**
何度かの浄化のあと、ウォーリアオブライト──ウォーリア──は女性の身体になっていた。
以前は男性だったのか女性だったのか、それすら記憶にない。男性だろうと女性だろうと、特に肉体に拘りはない。そのため別に気にすることはなかった。だが、何となく気にはなる。わたしは目の前で微笑むコスモスに聞いてみた。
『わたしは以前から女性だっただろうか?』
『いいえ』
わたしの言葉をコスモスは否定した。今までは男性だったが、今回は女性なのだという。何故そのようなことになったのか、理由を聞いてもコスモスにも分からないと言う。
わたしが女性であることは、幸か不幸かコスモスしか知らないらしい。とりあえず、今までがそうであったのなら、わたしは男性として振舞うことに決めた。
わたしは元々から仲間達の前で、装備を外すことは基本的にない。そのため、外見上の問題は何とかなると思っている。
コスモスや魔導の少女──のちにティナと知る──に比べ、大柄で高身長なのは、性別を隠すうえで非常に助かる要素だった。あまり大きくはないが一応ある胸や、女性特有の男性に比べ柔らかい体型も、ガチガチの重装備で隠すことが出来る。まさに重装備様々で、わたしはこの重鎧に感謝した。
ただ、声はやはり女性のものでしかない。コスモスに何とかならないか尋ねてみたところ、兜に変声の魔法をかけてくれた。一番下の長い牙の部分がマイクになっており、構造はよく分からないが、兜を被っている限り男性の声になるらしい。
とはいえ、鎧や兜で完全に隠し通せるとは限らない。誰かが違和感を感じ、そこから気付かれるかもしれない。特に年長三人は周りを良く見ているので注意が必要になる。
そうなってくると、必然的にわたしと仲間達との間に距離ができ、あまり話すこともなくなってくる。そのつもりはないのだが〝ウォーリアは寡黙で近寄り難い〟という印象を、年少組あたりには持たれてしまっているかもしれない。
わたしは別にそれでも構わないと思っている。女性というだけで、いろいろと気遣われるのがわずらわしいから。
水浴びや寝るときはどうしているかって? 水浴びは単独行動をとった先でこっそり行っていた。だけど、バッツとセシルがクラウドに進言して、最近順番制を導入してくれた。そのおかけで安心して水浴びに行くことが出来るようになった。眠るときも深く寝入ることはない。わたしは大概樹や壁に凭れ、仮眠が取れれば取る程度のものしか行わない。
そもそもこのような状況だ。寝台でぐっすり眠るなどありえない話で、重装備のまま座って眼を瞑るだけのことの方が多い。体力はあるので、わたしはそれだけで充分だった。
秩序軍が拠点としている野営地にて。わたしが加わり全員が揃ってから幾度か経過した夜のこと。メンバー全員が火を囲み、思い思いに楽しんでいる。わたしはそれを遠巻きに見ながら、剣の手入れをしていた。
オニオンとティナは楽しそうに談笑し、セシルはそんな二人をニコニコしながら見ている。スコールはガンブレードの手入れを、バッツはガンブレードの構造や使い方をスコールに聞いている。クラウドは興味なさそうにひとり樹に凭れ、目を閉じている。ティーダとジタンがフリオニールに対し、何か揶揄うようにしているのが見えた。
ティーダがフリオニールにおぶさるように背中から抱きつき、頬をつつきながら何かを言っている。それをジタンが笑い、また何かを言い合っている。
あまり良く聞こえてはこないが、喧嘩ではなさそうだった。そのため、わたしは三人をそのままにしておこうと思った。
「──」
だが、ふとティーダの洩らしたひとつの単語が気になった。わたしは剣を置き、一番近くにいたスコールとバッツの話を遮って二人を同時に見た。
「ドウテイとは何だ?」
オニオンの耳をティナが、ティナの耳をセシルが光速で塞いでいるのが見え、残りの皆はまるで石化魔法をかけられたかのように、全て固まってしまっていた。
「わたしは何かおかしなことを言っただろうか?」
男性陣がしている会話だから、わたしが男性として聞いても大丈夫かと思った。だが、これは触れてはいけない内容だったのだろうか?
