつかった衝撃で発生した風圧により、ウォーリアの兜は飛ばされて近くの雪の上で転がっている。
「ガーランド……」
 ガーランドの大きな背中を見つめながら、ウォーリアは呟くようにその名を囁いた。まるで魂が抜けてしまったような表情で、何度も何度も……。先ほどまで勇猛な戦いぶりを見せていたウォーリアが、ガーランドに庇われた途端に力が抜けて呆然としている。雪の上に落ちた兜のことすら気にする余裕はない。兜を拾うこともせず、ウォーリアはガーランドの剣戟を眼で追いかけている。
 しかし、ここでウォーリアは持ちなおした。何事もなかったようにすっと立ち上がり、威勢よくガーランドに詰め寄ろうとする。
「私が──」
「その程度で大きく出るでないわ!」
 ガーランドはウォーリアを一喝すると、ふんと鼻を鳴らして鉤爪の鋭い魔物と対峙した。その眼光は鋭く、多くの魔物を瞬時に畏怖させるほどであった。
 ウォーリアを狙った鉤爪の魔物に巨剣の先を向け、ガーランドはその場で踏み込んだ。近くにいたウォーリアや部下がまばたきをしたその一瞬のうちに、ガーランドの姿はその場から消え、魔物は腹から血を噴き出して断末魔の叫びをあげている。
 ガーランドが巨剣についた血を乱暴に払うと、鉤爪の魔物は雪の上に倒れ込んだ。白い雪を青緑色の血液が染めていく。かなり異様な光景ではあったが、鉄臭い血液の臭いが雪の水分を含んだ匂いをかき消すように充満していくことで、呆然と見ていた者は我に返ったようだった。
「ガーランド……さま?」
「気迫がすげぇ……」
 周囲が騒然とするなかで、ガーランドは巨剣でぶんと薙ぎ払った。その衝撃と風圧だけで体重の軽い獣たちは吹き飛んでいく。
 拓けた雪の地であることは、ガーランドの隊を有利にもするが、不利にもしている。雪で脚をとられた部下の隊員たちは、大がかりな攻撃をするガーランドにとって邪魔にもなった。
 魔物や獣と一緒に部下を巻き込んで吹き飛ばしてしまう可能性もあるため、ガーランドは攻撃の手を見極めては繰り出すこととなる。それでもガーランドの無双は止まらず、みるみるうちに魔物は殲滅し、獣は逃げていった。
「ふむ。あらかた片づいたか」
「すげえ。ガーランド様がほぼひとりで……あれだけの数を」
 周囲はおびただしいほどの魔物と獣の死骸が散乱し、白い雪は魔物の青緑色の血液と獣の赤い血で複雑な色に染まっていた。降り積もる雪が死骸や血液を雪解けまで覆い隠すことになるだろうが……。
「……」
 ガーランドに守られてしまうことになったウォーリアは、一喝されたことに衝撃を受けていた。躰が万全でなかったことは、完全に自己責任となる。行為を享受してしまったのはウォーリアなのだから、ガーランドのせいだと言いきれない。次に魔物と相対するときは、ガーランドに頼ることのないようにと。ウォーリアは飛ばされた兜を拾い上げ、無様な姿を見せることのないように新たな決意を胸に抱いた。

