ふたりの白い花嫁(FF1) - 5/6


第五章 婚姻

 

……ついにこの日か。
白銀の鎧に身を包んだガーランドは控え室にひとり籠り、悶々と考え込んでいた。
結局ガーランドは相手を見つけることもなく、縁談の日を本日……迎えることになった。縁談とは名ばかりで、実際は婚姻の儀である。顔も知らない相手を娶り、知らない国へ行かねばならないことが、ガーランドの心を重くしていた。
……あの時の剣戟が最後になるとはな。
あのあとウォーリア達は姫の従者に呼ばれ、姫の元へと行ってしまった。それきり会えずじまいの状態に、ガーランドは悔やんでいた。
コンコン
「ガーランド様、準備が整いました」
「今行く」
……最後に逢いたかった。
ガーランドは目を閉じ、ここには呼ばれていないウォーリアの姿を思いやった。最後に見たのは痩せ細り、青い顔色をした姿だったが、はたして大丈夫だろうか? 白魔術士がついてるなら、命に別状はないだろうが。ガーランドは覚悟を決め、控え室を出た。

「……汝はいかなる時も──」
ガーランドは隣に立つ女性をエスコートし、神父の元へ並んだ。神父の言葉なんてこれっぽっちも聞きたくないガーランドは、新婦となる女性をチラリと横目で確認した。
……無理。
基準をウォーリアとしているガーランドにとって、いくらドレスの似合う可愛い女性でも、レベルが違いすぎた。この女性と今生を共にするのかと思うと気が滅入り、嘆息しか出なかった。離縁でもすれば国家間レベルで問題が起こりそうな予感に、ガーランドは目眩を起こしそうになった。
バターン‼
「ガーランド! 私がいるのに、その女性と結婚されるのですか?」
会場の扉が開くと同時に、白いシルクのドレスに輝く黄金の髪を両耳許で巻き、薄いベールで全体を包んだ、この世のものとは思えない大変美しい女性が乱入してきた。しかも顔をよく見ればセーラ姫と似ており、来賓客の数人かは、席に座るセーラ姫と見比べていた。
……何が起きた?
呆然とするガーランドと新婦の側に、その美しい女性が近付くと、おもむろにガーランドの胸の中に飛び込んだ。来賓客及び新婦からは驚きの声が上がったが、ガーランドは気付いた。この女性、今躓いたな。と。
ベールの下で頬をほんのり染めた、その女性のさくらんぼ色の唇に吸い寄せられ、ガーランドは口当てを外し、抱き留めたまま口付けを交わした。唇を離すと、さくらんぼの唇と共に、青い耳飾りが小さく震えた。
「ガーランド、私を選んで口付けを交わしてくれたのですね。私は嬉しいです」
……⁉ シナリオと違う?
焦る青い耳飾りの女性を後目に、ガーランドは吹き出し、終いには嗤いだした。ガーランドはようやく今回のカラクリに気付き、新婦の女性に向き合った。
「申し訳ない。儂にはコレしかおらぬ」
「嬉しいっ。私もガーランドだけですっ。私を二人だけの世界に早くっ、早く連れて行ってくださいっ!」
……私はそんな事絶対に言わないっ‼
呆然とする来賓客のなかで、王とセーラ姫が笑いを堪えている。見れば他の来賓客のなかに見知った笑いを堪える二人を見つけた。ガーランドはそれがモンクと黒魔術士であることに気付いた。近くに白魔術士がいることにも気付いたガーランドは、なるほど……と納得した。
どんなに体型を誤魔化しても声は男のものなので、白魔術士がシナリオに従い、会話を進める予定だった。しかし、先程から全てシナリオは無視され、白魔術士のアドリブでことが進んでいる。
もどかしい二人の様子を見たモンクと黒魔術士から報告を受け、白魔術士は姫のシナリオを勝手に変更させていた。
「そうだな。今すぐ連れて行ってやろう」
ガーランドは青い耳飾りの女性の手を引き、そのまま会場から抜け出した。残された新婦や来賓客はしばらく呆然としていたが、やがてセーラ姫の声に現実に戻された。
「ガーランドに相手がいれば良かったのですよね?」
氷の微笑を見せたセーラ姫に、その場にいた全員が凍りついた。

