第四章 獅子の考慮

                2018.1/30

「お、スコール、ティーダ。来たか」
 まだ日の昇らない早朝。朝食当番のために起き出してきたオレとティーダを見つけ、バッツは手を振ってきた。
「こっちだ」
「どうした?」 
……何だ? 何かあったのか……?
 バッツとフリオニール──主にバッツの方──から伝わる、よく分からない何か微妙な空気をオレは感じ取った。何かあったのか? 
 オレ達は火にかかった鍋を囲むようにして、四人で腰を落ち着けた。オレはバッツとフリオニールの表情をじっと観察した。
「オレとバッツの両方から伝えることがあるんだ。まずはオレからな。スコール、ティーダ、これを見てくれ」
 フリオニールは鍋の蓋を取り、中身をオレ達に見せてくれた。
「昨日のスープに手を加えて、新しく作り直してあるんだ。朝食にはこれを出したらいいよ」
 見ると鍋の中には、根菜と鶏肉のたっぷり入ったポトフ風の具だくさんスープが入っていた。確か夕べは鶏の旨味のよく出た、シンプルな塩味のスープだったはず。見張りの間に、フリオニールは作ってくれていたのか。

 フリオニールは何種類もの武器を遜色なく扱う。その指先の感覚の繊細さに加え、反乱軍に所属していた経験からか、何でも器用に卒なくこなすことが出来る。
 その経験値の高さ故に旅人のバッツと並び、メンバーの中でもはや欠かすことの出来ない人物になっている。その最たるものが食事情にある。
 オレやティーダは基本的に料理は全く出来ない。キッチンでもあれば予備知識だけでどうにかなるかもしれないが、ここは大自然の中だ。
 生肉なんてパック詰めされた売り物でしか見たことない。血抜きし皮を剥いで捌くとか、食べられる野草を見つけるとかは、サバイバル経験のないオレ達にはレベルが高すぎて到底無理だ。まず生き延びられない。すぐに詰む。
 フリオニールはそんなオレ達のサバイバル技術や、料理の腕を心配してくれている。当番にあたった際には、自分が当番でもないのに手伝ってくれたりする。
 これにはオレもティーダも本当に助かっている。ティーダなんてフリオニールを嫁に欲しいとか言う始末だからな。社交辞令なのか本心なのかは分からないが、オレには関係のないことなので放っておく。

 そんなフリオニールの作ったスープなのだから、美味しくないわけがない。
「あとは余熱で出来あがると思うけど、時々底の方からかき混ぜてくれな。重い具材が沈んで鍋の底にへばりつくと鍋焦げるからな。パンは人数分ないから、欲しいというヤツにだけあげてくれ。起きたらまた焼くから、昼までには間に合わせる。スープは味が物足りなかったら、塩かハーブをお好みで入れるようにして。これはもう、各自の自由で」
 フリオニールはてきぱきと朝食の指示を出していく。忘れないように脳内ノートに記憶させながら、オレもティーダもフリオニールの話を真剣に聞く。フリオニールの話が終わったところで、バッツが息を顰めて囁いてきた。

「お前達に伝えておきたいことがある」
 バッツのいつになく真剣な表情。やはり何かある。普段はかなりおちゃらけて、オレやジタンを振りまわす。そのくせ、ひとたびスイッチが入れば、かなり人が変わったようになる。いったい何があった?
「ウォーリアのことだ」
「……」
……アイツか。
 あの眩しいヤツ、ウォーリアオブライトは少し前に浄化され、最近新しいウォーリアオブライト──ウォーリア──として今のヤツがオレ達の元に来た。
 まだぼんやりさんだったヤツを、メンバー全員で色んな教育を施し、ここまで鍛えあげた。いや、育てあげたか? まぁどっちでもいい。
 主にクラウドとセシルが戦闘面を、フリオニール・バッツ・ティナが日常生活面を、オレを含めた残りで一般的な常識や情報を。とにかく早くヤツを一人前にしてやりたくて、皆一丸になって教えた。

