2018.6/08
第一章 導きの果ての因果
「……此処は」
カオス神殿か。ガーランドはひとり呟いた。
かつては何かを祀っていたのであろう神殿であったこの場所は、今はもう誰も足を踏み入れることのない廃墟と化していた。誰にも手入れされることなく捨て置かれたこの場所は、石畳はひび割れ隙間からは草や苔が生え、蔦の生えた神殿の石壁は崩れ、所々崩落した天井からは陽の光が射し込んでいる。
異界のこの地で輪廻の戦闘を幾度と繰り返してきたガーランドは、気が付くとこの場に佇んでいた。
「儂は何故此処に……」
静寂のなか、ガーランドは目を瞑り、何故自身がこの地に立っているのかを考えた。
……何も思い出せぬ。
何度記憶の扉を遡っても思い出せない以上、ここにいつまでも居るわけにもいかない。ガーランドは自身の現状把握を図るため、神殿を出ることにした。
「とにかく、一度戻らねば」
何処に、とは考える事もなく、またひとり呟くとガーランドは歩む足を止め、そして愕然とした。呆然と周囲を見まわし、自身の状態を確かめた。
……今は、いつだ?それにこの姿は?
時間軸があやふやで全く分からない。儂は確かにあのとき戦ってい……誰と? ……分からぬ。ふらり、ガーランドは鬱蒼と茂る森をしばらく歩き続けた。
カオス神殿を南下すればコーネリアの城が見えた。城下にある街で少しでも情報を仕入れてから城へ戻っても遅くはない。ガーランドはそう判断し、活気溢れるコーネリアの街に入り、周囲の様子を確認しながら中心の噴水広場まで歩いて行った。ここでは様々な情報が手に入る。何か有力な情報を、と思っていたガーランドの元へ数人の騎兵がやって来た。
「ガーランド様! このような所においででしたか!」
「何?」
「王を含め、皆がお待ちです。すぐにご帰還を」
下馬し、バッと最敬礼をしてくる騎兵達にガーランドは訝し気な顔を向けた。儂はこの街に着いてまだ間もないのに? 突如現れた騎兵達の顔に少なからず覚えがあることに気付いたガーランドは、騎兵達を眼を細め順番に見遣った。そしてガーランドは神殿にいたときから気にしていたことを口にした。
「儂はどのくらい不在にしておった?」
全ての仲間達が眼を開けれない程の強い光となって消えたとき、ウォーリアはひとりこの地に立っていた。
……ここは?
ひとり消滅することなく見知らぬこの地に立たされたウォーリアは、まず周囲を見まわした。生い茂る木々に木洩れ日の射す、知らないはずなのにどこか不思議と見覚えのある風景。
ウォーリアは少し歩き、小高い丘に立つとそのかなり先に広大な湖を見つけた。陽光が水面に反射しキラキラ輝く神秘的な美しさに加え、そのさらに先には壮大な白亜の城が見てとれた。
……あそこに行けば何か分かるか。
ウォーリアは森を掻き分けながら進み、やがて街道に出ると、ひとつの朽ちた木製の道標を見つけた。それは風化しており見づらくなってはいた。だが、確かに〝東、プラボカ・西、コーネリア〟と矢印まで記され、ご丁寧にコーネリアの方には城と湖の絵が描かれていた。ウォーリアはあの城がコーネリア城なのか……と、ここで初めて知ることになった。
ウォーリアがこの地に立った時は中空にあった太陽も、コーネリアに着く頃には西に傾き、赤味を帯びた色になって夕暮れの雲を茜色に染めていた。
……早く着かないと。
心だけが逸り、いつしか歩も同じように速めていたウォーリアの白い頬が、夕暮れの赤い光によるものか急ぐあまりのものか朱く染まりだした。そのころに、ようやく街へと続く大きな街道へ辿り着いた。
日が完全に暮れる前に到着したかったウォーリアは、安堵から大きく息をはいた。あともう少しだ、そんな気持ちで速度を変えることなく街道を歩き続けた。
『ガーランド様が無事帰還されたそうだぞ』
『本当か⁉』
『ああ、先程ここに騎兵隊が出迎えに来たんだと。しかもガーランド様、見たことのない黒い鎧姿に素顔だったらしいぜ。あー、俺も間近で見たかった』
『本当だよな。ガーランド様が素顔を出すなんてほとんどないもんな。俺も見たかったぜ』
……ガーランドがここに?
