猛者の贈り物 - 1/3

                2019.11/19

 異界の地で、私は幾度とかの男と戦ってきた。輪廻の鎖に繋がれ、縛られたその男は、私の因縁の相手とも呼ばれていた。私はその男と、永劫の時を戦うことで繰り返してきた。
 逢うたびに男と剣を交えるが、敗れるのはいつも私だった。それでも、私はあの男を救いたい一心で、男のいるカオス神殿へと何度も赴いていた。
 決して終わらない戦い。そう、思っていた私に、転機は訪れた。何度目かの戦いにて、男を縛る輪廻の鎖を、私は無事断ち切ることができた。これで、ようやく……私は役目を終えることができる──。

 しかし、私とその因縁の相手でもあったガーランドは、どうしてか、知らない世界にたどり着いていた。いや、知らないのは私だけであろうか。
 ガーランドはこの世界の、ひとつの王国のすべての騎士を束ねる長になっていた。まるで、元からそこに在るべきであったかのように、自然に溶け込んでいる。私はガーランドが部下であろう騎士たちを指揮しているところを、遠くから眺めていた。
 ということは、この世界はガーランドの元いた世界であると、私は得心していた。それならば、私からはなにも伝えることもない。この地で生きて、これから幸せを見つけてくれれば、私としても安心できた。私は痛む胸に手をあて、この地を立ち去ろうとしていた。
『なにを勝手なことを考えておるか』
『……どう、し』
 私は驚愕し、言葉を続けることができずにいた。目の前に、なぜかガーランドがいる。私は遠目から騎士団の鍛錬している様を、ほかの見物人たちと見ていたはずなのに──。

***

「……っ!」
……夢、か。
 懐かしい夢を視た気がする。私はぶんぶんと頭を何度も振り続けた。そうしていないと、記憶を呼び覚ましそうだった。過去の……本来ならば忘れてはならない、ガーランドとの記憶を。
 この世界に来てからというもの、長い年月を私はガーランドと過ごしていた。その長い時季を繰り返すうちに、大切な記憶の一部はぼんやりとした曖昧なものになっていた。
 というのも、この世界は私の知らないことが多すぎた。そちらを覚えることに夢中になるあまり、大切な……忘れてはいけない記憶を、代償のように次々と失っていった。
 私はそれでもいいと思っていた。大切な仲間たちのことさえ忘れなければ。ガーランドとの戦いの記憶も、脳の片隅に残してある。一部の曖昧なものは、敗れた私がガーランドにされてきたことだけ──。
 それでも、こうして時々思いだしそうになる。思いだしてしまったほうが、おそらくはいいのだろう。どのような内容であれ、それらはガーランドとの大切な思い出であるのだから。
 だけど、私はその部分だけを、心の奥深くにしまい込んでいた。違う。しまい込まれている? 消去させるように、曖昧なものとされている? どう説明していいのか、私にはうまく説明ができない。
 だが、そのように無意識か意識的にか行ってしまうのなら、それはきっと私とガーランド、双方にとって都合が悪いことなのだろうと思う。そのために、私も無理してまで思いだそうとはしなかった。
 ガチャ
「ガーランド……」
「起きていたのか」
 こくり、私は無言で頷いた。扉が開いたときにガーランドと眼が合ったが、私はすぐに逸らしてしまった。さっと掛布で身を隠す。だって、そうしていないと……今の私は──。
「早く服を着ろ。儂の朝食にされたいか」
「……っ、」
 昨夜、私の身体から衣服を取り去り、散々貪ったのはガーランドのほうなのに。どうして私がそのように言われなけばならない? 理不尽なガーランドの物言いに、私は下げていた視線をきっと上にあげて、ガーランドを睨んでいた。
「……早く着ろ。風邪を引く」
「……」
 ガーランドは私に黒の上下の服を投げつけると、さっと隣の部屋へ行ってしまった。なにもされないことに、どうしてか私は安堵と不安を感じていた。それでも、急いで衣類を身に着け、私はガーランドのあとを追うように隣の部屋へと向かった。