「あ~。おかしくはないんだけどさ」
いち早く石化から解けたバッツは、すごく言いにくそうに、後頭部をポリポリと掻きながら教えてくれた。愛しあう男女が行う行為を、まだ経験していない男性を指すのだ……と。
愛しあう男女が行う行為。これについては以前、何故か突然股から出血したことがある。わたしは慌ててコスモスのいる聖域へ行き、どういったものなのか教えてもらった。そのときに一緒に教えてもらっていた。今でも周期的に出血するため──月のものというらしい──コスモスにその都度対処してもらっている。
コスモスによると、女性はともかく男性は愛がなくても、どうやら行為というものは出来るらしい。だから、男性には充分注意するようにと言われた。
『今のわたしはどう見ても、男性だから大丈夫だ』
わたしが答えても、コスモスは少し心配そうな顔をしていた。それでも、微笑みだけはわたしに返してくれていた。
話が逸れた。とりあえずそのあたりを踏まえると、どうやらフリオニールは愛する女性とは、まだ交わっていないということか。それが何故、揶揄いの原因になるのかわたしには分からない。だが、未経験ということなら、それはわたしも同じだ。フリオニールを安心させるためと、揶揄いを止めるための意味を含め、わたしは皆に言い放った。
「ならば、わたしもドウテイだな」
ピシィッ。皆また固まった。だから何故、皆固まるのだろうか。これは触れてはいけないことなのだろうか?
「ねぇ、僕達はいつまでこのままなのかな?」
ティナの耳を塞いだままのセシルは暗黒オーラを滲み出している。とても黒い笑みを含ませ、にこやかに聞いてきた。その優美すぎる黒い微笑みに、別の意味で皆がまた固まってしまった。
「いい加減にしろ、お前達。この話はもう終わりだ」
クラウドが止めに入ってきたので、一端この話は終了となった。皆はあからさまにホッとした顔をしていた。
ティーダがフリオニールに対し、揶揄いの意味で使っていたときは皆は笑っていた。それが、わたしが使うと何故、皆は固まるのか。どうも理不尽極まりない。
そういや、彼はどうなのだろうか? 逢えたときに聞いてみようと思う。
**
意外にも聞けるチャンスは早く巡ってきた。カオス神殿の謁見の間にて、ようやくわたしはガーランドと邂逅することが出来た。
わたしはまず一発目に聞いてみた。とにかく早く知りたかったし、聞きたかった。臨戦態勢のガーランドに待ったをかけ、わたしは疑問をまず問いてみた。
「ガーランド。お前に聞きたいことがある」
「何だ、光の戦士よ。戦の腰を折るでないわ」
「すまない。だが、どうしてもお前に聞いてもらいたくて……」
「……」
わたしが剣を構えることもなく、思い詰めた顔──自分では分からないが、おそらく──で真面目に聞いてきたものだから、ガーランドもよほどの重要事だと思ってくれたようだった。玉座に腰を下ろし、聞く態勢をとってくれた。
「で、何を聞きたい?」
「ふむ。ガーランド、お前はドウテイか?」
場の空気が急激に凍りついたのが分かった。兜越しにでも、こめかみに青スジがビキビキと立っているのが分かった。ガーランドはワナワナと震えだし、玉座から立ち上がって憤怒の様相を見せだした。
「誰が貴様にそのようなことを吹き込んだ!」
やはり聞いてはいけないことだったのだろうか? だが、そこまで怒るのならば、ガーランドはドウテイだと思い、わたしは嬉しくなった。
まだ心を通わせた女性がいないということにも繋がる。最も、ガーランドが好きでもない女性とも交われる……というのなら話は変わってくるが。
「安心するがいいガーランド。わたしもドウテイだ」
ガーランドが答えないのは、もしかしたら答えにくいのかと思った。だから、わたしの方から先に打ち明けてみた。
「どうでも良いわ。そんなこと!」
しかし一蹴された。ガーランドはまるで相手にしてくれず、玉座に座りなおしてしまった。それにしても、何故それほどまでに怒るのだろうか? わたしは首を捻り、ガーランドをじっと見た。
「当たり前だろうが。儂は貴様と戦を愉しむつもりでおったのに腰を折られた挙げ句、くだらぬことを聞かれたのではな」
