2019.11/04
The Lover of Professor Garland
とある大学で、民俗学の教授としてガーランドという男は教鞭を執っていた。周囲からの人気は高く、ガーランド教授の講義はいつも人でいっぱいの状態だった。
ガーランド教授の話術によるものか、ガーランドそのものに人気があるのか……。あまり人気の見受けられない〝民俗学〟などという科目の講義で、教室が人で埋まるということは極めてまれである。生徒たちは毎回、教壇に立つガーランド教授を近くで見ようと、席の争奪戦まで起こしていた。
ガーランド教授も毎度のことなので、いちいち生徒たちを窘めることもしない。講義さえ聞いていてくれればいいのだから。最悪、単位さえ取ってもらえたらそれでいい。その程度だった。
生徒たちの大多数は〝民俗学〟に惹かれ、この科目を履修したわけではない。生徒たちはガーランドを目的として、教室へ来ていることが明白であるからだった。
そんな生徒たちの前で講義を行うこと自体、ガーランドは嫌気がさしていた。しかし、なかには数少ない真面目な履修生も含まれている。その者たちのために、ガーランド教授は今日も教壇に立っていた。
「誰だ、貴様は……?」
「……」
本日の講義のすべてを終え、その帰りのことだった。自宅の前に誰かが立っている。それは、閑静なこの住宅地のなかで、とても異質なもののように思えた。
日も落ちた暗がりのなかでも、その誰かの髪がキラキラと光っていた。眩いばかりの主張に、ガーランドは目を細めた。若者によく見られるブリーチで髪色を抜いたものではなく、自然の髪色によるものであるとガーランドは気づいた。
……他国の者か? 道に迷ったか?
とにかく、ガーランドは自宅に入りたかった。家の前に誰か佇んでいようと関係なく、ガーランドはその者の前を通り過ぎようとした。だが、それはできず、ガーランドはピタリと脚を止めた。そして、ガーランドはその者に目を凝らしていた。
「……」
男性か、女性か。まず、そこから認識しなければならないほど、その者は美しい外見をしていた。しかし、面と向かって『男女どちらか?』など、聞けるはずもない。身なりを見ていると、黒の上下に白の腰布……スカートだろうか? 服飾系に疎いガーランドは限りある知識を用い、うんうん唸るように考えだした。
「……」
「あの、すみません。ガーランド教授でしょうか?」
ガーランドがじっとその者を見つめていると、反対に声をかけられた。驚愕に目を見開くと同時に、この者が男性であることを知り得た。この者の声は、どう頑張っても女性のものではない。
「そう……だが。貴様は?」
「……」
この者が青年とわかり、ガーランドは落ち着いて声をかけなおした。女性だったなら、いろいろと弊害が出てしまう。日も落ちた閑静な住宅地で、見も知らない女性と家の前で話し込んでいた。そのようなことが大学で、得もしない噂として立とうものなら、ガーランドの教授としての立場が危うくなってしまう。
「私は行くところがない。だから……、ここに住ませてはもらえないだろうか」
「……」
ぴくりとガーランドは眉を顰めた。突然なにを言いだすかと思えば、青年は初対面であるはずのガーランドに厚かましいことを申し出てきた。
……あり得ぬ。しかし──。
断ろうとガーランドは思っていた。しかし、この青年はどう見ても他国の者で、少なくともこの国の者ではない。もしかしたら、このようなことを当たり前としている文化圏出身の者なのかもしれない。
この国では考えられないことなのだが、そのことを青年が知らずに告げてくるのなら、ここでしっかりと諭してやるのも教職者としての努めであると……そう考え、ガーランドは改めて青年の外見を目視した。
黒の上下に白の腰布……これは先と同じなのだが、ガーランドが注視したのは、青年の身体的特徴だった。光り輝く美しい髪……と思われていたものは若干傷んでおり、残念なことになっている。手入れをしっかり行ってやれば、美しく輝きを放つであろう。それに……。
「その瞳は本物か? カラーコンタクトレンズではないのか?」
「視力はいいほうだが」
「そうか。すまぬな、おかしなことを訊いて」
どうやら、青年の虹彩は本物のようだった。そうそう見ることのできない、とても澄んだ青年のアイスブルーの虹彩に、ガーランドは胸を撃たれるかのごとく惹かれていた。とくり、ガーランドの胸は妙な高鳴りをはじめている。
……いや待て。この者は男だろう?