 オレ達は闘争を止めた。秩序と混沌の垣根を取っ払い、混沌軍の連中とも上手く折り合いをつけて付き合っている。なのに、ヤツだけは輪廻だか何だかに囚われ、ガーランドとずっと戦っている。

 オレは詳しく知らないのだが、前回のヤツがガーランドと和解して仲良くなったとか聞いた。今度こそ……と思っていたら、その日のうちに帰って来ないことが増えだした。要は外泊が増えた。
 一番初めに外泊したときは、クラウドに無許可で行った。そのため、ヤツは直接地面に正座させられ、クラウドの説教を延々と食らっていた。
 あの凛とした、何事にも揺らぐことのない光の加護を受けた光り輝く戦士が正座し、しゅんとしている姿は、もう絵面として強烈なインパクトをオレ達に与えた。メンバー一同唖然として、誰も言葉を発せられなかった。
 しかし、その日の夕食は、バッツ特製とかいうセキハンだった。セキハンの意味を知る者は赤面し、知らない者は頭に疑問符と飛ばしていたが。オレは前者で、察したくもないのに察してしまった。ここは二十人+αしかいない世界なのだから、男同士だろうと別に偏見は持たない。本人同士の自由意思だ。
 だが、結局はガーランドの手にかかり、ヤツは浄化してしまった。このあたりの詳細は年長組が知るようだが、オレ達年少には一切知らされていない。三人とも口を閉ざし、一切何も言わない。ガーランドとは恋仲なだけではなかったのか?

 あまりにも何度もひとりだけ浄化を繰り返すから、いつしかヤツはリーダーではなくなった。皆で決めた結果、最年長のクラウドが実質的なリーダーとなった。
 会議と呼ばれる年長組の集まりも、いつごろ誰が言い出したか分からない。年長三人が集まって相談し、最終決定はクラウドが出す。リーダーでなくなったヤツはそのことに対して何も言わないが、三人の決めることに反対もしない……という感じで今までいた。
 三人の決めたことに異議があれば、クラウドに直接伝える。そうなると、また会議で決めなおす。オレ達年少の主張は全く無視の独裁政権ではある。だが、ヤツらは基本的にオレ達に不利になるようなことや、悪いようになる取り決めは一切しない。だからオレ達の中で、不満をもらす者は……今のところ、ひとりもいない。
 ただし、例外がひとつだけある。戦闘での話だ。グループ別にしろ、メンバー全員で一丸となって戦うにしろ、年長の三人が必ず前に立ってメインで戦う。さすがにこれには不満を洩らし、オレとジタンは以前一度バッツに、〝何故オレ達は後方支援しかさせてもらえないのか〟を問いただしたことがあった。

『オレらに何かあれば、お前らが戦わなきゃならない。それまではオレらに任せてお前らはうしろを守ってくれ。お前らがもう少し強くなれば、クラウドも納得して前衛を任せるかもしれない。だけど、オレらからしたら、お前らはまだまだなんだ。スコール。もし、オレらに何かあれば、すぐに無茶をするウォーリアを、お前とフリオで守ってやってくれ。頼んだぞ』
『は? アイツは自分の身くらい、自分で守れるだろう?』
『違う。アイツは守護タイプの戦士だ。だから、他人を護ることだけを優先してしまい、アイツ自身は自分が傷つくことに一切の躊躇がない……まるで死に急ぐかのようにな』

 ふっと小さくバッツは笑う。そのバッツの表情を見た瞬間、オレとジタンは息を呑んだ。

『スコール。オレはな、何度も浄化されていくアイツを、これ以上見てたくはないんだ……目の前で何も出来ずに、ただ見ていることしか出来ないのなんて、もう嫌なんだ──頼む、スコール』

 あんなに辛そうに笑うバッツをオレは初めて見た。クラウドやセシルと行動を共にしているときのアイツとは違い、オレ達年少組と一緒のときはよく笑い、よくふざける。場を和ませるためにわざとしているのか、あれが素なのか全く分からない。

