第一章 夏祭り - 2/2

◆◆

「いいのか、ガーランド。今から連絡すれば、ギリギリ間に合うんじゃないのか?」
「今さらだろう。それに、貴様の妹と今頃祭りを楽しんでいるのではないか?」
「マリアなら、今日は友達の家に行くと連絡があったが?」
「そうではない。義妹の方だ」
 フリオニールの名を出され、レオンハルトは口籠った。同僚のガーランドの彼女であるウォーリアと可愛い義妹のフリオニールは、異様とも言えるほど仲が良い。最近は実妹のマリアまで加わり、女子会を頻発に開く始末だった。
 悪いことではないのだが、急に疎外感がレオンハルトを襲い、気が付けばいつもウォーリアと衝突していた。要するにシスコンだとレオンハルトも自覚している。
 急に可愛い妹達を横から掻っ攫われて、寂しい思いをしているだけだ。何度もレオンハルト自身に言い聞かせても納得が出来ずに、ウォーリアに八つ当たりしては、理由をつけてフリオニールから遠ざけている。
「……ガーランド、だったら急ぐぞ」
「……」
……火に油を注いだか。
 途端に早足になったレオンハルトのあとを追いかけるように、ガーランドも急ぎ足になった。ウォーリアと約束をしていた時間は遥かに過ぎてはいるが、まだ花火は打ち上がってはいない。もしかすればレオンハルトの言うとおり、間に合うかもしれない。
……最後に顔を見たのはいつだった?
そんなことすら覚えていないとは。ガーランドは嘆息した。あれほど恋い焦がれて、ようやく手中に入れたというのに。手に入れた途端、これとはな。いつ愛想を尽かされてもおかしくない実状に、ガーランドはぶるりと背を震わせた。
 そういう意味では、フリオニールの存在がガーランドにはありがたかった。少なくとも虫除けにはなる。最も別の意味で虫を寄せ付けていることに、ガーランドもだがレオンハルトも気付いていなかった。
「着いたぞ」
 この露店のひしめく祭りの場にはそぐわないスーツの男性二人が、人並みを掻き分けるように急ぎ足で駆け抜ける。
 片や端整な顔つきの美形、片や端整だが壮齢な厳つい長身の大男──。周囲の目を気にすることなく、二人は人だかりを抜けていった。

「ここだ」
「あれっ? ここって……?」
「君とマリアに……。日頃の感謝を込めて」
「いいのに、そんな……」
 ウォーリアはずらりと並ぶ露店のひとつの、怪しいアクセサリー屋の前に立ち止まった。フリオニールが訝しむ横で、ウォーリアは陳列された指輪を指して店の怪しい店主と話をしだした。
「えっ、と……?」
……なんで、急に?
お揃いかと思えばそうではなく、マリアを含めてと言う。別にマリアが邪魔とかそういうわけではないんだけど、一体なんで? フリオニールはウォーリアと店主を交互に見ながら考えた。
「フリオニール、マリアのリングサイズは分かるか?」
「オレと同じだと思うけど……」
「なら話は早い」
 ウォーリアはひとつの指輪を店主から受け取り、フリオニールの右薬指に嵌めた。きらり、輝くオレンジ色だかピンク色だか区別のつきにくい色石に、フリオニールは釘付けになった。
「これ……? なんで……」
「パパラチアカラーだが?」
「……そうじゃなくて」
 指に指輪を嵌めたまま、フリオニールは項垂れた。ダメだ、この人に何を言っても通じない……!
 パパラチアサファイアはオレンジとピンクの色の比率が半分ずつの色合いを持ち、スリランカの言葉で〝蓮の花〟を意味している。産出量は少なく、高価なものとされているはずなのにどうして……?
 どう見ても露店で扱うにはレベルの違いすぎるそれに、フリオニールは疑いの目をウォーリアに向けた。当のウォーリアはけろりとした顔で、次の指輪を店主と選んでいる。
「マリアにはこれだな」
 次にウォーリアが選んだ指輪に、フリオニールは少し安堵したが、すぐに愕然とした。マリアの髪や瞳の色になぞらえたような深い青紫色の水晶……では、ない……?