ガーランドは高鳴る胸を押さえつけた。今、会ったばかりの青年に、このような感情を抱くことはあり得ない。そう、何度も己に叱咤する。それでも、どうすることのできない想いとして胸に秘め、ガーランドは青年に向きなおった。手を差し伸べ、きょとんと見つめてくる青年に口許を緩めてしまう。
「このような場所で良いのなら……、好きなだけ居ればよい」
「……感謝する」
こうして、民俗学教授のガーランドと美しい青年は、自宅というひとつ屋根の下で、生活を送ることになった──。
***
「これは?」
「連絡用にと思ってな……この社会では必要不可欠なものだ。不要でも持っておれ」
青年と過ごすようになり、幾日かが経過した。そのあいだに、青年はこの国の言葉を覚えていった。習得の早さにガーランドは感心していたが、どこかで疑ってもいた。あまりにも早い青年の習得スピードから、元々青年はこの国の言語を知っていたのではないかと……。
それでも、ガーランドは心配から、この青年に連絡用ツールとしてスマートフォンを渡していた。青年は見慣れないものを得たためか、まじまじとスマートフォンを眺めている。
「課金さえしなければ自由に使え。TwitterやFacebook、Instagramも入っておる。SNSも好きなものを使うとよい」
「……」
青年はガーランドを見つめ、唖然とした表情を浮かべていた。これには、ガーランドも苦笑いをしていた。失礼ながら、ガーランドは壮齢に差しかかり始めている。どちらかというと、そういったことには疎いように、周囲からも思われていたからだった。
「儂はな、Twitterをやっておる。FacebookやInstagramはしておらぬがな」
「……そう、なのか」
どこか納得したような青年の様子に、ガーランドは目許を緩めていた。まだたどたどしい部分はあるが、青年がこの国の言語を話せる。そのことに安堵していた。
というのも、青年と暮らすこの場所はガーランドの自宅である。そうなれば、来客は当然のように多かった。ガーランドへ講義や会議の出席の伺いや、懇親会などの誘いなどで訪ねてくる者がほとんどであるが。
そういった者への対応として、この青年が言語を理解していることはとても重要だった。客としてリビングへ通せば、どうしても茶は出して、少なからずの接待が必要になる。
これまでは、ガーランドが茶を淹れてもてなしてきた。しかし、青年が来てからは、その役目は青年のものとなった。青年が茶を淹れてもてなす。これだけで来客は目を見開き、青年を二度見三度見していた。
ガーランドとしては、青年を隠しておきたかった。来客の目を引くことだけは、回避けさせたい。だが、青年自らで行ってくるのだから、ガーランドも文句は言えなかった。
青年が言語を理解していない期間は、来客をもてなすときも無言で行っていた。しかし、言葉を話すようになってからは、カタコトでしかも間違った挨拶をするようになった。
『いてらっしゃい。ごゆったり』
このような珍妙な挨拶でも、青年に声をかけられた者は、まるで心を奪われたかのような状態に陥る。青年の外見と言葉のギャップによるものであろうことは、ガーランドでも簡単に想像がついた。ガーランドはこれまでに、何人もの心を奪われた来客を見てきた。これも、青年の類まれな美麗すぎる様相のせいによるものである。
もてなすだけならば、別にガーランドも気にすることはない。問題は外に出したときだった。その外見は人を惹きつけてしまうということに、青年本人が気づいていなかった。ガーランドがはじめに男女の区別をつけられなかったように、すれ違う者は例外なく確認と見惚れから、青年をじっと見てきた。
さすがにこのままでは青年が危うい。察したガーランドの行動は早かった。携帯電話ショップにて、自身の持つスマートフォンより性能の良い最新のものを購入し、青年にそれとなく手渡すことにした。
連絡用としてが一番の理由だが、別にSNSを勧めているわけではない。こうした危険回避の目的を、青年に悟らせないためもあった。GPS機能はもちろん外すことなく付けている。青年には写真を撮る際に、場所を特定されることのないようにだけ注意を促しておいた。
このご時世である。SNSに投稿した写真で、当人の身元が割れてしまうことがあるので、用心に越したことはない。
「LINEは繋げてある。連絡は此方ですれば良いだろう」
「ありがとう。ガーランド」
「行く準備を済ませ、朝食にしよう。いつもすまぬな、ウォーリア」
にこりと小さく笑みを浮かべて頷いた青年の頭をくしゃりと撫で、ガーランドは大学へ向かう準備を始めた。すべての準備が終わると、青年の作ってくれた……失敗作に近い朝食を食べて自宅を出た。外側からしっかりと施錠し、青年を極力外には出さないようにして。
「……」
青年……ことウォーリアは、ガーランドを玄関で見送ってからリビングに戻り、とすんとソファーに腰を下ろした。そして、先ほどガーランドから受け取ったスマートフォンを取り出すと、こそこそと弄り始めたのだった。
***
ガーランドがこの自宅でウォーリアと過ごすようになり、幾月か経ったころだった。初めは失敗の多かった食事も作り慣れてきたのか、成功……もとい、美味しく仕上がったものが食卓に並ぶようになった。
それでも、たまには失敗もしている。朝の忙しい時間帯に生焼けの鮭を出され、苦笑を浮かべながらガーランドは焼きなおしたりもしていた。
ウォーリアはなにも知らない状態でこの国に来たと、ガーランドに説明をしていた。それは、嘘偽りないことのようで、実際にウォーリアはこの国での生活の方法をほとんど知っていなかった。学生ではないようなので、就業する必要はある。留学生なら多少の免除はあるだろうが、成人の……しかも、無職ともあれば、これは危機感をガーランドも抱いてしまう。
ウォーリアがこの場所を気に入り、居たいと望むなら、それはガーランドにも叶えてやれる。ガーランドは独り身であるし、今さら誰かを娶るつもりもない。というより、壮齢を迎える未婚男性を見初める女性がいるとは、ガーランドにも思えなかった。それなら……と、ガーランドは気ままな独り身を、これまでは楽しんでいた。
