第二章 旅人の考察

                2018.1/23

 まぁ、あんなネタで固まるの、ウォーリアだからってのもあるんだけどな。フリオのヤツ、真っ赤になっちゃって。ありゃ、当分卒業は無理だな。
 ウォーリアから受け取った器を片付けるフリオニールを横目に眺め、オレはひとりで考えていた。
……あのおっさん、絶対ウォーリアに何かやらかしたな。
 ウォーリアは戻ってきたときに、壁に打ち付けられ、そのうえ瓦礫まで降ってきたと言っていた。ウォーリアは嘘を言わない。だからこれは本当のことだ。
 ただし、嘘は言わないが、本当のことも言わない。ウォーリアの場合、大概これだ。あのド天然、無駄に頭は良いから、上手いこと天然を隠れ蓑にしてすぐ隠してしまう。
 ウォーリアの全身は、誰の目からしても明らかにおかしかった。瓦礫が降って付いた汚れだけじゃない。マントや腰布はやけにくしゃくしゃだし、しかもマントは背中一面汚れまくってる。
 それに、胴周りや手首付近だけ、他に比べて極端に綺麗だった。極めつけは拭かれた形跡のある涙の跡。そして腫れた両眼。まるで誰かに組み敷かれたとしか──。
……おっさん、まさか、ウォーリアをレ……?
 最悪の事態を想像し、オレの顔が青くなったのが分かる。いやいや、まてまて……。もしそうなら、ウォーリアのあの態度はないな。少なくともオレらと話すことも出来ずに、きっとテントに入り込むはずだ。ストレス軽減とかDTの話とかしてる余裕なんてきっとない。そう思いたい。ふー。オレは平静を装い、アテにはならないだろうけど、一応フリオに意見を仰いだ。
「フリオー。さっきのウォーリア、お前ならどう見る?」
「どうって何が?」
「だから、ウォーリアのあの格好と態度だよ。オレはおっさんに押し倒されて、何かされたんだと思ったんだけどな。お前はどうよ? お前も何か気付いたから、ウォーリア見てさっき顔赤くしたり青くしたんだろ?」
「オレは壁ドン程度にしか思ってなかった。てか押し倒さ、えぇっ……え?」
ウソだ。そんな……。赤い顔をさらに赤くして、フリオが悶えだした。そんなフリオの様子を見て、オレははぁ、溜息が出た。あれだけ汚れてんだから、とにかく身体を綺麗にしたいだろうな。オレはそう考え、フリオに濡らした布を持って行くように伝えた。テントをイキナリ開けることのないようにと、フリオに注意を付け加えてな。
……さて、どうする?
オレからおっさんに問いただしてもいいけどな。でも、それをするとウォーリアが怒りそうだよな。『勝手なことをするな』ってな。二人とも一応成人してる大人なんだし──片方はかなりフケてるが──、成り行きに任せてみようか。
……あのおっさん、もしウォーリアに余計なことしてやがったら……オレが絶対許さん!
てか、さっさと引っ付いてしまえば関係ないのにな。ん? 何でオレが知ってるかって? いや分かるだろ、もろバレだ。
 ただ、ウォーリア自身はまだ自覚ないみたいだけどな。でも気付くのも時間の問題だろう。おっさんのこと、意識し始めてる。だから、相談事があればオレ達年長組にしろと何度も何度も言ってんのに、アイツは全然聞いちゃくれねーんだよな。
 さっきも言ったが、ウォーリアはすぐ隠すし言わない。自分の想いに気付いたら、どう心の中に閉じ込めて、また自己完結しちまうんじゃないかな。
 秩序がどうだ、混沌がどうだ、もいいけどさ。もう、いい加減お前らの気持ちに、少しは正直になればいいのに。いやホント、マジで早く引っ付いて欲しい。
 ずっと見てる方がもどかしいんだよ。そしたらオレだって、こんなことをムダに悶々と考えずに済むし。
……おっさんが渡したマントの意味に、アイツが気付いてたらいいな。まだ無理かな?
とりあえず朝一番に、セシルとクラウドに報告しないとな。フリオは……口止めか。年少組も言わない方がいいだろうな。KYティーダなんか話を掻きまわして、絶対ややこしくするだけだろうし。
 あとは……調合か。おっさんだけなら適当に組み合わせて作るんだけどな。ウォーリアもどうせ一緒にいるだろうから、迂闊なモノも作れない。二人で楽しめるように、香か薬茶あたりにしようか。んで、いい雰囲気になって、さっさと引っ付けばいい。そして爆発してしまえ。
 何度同じことを考えたか分からないくらい、脳内で同じことを繰り返し考えた。調合に必要な材料と道具を持ってきて、オレはゴリゴリと調合を始めた。

