皆で食べるからおいしいもの

                  2022.9/10

「はい、これ」
「ありがたくいただこう」
 ウォーリアオブライト──ウォーリアはビビから受け取ったものを大切そうに紙で包んでから、腰のポーチに押し込んだ。
「……食べないの?」
 まるで手渡してはいけなかったかのように、見るからにしょんぼりとしているビビに、ウォーリアは頭を何度も左右に振った。そして安心させるために、普段の無表情からは考えられない和らげたものをビビに見せて答えた。
「そうではなく、後でゆっくりいただく。それはそうと、このでざーとというものは、誰かと分けて食べるものなのか?」
「ううん。そうじゃないんだけどね。そうしてもおいしいよっ!」
 ウォーリアの的を外したような疑問に、ビビはにこやかな笑顔で教えていた。ウォーリアはビビとガーネットの会話を又聞きで知っていたからこその質問だったのだが、ビビには違う解釈をされている。
 それでも気にすることはなく、真面目な顔で問うウォーリアに、ビビもまたしっかりと答えていた。ただ、それは『大切な人と食べるもの』──と、間違ってはいないが、決して守るべきことでもないものだった。

***

 その日の夜のこと──。ウォーリアは周辺の哨戒を理由に、仲間たちから少し離れた場所に来ていた。
「今日、新しく仲間になった者が作ってくれたのだ。あなたたちにもぜひ……と思って持ってきた」
 スピリタスとマーテリアがクリスタルと化した場所に、ウォーリアはひとりで佇んでいた。ふたつのクリスタルは鈍い輝きを放ったまま、静かにそこに在る。
「実は、今日──」
 ウォーリアはクジャに問われ、オニオンと話し合ったことをふたつのクリスタルに報告していった。
 ヴェインの発言は決して流すことのできない今後の課題として、ウォーリアとオニオンにのしかかってくる。知らせてくれたクジャに感謝するとともに、食べ物を通じて心をひとつに通わせてくれたクイナにも同様の感謝をするのだった。
「それから、これも……」
 先に出したのは川魚のスパイス焼きに木の実のピザだったのだが、次にウォーリアが出したのはでざーととビビが言っていたものだった。見るからに甘そうなそれは、女性たちが好んで食べていたように見受けられた。
 こういったものはマーテリアも好物なのではないかと、勝手な憶測を立ててのものだったが、実のところウォーリアも食してみたいと少しだけ考えていた。
「大切な人と食べるものらしい。だか、ら──」
 ウォーリアが一緒に食べたいと願う者と、一緒に食べることは叶わない。だからこそ、神々にと思っていたのだが、意志の力というものは想像していない事象も成り立たせるらしい。
 目の前に現れたひとりの人物に、ウォーリアは驚愕の表情を見せていた。
「どうして……ここに?」
「異変は儂のもとにまで及んだ。……迷いが生じたか」
「……っ、」
 ガーランドは警戒を解かないウォーリアの前を通り過ぎ、ふたつのクリスタルの前に立った。そして、その場にどかっと座り込む。
「ふむ、……これか。今日、作ったものとやらは」
「……そうだ」
 ガーランドの意図が掴めず、ウォーリアは宝玉の埋め込まれた剣を構えた。神々のクリスタルになにかをするような人物ではないが、それでもこの場所で闘争を望むなら応えるつもりだった。
「……『大切な人と食べるもの』であろう?」
「──……。…………そうだ」
 ウォーリアは手に持つ剣を戻し、ガーランドの隣に腰を下ろした。ガーランドのわかりにくい主張に、ふふっと小さく口角を上げる。
「神々にと思っていたものだが、おまえが来てくれたなら……この人たちも反対はしないだろう」
 ウォーリアはマーテリアのクリスタルの前に置いていた川魚のスパイス焼きを手に取ると、ガーランドに渡そうとした。しかし、ガーランドは受け取ろうとしない。それが目的でこの場に現れたのではなかったのか? ウォーリアが首を傾げると、ガーランドは手を伸ばしてスピリタスのクリスタルの前に置いたピザを取って食べだした。
「ふむ、不味くはないが……。もう少し香味を利かせても良いかもしれぬな」
「……」
 ガーランドは口当てを外してもぐもぐと食べている。ウォーリアはポカンとして、その終始を見つめてしまっていた。
「こちらの川魚もおいしいらしいぞ」
「それは要らぬ」
「……そう、か。ならば、こちらは私がいただこう」
 ガーランドにぴしゃりと断られたことで、ウォーリアは少し落胆していた。それでも気を取りなおし、川魚をひと口頬張る。スパイスが口内でふわっと広がり、食べる経験のほとんどないウォーリアでも美味と感じた。
「……おいしいな、これは」
 眼を輝かせて食べるウォーリアを、今度はガーランドが終始眺めていた。ウォーリアが魚介類を好んでいることは、これまでの永い輪廻を経てガーランドにも伝わっている。
 互いを察することのできるふたりに、言葉は不要だった。ただし、そのことを完全に理解できているのはガーランドだけであり、ウォーリアは察するだけで深い理解はまだできていないのだが──。
 ガーランドはそのために、川魚を受け取らずウォーリアに譲っていた。そのことに説明のひとつでもあれば納得できただろうが、単に断られたものとウォーリアは捉えている。
「でざーともあるぞ」
「それも要らぬ」
「……そうか。おまえは食に厳しいようだな」
 デザートには目もくれず、ピザだけを黙々と食べているガーランドを見つめ、ウォーリアは落胆したまま甘そうなデザートを口にした。
 食の好みは個人差があるため、押しつけることはできない。ガーランドは魚介類とでざーとは好まないのだと、ウォーリアは心に記憶させた。
 持ってきたデザートは、仲間たちの想いが伝わってくるような優しい甘味のあるものばかりで、ウォーリアの顔は自然に緩んでくる。
「……やはり、それはもらおうか」
「もう、食べてしまったが」
 ビビから受け取ったものは、すでに食べてなくなっている。包み紙だけが残された状態でガーランドに言われ、ウォーリアは戸惑った。もっとと望まれても、手元にはない。ウォーリアが戸惑いを見せると、ガーランドはずいっと顔を寄せてきた。
「んっ、」
「ふむ……やはり甘いな」
「っ、おまえはっ、」
神々の前だぞ。と、顔を真っ朱にして眉をつり上げるウォーリアに、ガーランドはぺろっと唇を舐めてから、ふんと鼻を鳴らした。
 そのままウォーリアの手を掴み、立ち上がる。ウォーリアもガーランドに引っ張られて立ち上がることになり、呆気にとられていた。
「儂はまだ足りぬ。お前をよこせ」
「〜〜〜〜っ、」
 声にならない声を発して唇を動かすウォーリアを連れ、ガーランドはその場から姿を消した。もちろん、ウォーリアも一緒に。

***

 ウォーリアが頬を少し染めたふらふらの状態で、哨戒から戻ってきたのは夜が明けるころだった。察する者もいれば、熱が出ているのかと思われて心配してくる者もいるなかで、ウォーリアは少し困ったような表情をしている。
 ウォーリアはただひと言「……食事をしてきた」──と。言葉を濁して答えるだけだった──。

 Fin