「……」
……失礼だな。わたしにはくだらなくなんて、全くないのだが。
これ以上問答したところで、ガーランドは答えてはくれそうにない。仕方ないので今日はもう引き上げることにしよう。昨夜はこのことが気になり、一睡も出来なかった。正直な話、仮眠とはいかなくても、眼を閉じて少し休みたい。
「待て。光の戦士よ、何処へ行く?」
突然踵を返したわたしに、ガーランドは急に慌てだした。わたしは肩越しに振り返った。背後で射貫くような鋭い眼光と闇の覇気を感じ、私は全身をガーランドに向けなおした。しかし……。
ガーランドの兜から覗く黄金色の双眸が、どこか揺らいでいる。いつも野生の獣のような鋭い眼差しを向けてくるこの男にしては、どうも珍しい。
先の覇気は気のせいだとわたしは思い、何でもないようにもう一度ガーランドに背を向けた。
「帰る。今日はそれを聞きたくて来た」
クラウドにもそう言われている。そのまま出口に向かって歩き出すわたしに、ガーランドはポカーンと固まっていたのが視界の端に映った。
「ふざけるな貴様‼」
何故か分からない。ガーランドは急に怒鳴りだし、激しい一撃を繰り出してきた。背を向けていたわたしは完全に不覚をとってしまった。
「えっ⁉」
「しまった!」
わたしが避けると思っていたのだろう。避けなかったわたしに、ガーランドは小さく洩らしていた。
その一撃をわたしは見事に食らってしまった。大きく吹き飛ばされ、そのまま壁に激突する。衝撃のあまり、わたしは動けずにその場で蹲っていた。
その直後、神殿の天井が崩落を始めた。瓦礫が大量に落ちてきて、わたしの身体に直撃した。
「無事か? ウォーリア!」
慌てたガーランドは、瓦礫からわたしを助け出してくれた。ガーランドはわたしを抱き起こし、何度も無事かと尋ねてくれた。
「わたしは無事、だ……?」
……何だ、この違和感は?
ガーランドも、無言。今のは女性の声だったな。誰かいるのか? 神殿内に女性? まさかガーランドが連れ込んだとか? 内心でグルグルと思考の渦に入り込んだわたしに訝しんだのか、ガーランドはわたしをじっと見下ろしている。
「何だ? その声は?」
……声? 何を言っている?
わたしの声はいつも通り男性のもののはず。今の女性の声では……え? わたしはとっさに自分の頭を抑えた。兜がない! 今の衝撃でどこかに吹き飛んだのか?
マズい。それに今までの声は全てわたしのモノか。かなり久しぶりに自分の本来の声を聞いた。おかげで誰の声か真剣に分からなかった。いやいやいや、そんなことよりどうやってガーランドをごまかすか……。
また内心で混乱しながら考え出したわたしに、ガーランドは業を煮やしたらしい。相変わらずせっかちな男だと思う。少しはわたしのペースに合わせてはくれないもの、か……え? せっか、ち? 誰が? ガーランドが?
「さっさと答えぬか、ウォーリア!」
ガーランドの怒りを含んだ声が、兜を失った耳に直接響いてくる。まあ当たり前だろう。とにかく確認を取りたいのに、無言で放置されたらわたしでも怒る。
「……喉をやられた」
かなり苦しい言い訳だが、そう答えてみた。とにかく兜を探さないと……あった。周囲を見渡して、壁際に転がっているのを見つけた。早く被って上手く誤魔化さないと。そればかりを考え、わたしは少し焦っていたのだろうか、ガーランドの動きに完全に隙をつかれた。
「……ガーランド? そろそろ離して欲しい」
「少し、確認させろ」
わたしを抱き起こしていたガーランドは、その巨躯でもってわたしを組み敷いてきた。突然のことに、何が起きたか理解が追いつかず、私はきょとんとガーランドを見つめていた。
「なにを……え?」
壁に打ち付けられた痛みに加え、わたしはガーランドに組み敷かれているため、上手く身動きできない。
「離せ!」
わたしが叫ぶように言っても、ガーランドは離してもらえない。それどころか、ガーランドはわたしの両腕を纏めて、左手一本で抑えこんできた。そしてわたしが完全に動けないようにするためか、その身体全体の体重をかけてきた。
「重い! わたしを潰す気か?」
……何だ? この状況は?
