第三章 勇者の追想

                 2018.1/26

「ウォールー。起きるッスー」
朝、わたしはティーダの元気のいい声で目覚めた。しまった、寝過ごした。軽く仮眠だけにしようと思っていたのに、身体は思ってる以上に疲れていたようだった。わたしは素早くテント内を片付け、外に出た。
「ウォルおはようッス。もうみんな起きてるッスよ。ご飯食べるッス」
朝から皆は元気な様子を見せている。朝食を作ったスコールとティーダは給仕に忙しく、オニオンやティナも手伝っている。スコールがこちらをじっと見ている。何だろうか? フリオニールはもう少し寝ているそうでこの場にはいなかった。ジタンとバッツは相当腹が減っているのか朝食にがっつき、クラウドに怒られている。
「おはよう、ウォル」
わたしの元にセシルが近寄ってきた。じっとわたしの姿を上から下まで見ると、突然わたしの全身をペタペタと触りだした。
「セシル? わたしの身体に何かついているのか?」
スコールもわたしのことをじっと見ていたし、まだ拭ききれてない汚れが残っていたのだろうか? わたしはセシルの優しい笑顔を見つめた。
「んー。瞼がちょっと腫れてるみたいだけど、あとは何でもないみたいだね。身体を打ったってバッツから聞いてたけど、大丈夫だった?」
「大丈夫だ。少し壁に打ち付けただけだから」
すぐガーランドが助けてくれたが。口から出かけたこの言葉を言ってしまうと、きっと面倒なことになるだろう。わたしは口を閉じ、これ以上は黙っておいた。
「それならいいんだ。とにかく気を付けてね」
セシルはそれだけ言うと、クラウドやバッツの所へ行った。あの三人は本当に仲が良い。年長組というだけあって、年少の仲間をしっかり補助して支えている。

セシルはオニオンとティナを、バッツはスコールとジタンを、クラウドはフリオニールとティーダを。おかげでわたしはクラウドの許可さえもらえれば、ある程度は自由に行動が出来る。もっとも、わたしの傍には常に年長組の誰かが付いてくれるから、自由……とは少し違うかもしれないが。

「ウォルおはよう。熱いから気を付けて」
ティナからスープの器を受け取り、わたしは一番近くにいたジタンの隣に座ってスープをいただく。
……美味しい。
これをスコールとティーダが作ったのかとわたしは感心していた。すると、ジタンの隣にいたバッツが、夜中に出してくれたフリオニールのスープに、フリオニール自身が手を加えたものだと教えてくれた。なるほど。
わたしも料理が上手いとは言えないので、人のことを批評することは出来ない。わたし同様にスコールもティーダも調理は苦手な部類に入る。きっとフリオニールも、この二人が調理当番に当たってるのを気にして作っていったのだろう。フリオニールはとても良いお母さんになるだろうな。
「ウォーリアさん、おかわりどうします?」
「いや、もう大丈夫だ。ありがとう」
オニオンが聞きにきてくれた。だが、わたしはもうお腹が膨れていたので、オニオンに断りをいれて器を返した。
ジタンにひと声かけて席を立ち、まだ食事中のクラウドにわたしは出発の許可を求めた。
「すまない。コスモスの元へ行かねばならない。クラウド、構わないだろうか?」
「行って来い。ただし、遅くはなるな」
「ありがとう。では、あとのことは頼む」
それだけを言い、コスモスの元へ向かおうとすると、バッツに呼び止められた。
「ウォーリア。これコスモスに渡しといてくれ。リラックス効果のある香と薬茶だ。あと、これはお前の分とおっさん用な」
バッツはわたしにたくさんの小袋を持たせてくれた。どうやらわたしが寝ている間に作ってくれたらしい。次にガーランドの所へ行く機会があれば使ってやろう。イライラピリピリも少しは解消されれば良いのだが……。

「ウォルー。今日は昼からみんなで水場に行くッスよ。もし戻ってきたときに誰もいなかったら、水場に来るッスー!」
走って皆の元から離れて行くわたしに、ティーダが大声で教えてくれた。大声を出すのはこの場合あまり良くはない。もし敵が近くにいたらどうする? 戻ったら言ってやらねば。いや、クラウドあたりがもう怒っているかもしれない。とにかくコスモスの元へ急ごう。

