夜半のこと - 2/2

 ★ ★ 深夜 ★ ★

「……っ。どこへ行く、ガーランド。あまり二人と離れて……は」
「黙って儂について来ぬか」
 静寂な夜のなかで、ふたりの走る金属音だけが周囲に響く。「あまり時間はない」それだけをガーランドは伝え、ウォーリアの白い手を引いてセシルとノクティスのいる場所から離れていく。
 ガーランドがどうしてそのような態度をとるのかが理解できないウォーリアは、手を引かれているあいだも徐々に不安になっていた。私はどこかに捨て置かれるのか……と、ガーランドがなにも伝えてくれないために心配にもなる。
 やがて景色は変わり、ふたりの眼前に大きな城門が見えてきた。ガーランドは元々ここで騎士を務め、ウォーリアはセーラ姫の〝救出〟のために何度も行き来した、ふたりにとっても思い出の深い場所──コーネリア王城であった。
「ここは……コーネリア城? どうして?」
「入るぞ」
え……? と小さく洩らすウォーリアを無視し、ガーランドは腕を引いたまま歩いて行く。城内を知り尽くすガーランドはズカズカと淀みなく歩く。一緒になって歩くウォーリアが小走りになっているが、それでも止まることはない。やがてガーランドはひとつの扉の前で歩を止めた。
「此処だ」
「此処は……?」
 初めて通されることになる部屋の前で、ウォーリアは愕然としていた。ガーランドが職務を勤めるための部屋など、ウォーリアは一度も訪れたことはない。王城でも会うのは騎士団の修練場がほとんどで、また、ウォーリアに割り当てられた部屋にガーランドが訪れることのほうが多かった。
「儂の執務室だ。あのころと……なにも変わっておらぬわ」
 ガーランドが追放されるまで使用していた部屋は、そのままの状態で残されていた。これはガーランドにとってありがたいことであった。使用できる部屋を探すとなると、客室の多いこの城では骨が折れる。下手をすればそれだけで夜が明けてしまう。
 ガーランドの意図が未だにわからず呆然としているウォーリアを室内へ入れ、来客用の大きな長椅子へ座らせた。ウォーリアは初めて入る部屋に座ってからも、大きく眼を見開いて周囲を見まわしている。
「茶でも淹れよう」
 ガーランドは初めて見るウォーリアの様子を兜の中で苦笑し、茶の用意をするために部屋を出ていった。
 ガーランドは先ほど城の様子を見に来たときに、飲食物の確認はしておいた。生鮮食材はほぼ無理だが乾物……茶葉やアルコール類などの長期保存可能なものはどうにか使えそうだったので、一部はセシルと持ち帰った。おそらく今ごろはあの二人が酒盛りでもして盛りあがっているだろうと踏んでいる。
「ふむ」
……まぁ、儂らにこのような時間をくれたのだから、そのくらいは構わぬ。それよりあれ……、か。
 茶の用意を済ませて部屋に戻ったガーランドは、兜の中で口角を上げた。ウォーリアは鎧をすべて脱いでおり、黒のアンダーとレギンス、それから腰布の姿で長椅子に腰かけている。
「ここが……おまえの部屋なら、鎧は必要ないだろう?」
 どこか遠慮がちに言ってくるウォーリアにガーランドは笑み、そのまま鎧を脱いでいった。互いにアンダーの姿になってから、ガーランドは茶を淹れだした。なにも語ることのない静かな空気だけが室内に流れていく。
「茶が入った。飲め」
「すまない」
 茶を受け取ったウォーリアは、熱いのかフーフーと冷ましながらゆっくりと飲みだした。猫舌は相変わらずか。ガーランドがふっと鼻で嗤うと、ウォーリアがキッと睨みつけてくる。どうやら気にしているらしい。ガーランドは目を細めて少し表情を和らげた。
「……悪かった。取りあげはせぬから、ゆっくり飲め」
 このようなことで機嫌を損ねていては前に進まない。ウォーリアと向き合うように座ったガーランドは、これからのことをじっと考えた。今はもう深夜帯になる。あまりもたついていては、すぐに時間がなくなってしまう。
「……っ」
……儂はなにを焦っておる?