 バッツはひとつの身体に、何通りもの人格を内包させている。ジョブ毎にそれぞれの異なる人格が存在するため、すっぴんの通常ではどのジョブの性質が表に出ているのか……オレ達には全く分からない。
 しかし、バッツ自身はある程度この性質を分かったうえで、上手に切り替えている……ようにオレは思える。
 どんなにふざけていてもスイッチが突然入ると、途端に別人のように切り替わってしまう。そんなバッツは、混沌軍からもクラウドやセシル以上に、要注意人物扱いを受けてしまっている。

『何を隠し持ってるか分からない、分からないから迂闊に手も出せない』

 混沌軍の誰かが言っていた言葉だ。誰が言ったのか……もう覚えていないが、その言葉には妙に納得させられた覚えだけはある。
 とにかく、そんなバッツの痛切な思いを聞いてしまっては、戦闘面での不満をオレもジタンも何ひとつ言えなくなってしまった。
 聞けばフリオニールやティーダ、オニオンとティナも、それぞれクラウドとセシルから同様の返しを受けたそうだ。
 だったらレベルを今以上に上げ、年長組に並ぶしかない。これがオレ達年少組の共通意識だ。

**

「ウォルがどうかしたッスか?」
「うん、実はな…」
 まるで怪談話をするかのように声を顰めるバッツに、オレはヤツが何かやらかしたんだなと即座に判断した。
「アイツの姿見て、何も気付かないフリしてくれ。要するにスルーな」
「……はぁ? 何ッスかそれ? イミ分かんないッスよ」
 後頭部をクシャクシャと掻きながらティーダは言う。オレも全くの同感だった。オレとティーダの視線を受け、バッツは困ったような顔をする。うーん、唸りだし、ようやく口を開いた。
「ん~。やっぱ言わなきゃダメか……。あのな、昨日ウォーリアは初めてクラウドに許可もらって、ガーランドのおっさんのところに行ったワケだ」
 それは皆知っていることだ。昨日、ヤツはやけに嬉しそうにガーランドの元へ行ったからな。しかし、そんなこと、何を改めて告げるんだ?
「……で、おっさんと一戦したみたいで、ボロボロになってさっき無事帰って来たんだけどな。少し様子がおかしくて、さ」
「……⁉ ウォル、ケガでも隠してたんスか?」
「お、ティーダ近い。まぁ浄化されてないだけマシなんだろうけどさ。ウォーリアのケガとかより、むしろ精神面がどうも心配でな。ウォーリアにはオレ達が付くから、お前らは何か気付いたらオレ達にこっそり教えてくれ。まだ臆測の範囲なんだから、いいな。ウォーリアに余計なことを絶対に聞くなよ」
 精神面? ガーランドに精神攻撃でも受けたというのか? いや、それはない。ガーランドは純粋なアタッカーだ。ケフカや皇帝なら分からんでもない。だから、ガーランドにそんな技を出せるとは、オレには到底思えない。
「何か話がイマイチよく分からないッスけど、要はウォルに対して今までと同じでいいんスよね?」
「それでもいい。ティーダ、頼むぞ」
 バッツにそう言われ、ティーダは鼻の下を擦るようにしてへへっと洩らしていた。そのあとで、ひとり赤くなっているフリオニールに気付き、ヤツの頬をツンツンとつつきだした。
「フリオ~。何で顔赤いッスか~?」
「いやいやいや、何でもない……何でもないんだ」