コーネリアの城下町に到着して早々、ウォーリアの耳に行き交う人々の会話が飛び込んできた。よくよく聞いていると、数刻前に遠征に出たまま行方不明だったガーランドが突然この街に現れたため、この噴水広場まで騎兵隊が慌てて迎えに来たという。ウォーリアは黙ってその話に耳を傾けていた。
ウォーリアの知る黒い鎧姿のガーランドはひとりしか該当しない。異界にて輪廻の鎖を断ち切るため幾度と戦った宿命の相手──。彼もまたこの地にいるのか? それとも同名の別人? ウォーリアは逸る気持ちを抑え、コーネリアの城へ向かった。
*
日が完全に落ち、闇が支配する直前にウォーリアは城門前に到着し、側に立つ二人の門番らしき兵士に声をかけた。
「すまない。ガーランドという男はここにいるのか?」
兵士達はウォーリアの姿を上から下まで眺めると、みるみる内に熟れたトマトのように顔色を変貌させ瞠目して固まった。眺められたウォーリアは何故兵士達がそのような反応をするのか理解出来ず、その柳眉を顰め少しきつめに言い放った。
「どうした? 私の顔に何か付いているか?」
「「し、失礼しましたっ!」」
その美しい顔に見惚れていました。なんて言えるはずのない兵士達は一瞬にして顔を青褪めさせ、慌てたように頭を下げてきた。
……言い過ぎたか。
異界にて共に戦った仲間達でも怯え震えあがらせた威圧的な物言いをすれば、ここでも怯えられた。ウォーリアは反省し、ガーランドの所在を改めて兵士達に尋ねた。
「ガーランド様に何用だ? 失礼だが見たところ、この辺りの者ではないようだが、ガーランド様とはどういった関係でおられる? それに、貴殿の名は?」
「用はない。私の知っているガーランドかを確かめたいだけだ。もし知っているガーランドなら……逢わせて欲しい。私に名はない」
捲し立てるように聞かれた質問に淡々とウォーリアは答えたが、兵士はウォーリアの名の返しを聞くと途端に不審者を見る目つきに変わった。
「名はない? 名乗れないということか? 申し訳ないが、そのような理由でガーランド様に会わすわけにはいかない」
「一目だけでよいのだが」
「だめだ! 下がってもらおう」
先程ウォーリアの顔を見て赤くなっていた男とは思えない強い拒絶に、ウォーリアは肩を落とした。
「……そうか、ならば仕方ない。失礼する」
ここで何度問答してもきっとこの兵士は応えてくれない。明日改めて出なおそう。ウォーリアは頭の中でそのように考え、兵士に背を向け歩きだした。
「儂に用とは貴様か?」
「ガーランド様!?」
ウォーリアの背後で城の大門の開く音がしたかと思うと、聞き覚えのある低いトーンの声、兵士の驚愕にその口から出た名前。ウォーリアは思わず振り返り、そしてそのアイスブルーの瞳を限界まで見開かせ、動きを止め
た。
男は異界で戦ったときとは全く違う姿で、白銀色の鎧に身を包み、蒼紫の繊細な刺繍の施された白いマントを羽織っていた。兜も角が横に長すぎるわけではなく、今は少し落ち着いた長さで、やはりフルフェイスである。
言葉をなくし沈黙しているウォーリアを見て、ガーランドも瞠目した。
……まさか此処までとは。
兵士から青の鎧に身を包んだ美しい青年が謁見の申し出に来た、と報告を受けたのは今し方。普段なら急な来客になど応じないガーランドが、顔を赤くした兵士から報告を受けたたったひと言の言葉に反応し、興味を惹かれた。今日は久々の帰還により身体を休めていたので、ガーランド自身この自由な時間をどう使おうか考えていた矢先だった。
「ガーランド、か……?」
「そうだ」
暫し互いを見つめ合っていたは二人は、ウォーリアの方が早く沈黙から回復し、全く外見の変わってしまった男に確認をとった。男がガーランドであると肯定したのでウォーリアは胸を撫で下ろした。
「……で、貴様は何者だ?」
「っ⁉」
だが、次にガーランドから発せられた言葉にウォーリアは再び愕然とした。
ガーランドは動かないウォーリアの兜をそっと外し兵士に預け、自身の兜の口当てを外した。ふわり、兜の中から出てきた美しい氷雪色の髪に触れ、軽く手で整えてやり一房手に取った。
「ガーランド、私を覚えていない……のか?」
「儂は貴様のようなものは知らぬ、だが……」
……何だ、この靄に包まれたような感覚は?