「ウォル、これは?」
「タンザナイトだ」
 タンザナイトはタンザニアのみで産出される貴石で、しかも世界でたったひとつの鉱山だけでしか産出されない、ゾイサイトのみにタンザナイトという名が与えられる。独特の青紫色に輝くため、その鉱山の産出次第で希少性が左右される。
 ウォーリアは青紫色の石が付いたフリオニールとお揃いのデザインの指輪を、フリオニールのすでに嵌めている右の薬指に嵌めた。指で指輪が二重に光る。
「うん、ちょうどいい」
これをマリアに贈ろう。指輪をフリオニールの指から抜き、店主に渡すと、綺麗にラッピングしてウォーリアに戻してくれた。
「わたしの分は君に選んで欲しい。お揃いのデザインなら……とても嬉しいが」
 ほんのり頬を染めてそのように言われては、フリオニールも店主も黙っていない。二人は互いにアイコンタクトをとり、ひとつの指輪を選んだ。
「お嬢ちゃん、それはパライバカラーだよ」
「えっ? パライ……バ?」
さすがにお目が高い。パパラチアサファイアは有名だから知っていた。だけど、そこまで詳しくない宝石について店主に褒められても、フリオニールには何のことだか解らない。ぶっちゃけ色で選んだようなものだった。
「パライバトルマリンはブラジルのパライバ州から良質の結晶が産出され、産出地の名前が与えられた」
「ウォーリア?」
 銅成分を大量に含んだ〝パライバトルマリン〟の産地は、ブラジルのパライバ州とその近郊に限定されており、トルマリンの中でも青緑のネオンのような独特の輝きとその希少性から人気の高い宝石となっている……。
 スラスラと淀みなく説明するウォーリアを、フリオニールはポカーンと目を丸くしながら見ていた。しかし、その説明でひとつ、気にかかることがあった。
……その希少性から人気が高い?
要するに超お高い宝石なんじゃないのか……? フリオニールの顔色がみるみる青褪めていく。フリオニールの顔色の変化に、ウォーリアはくすりと笑った。あまり苛めては可哀想かと、フリオニールに声をかける。
「フリオニール、よく見るんだ」
「……え?」
 普段ほとんど笑わないウォーリアが微苦笑をしている。何か裏がある、と踏んだフリオニールは、店主の掲げている看板や値札をじっくり見直してみた。
「あっ……⁉」
「そういうことだ」 
 くすくす笑うウォーリアに言われ、フリオニールの頬が赤く染まった。半分羞恥と半分怒りが混ざっている。どこにぶつけていいのか分からない煮えきらない感情が、フリオニールの心の中で暴れまわった。
 選んだ指輪達が置かれていた側に、値札は置かれていた。ただし、パパラチアとパライバには【これは模造品です】と小さく、だがしっかりと書かれている。その分、価格も三つ購入しても諭吉までは届かない。
 おそらく石は本物であろう一番高いタンザナイトですら、一葉でギリギリお釣りがくる安心価格に、フリオニールはやりきれなくなった。
「お嬢ちゃん、よく考えな。こんな露店でファンシーカラーサファイアだの、トルマリンの本物なんて置けるわけないだろ」
ここはあくまでも露店用のイミテーションしか扱わねーよ。店主に笑いながら言われ、フリオニールは納得した。
「確かに。でもタンザナイトは? これには表示が……」
「これは端の方の石で、宝石としてはあまり価値のないものだろう」
「だからこの値段なのか? それでも十分綺麗だけどな」
「お嬢ちゃん、いいこと言ってくれるねぇ。なんなら、もっと店の宣伝してくれや」
「……は?」
 機嫌良く言ってくる店主の声を受け、フリオニールは周囲を見まわし、そして驚愕した。露店の周りに人だかりが出来ている。
 皆、この美男美女カップルが何を選ぶのかが気になっていたようで、なかにはスマホで撮影している者もいた。
「ちょっ、……と⁉」