 ガーランドは片手で顔を覆い、天を仰ぐ。若造でもあるまいし、今すぐに行わなければならないということはない。この部屋の隣にある寝所には、ガーランド用の大きな寝台も備え付けてある。ウォーリアを放置しておくと一切眠らないことは、ガーランドも知っている事実だった。
 ただでさえ重責を背負うことの多い青年は、その役割を果たすためを理由に、決して眠ろうとはしなかった。自身は眠らず、その分だけ仲間たちが安眠できる環境を作ろうとする。周辺を哨戒しては周囲に外敵となるものが存在しないか、常に眼を光らせていた。
 出自のせいで眠ることを知らないうえに、不要というのも理由となる。だが、決して睡眠が不要というわけではなく、元々が鉱石であったとしても、やはり肉体の休息は必要であった。しかし、これはウォーリア本人もおそらく知り得ない事実だった。このことを知るのは……今となっては、おそらくガーランドのみ──。
 ウォーリアにもこれまでの旅の疲れが蓄積してあるだろうし、今宵はゆっくり眠らせてやろう。ガーランドは内心で結論を出した。
「もう遅い。それを飲んだら寝るぞ」
「……え?」
 意外な声がウォーリアから発せられた。ガーランドが見遣ると、ウォーリアは眼を見開き、まるで信じられないものを見るような顔になっている。
「当然であろう。身を休ませねばならぬ」
……今までこういった状況で、してこなかったことがなかったからな。
 ガーランドはこれまでのことを鮮明に思いだし、くくっと苦笑をした。ふたりで閨に入ってから行うことに、ウォーリアは抵抗なくガーランドに身を委ねていたのだが……。
 睡眠導入ができないウォーリアを寝かせるために行うのも理由にあるのだが、今回はそれを抜きにして肉体を疲弊させずに休ませてやりたかった。それを告げてやればウォーリアも納得できただろうに、ガーランドは説明もなく行おうとした。
「……」
……ガーランドが私に触れない? どうして……だ?
 今までは事あるごとに、ウォーリアは身を暴かれてきた。輪廻の最中に行われたガーランドによる凌辱はもちろんのこと、ふたりで過ごすようになってからも何度も及んできた。その行為を、ここではしないと言うのか? ウォーリアは呆然とガーランドを見つめ、やがてひとつの結論を出した。
「そうか……」
……もう、求め合う関係ではなくなっているのか。
 もとよりガーランドからはなにも言われていない。ウォーリアはその事実に気づいた。ウォーリアがガーランドの傍に居ておきかったから、強引に付いて来たまでだった。ガーランドからすれば、ウォーリアとは肉体を繋げるだけの関係でしかない……。頭をよぎらせたウォーリアはその場で俯き、小さな溜息をついた。
「……おまえの隣で休んでもいいのか?」
 力なく顔を上げ、ガーランドを見つめたウォーリアは問うように訊いた。否定をされれば、この長椅子で休むつもりだった。ウォーリアに本来睡眠は不要で、ガーランドの安眠の邪魔にならないのならそれでもよかった。だが……。
「当たり前だ。なにを言っておる?」
 ガーランドの返答が嬉しかったのか、ウォーリアは小さく笑った。ようやく表情を少しだけだが崩したウォーリアに、ガーランドは安堵する。この世界に来てから、ずっと気を張り続けていたのだろう。
 元々少ないウォーリアの感情表現が、ガーランドから見てもさらに薄いものとなっていた。少しはあの騎士を頼ればいいものを……。ガーランドは考える。新しく参入した王子とかいう若造も、なかなかしっかりしていそうだった。相変わらず人を頼ることをしないのか、全く……。はぁ、ガーランドは不器用すぎる青年に対して、大きな溜息をついた。
「飲んだなら寝るぞ」
 ウォーリアが茶を飲み終わったのを確認して、ガーランドはさっと立ち上がった。声をかけると、ウォーリアは慌てたようにびくりと身を揺らしている。
「……っ」
 ガーランドの行為に驚愕したウォーリアは、腕を掴まれて同じように立たされても声が出ない。そのままズルズルと引き摺られるようにして、隣の寝所に連れていかれた。
 寝所には大きな寝台が置いてある。そのふわふわな寝台にとすん……と座らされた。ウォーリアは驚愕した。寝台に座らされたことではなく、ガーランドのとった行動に対してだった。
