ふたりの白い花嫁(FF1) - 3/6


第三章 青の耳飾り

 

そこは薄暗く、誰も近付くことのない神殿の奥にある、ひとつの大きな空間だった。照明が灯され、床には赤い絨毯の敷かれた謁見の間の玉座に座る黒い鎧の巨躯と、青の鎧の青年が互いに動かず対峙している。
『今日こそ決着を』
『ふん、叩き潰し甲斐がありそうだな』
巨躯は青年を一瞥したあと立ち上がり、巨剣を構えた。青年は剣礼を行い、剣を構え巨躯へ飛躍する。
キィィン
互いの剣の当たる音に神殿内が大きく響く。巨躯の剣撃を青年は盾で弾き、その勢いで身体を捻り、巨躯の脇腹へ剣を走らせた。
巨躯は巨剣で受け止め、カウンターともいえる一撃を青年に向けて放った。石畳が弾けるように割れ、つぶてとなって青年に襲いかかった。兜を弾かれ思わず眼を閉じてしまった青年のその細い首を巨躯は掴み、壁に投げつけた。
突然の攻撃に受け身も取れず、背中から打ち付けられた青年は、痛みで呻き動けずにいた。巨躯は蹲る青年に近付き、顎を掴んで上を向かせた。
『ここまでのようだな』
『くっ……』

……またか。
自室寝所で飛び起きるようにして目が覚めたガーランドは窓の外をまず確認した。外はぼんやり薄暗いので、まだ夜明け前と推測は出来た。
ウォーリアを自室に泊めたときに見た、あの夢の一件から毎晩悪夢に苛まれ、ガーランドは日に日にげんなりとやつれていった。そのフルフェイスの兜のおかげで気付く者は皆無だったが。
見る悪夢は全てウォーリアと戦うもので、全てガーランドが勝利している。一撃で手にかけることもあれば、凄惨な屠り方をしている夢もある。最初に見た夢同様、ウォーリアを蹂躙している夢もあり、実はこれがガーランドには一番心に堪えている。
……ウォーリアはどうしているやら。
ウォーリアどころか、あの三人もセーラ姫と共に姿を見せなくなり、数日が経過した。城の者は出奔したとか、魔物の巣窟に捨て置かれたなどと、臆測でしかない事を口にしている。だが、ガーランドは四人が城のどこかに監禁されていることは分かっていた。分からないのはその所在だけである。
ウォーリアは元々私物をほとんど所持していなかった。大半……というか、ほぼ全てをあの四次元ポーチに詰め込んでいる。そのため、手荷物は予備のアンダーや金糸雀色の外套くらいだった。そして、それは割り振られた例の鍵の壊れた──もう修理済の──部屋に置かれたままになっていた。他の三人も同様に、荷物は部屋に置かれたまま、本人達だけが神隠し状態になっている。
……参った。逢って話をしたい。
ガーランドは四人がセーラ姫に連れて行かれたあとで、王と交わした会話を思い出した。

『王、私に縁談……ですか?』
『そうだ。一度は断ったのだが、先方がどうしてもと言ってきてな』
『しかし、私はまだ身を固めるつもりはありません』
『それだ。お前に相手がいれば、先方は諦めるつもりらしい。だが、今のお前にそのような相手がいないだろう? そこをつけこまれての今回の縁談だ』
『そんな……』
『ガーランド、諦めて身を固めろ。ワシとしてもお前を失うのは辛いがな。向こうの国でも騎士団長の座は約束してくれるそうだ』
『しかし、私はこの国に忠誠を……』
『諦めろ。これも国のためだ』

……相手がおればよいのか。
無理だな。ガーランドは盛大な溜息をはいた。今まで相手を探すことなく己を磨くことだけに努めてきた。それが仇となったか。今さら女を探すにしても、歳を取り過ぎた。もし娶るならウォー……いやいや、アレは男だ。
『いや、だ……ガーランド、も、やめ……』
……マテマテマテマテまて
儂は今何を考えた⁉ ウォーリアの淫靡な嬌態が鮮明にガーランドの脳内で完全再生され、ガーランドの劣情が疼き出した。あんな悪夢ばかり見るからか? いや、そもそも何故あのような夢ばかりを見る? 夢にしてはやけに現実味に溢れ、まるで儂の記憶……?
『ガーランド、私を覚えていない……のか?』
『……記憶が戻ったのか?』
……儂は何かを忘れておるのか?
いったい何を? 見覚えのない黒い鎧を着て、神殿跡で佇んでいたあのときか? そういえば、夢に見る儂もあの黒い鎧を着て、ウォーリアと対峙していたが。
……分からぬ。
ガーランドは眠気のすっかり覚めた身体を起こし、寝所をあとにした。身体は精神的に疲弊しているのに、脳は完全に覚醒している。これ以上眠ることは無理だと判断し、劣情を吐き出すためにも風呂に入って気分転換を試みることにした。