ガーランドは触れた髪に唇を添え、軽く口付けをすると唇を離し、髪を撫でた。ガーランドの行動の意図が理解出来ないウォーリアは、その一連の行為を黙って受けていた。
「そう、か。忘れてしまったか。因果……だな」
ガーランドの手が髪から離れるとウォーリアはガーランドから少し離れた。こういった行為をこれ以上、この場でされるわけにはいかない。羞恥からウォーリアは頬を染めたが、すぐに下を向いて黙ってしまった。
異界で戦っていたときは毎回ウォーリアが浄化を受け、一切の記憶を失った。仲間達を含め、宿命の相手でさえも。それでも揺らぐことなく前を見据え戦い、ようやく仲間達と共に勝利をもたらした。
……忘れられるとはこれ程辛いものなのか。
勝利の代償が相手の忘却ならば、ガーランドは毎回このような気持ちだったのだろうか。ウォーリアは下を向いたまま来た道を引き返そうとガーランドに背を向けた。
「すまなかった、ガーランド。どうやら私の人違いのようだ。私のことはもう忘れてくれ」
「おい! 待て!」
ガーランドを見ることなく走り出したウォーリアに、ガーランドの追いかける足音がうしろから聞こえてきた。このままでは追いつかれる、そう思ったウォーリアは細い路地に入り、気配を完全に断った。ガーランドの通り過ぎる足音が聞こえ、ウォーリアは安堵の息をはいた。
念のためにと足音が完全に聞こえなくなるまで、ウォーリアは胸が締めつけられる思いに駆られながらその場に留まっていた。すると、アイスブルーの瞳から溢れる涙が足元にポタポタと小さな染みを作り出した。
*
……兜をおいてきた。
どのくらいそうしていただろうか。完全に足音が聞こえなくなるとウォーリアは瞼を手の甲で擦り、路地を出た。ガーランドに外され兵士の手に渡ったあの角兜は今頃どうなってしまっただろうか。あのまま置かれていれば明日の朝にでも取りに行けるが。ウォーリアは空を見上げ、満開の星空を見まわした。
完全に日は落ち、闇が支配を始めだした。早く今晩の宿を見つけないと街の外で野宿しなければならなくなる。それはそれで構わなかったのだが、ウォーリアはこの地の情報収集を兼ねて宿を探し始めた。
すでに闇に支配された街は暗く、人通りもほとんどない。INNの看板を頼りにウォーリアは誰もいない街中を歩きまわった。
……見つけた。
ようやく見つけたINNの看板の建物にウォーリアは入った。宿の手配を済ませて部屋に荷物を置き、大衆食堂で遅い夕食を頼んだ。
「よう。青い鎧のお兄さん、もしひとりならオレ達と組まないか?」
「……」
年若い気さくなモンクに声を突然かけられ、着席したばかりのウォーリアは言葉が出なかった。まさか自身が声をかけられるとは思っていなかった。というのも、ウォーリアは周囲の視線を一手に集めていたが、遠目に見てくるだけで声をかけてくる者は誰もいなかった。
「お兄さん、オレだけじゃないよ? あそこに白と黒の魔術士がいるだろ? あれがオレの仲間。お兄さん強そうだからさ、どう?」
二人の魔術士を指し、人懐こいモンクがニカッと笑った。その人の良い笑顔に少し前に別れた底抜けに明るいティーダの姿を思い出し、ウォーリアは口許に手をあて、見えないように口角を上げた。そして席を立つとモンクの青年に向きなおり、右手を出した。
「……そうだな、よろしく頼む」
「よっしゃ、決まり!」
モンクの青年と握手をすると二人の魔術士もウォーリアの席に集まり、四人で夕食を食べながら互いの自己紹介を簡単に済ませた。
「ウォーリア、か。よろしくな。で、ウォーリアはどこへ行くつもりだったんだ?」
「コーネリアにいても……もう必要なくなったから、別の場所へ行こうかと」
……この場に留まっていても、ガーランドを思い出すだけだから。
モンクの青年の問いかけに憂いた表情を思わずウォーリアが見せてしまったものだから、三人は急に黙ってしまった。場の空気を微妙なものに変えてしまったことに気付いていないウォーリアは、続けて答えた。
「明日の朝に城へ行き、兜の回収をしたい。それさえ済めば、あとの行き先は君達に任せる」