そこに、この青年が加わっても、ガーランドには影響しない。ウォーリアが女性ならば、問題あったであろうが。部屋を好きに使い、好きに過ごしてもらって結構だった。そうして過ごすうちに、いつしかガーランドは独りでいるより、ウォーリアが居てくれたほうが何倍も楽しく感じられるようになってきた。
初めはウォーリアに就業を勧めようと考えていたが、結局はやめてしまった。外へ出すより、ウォーリアにはこの家を守ってもらいたい。……そう、考えるまでになっていた。
スマートフォンを通信ツールとしてウォーリアに渡したことは、ガーランドにとって良き結果を得ることとなった。ガーランドはなにかあれば、ウォーリアと事あるごとにLINEにてやりとりを交わしている。主だったものとして『今から帰宅する』や『某教授も一緒だから、もてなしてもらえるか』などといったものだった。
ウォーリアからの返事はなかったが、すべて〝既読〟になっていたので、読んではもらえている。もしかしたら、機器に疎いのかもしれないと、ガーランドは考えていた。しかし、例えLINEのメールがガーランドの一方的なものであったとしても、ウォーリアとは自宅で会話ができる。不都合なことなど、なにもなかった。
ウォーリアにスマートフォンを渡した際に説明を加えていたが、ガーランドはTwitterをかなり前から続けていた。『民俗学教授の独り言』という、よくわからないブログやホームページのようなタイトルをTwitterのプロフィール欄につけ、ご丁寧に呟きにはタグまで貼って投稿していた。
〝民俗学教授〟の他愛ない呟きなのに、フォロワー数はなぜか多く、呟きには常にイイネやRTが多く見られていた。しかし、ガーランド自身、フォロー返しを行わないこともあり、フォロー人数は少なく、かえって人気のあるように見えていたのも事実だった。
ウォーリアとはひとつ屋根の下で過ごしていても、さすがに部屋は別々だった。ウォーリアは部屋など不要としきりに断っていた。だが、私物を置く部屋があってもいいだろうと、ガーランドは無理に自身の部屋の隣の空室をウォーリアに譲っていた。
ガーランドがひとりで暮らすには、少々大きな家屋であった。誰かが使用してくれるなら、家も喜ぶというもの。ガーランドはウォーリアが理解のできるように、ゆっくりと言葉を選んで伝えていった。そうしてウォーリアは納得し、ガーランドの隣に寝室を作ってもらった。
なんだかんだ言っていても、ウォーリアは自室を持てたことに喜んだ。しかし、ウォーリアがこの自室を使用するのは眠るときだけで、実際はほとんどの時間をリビングのソファーの上で過ごしていた。部屋には施錠し、ガーランドは入ることもできなかった。
これは、ガーランドが他者のプライベートに介入しないだけで、合鍵は持っている。掃除のためと偽り、部屋に侵入することは容易い。しかし、ガーランドはそれを良しとせず、ウォーリアに部屋の管理もすべて任せていた。
ある日の深夜のことだった。ガーランドは自室にひとりでこもっていた。書を読み漁り、文献をチェックする。キリのいいところまで作業を進めると、落ち着かせるために、淹れておいた珈琲を啜った。まだ温かい珈琲に心を落ち着かせ、ガーランドはふと隣の部屋の気配を探った。
隣の部屋からは物音が聞こえないため、ガーランドはすでにウォーリアが就寝しまっているのだと思っていた。そのため、次なる作業として机上のPCを起動させ、カタカタとキーボードを叩き始めた。
明日の講義に必要な資料を作成するためであったが、ずっと打ち込んでいては飽きもしてくる。ある程度打ち込んでからページを閉じた。時計を見ると、打ち出してから結構な時間が経過していた。
ガーランドは集中してしまうと、周りが見えなくなるタイプの人間であった。おかげで資料は完成したが、予想していた時間より大幅に遅くなってしまっていることに気付いた。しかし、慌てることもなく、ガーランドは再びカタカタとキーボードを叩きだした。
……さてと。
ガーランドはTwitterの自身のホームを開け、タイムラインをチェックし始めた。フォロー人数は少ないため、得られる情報は少ない。だが、拡散されてきたものも含まれるので、欲しいと思える情報は十分に得られていた。
そのなかでひとつ、ガーランドは気になるツイートを見つけ、目が点になってしまった。それは、たった一文だけでバズっている呟きだった。
【がーらんどはやさしかった】
このひと言だけでRTがものすごく、しかもガーランドの実名が載せられている。ガーランドは慌てて、このツイートを流した発信元のプロフィールページを見にいった。そうして、ガーランドはさらに目が点になっていた。
〝リュート奏者WoL〟
それは、知らない者はいないと言われるほどに、世界的にも有名なリュート奏者の名前であった。その世界的に有名な人物が、どうしてガーランドの実名を知っている? ガーランドと名前が同じなだけの、別の人物を指しているのだろうか? ガーランドの脳内で結論が出せず、グルグルとまわっていた。
ガーランドは吃驚すると同時に、混乱までしていた。しばらく呆気にとられたように、ぽかんとPC画面を眺めていた。
時が少しだけ経過して、ガーランドはようやく落ち着きを取り戻すことができた。改めて、そのWoLの過去のツイートを読んでいく。そうして、ガーランドはまた吃驚するのだった。
WoLのツイートは、この家でのふたりの生活や会話などが、そのまま赤裸々に綴られているものが多かったこらだった──。
【今日の朝ごはん。ごはん・焦げた目玉焼き・生焼けだった鮭・具のない味噌汁。
がーらんどはなにも言わず食べてくれた。さすがに鮭は焼きなおされたが(一番下に写真添付)】
「……」
ガーランドは驚愕を通り越し、言葉を失っていた。PC画面を見つめたままで、ピシィッと全身をフリーズさせている。おいおい、これは先日の忙しかった朝の話ではないか。ということはなにか、世界的に有名なリュート奏者は、あのウォーリアのことなのか? それほどの有名人がなぜ不審者のようなマネをして、『行くところがない』などぬかしてきた? ガーランドの脳内は、ウォーリアに対しての疑問と突っ込みでいっぱいになっていた。
……どういうことだ? この国の言語がわからぬはずではないのか?