「……来たか」
 ガーランドが一点を見据えて呟くと、部下たちは一斉にたじろいだ。それもそうだった。見るからに大きな影がちらちらと舞い散る雪の上を歩いてくる。二足歩行している大型の魔物は遠目からでもガーランドより大きく、盛り上がった上腕二頭筋が力強さを見せつけていた。
「あれが……そうか」
「……無理じゃない、のか」
 部下たちのほとんどがその魔物に威圧され、畏怖してしまっている。オーガやギガースに分類される巨人種の類の肉体に、牛や熊を思わせる顔がついた……えも言われぬ様相の魔物であった。
「あのような魔物、初めて見るな」
「ふむ……」
 雪の上をズンズンと地響きを立ててこちらに向かってくるその魔物に、ウォーリアは冷静に動きを見ていた。まだ魔物と距離があるため、下手に動くことはできない。
 それに同意するように頷いたのがガーランドであった。ガーランドもウォーリアと同意見で、部下を何処で待機させておくか。そのあたりも踏まえてのものだった。
「皆、少し下がったあの場所で待機だ」
「はっ、」
 ガーランドは指をさし、樹々の少しある場所を示した。魔物からさらに離れた場所で、各自樹々で身を隠すように。言葉はなくともガーランドの指示を正確に捉えた部下たちは、各自の武器を手にしてさっと移動した。この場に残されたのは、ガーランドとウォーリアのみになる。
「ほう。どうやらあれ一体だけではなさそうだな」
 ガーランドは感嘆していた。あのような魔物が複数体現れたことに対してであったが、逆に理解するものもあった。あれほどの魔物が一体だけで、わざわざコーネリアにまで討伐命令が出させるはずもない。近隣諸国の部隊と落ち合うはずが、その部隊が現れなかったことといい、裏で隠されていたものまで露見した。
「……つまり。我々だけで討伐しろ、と」
「そういうことだな。だから王はお前にも勅命を出したわけか」
 ついて行きたいと、国王に勝手に申し出たのはウォーリアであった。だが、普段のコーネリア王なら、客人扱いをしていたウォーリアにまで出撃要請を出したりはしない。それが出されたのだから、ガーランドひとりでも困難を極める……といったことまで想定されていたことになる。
 落ち合うはずであった近隣諸国の部隊というのもおそらく……すでにあの魔物に壊滅させられている。そのためにコーネリアへ要請が入ったのだろう。〝隊が壊滅させられた〟などとは表向きにできないために、コーネリア国王へ虚偽の報告を繕ってまで──。
「──面倒だ。さっさと終わらせる」
 国家間で隠蔽されたことがあったのだとしても、それをガーランドは進言するつもりもない。早く始末して魔物の首のひとつでも持ち帰り、コーネリア経由でその近隣諸国を納得させておきたかった。無駄な画策を立てずに、討伐を直接コーネリアまで申し立ててこい、と。
「そうだな」
 ガーランドの意図を汲んだのか、ウォーリアも大きく頷いた。持っていた片手剣を一度雪原に刺し、兜をしっかりと被りなおす。頭を覆うように隠してしまう騎士団の兜はガーランドのものと違い、顔全体が隠れるようには作られていない。そのため、ウォーリアの表情はガーランドにもよく見えていた。
 ウォーリアの表情にはどこか翳りがある。慣れないチョコボの騎乗、昨夜の行き過ぎた行為、そして今の雪の上での戦闘がウォーリアの身体にかなりの負荷をかけてしまっている。それに、ウォーリアは先ほどから言葉が少ない。これもガーランドが眉を顰める原因となっていた。
「身の不調を訴えるなら、お前も下がっておれ。お前まで庇ってやれるかわからぬ」
「……おまえに守られたくはない」
 言い方に棘ができてしまったが、それでもガーランドの発言はウォーリアを思ってのことだった。しかし、ウォーリアはこれに反発をした。
 ガーランドに守られるだけのウォーリアはもってのほかだと考えている。反対に、ウォーリアに守られるガーランドも、自身の中ではまずない……と考えていた。
 そのことを踏まえ、互いに相手を想って裏で暗躍していたとしても、結局はすぐに察せられてしまい、そして互いに本気で怒ることになる。
 互いを守るための不利な戦いが起きてしまえば、守っていることが絶対に知られることのない……互いに気づかせないような、戦闘以上に難易度の高い頭脳戦となった。
 ガーランドは魔法を扱うことができるが、多くは手に持つ巨剣で前方の敵を薙ぎ払う手段に出る。対してウォーリアは剣と盾を攻撃手段とし、基本的に守ることに特化した戦士でもあった。
 特になにも考えることなく敵陣で暴れることができるのなら、ふたりは遠慮も容赦もなく魔物相手に無双をする。しかし、今のこの場合と現状では、ふたりの脳筋はどこかへ飛散した。守ること、気づかせないことに夢中になって、互いに策を張り巡らせながらの戦闘にもなってくる。
 ガーランド以上に大型の魔物に囲まれたふたりは、共闘をするかのように背中合わせになり、互いの剣を上下で剣を構えていた。目の前にいる牛や熊の頭を持った魔物と対峙し、背から体温を感じるほどくっついては互いに叫びあう。
「儂から離れるな! ほのおの巻き添えを食らうぞ」
「おまえこそ、私の盾の及ぶ範囲内から離れるな!」
 部下たちはどうやら安全な場所に避難できているようだった。それだけでガーランドもウォーリアも安堵する。さすがにこの魔物を相手に部下はこの場から退場してもらわないと、ふたりとも本気を出して戦うことはできなかった。
 ガーランドもウォーリアも、とにかく「離れるな」と口々に言い合いながら戦っていった。当然ながら魔物との間合いも狭いものとなり、牽制を入れながらの不利な状態を強いられることとなった。
 ふたりで背中合わせにくっついて窮屈そうに見えてしまう。だが、互いを守り合っての戦闘は、かえって有利に動いていった。
 そして──。