「ガーラ……」
 ウォーリアの隣に座ったガーランドは、指を絡ませながら握りしめてくる。まるで恋人にするような繋ぎ方にウォーリアは眼を丸くしたまま、ガーランドをじっと見つめた。
 互いに見つめ合ったまましばらくそのままでいたが、やがてどちらともなく顔を近づけて唇を重ね合わせた。
「ん……っ」
 舌の先が軽く唇に触れてくるような、甘くて蕩けそうになる口づけだった。ウォーリアは緩く侵入してきた舌に、息が止まるくらい集中して絡めた。もっと……もっと深くしてくれてもいいのに。ウォーリアはもどかしくなり、自身からガーランドを誘い入れるように唇を開けた。
 ウォーリアの意図に気づいたガーランドは口づけをしながらも口角を歪めた。ウォーリアの背に腕をまわすと、そのまま寝台に倒していく。ウォーリアを押し倒してから誘いに乗じたふりをして、舌を深く絡めるように開けた口内に入れていった。
 先まで茶を飲んでいたウォーリアの口内はどこか甘く、そして爽やかなものを感じる。ガーランドの淹れた茶の味まで堪能し、ウォーリアの口内をゆっくりと蹂躙していった。縮こまる舌を大きな舌で絡め、くっと吸いあげるように息を吸うと、ウォーリアはびくんと身を揺らしてこの刺激から逃れようとしていた。
「ん……んぅっ、」
 くぐもった声がウォーリアの唇から発せられた。少しやりすぎたか。ガーランドは思い、ゆっくりと唇を離していく。名残惜しげに互いの唇から銀糸が伸びている。それがプツリと途切れると、惚けたようなまなざしでガーランドを見つめてくるウォーリアと眼が合った。
「……寝るぞ」
「……」
 浅い呼吸のままウォーリアはガーランドから眼を逸らし、背中を向けるようにして横たわった。躰が震える。瞳にうっすらと涙の膜が張っていくのがわかった。はあ。ウォーリアの零した小さな吐息が静かな空間のなかに消えていく。
 ガーランドはウォーリアの小さく震える背中を見ながら察した。だが、今から事に及んでは後々に響く。どうしようかと考えながら、ガーランドはウォーリアの背中から抱きしめるようにして寝転んだ。
「言わなければ、なにも伝わらぬぞ」
「っ⁉」
……おまえが言うのか。
 ウォーリアは涙の膜が決壊しないように必死に堪えながら、柔らかな敷布をぎゅっと掴んだ。もう片方の手は、未だガーランドと握りあったままになっている。眼を擦ればガーランドに見つかってしまう。どうすることもできない状況に、瞼を強く閉じて躰を縮ませた。
「……」
……強情もここまでくると面倒だな。
 はー。大きく嘆息したガーランドは上半身だけ起き上がらせ、背を向けていたウォーリアの躰を強引に上に向かせた。
「む、」
 そして、そのままガーランドは驚愕した。震えているのには気づいていたが、ウォーリアがまさか涙を流していたとは。普段なら決して見ることのないウォーリアの姿に、ガーランドの中でなにかが崩れそうになっていた。
「……なにを泣いておる?」
「泣いてなどいない。大きな欠伸をしただけだ」
 ふい、と顔を逸らしたウォーリアに、ガーランドは苦笑した。言い訳にするにしても、説得力がなさすぎる。
 このまま寝かしてやるべきなのは、ガーランドとしても重々承知はしている。だが……。瞳を潤ませて頬を上気させたウォーリアを相手に、もう我慢はできそうにない。ガーランドの理性は目の前の美しい青年の見せた涙によって、もはや崩壊寸前であった。ガーランドはウォーリアの顎を掴み、くっと上を向かせた。
「……そうか。なら眠らせてやろう」
「──……」
え……? と、ウォーリアが言葉として出す前に、ガーランドに口づけで唇を塞がれた。先ほどとは異なる激しい口づけだった。
 言葉を発するために薄く開いていた唇に、舌は強引に侵入してきた。ガーランドの舌に囚われて、ウォーリアの舌は絡められていく。同時に躰は歓喜に震えた。ガーランドの容赦のない口づけは、ウォーリアの求めるものだった。
 飲み込みきれないふたり分の唾液が、ウォーリアの唇の端から伝い流れていく。口内を気の済むまで蹂躙してから唇を離し、ガーランドはウォーリアを強く抱きしめた。

 

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