「暖かい……」
 隣の部屋は暖炉の炎の力で、とても暖かくなっていた。私たちの眠る部屋には暖炉がないため、深夜から明け方にかけてはすごく冷え込む。全裸でいた私を想ってのガーランドのあの伝え方なのだろうとは、私も納得できる部分はある。だが、あの言い方は……。
「……っ」
 私の頬が熱くなっていく。きっと朱く染まっているのだろう。私はガーランドに気取られたくなくて、暖炉に近づいた。暖炉の暖かい炎で、熱くなった頬を誤魔化そう。私なりに考えた対処法だった。
「あまり寄るでない、火傷をする。それより……これを、お前にやろう」
「私に?」
 ガーランドはごそごそとポケットを探り始めた。なんだろう? 私がきょとんとガーランドを見つめていると、しゃらり、金属の音が聞こえ始めた。この音は……鎖?
「これ、は……」
 ガーランドから金属の音のしたものを受け取り、私は眼を見張っていた。それは、長い鎖の付いた金製の懐中時計だった。金とはいっても、ところどころ擦れて、とても古びたものだった。どう見ても宝飾的に価値のあるものではない。それでも、私にはとても価値のあるものに感じられた。
 この世界でガーランドと過ごすようになり、かなりの年月が経過した。この世界で出逢ったころは、ガーランドも壮齢を迎える寸前だった。しかし、現在は騎士団を引退し、新たな余生を見つけだしている。
 私はといえば、異界の地で戦っていたころと全く変わらない姿で、いつまでもガーランドの傍にいた。年齢差は親子ほどあったのに、今はもっと開いてしまっている。
 私は気にすることがなかった。ガーランドの見た目が変わろうとも、ガーランドの本質が変わらなければ、なにも変わらない。外見なんて関係なかった。私はガーランドと在ることができれば……それで、十分だった。
「ありがとう、ガーランド。大切にする」
「……肌身離さず持っておれ。失くすでないぞ」
 こくり、私は無言で頷き、そのままガーランドの胸に飛び込んだ。ぎゅうぎゅうと抱きしめ、広くて厚い胸に頬を押しつける。ガーランドの鼓動を耳と頬で感じ、私はこうして在れることに、大きな安心を得ていた。先の不安が払拭されていくようで、私は何度も頬を擦り寄せた。
 長い年月をともにして、私はガーランドからなにかを受け取ることはなかった。反対に、私からもガーランドに渡すことはなかった。
 言葉にしてもそうだった。私もガーランドも、お互いになにも伝え合うことはない。募る想いをこうして痛む胸に押し留め、私はこれまでを過ごしてきた。おそらく、これからも──。
 体躯の大きかったガーランドは、少しだけ背が曲がりだしていた。少しだけガーランドとの距離が縮まったことに、私はこっそり喜んでいた。いつもは見上げていたのに、今は視線を上にあげれば、ガーランドを見ることができる。これは、私だけの小さな秘密だった。
「……離れろ。そのようにくっついておるなら、本気で喰ってしまうぞ」
「食べてくれ、私を……お前の気の済むまで」
「そう、くるか」
 ふるりと睫毛を震わせて告げた私を、ガーランドはどう思ったのだろう。大きな手で私の熱くなった頬に触れてくると、ひたいにちゅっと口づけられた。唇にしてもらえると思っていた私は、羞恥により顔全体が熱くなるのがわかる。
 ガーランドは私の様子など、とうにお見通しらしい。くっと人の悪い笑みを浮かべ、私の腰を引き寄せてきた。私の耳許で、ぼそりと熱い吐息とともに告げてくる。
「ならば、今から喰ってやろう。後悔は……するでないぞ」
「しない。お前とこうしているほうが、私は……」
 ガーランドに熱い吐息を耳許に吹きかけられ、私の身体はがくりと力を失っていた。先まで行ってきた行為を再び享受することに、私の身体は期待に震えている。瞼を伏せたまま、私はガーランドにしがみついた。恥ずかしくて、ガーランドを見ることはできなかった。
「寝所へ行くぞ」
「ん……」
 そうして、私はガーランドに横抱きにされ、隣の部屋へと戻ることになる。朝の日が眩しい時間に私はガーランドに愛され、もらった懐中時計を握りしめて二度寝をする結果となってしまうのだが──。