**

「男性になりたい?」
秩序の聖域にて、コスモスの驚いた声が誰もいない周囲にまで大きく響いた。
「いったい……何があったのです?」
当然聞かれるであろうことは、容易に想像出来る。突然やって来て、〝性別を変えて欲しい〟など言われたら、誰でも理由を求めるだろう。
わたしはガーランドと対峙したときのことを、コスモスに話した。吹き飛ばされたときに兜が落ち、声から女性だとバレたこと。今のままだと、同じように兜から仲間達にバレるかもしれない危険があること。皆にバレてしまう前に、男性の姿になりたい……と。

「それだけではありませんね? でしたらもっと早く来てたはずです。何がありました? 隠さず全て教えなさい」
「それは……」
コスモスの有無を言わさぬ物言いにわたしは諦め、正直に話した。バッツやフリオニールのときと違い、ガーランドに何をされたのかまで、事細かく報告していった。すると、コスモスの顔色がみるみる青褪めたものに変わっていった。
「……そんなことがあったのですね。だからあれほど注意するように、何度も言ったはずですよ」
コスモスの怒気を含んだ声に、わたしはその場で項垂れた。当然だ。反論も出来ない。

あのとき、本当は動けなかった。組み敷かれ、互いの顔が触れるほど近くにあった。わたしの胸は破裂しそうなくらい躍動していたし、もしかしたらわたしの顔は朱くなっていたかもしれない。
何かを言わねば……そう思いながらも、何を言えばいいのか分からなかった。高鳴る胸を抑え、ガーランドの兜面に見入っていた。だが──。

『女か……』

その瞬間、わたしの身体が凍りついた。そしてガーランドをすごく怖く感じた。目の前にいるのは〝男〟なのだと、初めて認識した。

男性は女性に対し、無理に行為を行うことが出来る。それは女性にとって、身体的にも精神的にも傷をつける恐ろしい行為であると、何度も何度もコスモスに教えられた。

なのに、わたしは自身の体格や重装備を過信し、男性に負けることは決してない、男性と同じだと思っていた。しかし、結果はどうだ? あの巨躯に組み敷かれ、まともに身動きできないまま、あらぬ箇所に触れられた。これが男の力なのかと思った。
男女の肉体にこだわりはないと今までは思っていた。ここまで肉体差があるとは、わたしは知らなかったし、想像してもいなかったから。それならわたしは……女性の身体より、戦える男性の肉体の方がいい。これ以上の辱めを受けることもないし、男に対し恐怖を覚えることもない。
何より同性なら、ガーランドともきっと互角に戦えるようになるはず。鎧が重く、身体が動かないなんて失態だけは、もう避けたい。
「……ですが、男性になったところでそれは外見だけ。内面は変わらないのですよ?」
コスモスが問いただすように言う。〝考えなおせ〟と言外に含んでいるのがわたしにも分かる。だが、わたしの決心も変わらない。
「構わない。コスモス……頼む」
「分かりました」
本当に良いのですね。コスモスの最後の確認に、わたしは大きく頷いた。
「頼む」
わたしはもう一度コスモスに告げた。コスモスが躊躇しようが、わたしの決心は変わらない。

眩い光が私を包み、しばらくして光は消えていった。
……どこか変わったのだろうか?
全身を見まわしてみるが、普段が普段だからあまり分からない。私はもう一度、全身をくまなく見まわして見た。だが、やはり違いは分からなかった。
「これで兜を被る必要はないはずですよ」
……兜? そうか、声か!
私は早速兜を取り、あー、あー、と声に出して自身の声を確認した。今までと違い、少し低い声色に変化していた。私は驚き、思わず喉に手をあてた。男性にはある喉仏が、私にもあった。
……すごい! 男性の身体だ……!
兜なしで男性の声が出せたこと、喉仏があったことに私は嬉しくなった。先は見るだけだったので、違いが分からなかった。今度は身体の至るところに実際に触れていった。鎧の上からだから、あまり分からない。胸がどうなったのかすら。あと、私が知り得る男女の大きな違いといえば……?
……もしかして……ある?
私は自身の下半身にも触れてみた。……あった。下に男性の何かがある。女性には当然だがなかったそれに、私は喜色の色を含ませた。
そういえば……ティナ以外の仲間達は、皆立って用を足していた。何度か私はその瞬間に遭遇したことがあった。皆はわたわたと慌てていたが、私は気にすることはないと声をかけた。結局、皆は逃げるように去り、私ひとりがその場に残されたのだが……。
私はそのときの皆を思い出していった。私にも出来るだろうか? とにかく練習が必要になるかもしれない。