互いの顔に吐息がかかるほどのこの距離で、ガーランドは一体何がしたい? わたしはそう思っていた。すると、ガーランドはわたしの耳許に厳つい兜面を近付け、ひと言洩らした。
「女か……」
その言葉がわたしの耳に入ってくると、ピシィッ、わたしの身体は硬直した。
……バレた⁉
「なっ? 違う!」
自分の顔から血の気が引くのが分かった。わたしが叫ぶように答えてもガーランドは手をどけてはくれない。
「手を離せ。重い! 身体をどけろ!」
声? 言葉遣い? もはや、もうどうでもいい。今はガーランドの腕と、この重い身体の拘束から少しでも早く逃れたくて、わたしは必死に身体を動かしもがいた。
「動くな。怪我をするぞ」
「……は? 何を言っている?」
ガーランドはもしや、わたしを圧死させる気か? 少なくともそれは嫌だ。最期はせめて戦士らしく、剣で引導を渡されたい。わたしはそんなことを考え、逃げるために身を捩っていた。すると、ガーランドはあろうことかわたしの腰布を捲り、下穿きに自由な右手を入れてあらぬところを触りだした。
「やめろ!」
身を捩り逃げようにも、ガーランドの超重量級の身体が上にあるためわたしは動くことが出来ない。ガーランドの不埒な手が奥へ侵入し、わたしはいよいよ本気で焦りだした。
「いい加減に……痛ぅ!」
ガーランドの指が周期的に出血する箇所に入り込んできた。中で指が動いているのが分かる。冗談抜きで痛い……。
「いた……ぁ、や、め……」
両眼からチカチカと星が出る。眼を閉じることも出来ないで、引きつったような声しか出せない。痛みから涙が出る。呼吸も上手く出来ずに、痛みに耐えていたらようやく指を抜いてくれた。
「息を止めるな。もう終いだ。……手荒なことをしたな」
悪かった。そう言って、ガーランドはわたしの身体から離れた。そしてゆっくりとわたしの身体を起こして、下半身を元通りに整えてくれた。
「やはり女か。不覚にも気付かなかったわ」
いつからだ? そう問われたので、今回からだと伝えた。前回までは男性だったと、今回が女性なのはコスモスにも分からないそうだ、と。声のことも兜を被ると男声になるのだと、コスモスとわたししか知らないはずの事情を、全てガーランドに話した。
隠したところで、わたしが女であることがもうバレてしまった。そこから芋づる式に色々とバレていくくらいなら、最初から打ち明けている方が、わたしもすっきりする。それにガーランドにはもう隠したくない。わたしは下を向き、小さく息をついた。
ガーランドはそんなわたしの様子を見て、何かを思ったのだろう。濃紫色の外套を外し、わたしの肩に掛けてくれた。
「そうか。今日はもう帰れ。儂の方も気が削がれた」
「……」
わたしは元々帰るつもりだったのだが。わたしが女性だと分かって戦う気が失せた、ということなのだろうか?
ガーランドはわたしの頬に手を添え、親指の腹で眼の下付近を優しく撫でてくれた。そんなにわたしの顔は汚れていたのか?
「そうではない。それに女だからといって、儂は加減したりせぬ。それに我が勢にも女はおるしな」
……そうか。暗闇の雲とアルティミシアか。
あの魅惑的な肉体を持つ美女達がガーランドの側にいるのなら、わたしなんてとても女性には見えない。そう考えだすと、急に胸が苦しくなってきた。もう早く戻って休もう。これ以上この場にいても苦しいだけでしかない。でも、わたしはガーランドにこれだけは聞いておきたかった。
「またわたしと戦ってくれるか?」
「当たり前だ。身体が癒えたらまた来るがよい」
良かった。女だから戦えないとか言われるのではないかと思い、わたしは少し気落ちしてしまった。だが、またガーランドが戦うと言ってくれるなら、またここに来てもいいのなら、早く休んでまた来よう。
あ。わたしは思い出した。そういえばもうひとつ大事なことがあった。
「ガーランド、わたしが女性であることは、誰にも言わないでもらえるか?」
「構わぬ」
あっさり言われたひと言に少し、いや……かなり拍子抜けした。てっきりわたしのこの秘密をネタに、あれやこれやといかがわしいことや、何か変なことをやらかしてくるのではないかと思っていた。だが、どうやらそのようなことはないらしい。
「するか! 儂を変態暴君や粘着英雄あたりと一緒にするでないわ!」
怒られた。そういや今日は怒られてばかりだ。こうも何度も怒られては、さすがのわたしでも泣きそうになる。
「貴様がそうさせておるのだろう……」
こめかみに青スジを立てながら──兜面なので実際は分からないが、おそらく──ガーランドが唸るように言いだした。怒るのは勝手だが、わたしに苛立ちをぶつけないでいただきたい。むしろわたしが怒らなければいけないのに。先ほどのことといい、本気で泣いて困らせてやろうか?