 嬉しかった。ガーランドはあのような伝え方で、私を一歩引かせているようだが、そのことを見抜けないほど私は愚鈍でもない。
──もう、ガーランドに残されている時間は少ないのだろう。身体の衰えを隠してはいるようだが、ともにずっと過ごしてきたのだから、私だって気付いてあげることはできる。
 だからこそ、私はなにも言わず、なにも伝えずにガーランドの傍にいたかった。言葉ではなにも伝えてこないあの男の精一杯の愛情を、この身でしっかりと受け留めてあげたかった。
「────」
 疲弊し、微睡んでいる私の横で、ガーランドは先の懐中時計になにかを唱えていた。魔法だろうか? ガーランドに聞きたいが、私の身体はすでに限界だった。
 身体は衰えていても、精力の旺盛なガーランドに何度も愛されてしまえば、私の身体も保たない。時計になにをしたのかわからないまま、私の意識はここで潰えた──。

 次に眼を覚ますと、私は懐中時計を握りしめていた。隣ではガーランドがまだ眠っている。珍しく長く眠るガーランドに違和感を抱きながらも、私ももう一度ガーランドの横に寝転がった。
 握りしめていた懐中時計は、きっとガーランドが握らせてくれたのだろう。眠るときに私は持っていなかったのだから。私はこの懐中時計をずっと大切に持っていようと、心に強く願った。カチカチと時を刻む懐中時計は、蓋が古ぼけているが、バチンといい音を出して開閉はしてくれる。
 私は懐中時計にしっかりと握りしめ、そのまま眼を閉じた。ガーランドの呼吸に合わせて私も呼吸を繰り返すうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。

***

 それからのことだった。ガーランドは長く眠ることが日に日に増えていった。私は嫌な胸騒ぎを覚えていた。それでも、起きてくれているときは、普段と変わりなく動いている。そのことに、私は少しだけ胸を撫で下ろしていた。
 だが、それも長くは続かなかった。昼を過ぎても起きないガーランドに、私はどうしてか嫌な予感がした。ぺちぺちと頬を叩いても、身じろぐことすら行わない。心の臓の動く音は脆弱で、どこか頼りなかった。
「……っ、待っていろ! すぐに医師を」
 眠るガーランドをそのままに、私はこの家を飛び出した。細雪の舞い散る街道を私はひたすら走っていた。
 ガーランドはコーネリアの街の外れに自宅を購入していた。そのことについて、私は言及することはなかった。私は住まわせてもらう身なのだから、利便性などで口を出すわけにはいかない。
 それでも、今回だけは言わせてもらいたい。街まで少し遠いのではないか、と。愚痴を言いたいわけではないが、このような急ぎのときは、つい心にもなく考えてしまう。
「……では、よろしく頼む」
 なんとかたどり着いた診療所で、私は受け付けを済ませて先に戻ってきた。医師はほかの家に向かってしまっており、終わり次第駆けつけてくれるらしい。ガーランドの名を出せば、受け付けをしていた者は、すぐに手配をかけてくれた。
〝ガーランド〟の名はまだこの地に轟いているようで、私は少しだけ口許を緩ませていた。

「……どうだろうか?」
 コーネリアから来てくれた医師に、私は事情を説明してガーランドを診てもらった。本来ならば、医師の元へガーランドを連れて行ってあげるのが正しいのだろう。しかし、私では巨躯のガーランドを移動させて、医師の元へ連れて行ってあげることができない。医師に来てもらい、指示を仰ぐほうがいいと思えた。
「ウォーリア様、ガーランド様は……もう、」
「そうか」
 聴診器をガーランドから離し、医師は私に向き合って首を左右に振ってきた。それは、心のどこかで、すでにわかっていたことだった。
 ガーランドが突然懐中時計を私にくれ、立て続けに愛してくれたときに抱いた、あのときの違和感の正体がこれだったのだろう。わかっていながらも、私は眼を逸らしていた。現実として、どうしても受け止めたくなかったからだった。
「ご無理を……なさらないでください。王城へはわたくしから伝えておきましょう」
「すまないが、頼む。遠いところをありがとう……」
 王城へ連絡がいくのなら、私にできることはないだろう。もしかしたら、ガーランドの最期を看取ることすら能わないかもしれない。引退したとはいえ、ガーランドはこの王国の騎士団を統べていた元団長で、私はこの国とは関係のないひとりの個人なのだから。
 医師が私を〝ウォーリア様〟と呼んでくれたのも、単に私がガーランドの傍にいるからにすぎない。私はガーランドの伴侶ですらない。なにも言われずにきたのだから、当然か。伴侶になりたかったわけでもないが、こうなってくると条件は変わってくる。はぁ、私は不安から溜息をついていた。