「フリオはどうすんだ?」
「まず魚を捕まえなきゃな。揚げ物はどうかと思うが、南蛮漬け風とかにしたら、いいんじゃないかと思ってるんだ」
どうだろう? 少し考える様子を見せるフリオに提案されたので、オレもいいんじゃないかとだけ答えた。フリオってホントお母さんだよな。ん? 主夫の方が聞こえはいいのか? なんだかんだ言いながら、皆の世話やくしさ。
 ウォーリアの姿を確認したあのとき、ニブニブのフリオですら察していた。顔を赤くしたり青くしたりを繰り返していたから、おそらくオレと同じ結論に達したのかと思ったんだけど。考えていたのは壁ドンとか。壁ドンて。そこは、まぁ……安定のフリオだな。
 しかし何で隠すんだろうな。みんな知ってること、アイツ知ってんのかな? いや、知らないから隠してんだろうけど。
 何のためにテント使用や、水浴びの取り決め作ったのかとか、アイツ分かってんのかな? せいぜい自分に都合のいい取り決めが出来てラッキー! くらいにしか思ってないんだろうな。はぁ、オレは溜息を洩らした。

 オレはどこかぼんやりと考えながら、乳鉢に色んな薬草を入れてはゴリゴリ擦り始めていた。だけど、慌てたようなフリオニールの声に、現実に引き戻された。
「バッツ⁉ そんなに作る必要あるのか?」
「……えっ?」
何を? 聞く前に、オレはフリオの言わんとすることが分かった。しまったな。考えながらやってたから、つい作りすぎた……。
「うわ、何個分だよコレ」
「軽く見積もっても、百個はあるな」
 呆れかえったフリオの声に、オレは天を仰いだ。今作っていたのは癒し効果のある香だ。まぁ、腐るモノじゃないし、何なら混沌勢にプレゼントしてもいい。
 次に作る薬茶の方は、量を考えないとな。ウォーリアのことは、セシルやクラウドと話すときでいいだろう。もうここで切り替えよう。ここから集中しないと、とんでもないことになりそうだ。調合失敗作なんて作ったら、それこそ処分に困る。まぁ、別に使い途はあるけどな。
「フリオは何やってんだ?」
「朝食用のスープ作ってる。残りモノに手を加えるだけなんだけど、朝食当番が調理苦手なスコールとティーダだろ? 温めたらすぐ出来るようにしといてやりたくてな」
 フリオってば、ホントお母さんだよな。ま、そこがフリオのフリオたる所以だよな。
「フリオ、それ終わったら薬草の量、測るの手伝ってくれ」
「分かった」

**

 早朝、スコールとティーダが見張りの交替に来た。オレとフリオは少し話をしてから替わり、フリオは朝食終了まで仮眠をとるためテントに入っていった。オレはそのままクラウドとセシルのいるテントへ向かった。
 職業軍人の二人はとにかく規則正しく、朝もバッチリ早い。本当に寝ているのか疑わしいときもある。オレがテントに入ったときは、二人とも身なりを整え、いつでも出撃可能な状態だった。
 テントはティナとウォーリアを除き、年少組は適当に順番を決めて二人組で三つのテントを使う。オレら年長組は三人で二つのテントを使っている。
 今回はこの二人でひとつのテントを使用しており、オレとしても大変好都合だった。
「ちょっといいか?」
 オレは断りを入れ、テントで待機していたクラウドとセシルに話を聞いてもらった。