ガーランドの名前こそ仮名遣いをされているが、それ以外はそれなりに流暢な文章で綴られている。本当に、あの青年が綴ったものなのか? これを問いただしたいところだが、本人にはやはり聞きだせない。
さすがに、プライベートなことを聞くわけにはいかない。朝食メニューがたまたま類似していた……という可能性も拭えない。
ガーランドは一度PC画面から目を離し、ぐっと背を伸ばす。肩をコキコキ鳴らしながら、ふーと大きく深呼吸した。一度精神を落ち着かせる必要があるように感じられたからだった。
キーボードのそばに置かれていた、すでに冷めた珈琲をひと口啜る。落ち着いたつもりでいたが、まだ心のどこかで動揺しているのだろう。ガーランドには珈琲の味が感じられなかった。
しん……、深夜の静寂な時間だけが刻々と過ぎていく。あまり遅くなると、次の日の講義に響いてくる。ふぅ、完全に落ち着いたわけではないが、ガーランドの脳は何事も受け入れる覚悟はできていた。
マウスをカチカチと動かしてPC画面をスクロールさせ、ざっくりとWoLの過去ツイートをチェックしていく。気になるツイートは都度読み返す。念には念を……と、かなり過去まで遡っていった。
WoLのツイートは、少し前まではネット配信の予定、そのための練習、その後の打ち上げなど、至って普通のものだった。しかし、途中から内容が大きく異なるようになっていた。
WoLはある一定の期間なにもツイートをしておらず、空白の期間が生じていた。その期間を空けてから、またWoLはTwitterを再開している。Twitterを空ける直前の呟きには、ガーランドもさすがにぴくりと眉を動かした。
【私は動く。そのためにすべてを捨てる】
そうして、WoLのページはしばらくの期間呟かれることがなく、おかれたままになっていた。そして、再開しだしてから、これまでの内容と大きく異なるものが呟かれている。再開してすぐの呟きはこうなっていた。
【私は得た。これかは勉学をかね、この言語お使う】
まず、使用言語が異なっていた。だが、誤字脱字はあれど、初めてなのだとしたらなかなか上手に感じられる。それに、ここから呟かれるものの多くは、ガーランドがウォーリアと会話をした他愛のない内容のものだった。それから、先にガーランドが見つけたような、朝食や夕食などの調理過程の写真が載せられているものだった。
使用する言語が異なることも気にはなったが、ガーランドが着目したのは、WoLの載せている料理の数々だった。まるで海外旅行でもしているかのように、料理そのものの文化圏が違う。これまでをWoLの母国の料理とするなら、Twitterを再開してからの料理写真は、旅行先で撮ったかのような──。
……長期旅行……と考えるほうが無難か?
それならば、Twitterを空けている時期があってもおかしくはない。旅行に出かけ、落ち着いた今時分からTwitterを再開しておるのだろう。ガーランドは結論を出し、それに自己納得をしていた。
それから先も画面をスクロールしていき、ガーランドはくまなくチェックしていった。個人のツイート画面をここまで調べることは、ガーランドとしても初めてのことだった。どうして、ここまで駆り立ててしまうのか? ガーランドはまだ理解ができていなかった。
散々画面と睨めっこしていても、ガーランドが目を引くような特出したものは、先の一件であった。それ以外の呟きは……まぁ、身に覚えはある。だが、偶然と言われてしまうと、それで納得してしまうような内容のものしか見受けられない。
……やはり、たまたま朝食メニューが類似しておっただけか。
鮭を焼きなおしたなど、そうそう被ることはないはずなのだが。それでも、ガーランドは無理に結論を出していた。ウォーリアがWoLではない……と、無理に思い込ませたかった。そうでなくば、とてもではないが、リプ欄までチェックする勇気が湧かない。
すでにちらりと見てしまっているのだが、先の【がーらんどはやさしかった】のツイートのリプライは、かなり炎上していた。有名人なら、避けられない事態ではある。
『相手は誰⁉ 名前からして男性?』や『WoLの恋人? ってことは、WoLは女性? WoLは男性と思っていたのにショック〜』などといった探るものや『えっ、ナニがあって〝やさしかった〟の? もしかして……えぇっ?//』など、大変下世話なものまで多数投稿されている。
たった一文でここまで炎上するのなら、これから呟きにくくなるのでは? ガーランドは余計なことまで考えてしまった。
この〝WoL〟というリュート奏者であるが、これまでメディアに出たことは一度もない。ネットによる動画配信をメインの活躍場としており、テレビに出ることはもちろん、演奏会なども開催することはなかった。
それでも、映像から流れてくるリュートの弾き語りはネット配信ながらも、全世界の人間をも魅了していた。一度WoLのリュートを聴いてしまえば、忘れることのできない魔法をかけられたかのごとく、夢うつつの状態に陥る。
それがまた、癒しの効果があると世間で取り上げられ、ひっそりと配信されているにもかかわらず、常に動画サイトでは上位に君臨していた。