 医師を帰してから、私はずっと眠るガーランドに付き添っていた。無骨な手を握りしめ、私は無言でガーランドを見つめていた。
 そして──。
「ウォーリア……」
「ガーランド⁉」
 ガーランドはゆっくりと瞼を開けると、いつもの鋭利な黄金の双眸で私を見据えてきた。あのときの、まだ私たちが戦っていたころの強い眼差しを感じ、私は一気に高揚した。
「すまぬな、なにも言ってやれずに」
 鋭利な眼差しとは別で、声に力はこもっていない。私はあまりガーランドに喋らせなくなくて、ふるふると頭を振り続けていた。そうでないと……そう、しておかないと、涙が溢れそうだった。ガーランドの伝えようとすることは、つまり……。
「儂は先に逝く。だが、案ずるな。時はその時計が刻んでくれよう。お前と同じ時を過ごすために、儂は──」
「ガーランドッ!」
 腕を伸ばしてくるガーランドの手を取り、私は頬に寄せていた。ぽたぽたと涙が零れ落ちる。掛布を涙で濡らそうと、もう気にしてもいられない。ガーランドから眼を逸らしたくはなくて、涙で濡れた瞳で私は黙ってガーランドの次の言葉を待っていた。
 先は喋らせたくはなかった。だけど、今、聴いておかなければ、きっと後悔するだろう。そのために、ガーランドの命を縮めることになったとしても──。
「その時計をずっと持っておれ。そうすれば、次の儂が……」
「ガーラン、ド……?」
 ずるりとガーランドの腕は落ち、そのまま動くことはなかった。私は涙を流し続けた。
 知らないうちに、外は雪がちらついていた。医師が帰るころは降っていなかったのに。いつ降り出したのか、そして、いつ日が暮れたのか。それすら私にはわからなかった。
 いつまでも涙を流しているわけにもいかない。私はガーランドの懐中時計を取りだした。そっと蓋を開けてみる。
「──っ⁉」
……どう、して? 確かに針の動く音は先まで……。
 懐中時計の針は、六時ぴったりを指して止まっていた。電池が切れてしまっているのだろうか。私は大きく眼を見開いたまま、じっと懐中時計を見つめて固まっていた。そして、ガーランドの言葉を思いだした。

『お前と同じ時を過ごすために、儂はその時計に魔法をかけた』

 ガーランドから懐中時計を受け取ったあとで、この身を愛してもらったあのときだろうか。ガーランドは確かに懐中時計になにかを唱えていた。
 あのとき以降、身体を繋げることはなくなってしまった。それは仕方ないことだから、私も我慢できる。私の身体はガーランドがいないと……ガーランドの手でないと、到底満足などできないのだから。ガーランドができないのなら、私も諦めはつく。自慰なんて行為、私は教えてもらっていない。
……ガーランド、お前は時計になにをした?
 私は頭を切り替えた。微睡んでいたあのときのことを必死に思いだす。そうして、私は思いだしてはいけない、心の奥深くに封じたことまで思いだしてしまった。
「……っ、」
 輪廻の最中でされてきたことを思いだし、私は眠るガーランドから顔を背けそうになっていた。異界の地で行われてきたことなど、今はどうでもいいことなのに、昨日のことのように脳内を駆け巡る。
 もしかして、これはガーランドが、私の記憶から抹消させていたのではないか。そのように、私は考えだしていた。思いだす時機が良すぎて、まるで誰かの意図を感じてしまう。
 ひとり残される私に記憶を返すように、前もって魔法をかけられていたのだろうか。脳内で再生され、繰り返される非道の行為に、私は吐き気を催していた。
 しかし、これは実際に行われてきたことなのだから、もう眼を背けたくなかった。しっかりと受け止めるために、私は瞼を閉じた。脳内でガーランドにひどい蹂躙を受けて殺されていく〝私〟を視ていても、不思議と吐き気はしなくなっていた。
「ガーランド、お前は愚かだ……」
 永遠の眠りに就いたガーランドの、まだ温かい頬に触れる。すべてを思いだし、私は確信していた。やはり、この部分だけが記憶を消されていたのだと。曖昧なものとして私の心の奥深くにしまい込まれていたものを、どうして今になって返してくれるのだろう。
 あのような行為を受けていたことを私が知ることで、離れてしまうと思っていたのだろうか。……まさか。その程度で逃げだすのなら、私は最初からガーランドを救おうなどと考えることはない。

