☆ ☆ 翌日早朝 ☆ ☆
「帰って来ねーな」
「……まあ。早くても、お昼以降じゃないかな? ウォーリアの程度によるだろうけどね」
酒を大量に呑んだわりにはセシルもノクティスもケロッとしており、早朝から二人で朝食の準備をはじめていた。パチパチと燃える火の上に鍋をかけ、ストックしていた乾物や野菜を切って入れていく。
不思議なことに、この世界に召喚されてからというもの、腹が減るといった現象は全く起きていない。そのため、食物の摂取は本来なら不必要ではあった。だが、ウォーリア・セシル・ノクティスで旅をはじめてから、すぐにセシルから提案が出た。
『食べられるときは一応食べておこう。なにが起きるか、まだわからない世界だからね』
それが三人での約束事のようになった。それからは朝と夜は機会があるなら、なるべく食事をするようにしている。日中は移動のため、休むことなく進むので摂取することもなかった。
ガーランドが加わっても、そこは変わらなかった。ガーランドはあの体躯に反してあまり食べようとはしない。ウォーリアはともかく、セシルとノクティスを警戒してのことかもしれないと……二人は考えていた。
「とりあえずさ、僕たちだけで先に食べておこう。あのふたりが帰ってきたら、交替で僕たちが哨戒すればいいし」
セシルはできあがったスープの味を見て、少し調味料を足していく。このあたりもガーランドと昨日見つけてきたものだった。岩塩や胡椒や香辛料の入った小瓶などは、旅を続けるうえであれば便利なものだった。スープを器に盛り、干し肉を軽く火で炙ったものが簡潔な朝食として完成した。
「そうだな」
セシルからスープの入った器と炙った干し肉をもらい、 丸太に腰かけてからノクティスは食べだした。スープの味は少し薄めに作られている。日中の喉の渇きを考えると、薄味くらいのほうがちょうどいい。それに、干し肉のほうに塩分が含まれているので、釣り合いがとれている。腹は減っていないはずなのに、ノクティスは食べる手を止めることはなかった。
「僕もいただこうかな」
ノクティスと同様にセシルも食べはじめた。他愛のない話を二人でしながら、ガーランドとウォーリアの遅い帰りをのんびりと待つことにした──。
☆ 同時刻 ☆
室内に朝日が射し込んでくる眩しさで、ガーランドは目を覚ました。朝日のことを完全に失念しており、少し微睡んでからゆっくりと身を起こした。
「ふむ……」
……まだ寝ておるのか。それほど消耗させたのか?
いや、元々かも知れぬな……。ガーランドの隣では、ウォーリアが気持ちよさそうに寝息をすぅすぅと立てている。ウォーリアがずっと緊張していたのはガーランドも知っていたが、まさかここまで肉体を疲弊させていたとは考えていなかった。それに加えて昨夜の行為とくれば……ウォーリアに起きられるはずもない。
これはウォーリアだから耐えられることで、一般の者なら行為疲れを抜きにした睡眠不足だけで命の危険も考えられるほどだった。
これまでどう過ごしてきたのかを考えながら、ガーランドは隣で眠り続けるウォーリアの裸体を眺めていった。朝の眩い陽光が寝所全体に行き渡り、ウォーリアの氷雪色の髪がキラキラと幻想的に光り輝いている。
ウォーリア本人は無頓着すぎて気づいてはいないが、その類稀な美しい外見に加え、まっすぐで何事にも揺らぐことのない強い心を持っている。前だけを見つめて突き進む、頑固ともいえるこの青年にガーランドはひと目惚れをした。あれはまだ……記憶の定着がまだできていないために、生命の鼓動は著しく弱いものであった。