それなのに、どうして民俗学教授のガーランドはWoLを知っているのか。それは、この〝WoL〟というリュート奏者の外見が、男性か女性か不明なところにあった。
〝性別不明の美しいリュート奏者〟として、〝WoL〟は世界的にも有名になっている。もちろん、リュートの腕前は言うまでもなく本物であった。
弾き語りを行うWoLの顔は、黒い大きなフードで隠されていることが多かった。しかし、リュートを弾く手は見えている。その動きが本物か偽物かくらい、動画配信を観ればわかることだった。
実はガーランドも密かなWoLのファンであり、世に出された楽曲はすべてダウンロード済みである。そのうえ、CDまでもしっかり購入している。それくらい、WoLに惚れ込んでいるひとりでもあった。
ずっと画面を観続けていたガーランドは、目を閉じた。老眼というわけではないが、小さな文字を追いかけ続けるのも骨が折れる。特に目立つツイートがない以上、画面を眺めているのは時間の無駄に感じられた。
朝も早いというのに、とうに日付は変わってしまっている。それでも気になるものがあるのか、ガーランドはWoLを気になるリストに入れておいた。
フォローをするにしても、WoLのフォロー人数は一桁しかなかった。要はガーランド以上に、WoLはフォロー返しを行わないということである。別に相互になりたいわけでもないのだから、ガーランドもフォローする必要はない。ツイートのチェックができればいい。それだけだった。
PCをシャットダウンさせたあとは、隣の部屋の物音を探った。ガーランドが聞き耳を立てても静かなままなので、ウォーリアは就寝しているのだろう。安堵すると同時に、ガーランドは今後のことについて、どうするかを考え始めた。
***
ウォーリアにWoLのTwitterについて聞きだすことができないまま、日ばかりが経過していった。それでも、ガーランドはWoLのTwitterをマメにチェックするようにしていった。これには目的があった。
ガーランドとウォーリアの会話の内容や、食事のメニューなどが合致すれば、問い詰めることも容易くなる。ウォーリア当人に直接問いただせられないために、ガーランドは外堀から埋めようとしていた。
秋も深まりつつある日のことだった。見知らぬ青年としてウォーリアをこの家に入れ、ともに過ごすようになってから、季節の移り変わりを感じるようになってきた。
そろそろハロウィンも近い。南瓜をくり抜いてランタンにしたものが、周囲では飾られ始めている。大学を出たガーランドは、帰宅途中で気になるショップを見つけ、誘われるように入店していた。商品をひとつ購入し、大事そうに懐のポケットへしまう。
次に立ち寄った深夜でも営業しているスーパーでは、南瓜がまだ山積みになって置かれていた。見ればまだ色ツヤも良く、砂糖で煮ればきっと美味い煮物になる。ふむ、ガーランドは少し思案し、南瓜をひとつ購入してウォーリアの待つ自宅へと急いだ。
「……おかえり」
「ああ」
玄関で出迎えてくれたウォーリアに、ガーランドは思わず口許を緩めていた。玄関の照明にウォーリアの瞳の色は反射し、キラキラと虹彩が輝いている。
身長差のせいでじっと見つめてくる形になるウォーリアの、煌めくアイスブルーの虹彩をガーランドは捉え、胸を高鳴らせていた。これは、一番最初の出逢いのときにも感じた高鳴りと、全く同じものだった。
そういや、この美しい瞳の虜になってしまったのだと、ガーランドは思いだしていた。初めてこの青年をこの家に招き入れる原因になったのも、すべてこの虹彩の美しさに魅入られたことによる。
まるで、魅了の魔法をかけられたような気分になってしまう。だが、そのことにより得たものは大きい。この美しい光を放つ青年を、こうして手に入れる──までには、まだ至っていないが──ことができたのだから。
しかし、玄関先でこうして浮かれている場合ではない。ガーランドはコホンと小さく咳払いをして、ウォーリアに持っていた南瓜を手渡した。
「ガーランド、これは?」
「この国の南瓜だな。この種類は初めて見るか?」
東洋南瓜を見るのは初めてなのか、ウォーリアは手に持ってこくりと頷いた。世間一般的に出まわるのは、どちらかといえばえびす南瓜が多い。この南瓜は珍しいとまではいかないが、あまり見かけることはない。
それに、ウォーリアの国では、おそらくオレンジ色の西洋南瓜が主流になっているだろう。ハロウィンで使用される南瓜の種類から、ガーランドは考えていた。
「美味いぞ。今晩は儂が作ろう」
「しかし……」
「なにか……作っておる最中であったか?」
ウォーリアがなにか言いたげにしているのが気になり、ガーランドは息を呑み込んだ。基本的にウォーリアは、ガーランドの言うことに否定はしてこない。だが、今回は口ごもり、言いづらそうにしている。
「ウォーリア」
「こっちだ……。ガーランド」
ふい、ウォーリアに顎でリビングを指すように顔を背けられ、反射的にガーランドもそちらに目を向けた。玄関からではリビングの様子は到底窺えないが、いい香りは漂ってくる。ふんふんとガーランドは匂いを嗅いだ。