「……今晩が最後だな。一緒にいてもいいだろうか」
 死者への弔いとしては不適切かもしれない。それでも、私は実行した。風呂へ入った私は、ガーランドの眠る寝台に潜り込んだ。すでにガーランドの身体は冷たく、触れるだけで私の身までひやりと冷えていく。
 ぶるりと身体を震わせ、私は無理やり眠りに就こうとした。日が昇れば、おそらくガーランドは王国に連れて行かれるだろう。この国の元騎士団長として、国葬されるために。
 私は懐中時計を取りだした。時を刻むことを止めた時計は、蓋を開けてもなにも応えてはくれない。
「どうして、君まで……」
 六時を指したままの懐中時計に『君』もおかしなものだが、私はこの時計を〝物〟として扱う気はなかった。ガーランドがこの時計になにをしたのか、今の私には聞くこともできない。どうして、微睡んでいたあのときに聞かなかったのだろう。後悔と同時に、私は何度と嘆いていた。
 どうせ聞いている者は誰もいないのだから、私は嗚咽を抑えることもせず、ひたすら涙を零していた。無理に寝ようと潜り込んだのに、結局私は一睡もできなかった。

***

「では、ガーランド様を」
「……よろしく、頼む」
 翌朝、騎士団の小隊がガーランドを迎えにやって来た。ガーランドは棺桶に入れられ、数人の騎士に運ばれていく。
 私は小隊長らしき騎士と話をしていた。やはり、私はガーランドの葬儀に出席することはできない、と……小隊長は申し訳なさそうに伝えてきた。
 伴侶でもない一般人を葬儀のためとはいえ、王城に入れることは、国家の法律により禁じられている。私の不安は見事に的中し、項垂れるしかなかった。
 ここで、ガーランドと別れなければならない。私は最後だからと無理を言って、棺桶の蓋を開けてもらった。ガーランドの顔を何度も撫でては、動かない身体にも触れていった。そして、ガーランドの冷たい唇に、そっと口づけた。
 騎士団の皆は、私とガーランドの関係を知ってくれている。だから、私がこのようなことをしても、黙認してくれていた。少しの時間だけど、私はこうしてガーランドに別れを告げた。

 ガーランドの亡骸と騎士団が去ってからは、私は魂が抜けたように呆然としていた。いつか訪れることだと理解は得ていたつもりだったのに、こうして現実のものとして迎えるとなると、やはりつらい。
 なにもする気にもなれず、私は寝台に上がった。先までガーランドの眠っていた場所に潜り込む。
 私はガーランドが今際の際に残した言葉が気になり、頭の中で何度も反芻させた。

『──次の儂がお前に伝えよう。少し眠り、儂を待っておれ。輪廻の先で、また逢おう』

 どういう意味なのだろうか。なにかを考えなければならないのに、私の脳は考えることを拒否しているようだった。
……少し、眠ろう。
 思えば、一睡もしていない。ガーランドはコーネリア王国に託した。国葬に参列することもできない私にできることは……ここまでだった。
 今度こそ私は役目を終えた気がした。この世界にたどり着いて、ガーランドの様子を窺ってから、私はこの地を離れるつもりだった。それなのに、なんの因果か、こうしてガーランドと長い時を過ごしてきた。それも、もう終わった……。
──私は、役目を終えたのか。
 安堵と後悔の両方が、私の心の中を支配していた。どこまでが安堵で、どこからが後悔なのか、私にはわからない。考えたくも……なかった。
 ピシリと硬質な音が、静寂な寝所にこだまする。私の脚が硬化を始めたようだった。役目を終えた私は、元の硬質な物質に戻るのだろう。時を刻まない懐中時計を握りしめ、私は瞼を閉じた。なにも、怖くはなかった。
 ガーランドは『少し眠り、儂を待て』と言ってくれていたのだから、きっと私を目覚めさせてくれるだろう。そう、願って、私は全身をクリスタル化させた──。