さすがに撮られるのはマズイ。フリオニールは焦り、咄嗟に袖で顔を隠そうとした。こんなのがSNSや動画サイトに流されたら恥でしかない。
「フリオニール、今の君はとても愛らしい。恥じる必要はどこにもない」
「…………」
……どの口がそんなことを言うのか。
 けろりとした顔で見つめるウォーリアの、空気の読まなささがここでも発揮されている。赤い顔で見上げるフリオニールの腰に手をまわし、ウォーリアは周囲の目からフリオニールを隠すように包み込んだ。ウォーリアの腕の中に収まったフリオニールは、正直気が気でなかった。
……胸があたってる。
 同じ女子なのだから、全然気にすることはなかったのだが、フリオニールの顔がさらに赤くなったことで何故か周囲はどよめいた。

「……何をしておる?」
「ガーランドか。いつ戻ってきた?」
「お前ら! いつまで抱き合ってるんだ!?」
「……えっ?」
 聞き覚えのある声にフリオニールが顔を上げた。人並みを掻き分けてやって来た大男と端整な男が、ウォーリアとフリオニールを隠すように前に立った。
 大男が店主に代金を支払うと、途端にウォーリアが「わたしが支払う!」と憤慨しだした。ウォーリアの腕の中で、何が何だかついていけず目を大きく見開いたままで固まるフリオニールの腕を掴み、端整な男──レオンハルト──は自身の方へ引き寄せた。
「お前が付いていながら何だ、この騒ぎは⁉」
「わたしに聞かれても困る。わたしとフリオニールは指輪を選んでいただけだが?」
「それで何故、このような騒ぎになってるんだ?」
「だから、わたしに聞かれても困る!」
 ウォーリアも負けじとフリオニールの腕を掴み、自身の方に引き寄せた。間に挟まれたフリオニールは腕を引かれる度に、レオンハルトとウォーリアの元へ引き寄せられた。
「ちょっと……、二人共やめてくれ!」
「ちっ、」
「悪い、フリオニール……」
「うわっ、同時に離すなぁ!」
「いい加減にしろ……」
 二人から腕を引かれ、バランスを崩しかけたフリオニールが待ったをかけると、阿吽のようにレオンハルトもウォーリアもフリオニールの腕をパッと離した。
 完全にバランスを崩したフリオニールは大男──ガーランド──に腕を引かれ、無事ことなきを得た。
「ここは目立つ。会計も済んだし場所を変えるぞ」
 レオンハルトとウォーリアが腕引き合戦をしている間に、結局ガーランドが全額負担したらしい。ウォーリアとフリオニールの右薬指には石違いでお揃いの指輪が光り、ウォーリアが手元に持つ包みにはマリアの指輪が入っている。
「ガーランドの言うとおりだ。店主、ありがとう」
「い~や、こちらこそありがとなっ!」
「話は終わったな。ウォーリア、場所を変えるぞ」
「フリオニール、お前も来い!」
「「……」」
 律儀に頭を下げて礼を言うウォーリアにつられ、店主も頭を下げた。この場にこれ以上留まるのはよろしくないと踏んだガーランドとレオンハルトは、それぞれウォーリアとフリオニールの腕をとり、その場を離れた。

「では、レオンハルト。これをマリアに渡してはくれないか?」
「何だ、これは?」
「指輪だ。ガーランドからの贈り物になってしまったが……」
「……誤解を招く言い方をするでないわ」
 人気のない場所を選び、四人は互いに顔を合わせた。ウォーリアは店主から受け取った包みをレオンハルトに手渡す。
 先ほどウォーリアが購入した──支払ったのはガーランドだが──指輪だと理解したレオンハルトは、途端に苦虫を噛み潰したような渋面を作りだした。しかし、これを渡さなければきっとフリオニールがマリアに触れ、怒られるに違いない。
 こう見えて実妹と義妹をしっかり溺愛しているお兄ちゃんことレオンハルトは、大きく長い溜息をつきながら、それを受け取った。
「……確かに受け取った」