「……パンプキンポタージュだ」
「そうか……」
リビングのテーブルには、ほこほこと湯気を出している鍋が置かれていた。中には南瓜のポタージュが入っている。そのほかにも、ブロート(大型パン)やクラインゲベック(小型パン)、ほかにもファインゲベック(菓子パン)まで置かれていた。
「……これらの材料やパンはどうした?」
「インターネットを使った」
「なるほど」
言い方としては及第点だが、ガーランドにもしっかり意味は通じた。ウォーリアはインターネット通販を利用して、これらの商品を購入したのであろう。決済は……クレジットだろうか。もしかしたら、スマートフォンの決済かもしれない。どちらにしても、たいした金額ではない。それに生活に必要なものの購入であるなら、ガーランドも窘めることはしなかった。
「美味そうだな。先に手を洗ってくる」
「それなら、ポタージュとメインを温めなおしておく」
そろそろ朝晩が急速に冷えだしてきていた。しかし、日中は暑くなるため、ガーランドは薄手のスーツで出勤していた。帰りが遅くなれば薄手のスーツでは寒さを凌げず、寒さに耐性のあるガーランドでも冷えを感じていた。
そんななかで、温かなポタージュにありつけるなど、ガーランドも想定していなかった。スーツを脱いでラックにかけると、ガーランドはまず洗面所まで手を洗いに行った。これは己の若干締まらなくなった表情を、ウォーリアに見せないためでもあった。
ガーランドはなにも突っ込むことはしなかったが、テーブルに並んでいたパンの種類には気付いた。この国のものではない。他国のパン……それも、かなりパン大国として有名な大国のものを揃えている。
ウォーリアがどうして、その大国のパンを購入したのか。ガーランドは気になっていた。しかし、そのことを問いただしていいものか……またしても葛藤が始まった。職業柄、個人情報保護についてはどうしても気を遣ってしまう。ガーランドとしては、ウォーリア本人の口から聞きたかった。少し考え、ガーランドはリビングへと向かった。
「ほう、今晩はチキンか」
「うまく焼けていなかったらすまない……」
ウォーリアは焼きものの火力調整が苦手なのか、よく焦がす。もしくは生焼けのままで出てくる。あまりの両極端さに、ガーランドも毎回苦笑していた。オーブンがあるのだから任せておけばいいものを、ウォーリアは頑なにグリルで焼いていた。
以前、ガーランドはどうしてオーブンを使わないのか、ウォーリアに聞いたことがあった。
『……お前の作る菓子が美味しいから』
『……』
これには、ガーランドも絶句した。ウォーリアの言い分によると、菓子を作る用にオーブン使っているのなら、そこに肉や魚を入れたくはないのだと。言葉足らずの説明に辟易しながらも、ガーランドは脳内で整理していった。
もしかしたら、ウォーリアの生家では、料理で使うオーブンと、菓子を作るためのオーブンのふたつあったのかもしれない。ガーランドは考え、ピタリと固まった。
……オーブンがふたつもある家?
国が変われば習慣や風習も変わる。この国の台所事情から、オーブンはひとつ設置すれば上等だった。しかし、ウォーリアの国では、ふたつ並んで設置されているのが普通なのかもしれない。
それならば、ガーランドもなにも言うことはなくなった。これまで培ってきた生活習慣を、無理してこの国の仕様に合わせる必要などなかった。ウォーリアのやりたいようにすればいい。惚れた弱みもあって、ガーランドはウォーリアの好きにさせていた。
「では、いただこう」
ガーランドは席につき、ウォーリアの出してくれたチキンをナイフで切り分けた。生かどうかの確認も含めたものだったが、今回はしっかり火が通っていた。ふぅ、小さく安堵し、ガーランドは切り分けた肉を口内に放り込んだ。
……ほう。これはなかなか。
香草をふんだんに使用して香ばしく焼かれたチキンは、全く臭みもなく食べやすい。美味と言っても過言ではない出来のものだった。もぐもぐと咀嚼し、口内でじっくり堪能してから嚥下する。
次にポタージュを匙で掬い、ゆっくり啜る。音を立ててはマナー違反になる。濃厚な南瓜の甘みが口内に広がる。甘みだけが強いかと思えば、そうでもない。うまく味が締まるように調整されていた。
「美味いな……」
チキンもポタージュも文句なく美味い。たったひと言だけだが、ガーランドは率直な感想をウォーリアに伝えた。すると、ウォーリアの頬がぽっと朱く染まったのを、ガーランドは見逃さなかった。
しかし、ガーランドは気付かないふりをした。ここで問い詰めるのも、無粋に感じられたからだった。気を取りなおし、バスケットの中に入っていたロッゲンミッシュブロート(ライ麦パン)を取って、がぶりと齧りついた。
「これを付けても美味しいぞ」
「これは?」
「サワークリームだ。チーズクリームがいいなら、冷蔵庫にあるが」
ポタージュとも合わせるなら、こちらかと。確かに……。ガーランドはウォーリアの言葉に頷いた。サワークリームの酸味がライ麦パンはもちろんのこと、南瓜の甘みとも相性が抜群で、とても美味しかった。