放っておいてもどうにもならないが、放置するのも気が引けた。そのために拾っておこうと考えた矢先に、薄紫色の長い髪の小娘が連れ去っていった。
元々放置するつもりであったが、他者に連れていかれたとなると話は別となる。ガーランドは途端にかの青年のことが気になりだした。弱っていた躰はどうなったのか。気になって、秩序勢の聖域まで脚を運んだこともある。
それからは、青年をどうにかしてでも手に入れるために、ガーランドは画策するようになっていた。幸か不幸か……青年は秩序の女神により力を得て、ガーランドに挑むまでになっていった。
ガーランドは舌なめずりをした。囚えるために画策していた青年が、自らガーランドのところへやってきたのだから──。
そこからガーランドの歯車は狂いだしていった。闘争の輪廻という宿命に駆られた戦いを、ガーランドと青年は長きに渡って繰り広げてきた。そのなかで、闘争に敗れた青年の身を無理に暴いたこともあった。
そのせいで疎まれている、もしくは憎しみや哀れみを持たれるかもしれなかった。それでも、青年の心を手に入れることができないのならせめて躰だけでも……。肉体を蹂躙し手にかけたところで、青年は神竜の浄化を受けて記憶のすべてを忘却してしまう。ガーランドになにをされたのかも覚えていない青年を、何度も何度も凌辱しては屠ってきた。
それでも潰えることのない青年の内に輝く光に、ガーランドはより惹かれていった。しかし、そのことによってガーランドと青年は宿敵として相容れぬ存在となっていった。何度青年を凌辱し、肉体を損壊させても、青年は消滅することなくガーランドの前に現れた。これは青年自身の光の力とガーランドを救いたいという気持ちの表れだったのかもしれない。
だが、そんな青年の意図を踏みにじるように、ガーランドはこれまで以上に凌辱と惨殺を繰り返した。それでも青年は幾度もなくガーランドの前に立つ。浄化を受けて記憶のすべてをなくしても、意志は損なうことなく──。
それからも続けられた闘争で、青年の率いる秩序の勢は混沌を打ち破り、神々の世界は終焉を迎えた。そしてガーランドは元ある世界へと戻ることになった。そこで、また青年と出会うことになるのだが……。
闇に覆われたその世界は青年によって正常へと戻され、光に満ち溢れた。コーネリアの王城を去る際に青年がガーランドを追いかけて来たあの時は、にわかには信じ難い思いだった。
『私はおまえと……ともに在る。駄目……、だろうか』
そのようなことを想いを寄せる青年から告げられて、ガーランドとしても手放すはずがない。これまでの歪んだ想いを含め、青年を大切にするつもりでいた。
非道な凌辱を繰り返すわけではなく、慈しみ、愛おしむつもりで青年に接してきたはずだった。ただ、青年に近づく者は敵味方関係なく威嚇し、青年から遠ざけるような過剰な対応をしてきた。それはセシルやノクティスに見抜かれているようだが、ガーランドは素知らぬふりをしているのだが──。
「……そうだな。お前の出自を考えれば、わかるはずもないか」
感情が欠落しているのではなく、芽吹いた感情の名を知らないだけであるのならば、都度教えてやればいい。それだけのことをガーランドはしてこなかったし、それに加えて足りていない言葉のせいで、この青年を危うく逃がしてしまうところだった。
これはもう、ガーランドの怠慢といってもいい。二度とこのような失敗はしないと心に決め、ガーランドは青年──ウォーリアの頬にかかる髪を払い、白い頬に唇を押しあてた。それでも起きないウォーリアにガーランドは口角を緩め、寝台から下りて寝所を出ていった。
「……?」
……ここは?