 赤くなったかと思えば青くなったりして、顔色の忙しいフリオニールを見て、ティーダはからかい始める。フリオニールは今時珍しい純朴な男のようで、下ネタ等にはすぐ赤くなる。その度にティーダやジタン・バッツあたりからからかいを受けている。不憫なヤツだとオレは思う。
「……フリオ」
 バッツが急に真剣な顔をして、フリオニールに向かって小さく左右に首を振る。それを見たフリオニールも小さく頷く。まるで〝分かってるな〟〝言わないよ〟と表情と仕草で会話しているようだ。
「とにかく、この話はオニオン・ティナ・ジタンにもお前達からしといてくれ。いいか、くれぐれもウォーリアに触れるなよ。フリオ、お前も気にしすぎだ。全部顔に出すぎてる」
 何があったかは分からないが、これ以上は教えてくれなさそうだ。バッツはこうと決めると、絶対に意思を変えない。バッツがそんな判断を下したなら、オレ達に入る情報はここまでだろう。
「フリオ、話は終わりだ。お前も仮眠に行ってこい」
 バッツはフリオニールに睡眠をとるように促す。もう夜が明ける。交替の時間はオレ達が来た時点でとっくに過ぎていた。このままフリオニールを起こしたままだと、朝から辛いのはずっと起きてるフリオニールになる。
「そうッスね。フリオ、寝に行くッス」
 ティーダも同じことを思ったのか、フリオニールに眠るように薦めた。
「ん。分かった。じゃあ後のことは頼む。オレは味見を兼ねて作りながら食べたんで、朝食はパスでいい。みんなが食べ終わったら起こしてくれ」
「分かったッス。もう行くッスよ」
「じゃあ、おやすみ」
 そう言ってフリオニールは立ち上がり、テントに入って行った。
「さて、オレも行くか。さっき言ってたこと、絶対に守ってくれよ」
 ん~。と背伸びしながら立ち上がるバッツに、気になっていたのかティーダは口を開いた。
「でもバッツ。精神がやられるほどのケガって、いったい何なんスか?」
「ん? さっきも言ったが、まだ臆測の範囲内なんだ。答えられないな。……でもあえて言うなら……G指定? とか?」
「は?」
「っな?」
……何か変な単語が聞こえたぞ。
 予想を遥かに上をいく解答に、オレもティーダも唖然とした。オレとティーダはぽかんとした間抜け面をバッツに見せていたのだろう。バッツは苦笑している。
「ウ・ソ・だ。けどな、もしかしたらそれに近いかもしれない。ジタンはともかく、間違ってもオニオンとティナの耳には入れたくないんだ。二人とも分かったな」
「……分かった」
「分かったッスよ」
 ガーランドとヤツの因縁や、勝者が敗者に下すこと──ヤツの性別を踏まえると、考えられる精神攻撃ってそういうことだと……オレは踏んでいたのだが。まさかのG指定とか。
 オレはてっきりR指定と言ってくると思って身構えてたのに。いや、R指定も合意でなければ、ただのゲスい犯罪だ。絶対にアウトだ。しかしどんなグロだ? 聞ける範囲のグロなのか?
「それからティーダ、ウォーリア起こすのは最後にしてやってくれ。もしかしたら起きてるかもしれないけど、声をかけるのはクラウドが出てきてからでも間に合うからな」
「分かったッス」
「よし。じゃあ絶対だぞ」
 そう言ってバッツは立ち上がり、ひとつのテントに向かって行った。あのテントは確かクラウドとセシルが使っていた。ということは、きっと今からヤツについての会議を始めるのか。オレは黙ってバッツの背中を見送った。

