ランタンの想い

                2019/10.22

 コーネリアの街はハロウィンで一色になっていた。街のそこかしこに、かぼちゃをくり抜いて怖い顔になるように作られたランタンが飾られている。オレンジ色のかぼちゃの中は空洞になっており、ランタンの光に照らされては不気味な影を浮かばせていた。
 もうすぐ日も落ちる夕刻のころだった。騎士団の勤務を早く終えたガーランドは、その足でウォーリアを連れ出した。ハロウィンで色づいた街を見せてやりたかったことが一番の理由だが、冷え込んでくるこれからの季節を考え、温かな衣類や食材の買い足しも兼ねての外出だった。

「……ガーランド」
 色鮮やかな街の飾りつけを見ていたガーランドは、隣を歩くウォーリアの様子のおかしなことに気付いた。普段は何事にも恐れることなく、まっすぐ前を見つめる光に愛されたこの青年が、ぶるりと身体を震わせてガーランドにくっついてくる。まるでなにかを怖がっているかのような──。
「どうした? なにか怖いのか?」
 ガーランドは怖がるウォーリアを宥めるかのように見つめ、ぴくりと眉を顰めた。そして、羽織っていた濃紫色の外套で、ウォーリアをすっぽりと覆い隠す。
 美しい形の柳眉を力なく寄せて、ウォーリアはじっとガーランドを見つめてくる。いったい、なにをそこまで怖がるのか……、ガーランドは尋ねていた。すると、ウォーリアは見上げていた顔を、ふいと逸らした。そのまま俯いたウォーリアは、ぽつりと洩らしてきた。
「くり抜かれたあの目からの、歪んだ光が怖い……」
「……」
そういうことか。ガーランドは納得した。光に愛された青年は、光の種類を瞬時に見抜いてしまう。かぼちゃのランタンの作り手の思い──それは、必ずしも良心だけとは限らない──を、正確にその光から受け取ったのだろう。主に邪念として。
 祭りのために作られた善意のランタンが多くあるなかで、ウォーリアは数少ない悪意に満ちたものを見つけ出していた。
──かぼちゃの加工など面倒だ。
──無賃金で……どうして、こんな手間を。
 こういった愚痴めいたものがほとんどなのだが、ウォーリアが光から感じたのは、犯罪に繋がる害意も含まれている。
 有機物なら恐れることもないだろうが、無機物からの無言の圧力ほど怖いものはない。ガーランドも魔法の使い手として、無機物に命を宿すことができるだけに理解もできる。
「……帰るか。買い出しは後日行おう。騎士団でしっかり取り締まるようにするから、お前の感じたランタンをあとで教えてくれるか?」
「……」
 こくりと頷いたウォーリアの肩を寄せ、庇うようにガーランドは歩きだした。ウォーリアが羞恥を感じだす前に、ぴったり寄り添うように細い腰に手をまわして、ガーランドはスタスタ歩きだす。びっくりして眼を丸くするウォーリアを無視し、街外れの自宅まで急いで戻った。

 星の煌めく深夜のこと。ウォーリアを深い眠りに就かせ、ガーランドは鎧を身に着けて自宅を飛び出した。目的はあった。そのために、ウォーリアが決して起きることのないように、ガーランドも工夫を凝らした。
「深夜に申し訳ない。開けてはもらえぬか」
 周囲もしん……と寝静まった深夜だというのに、ガーランドは一軒の店舗の扉をドンドンと何度も叩いた。しばらくして店舗に灯りが点いたかと思えば、ガチャリと扉は開いた。開いた扉から、眠たそうに目を擦る恰幅のいいこの店舗の店主が顔を出してくる。
「誰だよ⁉ こんな夜中に……っ」
「すまぬ。頼みがあってな」
「〜〜っ⁉ ガ、ガーランド……様っ⁉」
 店舗店主に驚かれても無理はない。ガーランドは手短に事情を店主に説明し、袋いっぱいに商品を購入していた。早くしないと夜が明ける。騎士団の勤務はずらしているとはいえ、急がないと予定が狂う。ガシャガシャと深夜の静寂をぶち壊すような喧しい鎧の稼働音を立てて、ガーランドは家路へと向かった。