ウォーリアといえば、ブレッツェン(白パン)のほうを食べている。ガーランドが黙って見ていると、ウォーリアは視線に気付いたのか、少し照れたような笑みを浮かべた。
「私は……ライ麦パンが少し苦手で」
こちらのほうが好きだから。そう言いながら、小さくちぎって食べていた。数少ない情報だが、ガーランドには十分な収穫だった。どうやら、ウォーリアはこのパンの大国に、深く関わりがあるように感じられる。出自国、もしくは長期滞在国……あたりだろうか。
……ウォーリアの情報は得られた。あとは……。
WoLのツイートに貼られている写真の中に、この大国のパンが載せられていれば、ウォーリアとWoLが同一人物かどうかの判断がつくのではないか。ガーランドは考え、小さく口許を緩めていた。
「……さて、と」
ウォーリアも寝静まった深夜のこと、ガーランドはひとりでキッチンに立っていた。
ウォーリアの料理の腕前は初めのころは悲惨なものであったが、最近はかなり上達している。今晩の料理も、他国の料理ながらもガーランドの口に合い、食べすぎるくらい食が進んでしまっていた。
そこで、ガーランドは明日の朝食の仕込みも含め、今のうちになにか作っておいてやろうと考えていた。ウォーリアへの日頃の感謝と、食べ慣れていないであろう南瓜の調理を兼ねて。せっかく購入したのだから、これはガーランド自身でやりたかった。
先の東洋南瓜を冷蔵庫から取りだし、まな板の上に置いた。袖を捲り、包丁を手にする。ぐっと南瓜に包丁を入れ、ふたつに切り分ける。
……ほう。種も良いな。
ぷくりと膨らんだ種が、ワタに包まれて大量に入っている。ガーランドは匙で丁寧にこそげ取り、皿に載せておいた。南瓜を煮ているあいだに種を処理するためだった。
トントンとリズム良くひと口大に南瓜を切り分け、大きめの鍋に投入する。砂糖を適量南瓜の上からかけて、少し時間をおく。こうすることで南瓜に砂糖が染み込み、煮込む時間が短縮できる。この間に種をワタから外して洗っておく。
ある程度時間が経てば南瓜の鍋に水を入れて、コンロに火をつける。砂糖が溶ければ南瓜と馴染ませるように絡ませ、落し蓋をして弱火でじっくり煮詰めていく。
コトコトコトコトコト……
南瓜の煮える甘い匂いがキッチンに充満する。鍋底を焦がさないように気を付け、ガーランドは洗っておいた種を軽く煎る。乾煎りすることで香ばしくなり、殻も外しやすくなる。
乾煎りした種を皿に載せ、冷ますあいだに鍋を見る。落し蓋を外すと、水分がなくなっている。目視で頃合いを感じ、ガーランドは火を止めた。鍋に入ったままで粗熱を冷ます。
パキッ
地味な作業だが、ひとつひとつ種の殻を外して中から種子を取りだす。薄緑色の膨れた種子は菓子の材料にも使えるし、酒の肴にもなる。ちょっとの手間で得られるものが大きいため、ガーランドは南瓜を購入するたびに、毎回この作業を行っていた。
……これで良し。
ちまちました指先の作業を行ったために、少し肩が凝った。首をまわし、コキコキ鳴らす。悲しいが年齢をこんなことで感じてしまう。くっとガーランドは苦笑し、壁を見上げた。
時計を見れば、もう寝ておかねばならない時間をとうに越えている。残りの準備は起きたときにしよう。ガーランドは考え、使用した調理器具を洗浄してキッチンを出た。
***
軽い睡眠にありつけたガーランドは、早朝よりキッチンで深夜にやり残した作業の続きを行っていた。
すっかり冷めた鍋の中から、南瓜の煮物を取りだす。温かくても美味いが、冷めたほうが味がしっかり馴染んでいる。ふたり分の器に少量取り分けた。その際に、少しだけ別容器に移し、簡単に潰しておく。粒が残る粗いペーストにしておけば、マフィンやタルト、パイなどにも使える。
ガーランドは菓子作りが趣味というわけではない。単に、ウォーリアが手作りの菓子を喜んでくれる。そのために、ガーランドは暇があれば菓子作りに勤しんでいた。どうやら、ウォーリアの出自国では、手作りの菓子を食べる習慣があったらしい。なにも語らない青年は、以前ポツリと洩らしてきた。
『季節のフルーツのタルトなどを、よく手作りしてもらっていた』
〝誰に〟が抜けていたが、手作りの菓子を作るなら肉親か、裕福な家庭なら仕えている料理人であろう。ガーランドはここで妙な嫉妬心を募らせていた。誰に作ってもらったのか。そして、ウォーリアはその菓子を食べてきたのか。ウォーリアの口に合う菓子なら、自身でも作ってやれる──。ガーランドはその話を聞いて以来、時間のあるときは、ウォーリアに簡単な菓子を作ってあげていた。
そのために、ウォーリアは変な誤解をしてしまっていた。オーブンは菓子を作るためにあるものだ……と。実際はそのような使用目的ではなく、ガーランドは肉や魚の調理にもオーブンは使っていた。しかし、ウォーリアがそのように思い込んでいるのなら、菓子用にするしかない。さすがのガーランドも思いがけない展開に、苦笑するしかなかった。
「……ガーランド?」
「早いな、ウォーリア」
「朝食の支度……」
まだ日が昇りだしたというところであるのに、ウォーリアは起きだしてきた。いつもこのような早い時間に起きてくれていることを知り、ガーランドの顔も緩んでしまう。