ガバッ! ウォーリアは飛び起きた。それから、気だるい躰にその場で背を丸くした。ガーランドとの行為のあとで、躰はまともに動かない。特に下半身は麻痺しているかのように痺れ、腰から下に鈍痛が残っている。
……そうだ、私はあのあとに意識を──。
部屋を見まわしても肝心のガーランドはいない。どこへ行った? 傍を離れるなと言ったのはガーランド本人なのに。考えていたが、ウォーリアは途中から眼を閉じて瞼を指で押さえた。……眼が痛い。
でも、今はそのことを気にしてはいられない。とにかくガーランドを探そうと、ウォーリアは寝台から下りた。よたよたのおぼつかない脚取りで扉に向かっていく。
ガチャ
「……」
「……っ、」
ウォーリアが扉に手をかけるその直前に扉が開き、ガーランドが入ってきた。ふたりは同時に驚愕し、同時に仲良く固まった。微妙な空気が流れていく。
硬直が解けて先に動いたのはウォーリアのほうであった。ウォーリアはぎゅっとガーランドに抱きついた。ふらふらの躰が限界だったこと、ガーランドを見つけることができて安心したことが、ウォーリアを大胆にさせている。
「っ、」
ウォーリアから思いもよらない抱擁を受け、ガーランドの硬直はなかなか解けない。想いが通じ合えば、ここまでのことをされてしまうのか。このことをもっと早くに知っていれば、コーネリアにふたりで過ごしていたときに、ウォーリアからしてもらえていたはずだった。ガーランドは自分で自身を殴りたい気持ちになってしまった。
実は隣の執務室で漆黒の重鎧を装備しようとしていたガーランドは、寝所で空気の動く気配がしたために扉を開けた。そろそろウォーリアを起こす時間になっていたので、起きているなら青の重鎧を装備するように伝えようと考えていた。
そうして扉を開けると、そこに全裸のウォーリアが立っている。何故アンダーを着ていないのか? ウォーリアにアンダーを着せなかったのはガーランドだが、それでも予備のアンダーを着るくらいのことはできるはず……。ガーランドは暫し呆然としていたが、慌てて執務室に戻って濃紫色の外套を取ってきて、バサッとウォーリアに頭からかけてやった。
「いつまでもその姿でおるな」
「あ、……っ⁉」
ウォーリアはここで初めて、自身が全裸でいることに気づいた。ガーランドのかけてくれた外套で躰を包みなおし、頭だけを出して前をきゅっと握りしめる。気恥ずかしいがウォーリアは顔を上向け、ガーランドを見つめた。
「私を置いて、おまえがどこかへ行ってしまったのかと思った」
「あり得ぬ」
アンダーを着ることもせずに全裸のままでいた理由を間接的に知り、ガーランドは外套に包まれたウォーリアを上から強く抱きしめた。
……慌てて追いかけようとしたのか。
互いに告白をして、想いを改めて通じ合わせても、翌日には不安になって探して……そして、追いかけてくるとは。ガーランドがコーネリアを出ようとして、ウォーリアが慌てて追いかけてきてくれたあの時を思いだす。
交わりの最中に行った告白が伝わっているのか……不安になったガーランドは、胸の中で縮こまっているウォーリアに確認をとった。
「お前は儂のものだ。勝手に儂の傍を離れることは赦さぬ」
「……もちろんだ。ガーランド。私はおまえの傍を離れない」
にこりと微笑みながら答えたウォーリアに、ガーランドもつられるように口角を上げた。だが、いつまでもここでこうやっては居れない。ガーランド自身の装備もあるため、ウォーリアにも促した。
「ウォーリア。鎧を着装しろ。あまり時間はとれぬ」
「……そうだった。あの二人のところに戻らねば」
名残惜しそうに嘆息しながら洩らすウォーリアに、ガーランドはもう一度口角を上げた。ガーランドはウォーリアの手を引き、長椅子に座らせてから寝所へと入っていく。ウォーリアのアンダーと腰布を回収してきたガーランドは、さっと手渡した。
「これからはいくらでも時間は作れよう。……この世界をどうにかしてからになるがな。さっさと飲んで出発の準備をせよ」
「そうだな」
テーブルにはガーランドが前もって淹れてくれていた茶が置いてある。喉が渇いていたこともあってウォーリアは遠慮なくいただいた。程よく温くなっていた茶はウォーリアにとって飲みやすく、普段は行えない一気飲みができた。
「ありがとう、ガーランド。いつもこのくらい温ければ、私は飲みやすいのだが」
「温い茶など飲めぬ。さっさとアンダーを着ろ。鎧は手伝ってやろう」
ウォーリアが茶を飲んでいるあいだに装備を済ませたガーランドは、飲み終えると同時に青の重鎧の持ってきていた。ウォーリアの足元に青の鎧を一式置くと、ガーランドは身を屈んで青の足鎧を手に取った。
「自分でできる……から」
てきぱきと装備を手伝って整えていくガーランドに、ウォーリアは待ったをかけた。両の手のひらをガーランドに向け、ここからは不可侵だと主張する。胸当てや背中などはあまりガーランドに見られたくなかった。装備法を知られてしまえば、簡単に脱がされてしまう。今さらかもしれないが、ウォーリアはガーランドに背を向けて自力で装備をしていった。
「腰から下は手伝ってやろう。見せろ」
「……」
せっかちなガーランドが急かしてくるということは、本当に時間にゆとりがないのだろうと推測はできる。だが、その言い方はどうかと。突っ込みができなくても、ウォーリアは心の中でひっそりと考えていた。
しかし、ガーランドの言葉のとおりでもある。ウォーリアは急いで鎧を装備し、この部屋へ通されたときと同じ状態に戻った。
「……」
「どうした? 私の顔になにかついているか?」
じっと自身の顔を見てくるガーランドに、ウォーリアは柳眉を顰めた。髪が跳ねているのはいつものことで、これは兜が抑えてくれる。となれば、やはり顔になにかついているのか? ウォーリアはガーランドを見つめ返しながら少し不安になった。
「ふむ……」
……少し面倒になるかもしれぬな。
ウォーリアの顔を凝視しながら、ガーランドは思っていた。ウォーリアの両眼は、昨夜泣きはらしたことによって瞼が腫れている。冷たい布をあてて少しは落ち着かせてやりたいが、もう戻る時刻を大幅に過ぎていた。少しでも早く戻り合流しなくてはならない。ガーランドは少し思案し、席を離れて一度部屋を出ていった。
「ガーランド?」
なにも言わずにスッと席を立ったガーランドに、ウォーリアは呆然と扉を見つめた。
……なぜ黙って出ていく?