**

「おっはよ~。二人とも朝メシ大丈夫か~?」
 元気のいいジタンの声が聞こえてきた。いつもより何故か早く起きて来たように感じる。
「大丈夫ッス。フリオが朝食作ってくれてたッスよ」
「お、フリオのメシか。なら安心だな。お前らが心配で思わず早起きしちまったよ」
 にかっと屈託なく笑うジタンに、そこまで心配されてたのかと少しばかりショックを受けた。だが、心配して早起きまでして様子を見に来てくれたジタンの優しさに、オレは心からの感謝した。心の中でこっそりとだが。
「ジタン、さっきバッツから言われたことがあるッスよ。オニオンやティナには耳に入らないようにって」
「お、何だ何だ? 真剣な話か?」
 とりあえず立ち話もなんだからと、ジタンを火の側に座らせた。先ほどのバッツの話をひと通りティーダが説明していった。

かくかくしかじか……

「なるほど、さっっぱり分かんねーな。分かったのはG指定にかかる精神攻撃をウォルが受けたってことか」
「G指定って何だと思うッスか? 顔の形が変わるくらい、ガーランドにボコボコにされたとかッスかね?」
「そんなんでGはつかないと思うぜ? なぁ、他にヒントないのかよー?」
「話してるとき、フリオの顔が赤くなったり青くなったりしてたッスよ。それ見てバッツが何か目配せみたいなのしてたッス。スコールも見てたっしょ?」
「……オレは何も知らん」
「スコールが何か知ってたらおかしいっしょ? オレはフリオの様子から、てっきりウォルの貞操の危……機……え?」
「おい、ちょっと待て! 何か? G指定って、まさか強か……」
「……え?」
「ちょ、まさか……」
 ティーダもジタンもオレと同じ考えに至ったらしい。二人で顔を見合わせ、呆然としている。

『間違ってもオニオンとティナの耳には入れたくないんだ』

 バッツの言葉が、オレの頭の中で何度も反芻する。オレは何度も頭を左右に振った。きっとこれは……聞いてはいけないことだったんだと改めて気付いた。だから、バッツは言葉を濁そうとし、ヤツを直接見たフリオニールは顔色をあんなに変化させていたわけか……。
「……気付かなかったことにしようぜ。この問題は確かに年長連中に任せるべきだ」
「そうッスね。何かされてたんなら、オレ達全員でガーランドをぶっ飛ばす。それでいいんじゃないッスかね」
 ヤツを意識的に見ないように、知らぬ存ぜぬを貫こうと三人で決めたところで、背後から挨拶が聞こえた。

「おはよう、何か手伝うことある?」
「あれ、ジタン? どうしてキミがいるの?」
 ティナとオニオンが起きてきた。もう朝食の時間か。話し込んでる間に日が昇ってしまっていたようだった。
「お〜、この二人の作る朝食が心配になってな」
「確かに。それは言えるよね」
 ジタンの返しにオニオンは納得の表情を浮かべている。しかし、酷い連中だな。だが、これについては否定なんて出来ない。事実だ。オレは渋面を作っていたが、ティーダは華麗にスルーしていた。ヤツのKY能力値の高さを窺い知れる。
「ありがとうッス。じゃあさ、コレとコレをッスね……」
 華麗なスルーを決め込んだティーダは、ティナに礼と次の指示を出していた。オニオンとジタンも食器やカトラリーの準備をする。
 オレは温まったスープを器に盛っていき、ジタンが運んでいく。人数があるから準備も早い。ある程度準備が落ち着いてから、オレはティーダにひと言かけた。
「ティーダ、手が空いたら年長組に声をかけてきてくれ」
「了解ッス」
 これで全てよし。フリオニールを除く全員の朝食の用意が出来た。手伝ってくれたジタン・オニオン・ティナに礼を言い、オレはティーダが戻るのを待った。

**

「クラウド達会議だって。遅くなるから先に食べてていいよってさ。せっかくのフリオのスープなのに……」
 ティーダは頬を膨らませ、こっちにやって来る。会議をしているなら長引くのは必須だ。まぁ仕方がない。

 最近の会議で決まった取り決めは、全て今のウォーリア絡みだ。ヤツのテントのひとり使用と水浴びがまさにそれだ。
 テントはまぁ、まぁ許そう。これは仕方がない。一緒になれば、一緒になったヤツが困るだろう。少なくともオレは、ヤツと一緒にはなりたくない。
 水浴びも分からなくはない。ヤツは絶対に誰も来ない状況にならないとしない。真夜中に少し離れた水場まで勝手にひとりで行っては、毎回クラウドに怒られていたからな。
 さすがに見兼ねたバッツとセシルが、〝いっそのこと、誰も来ない状況を作り、順番でひとりずつ水浴びしよう〟と、クラウドに進言した。クラウドはしばらく考えていたらしい。しかし、それしか方法がないと思い至り、渋々だが許可を出した。これにより、ようやくヤツも勝手に水浴びに出ることもなく、落ち着いた。
 ちなみに順番はナンバリング順になっている。最後のティーダが入って時間があれば、あとは各々の自由時間になる。泳いだり洗濯したり魚を捕まえたりと、各自好きに行動している。