ウォーリアにすれば目的はもう果たしたわけで、あとはあてのない旅が待っている。旅を示唆するものがあるのなら、それに従うのみだった。
「ではプラボカへ行きますか? 我々は先程その相談をしていたのですよ」
「そうだな」
やんわりとした白魔術士が目的地を伝えてきた。元々三人で決めていたものを、ウォーリアが反対することは特にない。わざわざ疑問形にしなくてもよいものを。クスリ、と小さく笑いウォーリアは賛成した。
バターン‼
「この兜の持ち主である青の戦士はここに居られるか?」
突然宿の扉が大きな音をたて、ずかずかと数人の兵士が乱入してきた。偉そうな態度の兵士長が特徴的な角兜を持ち上げ、大声で叫んだ。
楽しく飲んでいた連中もひとりでゆっくり飲んでいた者も一瞬で鎮まり、場は通夜のような重苦しい空気が漂った。
「それは私のものだ。返してもらおう」
空気を読んだのか読んでないのか不明だが、ウォーリアはこの重苦しい空間をぶった切るように兵士長の前に出て手を出した。
ウォーリアのうしろで「すごい」や「根性あるなぁ」などと言った小声が聞こえる。おそらくモンク達のひそひそ話だろうことはすぐに推測出来た。
「貴殿がそうか。……なるほど、これほどとはな。王から貴殿を招くように言付かって来た。我々と共に来ていただこう」
貴殿にとっても悪い話ではないが? 厭らしい顔つきでニタァと笑った兵士長の喉元に、ウォーリアは剣を突き立て、そのアイスブルーの瞳で見据えた。
「だが断る」
ウォーリアは兜さえ戻ってくればそれでよかった。それなのに何故、気持ちの悪い笑みを浮かべるこの男とわざわざ城まで同行せねばならないのか。
場の空気を変え、せっかく仲間になったこの気の良い者達を怯えさせたこの兵士長にウォーリアは完全に憤慨していた。
「ひ……」
「兜を置いてこのまま去るがい「何をしておる?」
ウォーリアに剣先を向けられたうえにその視線に射竦められ、兵士長は他の兵士達と数歩下がった。ウォーリアの放つ圧倒的な威圧感に恐怖すら感じたのかもしれない。完全に宿から追い出す勢いでウォーリアは見据えていたが、兵士達のうしろから聞こえた声に言葉を被せられた。
その声を知る宿の客達は一斉にどよめき、ウォーリアは剣を下げ、瞼を閉じ天を仰いだ。
「「「ガーランド様っ!」」」
白銀の鎧を身に付けた大男が宿に入った途端、兵士長はガーランドのうしろに隠れ、客達は一斉にガーランドを見た。先刻ぶりの再開を果たしたウォーリアは、この男、人気があるのだな……、などと少しズレた事を考えていた。もしかすると脳が逃避したのかもしれない
が。
「探したぞ、青の戦士よ。名を聞くのを忘れていたのは儂の失態だな」
「……私のことは忘れろと言ったはずだが。それに私には名などな「ウォーリア、お前……ガーランド様と知り合いだったのか? うわ、オレすげーのに声かけた?」
本来ならば一般人は騎士団長であるガーランドに話しかけることはおろか、声をかけてもらえること自体がまず稀なことである。
それなのに、この目の前に立つ先刻初めて会ったばかりの青の鎧の青年は、まるで昔からの知り合いのようにガーランドと向き合っている。
モンクも二人の魔術士もウォーリアに対し一歩引いていたが、モンクは好奇心に勝てなかった。ウォーリアの背中からガバッとおぶさるように抱きつき、ウォーリアの話を遮った。
「こら、重い。モンク、少し離れ「ウォーリア? それが貴様の名か?」
重い、と言いながら体勢ひとつ変えないで平然と言うウォーリアに、今度はガーランドに遮られた。先程から話を何度も妨害されたウォーリアは苛立ちを隠せず、トゲのある言葉をガーランドに返した。
「……そう呼ばれている。だが、私のことなど、もうお前には関係ない。私のことは忘れ、お前はこの地で平穏に暮らせばいい」
私は明日この者達とこの地を去る。おぶさったままのモンクに下りるよう伝え、ガーランドに背を向けたウォーリアにガーランドの胸に黒い何かが灯った。
「それはならぬ。王より謁見命令が出ておる。貴様は儂と共に来てもらおう」
「断る!」