……もしかして、ガーランドは……。
イライラピリピリし唸るガーランドのその様子から、わたしはガーランドがカルシウム不足なのではないかと考えた。そんな大きな身体でカルシウム不足だと、骨折した時に大変なことになりはしないか? よし、フリオニールに頼んで小魚の揚げたモノを作ってもらい、ここへ差し入れてやろう。ストレスにはカルシウムだ!
「待て、ウォーリア。これを飲んでいけ」
帰り際にガーランドがポーションを渡してきた。別に必要もない。わたしは手を出し、ガーランドを制した。
「必要ない」
「飲め!」
「だから要らない」
何故かガーランドは威圧的に言ってくる。何故だ? わたしは身体を打ち付けただけで、骨に影響もなく外傷もどこにもない。痛い箇所といえば、ガーランドに触れられたあの箇所くらいだが……それくらい我慢出来る。ポーションを飲んだところで大した意味はない。
「いい加減にしろ!」
要らない要らないとわたしが突っぱねていると、ガーランドは怒鳴ってきた。ビクッ、わたしは身体を大きく震わせた。
「口移しで飲まされたいのか!」
そこまで言われては仕方ない、わたしは嫌だが飲むことにした。……正直に言おう。わたしはポーションが大嫌いだ。何故ならポーションはとてつもなく苦い。苦すぎる。なぜここまで苦くする! と叫びたくなるくらい苦い。だから皆はポーションを飲むより、傷口にぶっかけて使用する。
効果は確かに飲むに比べて劣る。それでも、よほどのことがない限りわたしも含めて仲間達一同、皆あまり飲んで使用することはない。
あまりの苦さに、わたしは顔をしかめながら少しずつ飲んでいった。苦いため、時間を要する。苦戦する私の頭上に、ガーランの怒りを含んでいないいつもの声が降ってきた。
「もう一度確認に聞く。貴様が女であることを知っておるのは女神以外では儂だけか? 秩序の小童どもも知らぬことだな?」
あの三人もだな? 何故そのようなことを聞いてくるのか分からない。それでも、その通りではある。わたしは大きく頷いた。
「そうだ、わたしとコスモスしか知らない」
あとは、お前……。わたしは正直に告げた。ただ、それは今の、現在であって今後はどうなるか分からない。今回のような何らかの事故で声からバレてしまうこともあるだろう。着替え中に誰かがテントに入ってきて、わたしの裸を見るかもしれない。
一度コスモスに、この身体を男性のものに変えることが出来ないか聞いてみよう。皆がわたしを男性だと思っているなら、きっとその方が都合もいい。
「飲み終わったならさっさと戻って休むがよい……」
わたしが飲み終わったのを見て、ガーランドは兜をわたしの頭に被せてきた。ガーランドは少し労るように語りかけてくる。む、優しいな。そう思っていたら、兜越しにわたしの頭を撫でてきた。
「何だ? 優しすぎて逆に気持ち悪いぞ」
わたしの心の声が言葉に出てしまったようだった。しまった、わたしは口を手で覆ったが遅かった。またしても、ガーランドのビキビキと青スジを立てる音が聞こえてきた……ような気がする。これ以上怒鳴られる前に、今度こそ本当に帰ろう。わたしは憤怒するガーランドをおいて、さっさと神殿をあとにした。
出発したのは昼過ぎだが、もう周りは闇に包まれていた。わたしは灯りの何もない暗い獣道を、月と星の煌めく光だけで歩いていく。不思議と怖くはなかった。早く戻って、皆に今のことを知らせておきたかった。
ガーランドに女だとバレたことは秘密にしておいて──。
**
野営地へ戻るとさらに夜の更けた深夜帯で、見張りを残し皆は就寝していた。深夜番のバッツとフリオニールが火の番をしながら談笑をしている。戻ってきたわたしの姿を見るなり、二人共顔を蒼白させていった。
「大丈夫か⁉」
バッツとフリオニールは腰を下ろしていた丸太から立ち上がり、急ぎ足でわたしの元へと駆け寄ってきた。
「……? わたしは怪我など何ひとつしていない」
わたしは二人の顔色をそれぞれ窺った。蒼白していたバッツもフリオニールも、わたしの言葉で安心した様子を見せた。
……これは酷い。