さあ、帰るぞ。フリオニールの肩に手をおき、無理にウォーリアから引き離そうとする意図が見え隠れする。ウォーリアは柳眉を寄せ、レオンハルトに断固抗議をした。フリオニールの腕を掴み、先と同じ攻防を始めた。
「今日はわたしがフリオニールと一緒にいる」
「何を言っている⁉ お前はガーランドと元々約束をしていたのだろう?」
「今日、帰って来るなんて聞いていない」
「関係ない。ほら、行くぞ。フリオニール」
「ちょっと待って、レオンハルト。オレはともかくウォルは本当に今日を大事にしてたんだ。もう少し解ってやって欲しい」
 さすがにフリオニールもこれはいけない、と仲裁に入った。ガーランドと都合がつかなくなってからの、ウォーリアの落胆ぶりは、とにかく可哀想としか言えなかった。
 傍で見てきたフリオニールとしては、申し訳ないがレオンハルトの意見には素直に従えなかった。
「ガーランドがダメだったから、お前を選んだだけだろうが。ふざけるな!」
「そうかもしれない。でもレオンハルトには女心なんて理解出来ないよ」
「解りたくもない。代わりにさせられて、お前だって怒っていいはずだ」
「……なっ⁉」
なんてことを……⁉ いくら女心に疎い堅物のレオンハルトでも、言っていいことと悪いことがある。完全にプチンと切れたフリオニールは、レオンハルトを睨むように見上げた。
「違う! わたしがフリオニールと共にいたいと願い、今日を約束した!」
 ウォーリアは腕を引き、フリオニールを胸の中に寄せた。驚き、目が点になるフリオニールをぎゅっと抱きしめ、レオンハルトから隠すように背を向けた。
 元よりウォーリアはガーランドと都合がつくとは考えていなかった。だから事前にフリオニールと約束を取りつけ、今日のこのために二人で浴衣を選び、準備だって進めていた。
 ウォーリアは嫌な顔ひとつせず付き合ってくれた彼女の望むままに、今日は行動しようと決めていた。まさかそれが彼氏役とは考えてもいなかったが……。
 以前、三人でなにかお揃いのアクセサリーでも持てたらいいな、とウォーリアはマリアと二人で話をしたことがあった。露店の指輪ならそこまで重くもなく、ファッションのひとつに取り入れてもらえるだろう。
 そう考えて店主に予算を伝え、購入出来る範囲内の指輪を選んでもらった。本物そっくりのよく出来た模造品に、まるでドッキリのようにフリオニールが引っかかってしまったのは、少し計算外だった。
 だが、ウォーリアは慌てるフリオニールを見ていて楽しくもあり、また、こうして一緒にいてくれていることに感謝もしていた。
 そのため、今ここにガーランドが戻ってこようとも、今回は関係なかった。先に約束したフリオニールと共に花火を楽しもうと、それだけをウォーリアは考えていた。 
「だから! 今日はわたしが! フリオニールと一緒にいる!」
一緒に露店をまわり! 時間がくれば花火を共に見る……! ウォーリアのぶち撒けられた本音に、フリオニールもレオンハルトも押し黙った。
 感情表現が下手で、普段は無表情を崩すことのないウォーリアが、駄々をこねる子供のように叫んでいる。フリオニールもレオンハルトも何をどう言えばいいのか分からなくなり、場は重苦しく沈黙した。

「……帰るぞ、ウォーリア。フリオニールをレオンハルトに返してやれ」
「ガーランド……?」
「うわっ……⁉」
 今まで黙って様子を見ていたガーランドは、ウォーリアの肩に手をおくと強引にフリオニールの腕を取り、無理に引き離した。離されたフリオニールは反動でよろけた。
「ガーランド‼ 可愛い義妹を手荒に扱うな!」
「手っ取り早かろう。ここで別れるぞ」
 よろけたフリオニールをレオンハルトが受けとめ、今度はレオンハルトが腕の中に隠した。フリオニールの困惑顔を見てしまったウォーリアは顔を上げ、ガーランドに抗議した。
「ガーランド! 何を勝手に……!」
「黙れ。チョコバナナならあとで買ってやる」
