「ガーランドよ」
「はっ。……王。なにがあったのですか?」
「実はな──」
謁見の間には国王と王女はもちろん、王の重臣たちが勢揃いしていた。まだ数人の長クラスが来ていないが、ガーランドとウォーリアは並んで王の前に跪いた。
「魔物……ですか?」
「そうだ。──の地に出没しおってな。第一部隊を引き連れて、すぐにでも討伐に行ってはくれぬか?」
「……」
……やはりか。
ガーランドは思った。ここ最近、魔物が近隣諸国の各地で暴れていることは頻繁に噂になっており、騎士団にも情報が寄せられていた。だが、このコーネリアにはその魔物が現れたという知らせは聞いていない。おそらく各国で兵を出しあい、各々で随時討伐していこう。せいぜいこのあたりであろう。ガーランドはそのように検討していたのだが。
国王より討伐命令が言い渡されたのなら、断ることもできない。そうなると、心残りは──。
……だとすれば、戻るのはいつになるか。
ガーランドは膝をついたまま、兜面の口当てに手をあて考えた。しかし、考えたところで結果はひとつしかない。行きたくないわけではない。ちらり、ガーランドは横で膝を折るウォーリアを横目で見た。国王からは、ウォーリアについてなにも言われてはいなかった。
「近隣諸国との部隊と現地で落ち合う手筈にはなっておる。準備を整え、今すぐにでも発ってくれ」
「しかし……王。突然言われましても、準備に時間を要しま」
「私も構わないだろうか?」
騎士団では火急の事態にでもすぐに動けるように、常日頃から統制はとれている。しかし、早朝ということもあり、今回は少し急すぎるのではないか、と。続けて伝えようとしたガーランドの言葉は、途中からウォーリアに遮られた。王も周りの重臣たちも、一斉にウォーリアに視線を集中させている。それもそのはずだった。客人として滞在しているウォーリアがこの場にして、こうして国王に物申してくることなど……誰もが考えに及ばない。
ウォーリアが国王の前で面を上げ、立ち上がった。これには、ガーランドが慌てた。ウォーリアを見上げ、ウォーリアの突拍子もない行動を制しようとした。
「ウォーリア。勝手に……口を挟む」
「黙れ、ガーランド」
「ウォーリアオブライト、か……。良いのか?」
貴殿は客人ゆえ……。玉座に腰をかけた状態で、このコーネリアを治める国王は口を開いた。国王の語り口から、ウォーリアの今の待遇を考え、今回は外そうとしていたらしいことは明確だった。ぴくり、ウォーリアは柳眉を寄せた。
「王。こうやって、ただこの地に滞在させていただくのではなく、有事の際はこの身を使っていただきたい」
本当は、どこか別の地を旅しようかと思っていた。だが、そういう理由ならガーランドと赴き、手助けが必要なら手を貸したかった。
「ふむ。では、ウォーリアオブライトもガーランドの隊に入り、協力してもらえるか?」
「私の力で良ければ」
「……」
はぁー。ガーランドは兜に手をあて、盛大に嘆息する。国王が認めてしまえば、もう誰にも覆すことはできない。
国王からウォーリアの名が出なかったことに、ガーランドは内心で安堵していた。しかし、ウォーリア自身が名乗り、こうして決定してしまえば……ガーランドはどこか不安に駆られていた。
「ウォーリア」
「姫……?」
国王の隣に腰を下ろしていたセーラ姫が立ち上がり、そっとウォーリアの元まで寄ってきた。王女のとる突然の行動に、臣下たちはごくりと息を呑んで見守っていた。
「かなりの強敵と聞きました……。あなたやガーランドなら、大丈夫だとは思いますが……」
怪我だけはしませんように……。ウォーリアの手を両手で包むように取り、王女は祈りを捧げた。一国の王女に、このような心配までされては無茶もできない。くすりと小さくウォーリアは笑んでいた。
「ありがとう、……姫」
王女はウォーリアを見上げ、美しい笑みを浮かべていた。美しい碧玉の瞳がにこりと綻ぶだけで、周囲の臣下たちから、ほぅと溜息が洩れる。
ウォーリアとセーラ姫、じっと見つめ合う二人を、ガーランドは眉を顰めて見ていた。この二人に男女の感情は持ち得なく、ただ王女はウォーリアを心配しているにすぎない。
それでも燻るものを感じ、ガーランドはコホンと咳払いをした。周囲を無視して、甘い雰囲気を醸し出している二人を、この場から離したかったからでもあった。
「では。準備が整い次第、我々は出発いたします」
「頼んだぞ。ガーランド、皆を頼む」
「はっ、」