「──ですよ」
「……は? 今、何か言ったかコスモス?」
つい浮かれて、私はコスモスの話を全く聞いていなかった。コスモスに向き合うと、呆れた表情のコスモスに小さく溜息をはかれた。どうやら私は思っていた以上にはしゃいでいたらしい。
「聞いていなかったのですか? 女性に戻る方法ですよ。もう一度言いましょうか?」
「いや、結構だ。もう私には必要ない」
そうだ。元に戻る方法を知っていれば、何らかの拍子に発動させて戻ってしまうかもしれない。そうならないためにも、最初から知らない方がいい。
「分かりました。必要ならまた聞きに来なさい。それから、私なりにあなたが今回女性になった経緯の仮説をたてました。参考までに一応聞いていきなさい」
「……」
……そんな仮説とやら、今の私にはもう関係ないのだが。
用が済んだので、私は早く帰りたいと思っていた。しかし、コスモスの有無を言わせない迫力に負け、私は黙って一応聞いておくことにした。

①神竜のうっかりミス。あなたの性別を、神竜は単純に間違えた。
②以前のあなたが浄化を受ける際に、女性でありたい、もしくは女性になりたいと強く願い、それを神竜が叶えた。

「仮説①の方が有力ですかね……」
すごく妖しい笑みを見せてコスモスは言う。その妖艶ともいえる含みに、私は訝しみながらもコスモスの話を聞いていた。しかし、私は気にかかることがあり、腕を組み改めて考えていた。以前までの私は男性で、今回の私は女性……。何か理由があったのだろうか?
しかし、①はないだろう。神竜がそんな間違いをするとは到底思えない。万が一あるとすれば、私よりむしろセシルだろう。彼の方が私よりはるかに女性とも捉えられる美しい顔立ちをしている。もっとも、セシルは闘争を終結させている。神竜に浄化されることなど、もうあり得ないが。
②は……どうなのだろうか? だとすれば何か? 私は女性になりたいと願い、神竜による浄化を受けたということか? いったい、何のために?

「ガーランドは何か知っているかも知れませんね」
コスモスの何か知っているかのような、含みのある言葉に私の心の臓はどくりと大きく跳ね上がった。
その瞬間、何かが私の脳の中に入り込んできた。何だ? 頭が真っ白になる……。頭の中に何かが浮かんでくる。……ダメだ、目眩がする。私は立っていられなくなり、その場に蹲った。
……頭が、痛い。

**

私の頭の中に何かが流れ込んでくる。これは、いったい……何だ?

この想いに気付いたのはいつだっただろうか。
この想いが何なのかに気付いたのはいつだっただろうか。
この想いに気付くべきではなかったと、何度思い返しただろうか。
気付いてしまった以上、誰にも気付かれることなく日々を過ごしていかなければならないことが……少し辛い。
この想いに蓋をしてしまおうと何度思っても、その度に胸が痛くなる。誰かに相談することも出来ないまま、溜息ばかりをはきだしてしまう。
いっそのこと、この想いを伝えてしまえば……何度も頭によぎる。だが、それだけはしてはいけないことだと、私でも分かる。

私は秩序の筆頭で、彼は……混沌の筆頭なのだから──。

……誰のだ? これは何だ? 誰の想いだ? 私ではない。私よりずっと、ずっと前……からの私の想い?

『ガーラ……私は……共に……』

……何だ?

『……ッツに……「……こいと……つい……らえ。………にはならな……」……』
『……の……を……』

……これは誰の?

『オニ……の……調合失……になっ……』
『あの旅……てものを………』

……何? オニオン? 調合?

『……ない……ただバッ……談……「……じゃ……さんに……え……」と言わ…………』
『…………』

全く分からない。思い出そうとするほど、私の頭が痛みだす。まるで脳が拒否しているかのように……。

『次……じょ……私……
……ーラン……こそ……たい……』
『……は必ず……憶が……約束…………違えぬ…』

……私とガーランド? 何故? 約束?
いったい何のことだろう? 何か大切なことが抜け落ちているのか? 考えても頭が痛くなるだけで、私にはさっぱり分からない。

「大丈夫ですか? ウォーリア」
蹲ったまま眼を大きく見開き、はぁはぁと浅い呼吸を私は繰り返していた。私の背中を優しく撫で、コスモスが問いかけてくる。
「どうしました? 何がありました?」
何があったって? 何だ? その確信的な物言いは? 先の言動といい、もしかしたらコスモスは何か知っているのか? 私は顔だけをコスモスに向けた。何か違う汗が背中を流れている。
「私は何も分かりません。ですが、今までのあなたをずっと見てきました。今までのあなたとガーランドとの間に何かあったかは分かります。二人の間に何があったのかまでは、私も分かりませんが……」
今、何が起こったのか言いなさい。コスモスに言われ、私は一度眼を閉じた。頭と呼吸が落ち着いてから、先ほどの脳内に流れ込んできた誰かの想いを、コスモスに伝えた。コスモスは刮目し、そのあとで私に美しい笑みを見せてくれた。