***

「ガーランド? これ、は……っ」
 起床したウォーリアは、まず室内の変化に驚愕していた。昨晩の就寝前までにはなかった、大きめのオレンジかぼちゃのランタンが、部屋の隅にドンと置かれている。しかも、ひとつではなく、複数個が行儀良く並んでいた。
「かぼちゃだが?」
「そう、か。いや、そう……ではなく、……あの、顔……が」
 ウォーリアの混乱も、ガーランドはなんとなくだが理解できていた。いわゆる怖い顔のジャック・オー・ランタンとは違い、室内に並ぶかぼちゃの顔はすべて笑っている。満面の笑みからえびす顔まで様々で、かぼちゃの笑顔の表情は微妙に変えられていた。
 これは、無駄に手の込んだ手作りのものだと、ウォーリアにもわかるようにと、ガーランドはあえて表情を変えて作っていた。ガーランドほどの腕前を持っているならば、寸分違わず同じものを作ることは可能であるはずなのに……であった。
「あのかぼちゃのくり抜かれた目の光は怖いか?」
「……!」
 笑顔のかぼちゃの目の部分より洩れでてくるランタンの光から、作り手のガーランドの想いがたくさん溢れている。ウォーリアはランタンの光を正確に受け取った。
「ガーラ……」
 これだけでウォーリアの胸はいっぱいになっていた。ふるふると何度も左右に首を振り、ガーランドを見上げる。言葉を紡ごうと唇を動かそうとしたときに、先にガーランドに止められた。
「……外に出ぬか?」
「外?」
 この時期の朝は冷え込む。これだけでウォーリアは躊躇してしまう。だが、せっかくのガーランドの誘いを断るなんてことはしない。上着を羽織り、ガーランドに借りた濃紫色の外套で、身体を包み込ませるように覆わせた。ガーランドの差し出してくれた手を取り、一緒に外へと出た。
「……寒いな」
 ウォーリアはまだ朝焼けのする冷たい空気を肺に取り込み、大きく背を伸ばした。空気は冷たいが、少しの湿度を含んでいるので、喉に潤いをもたらせてくれる。何度も深呼吸を繰り返し、改めてガーランドを見つめなおした。どうして、ガーランドはこんな早朝から外へ出したのか。ウォーリアは気になっていた。
「気に入れば良いがな」
「ガーランド……っ、」
 ウォーリアは感極まり、言葉を詰まらせていた。どう……言っていいのか。どう、ガーランドに伝えればいいのか。表現をすることの下手なウォーリアは、なにも告げることができないでいた。
「無理に言葉を探さなくてよい。お前の状態を見ればわかる」
「……っ、」
 ふたりで住んでいる小さな小屋の前を埋め尽くすように、可愛い笑顔の少し小さめのかぼちゃが山のように積まれていた。すべて目の部分、及び口を可愛くくり抜かれている。
 にっこり笑顔から失敗したような微苦笑まで、様々な表情のかぼちゃに見つめられても、ウォーリアは怖くなかった。室内のかぼちゃと同様に、すべてガーランドの手の込んだお手製だとわかったからだった。
──愛しておる。
──ずっと伴侶として、今生をともに。
──これで、ウォーリアの恐怖を拭えればよいが……。
 ガーランドの想いが詰まったかぼちゃのひとつをウォーリアは拾い上げ、ぎゅっと抱きしめた。言葉が出ない。驚愕が大きすぎて、それに嬉しすぎて、うまく紡ぎだせなかった。
「ありがとう……」
 それでも、ウォーリアはひと言だけ言葉を発した。ガーランドの気持ちに応えたくて、ウォーリアも囁くように返事をかぼちゃに伝えていた。
「儂にではなく、そのかぼちゃに伝えるか……」
 ガーランドは苦笑するしかなかった。ウォーリアが想いをなかなか伝えることのできない青年であるということは、おそらく当人以上にガーランドのほうが詳しい。
 これがウォーリアの精一杯の告白であると、ガーランドも理解を得ている。そのために、言及することはやめにしておいた。ウォーリアの気持ちはガーランドにも十分伝わっているのだから、これ以上の言葉は不要であった。ガーランドはウォーリアを包み込むように抱きしめた。
「儂は重いぞ。ついてこられるか?」
「お前の身長で軽かったら、逆に心配する」
「……………」
 告白は見事なまでに明後日へ投げられたが、ガーランドも言い方が悪かったのだから仕方ないと諦めた。はぁ、小さく嘆息し、胸の中に閉じ込めたウォーリアの冷たい唇を塞いだ。余計な天然発言を封じるためと、愛情を確かめ合うためだった。
……まぁ、よいか。
 かぼちゃの加工を夜通しで行ったために、ガーランドは寝不足で少しふらついていた。この状態で騎士団の任務にこれから就かなければならないわけだが、口づけを受けるウォーリアの表情で疲弊も吹き飛んでいた。
「ぅん、ぁ……」
 名残惜しいが、ガーランドはゆっくり唇を離した。かぼちゃのランタンを見せて終わりではない。まだ、ここからがある。
 それに寒い屋外に、いつまでもウォーリアを出しておくわけにもいかない。かぼちゃを見せて満足したガーランドは、ウォーリアを室内へ入るように促した。