「これで最後か」
 ふうと息をついたウォーリアは、血のついた剣をぶんと振ってから鞘に戻した。周囲に散乱したおびただしい死骸の数に、思わず眉を顰めてしまう。
「そのようだな。首をひとつ持って帰るか」
 ザクッと躊躇なく魔物の首を切り落としたガーランドは、部下に命じて頭を壺の中に収めさせた。血液の臭いと防腐の処置を施し、全体を見まわす。早めに指示を出していたために一同に怪我人もなく、まだ陽も高い場所にある。出発した宿に戻ってチョコボを回収し、さっさとコーネリアに帰還したいところだった。
「急げは間に合うか……」
「……」
 またチョコボに乗って揺られるのだと思うと、ウォーリアの気は重かった。徒歩行軍してる部下と同様に、ウォーリア自身も歩いての帰還を望んでしまうが、それを言っていいものかは判断に悩むところだった。
「お前は儂の前に乗れ」
「それは……どういう」
 ウォーリアの気持ちを見越してか、ガーランドは声をかけてきた。だが、その内容は耳を疑うものがある。ウォーリアは思わず訊き返していた。
「言葉どおりの意味だ。歩いて帰ろうなどと考えるでない」
「……」
 ウォーリアの体調をガーランドなりに気遣ってくれているのだろうが、この場合は束縛面の意味合いが強そうに感じられた。そもそもガーランドとウォーリアが一頭のチョコボに乗っても大丈夫なのか。そのチョコボは潰れたりしないのか。チョコボの負担になることに、ウォーリアは心配した。
「そのような心配は無用だ。では、コーネリアへ帰還する」
 こうしてガーランドの指揮の下、一同は雪の降りしきるなかを戻っていった。

 ***

「ご苦労であったな。此度の件、ワシの耳にも入っておる。皆にはすまなかったと」
「王。それは過ぎたことでございます」
 国王直々に謝られ、さすがにガーランドは途中で制した。謝るべきは近隣諸国のほうであり、国王ではない。そのことをそれとなく進言すると、国王は苦笑していた。
「ガーランド。そなたの言うとおりであるな」
 死者を出すこともなく全員が無事に帰還できたことに、国王はガーランドを代表して労った。ガーランドについて行ったウォーリアも同様だった。しかし、この謁見の間にウォーリアがいないことに、国王は訝しんだ。謁見の際にウォーリアも呼ぶように近衛の者に伝えていたことを、ガーランドに伝えていく。
「国王……あれは今、熱を出しておりまして」
「熱? それは、また……?」
「慣れぬ雪山で、寒さに耐性のないあれが行けば……当然の結果かと」
 ガーランドは半ば呆れるように嘆息しながら、国王の前で零してしまった。ウォーリアはコーネリアに到着してまもなく、高熱を出して伏せっている。
 ただの風邪との診断は受けている。それでもガーランドは心配し、ウォーリアを部屋に閉じ込めてしまった。ウォーリアの看病はガーランドで看ることを国王に伝えると、今回の件もあってしばらく休暇をいただける運びになった。
「ありがたき所存にございます」
「礼には及ばぬ。かのような者は他を見ぬ。大事にしてやるがよい」
「はっ、」
 膝をついていたガーランドはすくっと立ち上がってからもう一度国王に頭を下げ、そのまま謁見の間を出ていった。残してきたウォーリアが心配だったのだが、熱はかなり引いているので大丈夫そうに思われた。そうでなくば、ガーランドはウォーリアをひとりで残して、この場に来ることはない。
 ウォーリアの熱が引けば、また騎士団の務めに戻ることになる。それまではゆっくり過ごそうと……不謹慎ながらに考え、兜の中でそっと笑むのだった。

 

 Fin