*****

「吃驚したぞ、ウォーリア。何があった?」
「……私はあのようなこと言わない」
ガーランドの自室に連れられたウォーリアは、長椅子に座るとベールを外し下を向いた。見れば羞恥からか頬をまだ朱くしている。ガーランドは先程の式のウォーリアの様子を思い出し、嗤いそうになった。だが、ぐっと堪え、鎧を脱ぎアンダー姿になると隣に座り、改めて聞きなおした。
「それはよい。それより姫に何を言われ、この数日何をしておった?」
「それは……」
美しい女性の顔のままウォーリアは渋面になり、ボソボソとか細い声で話を始めた。
『あなたにガーランドを奪って欲しいのです』
謁見の間でセーラ姫の従者に四人が連れ去られてから、秘密裏で話は進められた。
『何故私が……?』
『わたくしと顔が似ているからです』
『分からない……。姫と私が似ているからってどうして私が?』
『先方はガーランドに相手がいれば、諦めると言ってきましたが、実際に諦めることはないでしょう。ですが、あの人より高スペックな女性なら、さすがに諦めるはずです。わたくしは嫌なのです。ガーランドが花嫁をもらうなら、構いません。ですが、ガーランドの方がお嫁入りするなんて……この国から出て行ってしまうなど、わたくしは断固反対です』
『……姫』
『本当はわたくしがその役をしたいのです。ですが、皆に危険だと止められました。だから、あなたなら……きっと出来ます。どうかお願いします 』
セーラ姫の切な願いを黙って聞いていたモンクはひと言ポツリ、と洩らした。
『王女……せめて婿養子と言ってあげましょうよ。花嫁って、ガーランド様の柄じゃないですよ』
『どちらでも同じです』
『分かった。それでガーランドがこの地に残れるのなら、私は協力しよう』
『ありがとうございます。もちろんお礼はさせていただきますから』
「なるほど…」
ガーランドは隣に座る、見た目は女性、中身は男性なウォーリアの姿をまじまじと見なおした。正体がウォーリアだと解ると、どう見ても女装した美しい男性にしか見えない。だが、あの場では少し大柄な大変美しい女性にしか見えなかった。
「ウォーリア、ドレスと下着を脱げ。キツいのであろう」
「気付いていたのか?」
「気付いたのは先程だ」
修練場で痩せ細ったような身体と、青い顔色をしていたのは、女性用の下着で全身をキツく締めあげられていたのだと、ようやくガーランドは気付いた。
だから白魔術士が付き添い、モンクと黒魔術士がろくに動けないウォーリアを庇い、兵士長の前に出ていたわけか。それでもガーランドとの手合わせで、あそこまで動いたウォーリアには称賛ものではあるが。
……戦いとなると我を忘れるからな、コレは。
「私からも聞きたい。ガーランド、どこであれが私だと気付いた?」
「旅人の耳飾りだな。儂はあのとき、『誰のものか分からぬものを身に着けるな』と言ったはずだが?」
旅人のものとはいえ、他の男のものなど身に着けて欲しくはないがな。嫉妬心丸出しのガーランドの言葉を、ウォーリアは目を丸くして聞いていた。
先日の浴場では「何のことだ?」で一蹴されてしまったが、今回はまるで見てきたかのような詳しさ……。
「ガーランド、もしかして記憶が……?」
何度目になるだろうか、この問答をウォーリアは繰り返した。これでまた「何のことだ?」などと言われたら、落胆の度合いは計り知れない。ウォーリアは息を飲み、ガーランドの言葉を待った。
「愛しておる、ウォーリア。もう絶対に離さぬ」
「ガーランド……では、記憶が……」
涙をハラハラ流しながら「いつ戻った?」と聞いてくるウォーリアを胸の中に閉じ込め、「さあな」とだけガーランドは応えた。

