ふたりの白い花嫁(FF1) - 4/6


第四章 因果の果ての決断

 

崩れ、所々崩落の始まった天井に石壁、割れた石畳にひかれていた赤の絨毯はボロボロに引き裂かれている。
その場に伏せる黒の鎧と思われる赤黒くなった鎧を身に着けた巨躯が、ゼーゼーと呼吸の度に口当ての隙間から鮮血を流し続けていた。
傍には青の鎧を大半破損させた、氷雪色の髪の青年が膝をつき、巨躯の最期の残された時間に涙を流していた。
『好きだ、ウォーリア』
『……え?』
『ずっと……愛しておった』
無理に何度も暴いてすまなかった。と、吐血しながら巨躯は続けた。
『お前は……! 何故今頃になって言う?』
『最期の今だから言っておる』
『ふざけるな! 私が今までどのような気持ちで……』
巨躯が手を伸ばしたので青年は両手で握り、その手を頬に寄せた。巨躯の手が青年の耳飾りにあたり、揺れてシャリ……と儚げな音が鳴った。
『誰の耳飾りだ? 儂の前で誰のものか分からぬものなど身に着けるな』
『バッツが勝利を願って着けてくれたものだ。これだけは外すわけにはいかない。それよりお前は、どうしてもっと早くに言わなかった? 私は……』
『お前とて、儂のことなど記憶からなくしておったであろう?』
『う……』
『案ずるな、また何処かで逢おう。逢えた先で、またお前に伝えよう。もし儂が忘却しておるなら……お前が思い出させてくれ』
『ガーランド……』
『絶対に思い出す。そしてまた伝えよう』
愛しておる、次は離さない。と。涙に濡れた青年の頬を拭い、そのまま巨躯の腕は落ちた。
『ガーランド⁉ ガーラン、ド……』

……そういうこと、か。
ようやく全ての合点がいった。遠征に出たはずが、見知らぬ黒い鎧を着てカオス神殿跡に佇んでいたこと、誰かと戦っていたぼんやりとした記憶。モンクがウォーリアの傍に近付く度に感じた黒い感情……。
今回は飛び起きることもなく、ガーランドは瞼を開けた。寝起きにもかかわらず完全に覚醒した脳に、ウォーリアと出会ったときのことを、もう一度再生させていた。
『どうやら私の人違いのようだ。私のことはもう忘れてくれ』
『私のことなど、もうお前には関係ない。私のことは忘れ、お前はこの地で平穏に暮らせばいい』
……馬鹿なヤツだ。……否、全ての原因は儂か。
それは、この地でそれなりの地位を築いていたガーランドを気遣った、ウォーリアなりの言葉──。
このコーネリアで同性婚は認められてはいない。ウォーリアはこの地に着き、すぐにその事実を街人からの情報で知り得た。
ガーランドに記憶があればその胸に飛び込み、記憶がなければ何も言わず去るつもりで、ウォーリアは城門までガーランドに逢いに行った。
結果は後者で、ウォーリアはガーランドの元から離れようとした。しかし、何の因果か離してもらえず、現在、逢えなくとも同じ城内に滞在している。
……今度こそ違えぬ。
ガーランドはまだ起床するには早い時間だが、とにかくやるべきことが多くあった。そのため、睡眠不足の身体に叱咤して、白銀の鎧に身を包んだ。
……まずは王からか。

****

兵士達の訓練のためにガーランドは修練場に来ていた。王との謁見はしたものの、結局縁談を断る理由には不十分として却下されてしまった。ウォーリアが女性ならば、何ひとつ問題がなかったのだが。
……いくら顔は美しくても男だからな。
ガーランドは号令をかけながら、隊列を組んで歩く兵士達を見ていた。ふと、離れた場所にいるウォーリア達四人と、あの兵士長の姿を捉えた。ガーランドは気になり、兵士達にそのまま続けるように伝え、ウォーリア達の元へと急いだ。
「ウォーリア殿、私とひとつ如何かな?」
「いや、私は……」
厭らしく笑う兵士長はウォーリアに手合わせを申し込んでいた。ウォーリアは心底嫌そうに、眉根を寄せ断っている。ウォーリアの前にモンクと黒魔術士が立ち、ウォーリアを庇っているが、兵士長は全く気にすることなく厭らしい顔をウォーリアに向けていた。
「何をしておる?」
「ガーランド……」
「これはガーランド様。私めはウォーリア殿に手合わせをしてもらいたく、今こうして申し込んでいたのでございます」
間にガーランドが入ると途端に安堵したのがウォーリア達で、ちっ、と舌打ちしたのは兵士長だった。ガーランドは兵士長を一瞥するとウォーリアに向き合い、兵士長と手合わせをしたいのか、確認をとった。
「私は……ガーランドと手合わせをしたい」
「何を言っている? 貴様風情が何故ガーランド様と手合わせなど。身を持ってわきまえ「構わぬ。儂も一度手合わせしたかった」
しかし、返ってきた言葉はガーランドにとって嬉しい言葉で、兜の中で口許を緩めてしまっていた。逆に気に食わなかったのは兵士長の方だった。ウォーリアを貶めるような捲し方をするから、ガーランドの方も苛立ちを覚え、つい心にもない事を言ってしまった。
「ありがとう、ガーランド」
少し強ばった笑みを浮かべたウォーリアに、白魔術士が付き添っていた。この城に来たときより明らかに痩せ、筋肉量の落ちていそうな身体付きをしているウォーリアに、ガーランドは何故先日の浴場で気付けなかったのか……当時の自身を呪った。
……こんな青い顔をして、いったい何をしておる?
ウォーリアの身体も心配だが、言い出した以上手合わせをしないと、この兵士長がまた面倒くさい。簡単に済ませるだけにしよう、ガーランドはそう考えていた。
だが、ウォーリアが本気の剣礼を行い、本気で撃ち込んできたので、思わずガーランドも本気で撃ち込んでいた。
お互い模造刀にウォーリアは盾を付けての剣戟に、兵士長は蒼白し腰を抜かした。いつの間にかガーランドの隊兵達も動きを止め、二人の動きを呆然と見ていた。

「手放すには惜しいな」
「手放す必要なんてありません。あの人よりもっと素晴らしい人が、ガーランドの傍にいればいいだけの話です」
「しかし、ガーランドはあの戦士を指名したぞ。我が国で同性婚は認められぬ」
「でしたら男性でなくばよいことですわ。お父様、使える者は使わないと」
「ワシは時々お前が恐ろしい……」
「わたくしは案を出しただけです。向こうが協力を買って出たのですよ。それより、お父様。約束は守ってくださいね」
「分かっておる」
「縁談が楽しみですこと……」
城内から王とセーラ姫が二人の剣戟を見学しながら話し合っていた内容を、聞いていた者は誰もいなかった。

『ひ……きつ、い』
『これしきで根を上げない!』
『王女、本当にこれ以上は『モンク、黙ってくださらない? ウォーリア、仕上げはこれです』
『無理だ……絶対に落とす』
『しっかり留めておきなさい。万が一落としたら……全てが台無になります』
『……王女ってこんな方だったんだ……。怖い』
『そうですよ。いけませんか? 奔放な王女って思わせるのも大変なのですよ。それより白魔術士、次はあなたです』
『私ですか?』
『ウォーリアに口を添えてあげなさい。ウォーリア、分かっていますわね?』
『あ……はぁ、も……むり、ガーランド……すまない』