「……っ⁉」
「「チョコバナナ?」」
 フリオニールとレオンハルトは上手くハモった。チョコバナナが大好物であることは、秘密にしていたはずなのに……。二人の前でガーランドに大暴露され、ウォーリアは下を向き、黙り込んだ。
「それでオレがりんご飴を食べようと言ったときに……?」
 フリオニールは意外に感じていた。コーヒーにミルクは入れても無糖で飲み、あまり甘味のものを好まないように感じられたウォーリアがチョコバナナ? 先ほどのイチゴ飴やりんご飴も甘そうに食べていたのに……。フリオニールはレオンハルトの腕の中から、ウォーリアを見ようと振り返った。
「……甘いものはそれなりに好きだ。甘過ぎるのはダメだが」
 羞恥からか頬を少し染め、瞳を伏せてぼそりと言う。今まで見たことのないウォーリアの表情に、フリオニールもレオンハルトも愕然とした。
「〜〜っ、」
……可愛い。
あんな表情も出来るんだ……。頬を染めてウォーリアを見つめるフリオニールに気付き、レオンハルトはこれ以上見ないようにフリオニールの身体の向きを変えた。
「レオンハルトっ、なんで……⁉」
「あっちはガーランドに任せておけ! 見ろ」
「……そうだな」
 レオンハルトの言うままに、ちらっとウォーリアを見たフリオニールは苦笑した。ウォーリアはガーランドに腕を引かれ、この場からすでに遠く離れだしていた。
「ガーランド! 待て! フリオニールにまだ……何も伝えてない!」
「あとで伝えておいてやる」 
 力では男のガーランドに当然敵うはずのないウォーリアは、ズルズルとガーランドに連れて行かれた。

◆◆

「あの二人はあれでいい……」
 二人と別れ、フリオニールはレオンハルトと露店の並ぶ通りをゆっくり歩いていた。フリオニールは買ってもらった綿飴を頬張り、レオンハルトの言う意味を考えた。
「レオンハルト? あ……、だからオレとウォルを離そうとしたのか?」
「当然だ。見てられんからな」
そもそもお前らはくっつきすぎなんだ……。嘆息しながら愚痴るように零すレオンハルトに、フリオニールも綻ぶような笑顔を見せた。
 いくら度の過ぎたシスコンのレオンハルトでも、現状は読める。この心配性な義兄が、何故あんなに必死になって自分とウォルを引き離そうとしたのか、ようやく理由が解った。
「そうだよな……。一緒にいられるときくらい、一緒にいればいいんだ」
せっかくガーランドが大急ぎで戻ってきてくれたのに、先に約束したからと。これまで彼氏最優先で行動してきたウォルが、無理にフリオニールと過ごす必要はない。
 ムキになって本音をぶち撒けたり、照れた表情を見せたりと、ウォーリアは今日のこの短時間でいろんな姿を見せてくれた。
 それはきっと、傍にガーランドがいたから……。自身では引き出すことの出来なかった、ウォーリアの乏しい感情変化を簡単に引き出したガーランドに、フリオニールは素直に羨ましく思った。
「帰るぞ。マリアには明日お前から渡せ」
 指輪の包みを渡され、フリオニールは驚愕した。そもそも花火を見るためにここへ来たのに、見ずに帰ってはもったいない。フリオニールは隣を歩くレオンハルトに抗議の目を向けた。
「えっ⁉ 花火は?」
「そんなもん、お前のマンションの屋上から見ろ」
意外な穴場スポットだぞ。レオンハルトに言われ、フリオニールは沈黙した。そういえば部屋に来たウォルが、エレベーターでどうとか言っていた。あれは屋上まで動いていたから、下階に住む我々に影響が出てしまっていたのか。
 フリオニールはウォーリアの危惧に、気付いてやれなかったことに少し悔やんだ。しかし、今日はおそらく帰って来ない相手のことを考えても、今さら仕方ないかと考えた。
「レオンハルト、一緒に見ようか?」
「そのつもりだ。たまには悪くない」
 二人はクスクス笑いながらマンション目指して歩きだした。