ガーランドが黙って勝手に出ていくから、毎回ウォーリアは後を追いかけることになるのだが。出ていったなら追いかけねば、とばかりにウォーリアは立ち上がった。まだふらふらする脚取りで、ガーランドを追いかけるため急いで扉に向かう。
ガチャ
「……」
……何故泣きそうな顔をしておる?
「ガーランド……」
……出ていったのではないのか?
先ほどと同様、扉の前でふたりは同時に驚いて固まった。しかし今度はガーランドのほうが早く動きだし、濡らしてきた冷たい布をウォーリアの顔に押しあてた。
「ガーランド、なにを……」
「しばらく瞼にあてておれ。儂が腕を引いてやる」
痛かった眼にひんやりとする冷たい布が気持ちいい。ウォーリアは片手で布を顔にあて、もう片方の手はガーランドが指を絡めるようにして繋いでくれた。言葉は少なく足りないが、それでもガーランドの素っ気ないうえに飾り気のない素の優しさが、今のウォーリアには嬉しかった。
「感謝する、ガーランド。……頼む」
繋ぐ手に力を入れて出発を促そうとするウォーリアに気付いたガーランドは、無言で手を引いてふたりで一泊した執務室をあとにした。
執務室を出てからは、王城へ来たときとは逆に歩いていく。誰もいない回廊は広く、飾られた調度品だけがふたりの歩く姿を捉えていた。
ウォーリアを気遣って、ガーランドは歩く速度を緩めている。ガーランドの無言の優しさにウォーリアは小さく笑んだ。ガーランドには伝えていないが、まだ下半身に鈍痛が残っていて歩くのもつらい状態だった。それを伝えてしまえば、横抱きをされてしまうかもしれない。さすがにこの世界でのそれはウォーリアも避けたい。
ガーランドが瞼だけを気にしているのなら、それに乗じておく。ウォーリアはなるべくガーランドに寄り添うようにして歩いた。ウォーリアの歩幅や歩く速度で察しているのかもしれないが、瞼に布をあてて前方をガーランドに任せきりにしている。ガーランドはウォーリアを先導する目的があるから、そこまで気づかないと踏んでいた。
ふたりはしばらく無言で歩き続け、やがて城門にたどり着いた。
「城を出た。道なき道を行くから、瞼が落ち着いたら布を外せ」
「大丈夫だ。おまえに任せる」
「……」
どうやら布は外さず、このまま進むらしい。ウォーリアの意図を察したガーランドは、兜の中でくくっと苦笑する。このまま行けば、確実に見られることになってしまう。そのことを、ウォーリアは気づいているのかどうか。ちらっとウォーリアを一瞥して、ガーランドはふんと鼻を鳴らした。
……連中はもう知っておるから、今さらだな。
ガーランドは繋いだ手にぎゅっと力を込め、ウォーリアにひと言だけ伝えた。
「絶対に手を離すな」
「わか……えっ?」
わかった……とは言わせてもらえず、スタスタと急に速度をあげたガーランドに、ウォーリアは驚きながらも内心で苦笑した。
……せっかちなのは相変わらずなのだな。
先の鎧の装備といい、熱い茶をゆっくり飲んでいると途中で取りあげられたりと、これまでウォーリアに合わせてもらえたことなど、実はあまりない。時間にゆとりがあれば話は多少変わるが、基本的にガーランドがすべて決定し、ウォーリアに決定権は与えられていない。
完全な亭主関白のようだが、ガーランドはウォーリアには意外にも甘い部分がある。闘争を繰り返していたかの地とは違い、今のガーランドはウォーリアの本気で嫌がることや不利益になることは絶対に行わない。それをウォーリアも理解しているからこそ、ガーランドに全幅の信頼を寄せて決定を委ねている。