「それは……今までのあなたの想いでしょうね」
「それは、どういう……」
コスモスの言葉が正しければ、私は今より以前からガーランドを想い、女性になりたいと願ったというのか? それはガーランドも知っているのか? いや、私が女性であることを知らなかったようだし、それはない……か。
「あなたが女性だと分かったときに、ガーランドは何か言ってきたのですか?」
「そうか……と、あとはいつからだ、と。それから、ガーランドはまた私と戦ってくれるとは言っていた」
ガーランドは私のことをどう思ったのだろうか? 男性のような女性? 男性にしか見えない女性? どう見ても男性だが実は女性? どれもあてはまる。そしてそれを望んだのは、女性であることを隠した紛れもない……私自身。
胸が苦しい。そういえば、この胸の苦しみは前にもあった。どこでだ? ああ、そうだ。ガーランドが暗闇の雲やアルティミシアのことを言ったあのときだ。あんなグラマラスな美女達が、ガーランドの側にはいる……また胸が苦しい。何なのだろう、この胸の苦しみは? 私は胸の痛みをコスモスに訴えた。

「ガーランドが別の女性の話をしたら胸が苦しい? ウォーリア。それが本当に何か分かりませんか?」
大丈夫ですか? 蹲り胸を押さえだした私に、コスモスは問いかけながら私に聞いてくる。だが、聞かれたところで、私には何のことか本当に分からない。
「それを嫉妬……ヤキモチとも言います。ウォーリア、あなたはガーランドが好きなんですね」
コスモスは微笑ましい目を私に向け、教えてくれた。
……私がガーランドを……好き?
だから嫉妬して、この胸が苦しくなった……と? まさか、そんな……。私はまだ少し痛む頭をふるふると振り、コスモスを見つめた。
「ウォーリア、いいですか。今思ってるあなたのその想いを、そのままガーランドに伝えなさい」
そのようなこと、私には出来ない。出来るわけがない。ガーランドは純粋に、私との闘争を楽しみたいはず。私がこのような想いを持ったまま、ガーランドと対峙しても、きっと意識してしまう。そうなれば、まともに勝負出来るか分からない。
集中出来なければ、私にまず勝ち目はない。それ以前にガーランドは闘争に値しないと戦ってくれさえしない。

『傷が癒えたらまた来い』

あのとき、ガーランドは言ってくれた。私のこの想いは、きっと邪魔にしかならない。だから、封じてしまわないと……ならない。

「……少し気になったのですが」
両腕を組み顎に右手をあて、考えこむような姿でコスモスは私に問いてくる。女神だけあって、とても優雅で美しい完璧な立ち振舞い。しかし、コスモスは何が言いたい? まだ何かあるのか?
「ガーランドは『いつから?』と聞いたのですよね。おかしくないですか? 前回のあなたは彼の手にかかり、浄化したのですから」
「……」
それもそうだ。そうでなければ、今の私はここにいない。

『いつからだ?』

ガーランドに問われたので今回からと答えたのだが、そもそも質問の意味が違っていたのだろうか? ガーランドに別の意図があって? ガーランドは私にいったい何を聞こうとした?
コスモスは大きく息をはくと、蹲ったまま顔だけ上げていた私の頬に手を添えてくれた。ニコリと優雅な微笑みを、私に見せてくれる。
「ガーランドともですが、メンバーともよく話し合いなさい。ですが、答えは自分でゆっくりでも見つけるのですよ」
優しいコスモスの声が私の心に響く。私は立ちあがり、一度皆の元へ戻る旨を伝えた。もっとコスモスと話をしていたいが、午後から皆で水場に移動する言っていた。早く戻り、私が水浴びしないと皆が入れなくなる。
クラウド達の作り出した取り決めにより、私が一番に入らないといけなく、基本的に例外は認められていない。

「これを、コスモス」
「確かに受け取りました」
別れの際に、私はバッツから預かった香と薬茶をコスモスに渡した。
「バッツにありがとう」
コスモスは受け取り、にこやかに微笑んでくれた。
私は踵を返し、そのままコスモスの元を離れた。
「今度こそ間違えず幸せになってください。……皆、ウォーリアを頼みます」
そのため、コスモスの小さな呟きは聞こえなかった。