ましゅまろゼリー

                 2023.3/13

「ましゅまろ?」
 ウォーリアオブライト──ウォーリアは訝しげな表情でこの話を聞いていた。正確に言えば、女子たちの話を聞かされていた。
 興味があるかと問われれば、決して首を縦に動かせるものではない。それでも、仲間たちの話には耳に入れておく必要がある。そのために、楽しそうに話し合う女子メンバーの話に適当な相槌を打っていた。だが、少々不穏とも捉えられる単語を聞き、ウォーリアは首を傾げている。
 マシュマロなら確かにこれまでにも聞いたことはある。しかし、どうしてそれを女子メンバーが求めるのか。ウォーリアの疑問はそこにあった。
「チョコレートのお返しに、相手に贈るものなのよ。キャンディでもいいわね」
 物知りなヤシュトラに教えてもらい、ウォーリアはふむ、と顎に手をかけた。ガーランドに逢うことを禁止されて以来、互いの状況は逢えずともわかるものの、どこかもの寂しさをウォーリアは感じるようになっていた。
 そんな矢先に、先日ガーランドからチョコレートという菓子の贈りものを受け取り、ウォーリアはジンとくるものを胸に残していた。できればお返しをしたいと考えていたところに、女子メンバーのこの話とくれば、ウォーリアとしても会話を聞いておきたい。
 しかし、聞けば聞くほど内容は不穏で、菓子の返礼がマシュマロでいいのか……と、ウォーリアは考えるようになっていた。なお、きゃんでぃというものはウォーリアが理解できないものであったので、完全に頭から抜けている。ウォーリアは少し考え、こくりと頷いた。
「私は少し場を離れる」
「いってらっしゃい」
 ヤシュトラはウォーリアの秘密の事情を知る者のひとりであった。剣と盾を両の手に顕現させたウォーリアに、他のメンバーは頭に疑問符を飛ばしている。
「あまり遅くならないようにはする。……あとを頼む」
 きょとんとする女子メンバーを気にもせず、ウォーリアはそのままこの場をあとにした。ヤシュトラだけが手を振ってくれている状況で、ウォーリアは飛空艇を降りていく。

 地上に降り立ったウォーリアは、目指す場所に向かってそのまま突き進んだ。目的地はさほど遠くもない。ウォーリアの目的はとある洞窟の奥に潜む──レッドマシュマロという魔物だった。
 洞窟を進むとすぐに現れたレッドマシュマロの群れに、ウォーリアはポーチからあかいきばを取り出した。物理の効かないプリン系には、魔法、もしくはきば類を使用するのが最も効率がいい。魔道士系の仲間を連れてきていない以上、ウォーリアがひとりで対処する必要があった。
 あかいきばひとつで、レッドマシュマロの群れは一瞬にして業火に包まれていく。魔物が燃える異臭が洞窟内に立ち込める。
 数分も経てばレッドマシュマロはすべて燃え尽き、場にはキラリと光る赤い固形の残骸だけが残っている。骨のない軟体生物のため、完全に焼けて水分が蒸発しても、身の一部だけは固形物として残るようだった。
 ウォーリアはその残骸をひとつひとつ丁寧に拾っては、持ってきていた瓶に詰めていく。瓶いっぱいに残骸を詰め込むと、満足したように蓋をしっかりと閉めた。
「これでいいな。しかし──」
 完全に焼けているため、腐敗の心配もなさそうであるが、どうしてこれが贈りものへの返礼になるのか。ウォーリアは首を傾げて瓶を眺めていた。そして気づいた。瓶の中で少しずつ様態が変わっていることに。
 レッドマシュマロの残骸は、瓶に詰めたときは固形物であったのに、今はどろりとしたものへと変化している。けれど粘度があるためか、瓶の中でキラキラと赤く輝いているのは、見ていて悪いものではなかった。
 食用としてではなく、観賞用としてなら適応するのか。美に無頓着な青年は、残された時間のことを思い出し、急いで洞窟を出た。
 日の当たらない洞窟から陽光の射し込む場所へ出たウォーリアは、あまりの眩さに眼を細める。日の高さを確認し、仲間たちの待つ飛空艇へと歩みを進めていった。

「……これでいいかしら」
「ああ。助かる」
 文字の書けないウォーリアは、ヤシュトラに頼んで一筆したためてもらっていた。瓶の中身が理解できなければ、ただの鑑賞物として扱われてしまう。もしくは不用品扱いされ、廃棄されてしまうかもしれない。廃棄されるのは構わないが、どういった目的で贈ったものなのか、それは知っておいてもらいたかった。
 そのことをヤシュトラに告げると、羊皮紙にサラサラと文字を書き込んでくれている。文字数が少ないのは、簡潔にまとめてくれているからだろうか。ウォーリアは受け取った羊皮紙を瓶に添え、部屋を出た。
「マシュマロを魔物と思うとはね。それに、レッドマシュマロって……潤滑のほうのゼリーの原料になることを知らないで持って帰ってきたのかしら? それも、あんなにたくさんの量を──」
 ウォーリアが出ていった後でヤシュトラが零したこの言葉は、残念ながら本人の耳に入ることはなかった──。

 ***

「…………」
 ガーランドは反応に困っていた。光の戦士と距離を置くようになり、飛空艇内に設けられた部屋も一番遠くに割り当てられている。その扉の前に、それなりの大きさの瓶が手紙とともに置かれている。問題は、その手紙の内容──。

【彼、ホワイトデーの意味を取り違えているようだから、教えてあげたら?】

 ずしりと重い瓶を手に取り、ガーランドは中身を確認する。瓶いっぱいに詰め込まれたレッドマシュマロの残骸……もとい、潤滑ゼリーの素になるものを大量に受け取ったガーランドは、頭が痛くなる思いだった。
 このような手紙が添えられるということは、書き手は瓶の中身まで理解していることになる。ガーランドはこの手紙を代筆した者がわかるだけに、今後の対応にも悩んでしまうのだった。
「これからは、あれにこれを使えと? 逢えぬ状況の今に、あれがこれをよこしてくるのか……?」
 ふたりで逢えば共鳴し、なにが起きているのかが周囲に知られてしまう。それゆえに、ガーランドと光の戦士は逢うことも許されていない。互いの状況はわかるために、逢えずとも問題は特にないのだが。
 だが、この意図したような贈りものは、逢いたいとほのめかされているような気分にさせられる。そうなると、ガーランドの劣情は急に鎌首をもたげさせてきた。逢えない現状が、余計に半身を求めるように疼いてしまう。
「愚か者め……。次に逢えたときはこれをすべて……、否、少しずつ用いて愉しませてもらうからな」
 逢えない想い人のことを考え、ガーランドは部屋に入る。受け取った瓶を大切そうに胸に抱え、そのうえで自身を慰めるために──。

 Fin