「ハラ減ったー。スコール、オレ大盛りで。おはよー、ジタン!」
「いただき……うぉ、何だよ。会議は終わったのかよ」
「おー、終わりだ。スコール、サンキュな」
 食べ始めようとしたジタンの隣に、どかっとバッツは座る。ジタンとの会話から、どうやら会議は終わったらしい。
 バッツにスープの入った器を渡してから、オレは会議で何を決めていたんだ? と気にしていた。バッツはよほど腹が減っていたのか、すごい勢いで食べ始めている。普段は遠慮して食べないことの多いバッツが珍しい。
 深夜にそれだけ消耗する何かをしていたのだろうか? そういえば……オレはひとつ気になったことがあった。深夜にゴリゴリと何か音がしていた。ほんの僅かな音量だが、静寂な深夜には風に乗って音は伝わる。きっと調合の類なのだろう。
 バッツは調合するところをあまり見せないからな。集中がとにかく必要になるらしい。誰かが傍にいると、集中が削がれて失敗作を生み出す率が上がる……バッツは前にそう洩らしていた。
 セシルもテントから出てきて周りを一瞥すると、優雅な笑顔で今日の予定を伝えてくれた。
「今日は水場へ行くよ。目的は魚釣り。みんなで誰が一番魚を多く捕るか競争するからね。ただし、必要外はあとで戻すので、死なせちゃダメだよ? 命は大切にね」
……そんなことをわざわざ決めてたのか?
 呆然とするオレに、セシルは優美な笑顔を向けてくれた。にこりと笑い、オレの耳許でコソッと囁いてくれた。
「大事なことなんだよ……これは、ね」
「それは……、ッ‼」
 そうか、察した。ヤツ絡みでやっぱり何かあるんだな? オレがバッツの方を振り向くと、バチーンとあの大きなヘーゼル色の目でウィンクをしてきた。これで確定した。しかし、何故魚が必要になる? 何やらかした、ヤツは?
「バッツ、ジタン。皆の分まで食べるな」
 クラウドも出てきて、がっつく二人に注意をした。燃費の悪いあの二人に言うのは酷な気もするが……。細い身体で人一倍食べるジタンと、普段は譲ってばかりでほとんど食べないバッツは、食べれる状況だとかなり食べる。
 クラウドも分かってはいるのだが、どこかで線引きしないと全て平らげられる恐れがある。そのときはバッツが作りなおしているが。ついでにティーダもスポーツ選手なだけあって、やはり食べる。あとは、以外にもティナもよく食べる。魔法使用はかなり消耗するらしい。
 秩序軍のエンゲル係数は、主にこの三人──この場合、バッツは除外する──でぐんと跳ね上がっている。
「フリオニールは?」
「みんなの朝食が終わるまで寝てるって言ってたッス。フリオはもう朝メシ食べてるッスから」
「そうか、それならいい。ティーダ、すまないがウォーリアを起こしてきてくれ。くれぐれもテントの中は覗くなよ」
「了解ッス」
 クラウドの命令を受けたティーダは、軽快なリズムを取ってヤツのテントまで走って行った。