ガーランドの言葉がトーンの低いものに変わった。誰にも分からないその小さな変化に瞬時に気付いたウォーリアはモンクを背に庇い、ガーランドに盾を構えた。ここで剣は使わない。先程威嚇で兵士長に剣を突き立てた時とは異なるウォーリアの意思にガーランドは気付き、ならば、と打開策を打ち出した。
「その仲間達も一緒に来い。城に滞在する間は設備や人間を自由に使って構わぬ」
ガーランドのこの打開策に、目を丸め喜んだのは二人の魔術士達だった。上手くいけば宮廷魔道士達とお近づきになれるかもしれないし、更に上手くいけば弟子入りも夢じゃない。城の蔵書庫にある魔道書も読み放題出来る。
モンクも喜んだ。城にはスーパーモンクと呼ばれる憧れのモンク上級クラスがいる。直々に修行を積ませてもらえればランクアップも夢じゃない。
「「「ガーランド様っ!ぜひお願いしますっ!」」」
「君達っ⁉」
三人がウォーリアの背後から声をハモらせてガーランドに嘆願したので、ガーランドと対峙していたウォーリアは思わず三人を振り返った。
「『明日の朝に城へ行き、兜の回収をしたい。それさえ済めば、あとの行き先は君達に任せる』って、さっきウォーリア言ったよね。ボク達は城に滞在したい。だからキミも一緒だよ」
ウォーリアの言わんとする事を察した黒魔術士は、イタズラな笑みを浮かべウォーリアに言い放った。先に言った言葉を一言一句間違えずに復唱され、ウォーリアは反論も出来ず言葉に詰まった。
「……くっ、」
「……決まりだな」
感情表現に乏しいこの青年が困惑の表情を見せ、反撃の言葉を見つけようとしている。だが、結局は上手く紡げず沈黙してしまったが。ガーランドは何故か珍しいものを見たような気分になり、くっ、と嗤った。
*
兜を返してもらったウォーリアと三人の新しい仲間がガーランドと兵士達に連れられ、城に到着したのはもう月が中空にある深夜帯だった。さすがにこの時間から謁見は出来ないため、ウォーリア達に部屋が割り振られ、今宵は解散とされ
た。
部屋は三部屋与えられ、割り当ては女性の白魔術士がひとりで、少し大きめの部屋にモンクと黒魔術士で使用し、小さめの一部屋にウォーリアが入った。
……どうしてこうなった。
ガーランドから離れるためにとった行動が、結局はガーランドの元へ身を寄せる形になってしまった。だが、あの三人の嬉しそうな顔を見ると、あまり大きなことを言えなくなってしまい、最終的にウォーリアは嘆息しか出なかった。
風呂を借り、鎧の手入れを終え、そろそろ就寝しようかと考えだしていた頃だった。
コンコン
「入るぞ、ウォーリア」
「構わない」
ガチャと扉の開く音と共に入ってきたガーランドに、
ウォーリアはまた嘆息しながら答えた。ガーランドはまだ白銀の鎧を装備していた。
「湯浴みはしたか?」
「済ませた。汗をかいていたから助かった」
髪はまだ乾いておらず、しかもアンダー姿のウォーリアのこの姿を見れば風呂に入ったかなど一目瞭然であるはずなのに、ガーランドはわざわざ聞いてきた。どことなく歯切れの悪いガーランドの様子にウォーリアは訝しみ、フルフェイスの兜から覗く金の瞳をじっと見据えた。
「ガーランド。私に何か用か?」
「……儂の部屋に来ぬか? 寝る前に美味い茶でも淹れてやる」
「……」
……ここでは出来ない話か。
誰かに聞かれているのかもしれないなら、迂闊に喋らない方がいい。ウォーリアは瞬時に察知し、首を縦に振った。
「では儂と共に来い」
ウォーリアは念のためにと小剣だけを持ち、ガーランドと部屋を出た。この小剣は別れの際にフリオニールから譲り受けた、今となってはウォーリアの大切な思い出の品のひとつであった。
*
ウォーリア達に用意された部屋から、さほど離れてはいない場所にガーランドの執務室兼自室はあった。
「ここが儂の部屋だ。広さはあるから適当に寛いでいろ。今から茶の用意をする」
それだけを言い、ガーランドは部屋を出た。残されたウォーリアは部屋を見まわした。大きな執務机に椅子、来客用の長椅子が二つに間にはテーブル、大きな書架まである。扉がもうひとつ……寝所だろうか?