ガサガサと小藪をかき分ける音が前方から聞こえてくる。ウォーリアの躰に藪が触れないあたり、ガーランドが広めに藪をかき分けて進んでいるのだろう。もといガーランドは横幅もかなりあるため、背後をついて行くウォーリアに藪が当たらないのは当然なのだが。
言葉は足りなくても、態度で示してくれるガーランドの気遣いを繋がった手のひらから感じる。ウォーリアは温くなってきた布をまだ眼にあて、黙って手を引かれていた。
☆ ☆ 昼過ぎ ☆ ☆
「遅かったな……って、どうした?」
ノクティスの慌てたような声が前方から聞こえてくる。どうやら野営していた場所へ無事戻れたようだと、ウォーリアは安堵の息をついた。すると、ドスンッ‼︎ と金属に鈍器がぶつかるような耳慣れない音がして、ウォーリアの眉はぴくんと動いた。
「ウォーリアっ⁉ その布はどうしたの?……ガーランド、いったいウォーリアになにをしたのっ⁉」
ノクティスの驚愕したような声の次に、セシルがガーランドを責める声が耳に入ってくる。私はどこも怪我をしていない。それより、今の音は……? そう伝えようと、ウォーリアが口を開く前にガーランドが説明をはじめていった。
「瞼がかなり腫れておるから、押さえさせておるだけだ。怪我などではない」
「……それって、ある意味怪我だと思うけど?」
「儂に行ったことは無視か?」
ちくちくとつつくようにガーランドに対して黒い空気を放っているセシルに、ウォーリアは語ろうとしていた唇を閉じた。どうやらセシルはなにかしらの攻撃をガーランドに行ったらしかった。鈍器がぶつかるような音は、大きな木片をガーランドにぶつけたのか。近くを転がる太い丸太のような木片を見て、ウォーリアはガーランドの手をぎゅっと繋いだ。空気の悪くなったこの場をどうするか思案する。
「とりあえずさ、ふたりとも座りなよ。そこ、空いてるからさ」
ウォーリアが黙って考えていると、ノクティスに背中をポンと叩かれて座るように促された。どうやらセシルの雰囲気に気圧されていると、ノクティスに勘づかれたようだった。
ガーランドとともに丸太に腰を下ろしたウォーリアは、ここで初めて瞼にあてていた布を外した。太陽の光が眩しく、位置からして昼過ぎは確実だった。ガーランドが急ごうとしていたことがここでわかり、ウォーリアも納得する。
「すまなかった。時間に遅れたようだ」
ウォーリアは眼を細めながら周囲を見まわした。綺麗に片づけられたテントに小さくまとめられた荷物、それからすでに始末されて鎮火している火の跡がある。今すぐにでも出発ができる状態だった。
それより、手を繋いだまま隣に座るガーランドと、セシルがなにかを言い合っている。周辺を見まわすのに夢中で、ガーランドとセシルの話を聞いていなかったウォーリアは、ノクティスに状況説明をするようにまなざしで訴えた。
ウォーリアの言わんとすることを正確に察したノクティスは、肩を竦めながら呆れたように答えた。
「時間じゃない。……アンタのその顔だよ」
「私の顔?」
やはり、なにかついているのか? ウォーリアが持っていた布を握りしめて考えだすと、ノクティスはひたいに手をあてて天を仰いだ。
「……」
絶対、わかってねぇ。オッサン、なにを伝えたの? セシルが怒るのわかるわ。ノクティスは目の前が真っ暗になりかけた。
「ノクティス?」
しかしウォーリアに声をかけられ、ノクティスはわかりやすく説明をしていった。
「ああ。アンタの眼が凄く腫れてるから、セシルはなにをしてそうなったのか……を、オッサンに問い詰めてんだよ」
……なんで、オレがここまで説明しなきゃならないワケ?