ガーランドはウォーリアの氷雪色の艶のない髪をくしゃりと撫でる。わしゃわしゃと乱すようにかき撫でてやると、気持ちがいいのかウォーリアは僅かながらに表情を緩めてきた。
これには、ガーランドもドキリと鼓動を乱した。あまり変化することのない青年の感情の変化を見ることができ、胸が徐々に高鳴っていく。しかし、ガーランドはウォーリアに悟られることのないように、髪においた手を離した。
「今朝は儂が作った。お前の口に合えば良いがな」
「お前の作るものは、なんでも美味しい」
瞼を伏せ、少し口許を緩ませたウォーリアの綺麗な顔に、ぐっと息を呑む。美しいアイスブルーの虹彩は、照明に照らされているわけでもないのに、キラキラと潤んでいるようにも感じられた。
「席につけ。用意をしよう」
「わかった」
すっとガーランドからウォーリアは離れ、テーブルの席に着席した。そのときに離れていくウォーリアの姿を、ガーランドは見逃さなかった。
ウォーリアの耳はほんのり桜色に染まっている。もとが白磁のようなきめの細かい美しい艶肌なのだから、変化が生じればすぐにでもわかる。
「私の顔に、なにかついているだろうか?」
「……なにもついておらぬ」
ウォーリアからの指摘を受け、ガーランドは慌てて顔を逸らした。うっかり見惚れていましたなど、言えるはずもない。誤魔化しもかねて、こほんと咳払いした。
「これは、昨日の……?」
「お前に食わせてやりたくてな。この国の煮物だが、お前の口に合えばよいが」
「……」
ふるふるとウォーリアは何度も首を左右に振っていた。この家に住まわせてもらうようになり、ウォーリアはまず初めに、台所の使用許可をガーランドに求めた。許可を得てからは、ガーランドに喜んでもらいたい一心で、この国の料理を自己流ながらに学んできた。
まだまだ失敗することも多いが、ガーランドの食べ慣れているこの国の料理を、ウォーリアはなるべく作るようにしてきた。しかし、先日の出来事は完全に予定外だった。
たまたま見ていたスマートフォンのネットショップで、ウォーリアはこれまでに食べ慣れたパンを見つけてしまった。しかも、翌日配送が可能だという。
ウォーリアからすれば、この国の食べものはすべて食べ慣れないものばかり。たまには慣れたものを食べたいと思うのは、食への欲求として当然だといえる。
そうなると、懐かしさと久々というものが相まって、指が勝手に会計に動いていた。気付けば昨日の昼すぎに大量のパンが届けられ、野菜も何種類か同時に届いた。
ここまでのことをしてしまったなら、怒られる覚悟を決めて、ウォーリアはかつて何度か作ったことのある料理の数々を作りだした。一度は作ったことのある料理だから、失敗することはあり得ない。
だが、怒られる覚悟で作った料理は、ガーランドの購入してきた食材と見事に被っていた。この季節ならではのものなのだから、それは仕方ないことだとウォーリアも考えた。しかし、ウォーリアが受け取ったのは馴染みのない東洋南瓜で、どう扱っていいのかわからない。あとから検索して調理することに決め、ウォーリアはガーランドをリビングに通した。料理を見てもらいたかったこと、怒られる覚悟を決めていたこと。しかし──。
『美味いな……』
ガーランドに怒られるどころか、料理を褒めてもらえた。ウォーリアは表情こそあまり変えることはなかったが、心中では嬉しさでいっぱいになっていた。そのまま胸に歓喜を留めたままで眠りに就き、東洋南瓜の調理法を検索することを失念してしまっていた。
「甘くて美味しい……」
出された南瓜の煮物をパクリと口に含み、もぐもぐと咀嚼してから、ウォーリアは口許に手をあてて小さく囁いた。おかずなのに、まるでスイーツのようにも感じられる。水っぽく大味な種類かと思えば、意外にもホクホクしており、これなら、いくらでも胃に収まりそうだった。
「南瓜本来の味に、少量の砂糖で煮てある。お前が好むなら、これでパイでも冷菓でも作れるが?」
タルトが無難ではあるが……。タルトは生地さえ作れば、いくらでも応用が利く。ガーランドもよく作る菓子のひとつにあたる。
生地からこだわるガーランドは、時々タルトを手作りしていた。生地を練り、大きめのバットに広げる。その上に果物を数種類使って、数列ずつ規則正しく乗せてからオーブンで焼き上げる。これだけで、手間をかけずに数種類の果物のタルトができあがる。
日替わりでウォーリアに出してあげることもあり、これをパイでやろうと思えば難しい。そういう経緯もあり、ガーランドはよくタルトを作っていた。
しかし、タルトばかりでは、いい加減ウォーリアも飽きているのではないかと、ガーランドは考え始めていた。そのために、パイや冷菓など、別のものをウォーリアが望むなら作ってやりたかった。
「お前の作るものなら、私はなんでも嬉しい……」
「そうか」
それ以上の言葉は不要であった。ふたりは重苦しくない、妙に居心地のよい空気を感じながら、ゆっくりと朝食を食べ始めた。ウォーリアが朝食の準備を始めるような早い時間なのだから、互いに慌てることもない。
ガーランドもウォーリアも他愛ない会話を楽しみながら、ゆったりとした朝の時間を過ごした。