わたしは改めて自分の身体を見なおした。青の鎧も盾も、ものすごく汚れていた。吹き飛ばされたときに瓦礫が降ってきてたから、おそらくそのときに付着した汚れだろう。
わたしは納得した。ここまで身体が汚れていれば、確かに心配されても無理はない。そういや鎧の中の生身もかなり埃っぽい。休む前にまず身体を拭かないと。
……しまった、わたしとしたことが。
借りたまま返すのを忘れ、そのまま持って帰ってきてしまった。目敏いバッツは絶対に気付く。わたしは咄嗟に外套を外し、隠そうとした。だけど、やはりバッツに見つかってしまった。
「それで? お前のそのマントはおっさんのか?」
「瓦礫が降ったあとに貸してくれた」
やっぱり聞かれた。だがこう答えておけば大丈夫だろう。少なくとも嘘は言っていないと思う。でも嬉しい。戦い以外でカオス神殿へ行く理由がこれで出来た……。外套の返却は、神殿に行く正当な理由になる。クラウドもきっと反対はしない。
そのようなことをわたしはつらつらと考えていた。そういえば、フリオニールに頼みたいことがあったと思い出した。顔を上げると、まだ心配そうにわたしを見てくるフリオニールの琥珀の瞳をじっと見つめる。
「小魚の揚げたヤツ? 今はないな。作るにしても魚捕まえるところからだな。次に水場行くのいつだ?」
「この前行ったから、しばらくは行かないと思うぜ。てか、ウォーリア。何で小魚なんだ? 何に使うんだ? 調合の材料で使えそうなのあれば、オレがやるぜ?」
そうか! バッツは調合が出来るのか。ならばと思い、わたしはストレスを軽減出来るような、何かがないかと尋ねてみた。わたしはストレスにはカルシウムと思っていた。だが、別で何かがあるのなら、そちらでもよいかと思いなおした。
「ストレス軽減ねぇ……。ウォーリア。どっちかってーと、あのおっさんなら血圧降下だと思うんだけどな」
「え……? ガーランドにか? ガーランドだったら揚げ物より、もっとあっさりしたモノの方がなんとなくいいような……」
酢の物とか…でも酢はこの世界にないしな。柑橘類で何とかかんとか……。腕を組み、フリオニールは何かブツブツ言い始めた。わたしは意味も分からず聞いていたが、そこでふと二人の言葉に違和感を感じた。
……わたしはガーランドにと言っただろうか?
「ん~? ウォーリアが自分で食べるんじゃなく、誰かにあげるんなら名前を出すだろ。コスモスに、とかさ。名前出さないときって、大抵あのおっさんにだよな!」
わたしは眼を丸くさせて、バッツを見た。バッツは周りをよく見ているだけあって、本当に鋭い。
普段はふざけてばかりで、どちらかといえばトラブルメーカー体質なのに、真剣な場では別人級に人が変わる。どこかでジョブチェンジをしているのではないかと疑うほどには。
茶化しながらもバッツは真剣に考え、答えてくれる。そのため、相談するには実は一番向いていると思う。事実、仲間達はバッツによく相談している。わたしもそのひとりなのだが。
だから先ほどガーランドは三人を指して何か言っていたのか。……? 三人にバレてないか、とかだったか? ダメだ、覚えてない。次に会ったら、改めてもう一度聞きなおそう。
「ま、立ち話もなんだから、座って落ち着いて話そうぜ」
「ウォル。スープならまだ残ってるけど飲むか?」
バッツが場所を空けてくれ、フリオニールは夕食のスープを出してくれた。そういや、昼からはガーランドにもらったポーションしか、わたしは口にしていない。食欲はないが、少しでも胃には入れておこう。
「すまない。いただこう」
フリオニールからスープの入った器を受け取り、火を囲むように三人で座った。星の綺麗な夜空の下で、三人だけで話し合う。聞こえるのはわたしが熱いスープを飲めなくて、フーフーさせる音。バッツとフリオニールの笑い声。二人はわたしがいない間のことを教えてくれた。
「で。何がどうなって、あのおっさんにそんなもん渡す気になってるんだ?」
二人の話が終わり、とうとうわたしの番になった。バッツは目をキラキラさせ、私に聞いてくる。隣ではフリオニールも興味深そうにしている。