「ウォールー。起きるッスー」
 しかし、本当にティーダは元気がある。早朝に起きて、オレはまだ身体がぼんやりしている部分があるというのに……てか声が大きすぎないか? いつかクラウドに注意される……絶対に。
「ウォル、おはようッス。もうみんな起きてるッスよ。ご飯食べるッス」
……ッスッスッスッス、うるさいな。何故そこまで連呼する?
 そんなどうでもいいことを思いながら、オレはテントから出てきたヤツをチラ見した。青の重鎧を身に纏い、かなり重そうにしている。疲れがまだ完全に取れていないのか、ヤツの脚元が少しふらついていた。
……? 何だ? いつも通りなんだが、何かが違う。
 そこまでは解るのに、肝心の違和感の正体までは分からない。何が違うのだろうと思わずじっと見ていたら、セシルがヤツの前に立った。すごくいい笑顔をヤツに向けている。あの笑顔はかなり怪しい……。
「おはよう。ウォル」
 そう言うと、セシルはおもむろにヤツの全身をペタペタと触りだした。オレは度肝を抜かれ、口をあんぐりと開けたまま固まった。
 世間一般的に、あれは〝セクシャルハラスメント〟と言わないか? セシルだから出来ることなのだろうとは思うが、結構チャレンジャーだと思える。普通はなかなか出来ない、あんなこと。
「んー。瞼がちょっと腫れてるみたいだけど、あとは何でもないみたいだね。身体を打ったってバッツから聞いたけど、大丈夫だった?」
……っ‼ そうか、瞼か! 
 オレはヤツに感じた違和感の正体を知り、改めてヤツを見た。正確にはあの冷たいアイスブルーの双眸を。まるで大泣きしたあとのような、腫れた瞼になっている。
……え? ヤツが? 誰にやられた? ガーランド、か?
 全く事情を知らないオニオンとティナを含めたフリオニールを除く年少組の皆が、ヤツとセシルのやりとりに聞き耳を立てていた。当然だ。昨日のヤツの浮かれモードが一転してこれだからな。
「大丈夫だ。少し壁に打ち付けただけだ」
 いやいや、壁に打ち付けたくらいで、瞼はそんなに腫れないと思うが。オレは心の中で悶々としていた。セシルもヤツも、所謂ボケ担当だ。突っ込み不在の二人のやりとりは、見ている周囲が時としてやきもきすることになる。
「それならいいんだ。とにかく気を付けてね」
 それならいいんだ……ってよくない! もっと突っ込んで聞け! こちらは事情が一切分からないんだ! 皆に分かるように説明しろ!
 オレはひとりで心の中に叫ぶが、誰も気付くことはない。くそっ、当然だ。これが聞こえる奴がいれば、オレは即、そいつをぶっ潰す。

 朝食の後、ヤツはひとりでコスモスのところへ行ってしまった。
「近くに敵がいたらどうするんだ(怒)」
 デカい声でヤツを送り出したティーダはクラウド説教を食らっていた。まぁ当然だろう。大声出していい状況と悪い状況があることを、ティーダはそろそろ知ればいい。

「じゃあ、改めて言うよ。今日の目的はね──」
 ヤツが行ってしばらく経ち、改めてセシルから今日水場へ行く理由の説明を受けた。納得は出来兼ねるが、年長三人が何も言わないなら聞いても無駄だろう。
「察した人だけ理解してね。一応未遂みたいだから」
 オレ達が何かを察したようだと気付いたセシルは、オレ達に向けて言い放った。オニオンとティナは解っていなかったが、オレもジタンもティーダもその言葉に胸を撫で下ろしていた。
……てか何で、あれで分かるんだ?
 やはり、年長組……いや、セシル限定か? どちらにしても敵わない。
「あと、これはみんなにな」
 そう言ってバッツが大量の香を出してきた。考え事をしていて作りすぎたらしい。両手いっぱい渡されたそれにオレはげんなりとした。
……限度があるだろう、限度が。
 どうする? こんなにも要らないのに。アルティミシアに押し付けてやろうか? てか夜中にゴリゴリゴリゴリゴリゴリ聞こえてたのは、これを作る音だったのか。
「薬茶は今回フリオが計量したおかげか、ひとつも失敗作にならなかったから安心しろよ」
 にっこり笑うバッツに、皆で一斉にじろりと睨みつけた。調合による失敗は時々生じ、オレ達はその失敗作を飲まされることもあるからなのだが……。
「もしかして……今までのは意図的に作ってたのか?」
「いや〜、どうだろうな」
 代表してクラウドが聞いてくれていたが、バッツも負けていない。飄々と返し、クラウドの怒りの炎に油を注いでいる。周りからは呆れの声や溜息などが聞こえだした。そんな理由でオレ達はリスクをおかしてまで失敗作を飲まされていたのか……。
「……」
……バッツの頭の中を一度覗いてやりたい。
 オレがこう考えたところで、間違ってはいないと思う。むしろ賛同するメンバーは多いだろう。オレは溜息しか出なかった。