夢を見せて - 4/4

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「…………」
 ウォーリアは唖然としていた。手に持つ書はふるふると震えている。隣ではガーランドが同様に、ぶるぶると身体を震わせていた。ガーランドは書をバタンと閉じ、バン! 勢いよくテーブルに叩きつけた。
「〜〜〜〜姫っ!」
「どうですか? ガーランド、ウォーリア。わたくしの作った物語は?」
「……」
 くらり、ガーランドは目眩を起こした。倒れそうになる身体を叱咤し、どうにか踏みとどまる。少女趣味も甚だしいこの物語を作成したセーラ王女にひと言物申したいが、立場を考えるとそういうわけにもいかない。ガーランドはぐぬっと唸り、ワナワナ震える身体をどうにか鎮めていた。
「待ってください、姫。なんですか、この『ガーランドは青年にしか心をときめかさない』というのは?」
 突っ込みたい箇所は幾つかあった。だが、どうしてもガーランドは言わずにはいれなかった。先ほどテーブルに叩きつけた書を取り、頁を捲る。該当する箇所を見つけると、指でセーラ王女に指し示した。
「……」
 先からウォーリアは無言を貫いている。無表情のままで頁をペラペラと捲り、時おり記述を何度も読み返していた。ウォーリアは文字が読めないわけではない。この王国へたどり着いたときは、確かに文字の読み書きはできなかった。しかし、長くコーネリアに滞在していれば、書くことはできなくとも、生活必需となる文字は必然的に覚えていく。
 このコーネリア王国の第一王女でもあるセーラ王女は、にこりと優雅な笑みをウォーリアに向けていた。ウォーリアがその内容を、しっかりと把握してくれていると捉えたからだった。
 ウォーリアの様子を見ていたセーラ王女は、先から突っ込んでくるガーランドに向きなおった。先までの優雅な笑みは、含みを持ったものに変化している。
「あら……、違いまして? あなたはウォーリアにしか、その固い心をときめかさないではありませんか」
「ぐっ……」
 セーラ王女に図星を指され、ガーランドは言葉に詰まった。女性との色恋沙汰とは一切無縁だったガーランドの心を射止めたのは、光の戦士と呼ばれる同性の青年であることを知る者は少ない。セーラ王女はその数少ない知る者のひとりであり、また前途多難なふたりの行く末を見守る者でもあった。
「ですから、こうして物語にしてしまえば。貴方たちのこと……特にウォーリアを〝光の戦士〟として、皆に紹介できるのでは……と思ったのです」
「だからって、これは」
ひどくないか? さすがにガーランドも、ここまでは言えなかった。話の展開も内容も強引すぎる。ところどころ矛盾点が生じ、正直な話、〝物語〟とは言い難い。
 それでも、作り手がセーラ王女であるのなら、きっと飛ぶように売れてしまうのだろう。このようなものが世に出まわるのかと思うと……ガーランドは兜の上に手をあてていた。溜息すら出ない。どうにか回避できる手立てはないだろうか。考えていると、無言だったウォーリアは書をパタリと閉じた。
「読み終えましたか? ウォーリア」
「ああ。素晴らしい内容だった」
「……」
何処がだ? ガーランドは喉元まで出かけていた言葉を無理やり呑み込んだ。パンと手を叩いて喜ぶ王女と、不器用な笑みを浮かべて少し興奮気味なウォーリアと。若者にしかわからない感覚だろうか。ガーランドはどこか呆然とふたりを眺めていた。
「まあっ。さすがです、ウォーリア。どこかの堅物とは違って、このお話の良さに気付きましたか」
「そうだな。私が気に入ったのは……この話のガーランドが、この青年にしか熱い心をときめかさない部分だろうか」
「……」
……お前もか。しかも、熱いとくるか。
 ガーランドは心の中で突っ込んでいた。はぁ、大きく嘆息する。眼前で繰り広げられるセーラ王女とウォーリアの話のやりとりについていけず、頭痛のしだした頭をぶんぶんと軽く振っていた。
「いいではありませんか。このお話の中から、現実と非現実の区別はつきませんよ」
「そういう問題では……」
 ウォーリアと話をしていたはずのセーラ王女は、ガーランドに向けてにこやかに微笑んだ。ガーランドは身体中の力が抜ける気持ちだった。言い返す気力も、すでに失っている。
「夢くらい見せてあげましょう。〝コーネリアの騎士団長〟と〝光の戦士〟の色恋が、現実のものと周囲が気付くまで」
「……」
 このままいけば、恥さらしのような厚い書が、セーラ王女の手によって世界に広まってしまうのだろう。回避不可な現状に、ガーランドは窓の外の降りしきる雪を遠い目で眺めるしかなかった。

 Fin