「……ウォルにそんなことがあったんだ。ごめんね。僕達、何も気付かずに寝てて」
 三人で三角の形に腰を下ろし、オレからの話をクラウドもセシルもじっと聞いてくれた。セシルは気持ち青褪めた表情でオレを見てくる。
「いや、構わないよ。それより夜中の見張りがオレで、やっぱり良かったよ。オレらのうち、ひとりでもいなかったらウォーリアはまた隠すだろうしな。それにあれは……年少組に見せていい姿じゃなかった」
……現にフリオのあの態度見てたらな。あ、でもアイツは特別か。
「ウォルが何も言わないだけで確実に何かされてるってことだよね? 何かヒントになるようなこと、他に言ってなかった?」
 セシルは何か考えながらオレに聞いてくる。オレは昨夜のウォーリアとの会話を、腕を組んで思い出していった。ここで間違えたことを伝えてしまっては、洒落にならないことになるからな。
「ん~。ああ、帰り際におっさんからポーションをもらったんで、その場で飲んできたとは言ってたぞ」
「なにぃ? ポーション?」
 両腕を組んで、クラウドはオレ達の話を黙って聞いていた。それなのに、クラウドは突然目を見開き、ものすごい形相でオレに向かってきた。そしてオレの胸グラを掴み、ぐわっとオレの身体を軽々と持ち上げやがった。
「あんなクッソ苦いモンを飲んだだと? あの苦いのが苦手のウォーリアが? キズにかけたじゃなくてか?」
「ちょ、クラウド……ギブギブ、苦し……」
「あ、すまん。つい……」
 クラウドはパッと手を離してくれたが、オレは受身をとることも出来なかった。垂直落下に任せ、そのまま地面に尻から落ちた。結構痛い。

 クラウドは超怪力の持ち主なんだ。嘘だろうって? いやいや、見れば分かるだろう。あんな金属の塊のようなバカでかい剣を片手でぶん回すし、背中に貼り付けてそのまま全力疾走出来るんだぜ。
 あの小柄──おっと、これは超禁句だ。みんな注意しよう──な身体のどこにそんなパワーがあるのか、全くのナゾだ。

「キズにかけれない場所……例えば内側とか? だから、飲ませた?」
「損傷は外見でなく、内臓ってことか?」
「臓器とは限らないよ。もっと……え?」
「……まさ、か」
 クラウドもセシルも思いついた場所……それ、多分オレが考えたことと同じ場所だ。そしてオレはさっき考えた、当たって欲しくない最悪の事態が当たってしまったことに、片手を顔にあて天を仰いだ。
「でもさ、ガーランドって良く言えば実直、悪く言えば頑固オヤジなわけじゃない? 仮にも武人だし、いくらなんでも何も知らないウォル相手に、そんな酷いことするかなぁ?」
「それは分からんぞ。節度あってもガーランドだって一応男だ。気が昂ぶったときにウォーリアが何かやらかしたら、さすがにどう転ぶか分からん」
「……てことは」
「そういう、こと……なんだろうな」
 セシルが言いづらそうに口籠もるから、オレはぼそりと付け足した。セシルは暗黒騎士と聖騎士の力を合わせ持つ騎士だから、その辺の事情はオレらより詳しいと思う。信じられないといった青褪めた表情で、ふるふる身体を震わせている。