「そんなに楽しい話でもなければ、面白い話でもないのだが……」
わたしは前置きし、神殿で起こった顛末を二人に語っていった。もちろん……兜のことや下半身を弄られたことは内緒にして。
わたしの話をひと通り聞いて、バッツは大爆笑を始めた。うしろに転がり、そのまま腹を抱えて笑っている。
フリオニールは膝に腕を乗せ、何ともいえない微妙な顔をしていた。だが、やがて膝の上に頭と腕を乗せて、顔を完全に隠してしまった。
「腹痛て~。あのおっさんにドウテイかって……ブフォ‥…ぷぷ。てかウォーリア、そのネタまだ引っ張ってんのな」
「わたしは至って真面目なのだが。何故、皆はわたしが聞くと固まってしまう? ガーランドも初めは固まっていた」
「あなただからだよ。ウォル」
顔を上げたフリオニールは顔を真っ赤にして、モゴモゴと答え始めた。よく聞いていると、ウォルがシモいネタを……とか言っているのが分かる。〝シモいネタ〟とは何だ? また分からない単語が増えた。
「フリオの言う通りだぜ、ウォーリア。オレやティーダとかがふざけながらだったら、ただのネタとして笑って済ませられる。でも真剣な顔して、お前に大真面目に聞かれたら、オレらはどう答えていいのか一瞬考えてしまう。皆固まるのはそこだな」
経験あるなしは関係ねーよ。アハハと朗らかに笑い、説明をしてくれるバッツに、わたしはまた考え込む。分からないことを真面目に聞き、毎回そんな対応されるなら、今後は聞かない方がよいのだろうか……?
「ウォル。それは違う。分からないなら聞いたらいいんだ。ただ今回のDTネタは、女子や子供にはマズイネタだから……あなたにはアウトなだけだ。普通のことなら普通に聞いてくれたらいいんだよ」
…DTネタ? 何だ?
フリオニールは顔を赤くしながら教えてくれる。けれど、わたしは分からない言葉に、こてんと首を傾げた。
「そうそう。そっち系かどうか分からないなら、まずオレやセシル、クラウドに聞けばいい。仮にも年長組だしなー。いろんなことに答えられると思うぜ。ちなみにDTってドウテイのことな。だから、フリオは成人ネタアウトだぜ」
「何だよ、もう……。オレだってウォルに頼ってもらえたら嬉しいのに」
「ありがとう。バッツ、フリオニール」
笑いながら言い合いを始めた二人に礼を言う。バッツとフリオニールの気持ちがありがたかった。これからも遠慮せずに相談しようと思う。
「ウォーリア、もう寝ろ。疲れてんだろ?」
バッツにそう言われ、自分がヘトヘトに疲れていたことに気付いた。身体も拭きたいし、二人には悪いが早々に引き上げることに決めた。
「スープありがとう。ごちそうさま」
スープの器をフリオニールに渡し、仲間達がわたし個人用に設置してくれたテント──ひとり用──に入った。まずはひと息つく。
少し落ち着いたころに、身体を拭くための濡れた布をフリオニールが持ってきてくれた。すごくいい頃合いだと思う。おそらく指示を出したのはバッツだろう。わたしはフリオニールに礼を言って受け取った。
テントに誰も入って来ないことを確認してから、わたしは手早く装備を外した。身体を拭き、新しいアンダーに着替え、薄汚れた鎧も綺麗に磨いていく。最後に兜……。全てを磨いて綺麗にしたら、また鎧を装備していく。全てを身に纏えば、いつものガチガチな重装備のわたしに戻る。
……これ、使ってもいいだろうか。
わたしはガーランドの外套に包まり、腰を下ろした。仄かに香るガーランドの匂い。すごく優しいいい匂い。わたしはこの匂いを知っている。何故? ガーランドと邂逅したのは、今日が初めてなのに。どうしてわたしはこの落ち着く匂いを知っている? わたしは外套を顔に押し付け、何度も匂いを確認するように嗅いでいった。
……どうしてだろう?
普段は眠くなどならないはずなのに、とても眠くなってきた。そうだ。コスモスに聞きたいこと、頼みたいことがあったのに、わたしとしたことが……ダメだ、もう眠い。ひと休みしたら行ってみるか。コスモスが答えてくれるかは分からないが……。