共鳴が起こる前に

                2023.01/02

 月明かりと星の瞬きだけが眺められる深夜の柔らかな草の上で、ガーランドはひとり佇んでいた。先日のエクスデスとのあいだに生じたことが、ガーランドの心に引っかかりを残している。これからやらねばならないことが増え、同時に考えなければならないことも増えた。
 精神的負担ではないが、やはり杞憂として残してしまう。ガーランドにとって、それはアストスに言われたことが一番大きい。
「ガーランド」
「む、」
どうした? と聞き返す前に、ガーランドの傍に光の戦士と呼ばれる青年がやってきた。どうやら哨戒から抜け出してきたらしい。青年の息は少し弾んでいる。
 ヴォン
 青年がガーランドに近づいただけで、互いの躰は眩く光りだした。
「……すまない」
 そう言って、青年はガーランドから距離をおこうとした。しかし、それはガーランドが手で持って制した。願う者が誰もこの場にいなければ、さしたる影響はないのではないか……と、ガーランドは考えている。
『もうひとりの光の戦士には、あまり近づかないほうがいいかもしれません』
 アストスから注意を受け、ガーランドも心穏やかにできずとも言いつけは守ろうとしていた。それなのに、その青年のほうから近づいてくるとは。ガーランドは青年に向き合うことなく、制した手を戻して腕を組みなおした。そして、そのまままっすぐ前方を見続けた。
 青年はそんなガーランドの態度を気にもせず、くっと見上げて口を開く。青年の表情が心なし曇っていることに、ガーランドは気取られることなく視線だけを動かして確認をした。
「私とおまえが近づかないほうがいいと言われたからには、私はその言葉に従おうと思っている」
「……」
 それを言いに、仲間のもとを抜け出して此処に来たのだと。青年の言葉の裏を読み取り、それでもガーランドは無言を貫いていた。青年がそれだけのために、この場へわざわざ来るようには思えない。ガーランドが黙っていると、青年はなおも続けてきた。
「そうなると、私はおまえが心配だ」
「……ほう?」
 さすがに、それは心外だとばかりに、ガーランドは青年を見下ろした。青年はまっすぐな瞳でガーランドを見返してくる。射貫くような強いアイスブルーのまなざしは、ガーランドが好ましく思っているものだった。闘争心をかき立て、高揚感が増してくる。
 ガーランドの中で渇望が増幅していきそうになった。だが、今は押し止め、青年の話の続きを聞くことにした。
「おまえが見境をなくして、私の仲間たちを攻撃するのではと……。おまえを信頼していないわけではないが、離れてしまうと不安にはなる。私がおまえを満足させられるだけ、これからも相手をしてあげられればいいのだが。今後はそ──」
 青年はここで言葉を止めた。ガーランドは逃がすまいとするように、しっかりと青年の腕を掴んでいる。それに驚いた様子だった。
 これ以上は近づいてはいけないというのに、このように密な状況になっては……と、青年が言いだす前に、ガーランドは口端を歪めた。
「ならば。共鳴を起こす前に、事に運べばよいではないか」
「それは? どうい……ぅわっ、」
 青年の躰が大きく宙を舞う。腕一本で青年の躰を払い上げたガーランドは、繋げた腕を支点に身を反転させた。それにより青年の躰は背中から地に落ちた。
 カラン……
 青年の兜が遅れて草の上に落ちて転がった。それには目もくれず、ガーランドは青年の様子を窺う。柔らかい草の上に倒したのだから、青年に怪我はない。それでも宙高く投げられたことと、地に落とされた衝撃で瞳を大きく見開かせて唇を震わせている。
 青年は言葉が出ない様子であった。ガーランドは青年を見下ろし、告げていく。それは先の青年への答えでもあった。
「共鳴が起きるまでの僅かな時間……本当に僅かではあるが、そのあいだにできることもあるだろう」
「……っ⁉ 私はそのようなこと、望んではいない」
 衝撃から現実に戻された青年は、背を草につけたままでガーランドに反論をしてきた。ガーランドは兜の中で眉をぴくりと動かす。
「ほう? 儂を拒む、と?」
「そうではない。私は……おまえの願いを叶えたい」
「……」
 どうも青年と噛み合っていない気がする。ガーランドは先に青年の思いを聞くことにした。ただ、青年に逃げられることのないよう、倒した躰にのしかかるように身を拘束する。
 青年は逃げる様子もないようで、ガーランドに覆いかぶせられても、平然としていた。気高く、曇りのないアイスブルーの瞳は、ガーランドを捉えて離さない。
「私たちは神々から役割を与えられた。だが、その前に我々も個々の戦士だ。もし、おまえに叶えたいという願いがあるのなら、意志の力ではなく……その、私のほうで──」
「……ふん」
 随分不器用ではあるが、青年の想いはガーランドにも痛いほど伝わってくる。闘争を誰彼構わず行おうとせず、青年のみにしてほしい……。そして青年の願いが叶うと同時に、ガーランドの願いは言葉足らずなこの青年自身が叶えたい、と。
 青年を組み敷いたまま、ガーランドは兜の中で目を細めていた。青年の瞳は本当にまっすぐで、その光に偽りのものはない。青年が言葉を紡ぐ前に、ガーランドは口当てを素早く外した。
「そうだな。共鳴が起こる前に、お前が儂を満たしてくれるなら──」
「……おまえは、私では満たされないと?」
 曇らせていた表情から一転してムスッとした顔になって反論してくる青年に、ガーランドはくくっと嗤った。青年の憂い顔を変えることができ、ガーランドとしても心配事がひとつ減った気がする。せっかくだからと、口答えしてくる唇を口づけでもって塞いだ。
「それは、お前次第……であろう?」
「〜〜〜〜っ、」
 口づけから解放してやると、青年は真っ朱になって言葉にならない声を発してきた。普段なら絶対に見ることのない青年のその態度に、ガーランドはもう一度愛らしく震える唇を塞ぐ。次は共鳴が起こるまで、唇を塞ぎ続けるつもりだった。
 共鳴が起きるまでの僅かな時間のあいだだけでも、青年と少しでもこうしていられるように……。それが、今のガーランドの願いであった。

 Fin