*****

泣きじゃくるウォーリアが落ち着いてから、ガーランドはウォーリアと浴場へ来た。目的は化粧を落とすことだが、ガーランドにはもうひとつ目的があった。
「ウォーリア、それは?」
「姫が貸してくれたものだ。私の髪色は珍しいそうだ」
落とすと全てが台無しだ、と言われたが。ウォーリアは金髪のウィッグを外し、丁寧に手櫛で整えながら言っている。
ガーランドはその様子が鮮明に想像出来た。確かにあの場でウィッグなんぞ落とそうものなら場は凍りつき、微妙な空間と化すに決まっている。
……それはそれで面白いかもしれぬが。
普段無表情なこの堅物が慌てふためくシーンをつい想像し、ガーランドは口許を手で押さえた。式のアドリブであれだったのだから、きっと面白いに決まっている。
ドレスを脱いだウォーリアが訝し気に見てきたから、ガーランドはコホン、と咳払いをして誤魔化した。
「ガーランド、背中の紐を緩めて欲しい……」
「これは……すごいな」
締め上げるにもほどがあろうに。血液循環の悪化どころか、内臓破裂レベルで締めあげられているコルセットに、ガーランドは驚愕した。
一気に緩めると血管の破裂を招きかねないので、ゆっくりと影響のないように緩めていった。全て緩めると循環が再開したのか、みるみるウォーリアの顔色が回復していった。
「すまない……」
「構わぬ。では入るか」
ウォーリアの下着を全て外すとガーランドは手を引き、浴場へ入って行った。

「痛っ……」
「我慢しろ」
入浴後、脱衣場でウォーリアの耳を飾っていたバッツの耳飾りが外された。ウォーリアは耳に触れ、ガーランドに怒りの表情を見せた。だって、これはバッツが……。
「何故外す? それは大事な「儂がくれてやる」
「……え?」
「儂と結ばれるための守り石のつもりなら、もう必要なかろう。儂が似合うのをお前に探してやる」
何のためにバッツが耳に付け、ウォーリアが外すことなく大切に身に着けていたのか……。ガーランドは気付いていた。
ウォーリアに装飾品を身に着ける習慣はない。鎧や剣に付いた宝玉ですらぞんざいに扱うこの青年が、最後の戦いで突然身に着けて来た。
初めは髪と兜に隠れ見えなかったが、息を引き取る直前に見えた見覚えのない耳飾りに、ガーランドは違和感を感じた。聞けば旅人から譲り受けたという。
……旅人はこのためにわざわざ加工したのであろうな。
よく見れば左右微妙に形の違う造りに、職人ではなく素人の造ったものだと判断出来た。バッツは元々耳飾りを身に着けているから、新たに造る事など不要に近い。
これはウォーリアのために造ったものだと推測は容易く、そしてこの青い石は瑠璃石、宝石言葉は──。
……旅人には感謝だな。
耳飾りの着けていた場所に小さな穴が開いていたので、ガーランドは念のためにと軟膏を塗ってやった。
「…ガーランド、ありがとう」

*****

ガーランドの寝台の上で互いに向きあい、どちらともなく抱きあった。ガーランドはウォーリアを求め、ウォーリアもまたガーランドを欲していた。
「ん……」
互いを見つめ合い、唇を寄せ触れあった。ちゅっ、と軽く数回触れていた口付けは、少しずつ重なりあう時間も長くなる。完全に重なると、舌を絡める深いものへと変わっていった。
「最後まで良いか?」
「聞くな……」
薄暗い照明の元でも、ウォーリアの上気した頬の朱が分かった。ウォーリアはどこに触れても初心の反応を見せ、それがガーランドの劣情をさらに煽った。
「やぁ、くっ、」
ウォーリアは咄嗟に身を捩り、逃げようとした。
「また……離れようとするのか?」
「……ガーランド?」
「傍におってくれ……頼む」
異界にて散々蹂躙してきた以上、拒まれる可能性はあった。逃げの体勢をウォーリアが見せたときに、ガーランドは無理もないことだと諦めに似た感情を持った。
記憶のないガーランドに、ウォーリアが身を引こうとしたのもそのせいだと。だが、ウォーリアはガーランドの顔に触れ、笑いかけてきた。
「ガーランド、哭くな。私はずっとお前と一緒だ」
私はお前と共に在る。少し青い顔をして、ウォーリアは笑っている。
ガーランドはウォーリアを抱き起こし、ぎゅっと抱きしめた。
「この行為の意味にもっと早く私が気付けば、お前を苦しめずに済んだのかもしれないな」
「ウォーリア……すまなかった」
「私は大丈夫。だからもう、謝るな。それより……」
早くお前を感じたい。そのような可愛いお強請りをされ、ガーランドに抑えることなど出来るはずもない。
「ウォーリア、共に……」
やがてウォーリアが限界をみせた。ガーランドが覗き込むとウォーリアはすでに意識をなくしていた。ガーランドはその白い頬に口付けをしてから隣に寝転び、いつしか眠りに就いていた。