「う……」
 寒い屋外から暖かい室内へ入れば、急激な温度差でウォーリアの身体はぶるりと震えた。ガーランドは暖炉に薪を投入し、沸かしていた湯で手早くお茶の用意をする。淹れたお茶をウォーリアに出してあげた。
「……ありがとう」
 かぼちゃをテーブルの端に置いて、ガーランドからお茶を受け取った。だけど、ウォーリアには熱くて飲めない。それでも、湯気の力で身体は火照っていく。ほんのり紅潮したウォーリアの頬を見つめ、ガーランドも安堵した。風邪の心配がなくなったからでもある。
「朝食にしよう。お前も消費を手伝え」
「……?」
 ガーランドの言葉の意味がわからず、ウォーリアはきょとんと首を傾げた。そして、ガーランドの言葉の意味を知ることになる。
「ガーランド……!」
「くり抜いたかぼちゃで作ったものだ。口に合うかはわからぬが」
 かぼちゃのペーストを練り込んで作られたパン、ごろごろしたかぼちゃの入ったスープ、肉と煮込まれたものまで多種に及んだ。それだけで済むはずもなく、デザートにまでかぼちゃがふんだんに使用されている。
 これにはウォーリアも驚いた。昨夜にはなかったはずなのに……。ウォーリアは呆然とガーランドを見つめていた。
「こんなに……。誰かを招く予定でもあるのか? 私たちで食べきれるのか?」
「誰も招かぬ。それに、日持ちするようには作ってある」
「なるほど」
 言われれば、日持ちする料理や焼き菓子が多い。日持ちしなさそうなのは、主食となるパンくらいか。確かに、これなら……と、ウォーリアも安心する。
「美味しいな」
「それは良かった」
 ウォーリアはかぼちゃのスープとかぼちゃを練りこんだパンを食べて、おまけにデザートとしてかぼちゃのタルトまで完食した。さすがにこれ以上は入らないために、食後は甘さ控えめのお茶をいただいた。
「ありがとう……」
 起床してから何度伝えたかわからない感謝の言葉を、今度はかぼちゃにではなく、ガーランドの目を見てしっかり伝えることができた。

 ウォーリアが抱きしめていたかぼちゃは、テーブルの端に置かれたままになっていた。室内の大きめかぼちゃと違い、外に出されていたものは、すべて手頃なサイズのものだった。
 ランタンなど入るわけもない大きさのかぼちゃから、ウォーリアは正確にガーランドの光を感じている。語ることの少ないガーランドからの想いを受け取り、ウォーリアの心は完全に満たされていた。
 ガーランドが騎士団に出向く直前まで、ふたりは見つめ合い、かぼちゃについて語り合っていた。ガーランドがどのようにかぼちゃを手に入れ、どうやって加工したかなどを──。

 余談だが、ウォーリアの感じ取った害意あるかぼちゃの光により、悪人連中は騎士団によって制圧され、犯罪は無事未然に防ぐことができた。
 これにより、騎士団……特に今回情報を得てきたガーランドは、国王より高い評価を受けることになるのだが……この話はまたいつか。(ない)

 Fin