***

「ウォーリア……」
「ガーランドか、どうした? こんな時間に」
少しやつれたのではないか? 少し陰のある顔で聞いてきたウォーリアと、脱衣場内で鉢合わせをしたガーランドは言葉に詰まり、その場で固まった。
先ほどあれ程逢いたいと願った相手が目の前にいる。しかも風呂上がりで全身上気している。濡れた髪を布で巻き結わえ上げているので、普段見ることのない耳許やうなじまでもがあらわになっている。ガーランドの中で何かが燻り始めた。
「ウォーリア、今はひとりか?」
「いや、モンクと黒魔術士が一緒だ。彼等はまだ入って……ガーランド?」
ガーランドはウォーリアを抱きしめていた。何が起きたのか咄嗟の判断が出来なかったウォーリアは、ガーランドの胸の中で固まり、動けなくなった。
ガーランドの顔を見ることも出来ず、下を向いたウォーリアの顎をガーランドは指で持ち上げ、無理に上を向かせた。不安気に揺れるアイスブルーを捉えた途端、気付けばガーランドはウォーリアの唇に触れる口付けをしていた。
「ガーラ……ん、」
触れるだけが少しずつ深いものに変わり、唇が離れるころにはウォーリアの身体から力が抜け、ガーランドの胸に身を預けていた。
「何故このような……?」
荒い呼吸を繰り返すウォーリアは切なげに眉を寄せ、ガーランドを見つめた。ガーランドはウォーリアの耳を飾る青い耳飾りを見つけ、それに触れてみた。
挟み込むタイプのものではなく、針のようなもので刺して貫通させて身に着けるタイプのそれに、ガーランドは何か苛立ちのようなものを感じた。
「ウォーリア、この耳飾りは何だ?」
「……大切な仲間にもらったものだ」
「そうか、旅人のものか」
ウォーリアは驚いた。鳩が豆鉄砲を食らったとはまさにこういうことを言うのかもしれない。先日の小剣はあやふやなままで話が流れてしまったが、今回はウォーリアもしっかりと聞いていた。
「ガーランド……もしかして記憶が?」
誰の耳飾りか、など余程見聞きしていないと分からないそれを、ガーランドはズバリ言い当てた。ウォーリアは逸る気持ちを抑え、ガーランドを仰ぎ見た。
「記憶?何の事だ?」
「…覚えていないならいい。それに、こういう事はもうやめて欲しい」
ガーランドの答えはウォーリアを落胆させるものでしかなかった。ウォーリアは下を向き、小さく嘆息してからガーランドの胸の中から出た。そろそろモンクと黒魔術士が浴場から出てくる。こんな状態を見られたくはなかった。
「待て、ウォーリア。いったい儂は何を忘れておる?」
「……闘争の、記憶だ」
「ウォーリア、お待たせ。あれ? ガーランド様」
「奇遇ですね」
ガーランドから離れたウォーリアの腕を掴み、ガーランドは聞いたが、ウォーリアは振り返ることもなく言い放った。
掴まれた腕を離してもらおうと、ウォーリアが腕に力を籠めたときに浴場の扉が開き、モンクと黒魔術士が出てきた。
ガーランドが掴んだ腕を離すと、ウォーリアはさっと二人のうしろに隠れるように逃げてしまい、これ以上の話を聞き出すことが出来なくなった。
「どうしたの、ウォーリア。ガーランド様と話をしてたんじゃなかったの?」
「……」
黒い仮面を外した素顔の黒魔術士に聞かれても、ウォーリアは何も答えない。黒魔術士とモンクは互いに顔を見合せていた。
ガーランドは胸に何か靄を感じながらも、この現状を打破することは難しいと判断し嘆息した。この場にいても仕方ないので衣類を脱ぎ捨て、脱衣場に三人を残して浴場に入った。この城内にいるなら、話はまた出来るだろう、そんなことを考えていた。
「早く戻ろう。姫を待たせている」
「……大丈夫か、ウォーリア。あんなの、お前いつか身体が壊れるぞ」
「私なら平気だ。……ガーランドのためなら、あの苦にも辱めにも耐えてみせる」
浴場にいるガーランドには三人のこの会話を聞くことが出来なかった。

『はっ、はぁ、』
『もう少しですね、頑張ってください。次はこれです』
『ひめ……、さすがに無理、だ……』
『何を言いますか。これが入らないと話になりません』
『むり、サイズが違う……』
『気合いで入れてください。さあ、腰を上げて』
『王女、本当にもう、やめてあげてください。これ以上は無理です』
『うるさいわよ。あなたは黙っていなさい』
『はい……』
『むり、だ……うあぁっ、ガーラぁ……助け……』
『何とか入りましたね。さあ動いて』
『無理だ……こんなの、動けない』
『だらしのないこと……、さあ、腰を上げて、あなたからしっかり動きなさい』
『くっ……きつ、い、』
『王女、本当に『もう、うるさいわね。時間がないのです。ウォーリア、もっと早く動きなさい!』
『は……あっ、っく、うぁっ、』