目の前で行われている光景とはいえ、いくらなんでも国王の前で、そのような私情を持ち込むわけにはいかない。ガーランドは国王の前でサッと跪いた。ウォーリアのマントの裾を引き、同様に跪かせる。
王女はなにも言うことなく国王の隣に鎮座し、場は緊張感が漂いはじめた。
王女が着席をしたのを見届け、ガーランドとウォーリアは顔を上げ、それからふたり揃って立ち上がる。視線だけで相槌を打ち、そのまま踵を返して謁見の間をふたりで出ていった。
***
準備に時間を要するとガーランドは言っていたが、実際はそのようなこともなく隊は午前中にコーネリア王城をあとにした。
隊……といってもただ大人数ではなく、ガーランドの選りすぐった少人数から結成された精鋭部隊であった。そのなかにウォーリアも含まれている。
国王との謁見時は青の重鎧を装備していたウォーリアは、今は騎士団の白銀の鎧に身を包んでいる。これはウォーリアの意図していなかったことであった。だが、ガーランドの手配によるものだと知り、ウォーリアは理由を訊くことなく装備をしなおした。
ウォーリアの元々の青の重鎧はコーネリアに残してきているが、大切なクリスタルやポーチの中に入っていたものは、抜かりなく携帯している。白銀の鎧にも青の鎧と似たようなポーチをつけてもらっているウォーリアは、そこにすべてを詰め込んでいた。
ガーランドの騎乗する体躯に合った大きなチョコボを先導とし、次にウォーリアが騎乗するチョコボが続く。精鋭部隊といっても、チョコボに騎乗できる騎士は少ない。ガーランドとウォーリアを除くと殿を務める騎士が数名だけであった。
同行する人数が増えれば、それだけ物資も必要になる。隊の真ん中を進むチョコボには、同行人数に見合った分の食料が数日は保つように積まれていた。馬車を使わずにチョコボの背に直接積んでいるのは、奇襲を受けた際を見越してのものなのだが……。先導をしているのがガーランドである限り、そのような無謀なことをしてくる輩はいるはずもなかった。
見渡す限り緑の広がる美しい風景であった。澄み渡る空に雲は少ない。快晴に近い天気は、遠征に出るには申し分がなかった。暑くもなく寒くもない温暖な気候により、周囲を吹き抜ける風が肌に心地よい。ウォーリアは風で乱れた髪を手で払い、前を進むガーランドに話しかけた。
「この討伐が、何事もなく終わればいいな」
ウォーリアに言われ、ガーランドはチョコボの背の上から肩越しに振り向いた。鎧の上から羽織った白銀の外套の襟元でカシャリと小さな金属音が鳴る。
「それは……行ってみぬとわからぬな」
ガーランドは素っ気なく答えていた。ウォーリアの言いたいことは、ガーランドとしても重々理解のできるものであった。そのために、さらに訊かれてしまう前に付け加えた。
「儂の知る限り、今のこの場でどうにかはなるまい」
魔物が潜む場所は、チョコボでも入って行くことのできない奥地だと聞いている。途中にある宿場町でチョコボを預け、徒歩に切り替えなければならない。そうなると精鋭部隊とはいえ、ついて来られない者も出てくる可能性があった。どこで見極めるか。ガーランドは残す者を選定しなければならなくなることも考慮していた。
「宿場町……?」
ガーランドより聞き慣れない単語を聞いたウォーリアは、チョコボの背の上でこてんと首を傾げていた。ウォーリアとしても、出発の直前にガーランドから今回の予定を聞かされている。羊皮紙に描かれた地図を見ながら行程を説明されたのだが、そのなかに〝宿場町〟などといったものはガーランドの口から出ていなかった。
「ふむ。目的地前にある宿の多い旅人のための小さな集落だ。小さくて地図にも載っておらぬ」
「なるほど」
要は、街から街の中継地点として発展した街のことを宿場町というのだと……。それではガーランドから説明がなくても頷ける。理解したウォーリアは、身を揺らしながら黙ってガーランドの背を見ては周囲の気配を探っていった。狙われやすいのは荷を運ぶ中ほどを進む隊のため、ウォーリアとしても注意している。魔物の気配を少し感じたものの、隊を襲ってくる気配はなさそうだった。気にはなるが、先を進むことが優先でもあるので、ウォーリアはそのままガーランドに続くことした。
草の生い茂る高地から荒地を抜け、険しい山岳地帯を伝っていく。行程は想像していた以上に険しいものだった。これでは、いずれチョコボが足枷になってしまう。そうなる前に、早く宿場町に着きたい。ガーランドはうしろからついてくる隊の遅れを眺め、兜の中で眉を歪めていた。