ノクティスは喉元まで出かけたその言葉を、グッと堪えた。セシルの苦労が痛いほどよくわかってしまう。なんでこのグループに入れられたのか、ノクティスは新米の女神を恨みそうになっていた。
ノクティスの言葉を聞いて、ウォーリアは愕然としている。瞼が腫れている? だからガーランドは私を凝視し、冷たい布をあててくれたのか。手を引いて、ここまで連れてきてくれたのか。ウォーリアは呆然と自身の目元を空いた手で触れた。……眼が痛かったのは、そういうことか。瞼を閉じ、ウォーリアは小さく微笑む。
「セシル、ガーランドはなにも悪くない。私はもう大丈夫だ。心配をかけた」
「ウォーリア、本当に大丈夫? ちゃんと伝えてもらった?」
本気で心配してくれているセシルとノクティスに、ウォーリアは「ありがとう」とだけ先に伝えた。真剣な表情で見つめてくるセシルとノクティスに、ウォーリアも真摯に答えようとした。隠すことはこの場合、心配してくれた二人に失礼になる。
「ガーランドが交わりの最中に引き抜くから、私はてっきり嫌われたものだと思ってしまった。だが、実際はそうではなかった。そのあとにガーランドは、私にアイシテオ──」
「貴様は黙れッ‼︎‼︎」
「……ウォーリア。ちょっと……ね、そんな生々しい話は要らないから」
「……セシル。アンタ、ずっと一緒だったんだよな。オレ、いろんな意味でアンタを尊敬するわ」
セシルは痛々しいものを見る目でガーランドを見つめ、ノクティスは羨望のまなざしでセシルを見ていた。ガーランドはげんなりと肩を落とし、空いた手で兜を覆っている。場を一瞬でカオスな空気に変えたウォーリアは、きょとんとした表情で三人を順に見ていった。
「私はおかしなことを言ったか?」
「あなたたちはもうね、そのままでいいと思うよ。僕、お腹いっぱいでもたれそう」
「オレもだ。アンタらで勝手にやってくれ」
セシルとノクティスは互いに顔を見合わせて苦笑した。おそらくこの場所に戻るかなり前から握られているであろうその繋がれた手が、ふたりの足りない言葉以上に物語っている。
ウォーリアのあれは……まぁスルーでいいとして、言葉の端からガーランドに告白されたのは察することができる。なにより、ウォーリアのガーランドを見る目が変わっていた。昨夜は震えながらガーランドに引っつくことしかできていなかったウォーリアが、いつもの揺らぎなさと強い光を持ちなおしている。
「理解ができたのなら、なによりだ。ならば出発するぞ」
ガーランドはすっと立ち上がり、ウォーリアを引っ張って先に進みだした。ウォーリアは抗議の声をあげるが、ガーランドは全く介さない。引きずられるように連れて行かれるウォーリアを見ながら、ノクティスとセシルは今度こそ大声を出して笑った。
「オッサン、照れていたな」
「意外なものを発見したね。だから言わなかったんだね。言えなかった、かな?」
ガーランドが照れ屋であることが、この二人にも発露してしまった。行動をともにする以上、いずれ知られてしまうことかもしれないが、前を進むガーランドはちっと小さく舌打ちしている。
「どっちでもいいんじゃね? ふたりのあいだで解決してるのならさ」
「そうだね」
セシルとノクティスはふたりから少し遅れてこの地を出発した。わだかまりがなくなったことに、これで安心して旅を続けることができる。セシルとノクティスは後顧の憂いを断つことができて、互いに胸を撫で下ろしていた。
しかし──。セシルもノクティスも、ガーランドとウォーリアと行動をともにするあいだ、事あるごとに延々とふたりの世界を見せつけられるようになることを……すっかり失念していた。テント設営のたびに甘い空気を放ちあうガーランドとウォーリアをどうにか回避する方法を見いだすために、今度は二人で頭を悩ませるのであった。
Fin