立ち尽くしていても仕方がない。ウォーリアは長椅子のひとつに座り、今日一日で起きた怒涛の出来事を思い出した。
ふう。ウォーリアは思わず息を洩らした。ガーランドはどのような話があって、自身をこの部屋に呼んだのかは不明だが、当のウォーリアはガーランドから離れたかった。ガーランドに記憶がないのなら、傍にいても辛い思いをするのはおそらく……。
ガチャ
「待たせたな」
扉が開き、ガーランドが戻ってきた。座ったまま考えこんでいたウォーリアはガーランドを一瞥して切りだした。
「王への謁見が済めば、私達はこの城から出れるのか?」
「おそらく数日の滞在は余儀なくされるであろうな」
茶の用意を始めたガーランドの前で、柳眉を顰め小さく「数日も……」とウォーリアが呟いた。
それほど謁見が嫌なのか、ここに滞在するのが嫌なのか、とガーランドが内心で考えだしたときに、ウォーリアはガーランドに対しその力強いアイスブルーを向けてきた。
「お前達は何がしたい? 私を探っても何も出ないぞ」
……そう来たか。
ガーランドは割り当てたウォーリアの部屋で茶の誘いをかけたときに、急に沈黙し首を縦に振ったウォーリアを思い出した。
あのときのウォーリアはガーランドの言動により、何か不穏な空気を感じとった。ガーランドの本当の目的は純粋な茶の誘いが六割、あとの四割はウォーリアの避難誘導だった。
……危険察知能力は人並みに備わっているようだな。
茶の誘いにのったつもりで、上手くウォーリアは部屋をあとにした。あのまま鍵の壊されたあの部屋に残り、就寝していれば確実に襲われる。ウォーリアは何かを探られると考えたようだが。ガーランドは伝えるか黙っておくか悩んだが、これは一応当人の問題なので、あえて伝えることにした。
「あの兵士長は貴様を狙っておる。あの部屋で寝れば確実に夜這いをかけられる。襲われたくなくば今宵はここで寝ろ」
「夜這、い……?」
ウォーリアは意味が解らなかった。否、脳が考えることを全面的に拒否した。誰が? 誰に? 襲われ……る?
「貴様が構わぬのなら部屋に戻れ。儂は伝えた。あとは好きに……って、おいっ⁉」
話を進めながら茶を出そうとしたガーランドは、ハラハラと大粒の涙を拭くこともせず流し続けるウォーリアを見て驚愕した。
……何故泣く?
泣き出す理由の分からないガーランドはとりあえず、と布をウォーリアの顔に押しあて、隣に座り肩をトントンと軽く叩きながらウォーリアの涙が収まるまで待った。
淹れた茶が完全に冷めたころに、ウォーリアから規則正しい呼吸音がしてきた。ガーランドは嫌な予感を感じ、押しあてた布を外した。
……寝てる、のか? この状況で?
ウォーリアは泣きはらした眼をそのままに、ガーランドの肩に頭を預けそのまま眠ってしまっていた。ガーランドはしばらくそのままの体勢で、ウォーリアが起きるのを待っていた。だが、深い眠りに就いてしまったウォーリアに起きる気配は全くない。仕方なくガーランドはウォーリアを横抱きに抱え、隣の寝所に連れて行った。