「やはりまだ行かすんじゃなかったか。アイツ、殺る」
 クラウドの澄んだ青い目が、少しずつ魔晄の色を含んだ殺意を込めたものに変わった。妖しく光る魔晄の瞳を、クラウドは静かな怒りに滲ませている。
「ウォルに何てことを……。武人には禁忌行為って忘れてるんじゃないの? 闇堕ちしたら、そういうことは忘れちゃうのかなぁ……」
 セシルから暗黒オーラが発せられ、聖騎士の姿から暗黒騎士に変貌する。暗黒の兜を被ればセシルの表情を読み取ることは出来ない。だけど、セシルもクラウドと同じくらい怒ってる。さすがにオレでも分かる。
「待て待て! まだ臆測だ。まだそうとは限らないだろ!」
やっぱマジかよ、あのおっさん……。二人を口では抑えながら、オレは密かに夜中作った薬茶に一服盛ってやろうかと考えてしまった。

**

「朝ごはんッスー。起きるッスー」
 ティーダの元気のいい声が聞こえてきた。もうそんな時間になってしまったようだった。オレら三人は顔を見合わせた。
「すまない、ティーダ。まだ会議中だ。遅くなるから先に食べていてくれ」
 ティーダのおかげで、どうやらクラウドは落ち着きを取り戻した。魔晄の瞳をいつもの青い色に戻し、クラウドはティーダに遅くなる旨を伝えていく。
「分かったッスー。温かい方が美味しいから、早く終わらせてくるッスよ」
 ティーダの声が遠くなっていく。多分火の側へ戻って行ったのだろう。
「ごめんね。もう一度話を整理しようか」
 セシルも聖騎士に戻っていた。一旦みんなでとにかく落ち着こうということで、オレ達は一度どかっと座りなおした。
 朝食が出来ているのであまり長くは出来ないが、会議を再開させた。まだ話は終わっていないし、全然進んでもいない。

「概要は分かった。だが、そこで何故カルシウムの話が出て、お前やフリオに相談したんだ?」
 クラウドは両腕を組み、オレに聞いてきた。オレは昨夜のウォーリアの様子を、もう一度じっくり思い返していった。
「それなんだよなー。多分なんだけど、吹き飛ばされたってのは一戦交えたんだと思うんだよな。だから、その前とかに話が出たんじゃないか? どうせウォーリアがいらんことボケたんだろ。おっさんにDTか? とか聞いたくらいだからな。おっさん大激怒したらしいぜ」
 オレの話を聞いて、クラウドもセシルも青褪めていたものから呆れを含んだ表情に変化した。どうやらウォーリアが純粋な被害者ではなく、むしろ無自覚な加害者の可能性も出てきたからなんだが……。
「ガーランドがあまり怒るから、ウォーリアとしてはカルシウムを、ってことだな。怒らせたの誰だよ、って話だが、ツッコミ不在のウォーリアが相手なら分からんでもないな」
 はぁー、クラウドは大きな溜息をはきだした。何となく想像がつくのだろう。オレもそのときの現場を容易に想像出来る。おっさんが怒るのも……この場合、無理はない。
「ホント、肝心なことを言わずに、どうでもいいことを先に報告するんだね。カルシウムなんて、どうでもいいのにね。……ウォルにしたら、まずそっちなんだね」
 セシルの言う通りだ。明らかに〝外見上、何かされました〟な姿で帰ってきて、真っ先にカルシウム? 順番逆じゃね? オレだって思う。
「あまり遅くなると皆心配する。一旦切り上げて、今日の予定を先に決めるか」
「どうする? フリオは魚必要なんでしょ? 魚捕りに水場行く?」
「この前行ったぞ。だが、ティーダやジタンは喜ぶだろうな……決まりだな」
 クラウドの決定。もうこれで今日の予定は確定も同然のもの。じゃあ解散、とばかりにオレらは立ち上がり、テントを出ようとしたところで、セシルが爆弾を投下してくれた。
「ホントに……秩序や混沌とか諸々関係なく、さっさと引っ付いたらいいのにね。僕と兄さんのようにさ」
「……自重しろ、月兄弟」
 呆れた顔のクラウドの突っ込みに、セシルはきょとんとして優美な笑みを見せている。この両極端な二人の表情に、オレは引き攣った笑いを浮かべるしかなかった。