Halloween party - 1/2

                2020.11/02

 ウォーリアオブライト──ウォーリアには秘密がある。それは、秩序の筆頭として在る光の戦士──とはまた違う姿……〝ウォーリアオブライト〟の存在を根本から揺るがしてしまうような、とても重大な秘密だった──。

 ウォーリアが秩序の聖域に降り立つと、調和を司る女神は注視した。そして、ウォーリアに注意を促す。
「いいですか、ウォーリア。仲間たちの前では普通を心がけるのですよ」
「普通、とは?」
 投げかけられた女神の言葉に、ウォーリアは思わず問い返していた。それもそうだった。なにを基準に〝普通〟とするのか。降り立ったばかりで、これまでの記憶を失っているウォーリアにわかるはずもない。
「そうですね……。何事も普段どおり……でいいと思います」
それから、あまり月明かりの下に出てはいけません。闇の者に魅入られてしまいますから。女神の言葉はなにかを含んでいるようだった。
 だけど、今のウォーリアには理解できない。突き詰めて女神に問いただしても、闇の者に魅入られると記憶を失うとか、空腹が我慢できなくなる前に相談しなさいとか、意味のわからないことばかりを教えられた。
 それでも、降り立ったばかりのウォーリアにとって、女神コスモスの教えは絶対だった。納得はできないまでも、軽く返事をして聖域を発つ。早く仲間たちと合流して宿敵を討たねば、この戦いは終わることがない。

 宿敵と早く決着をつけたくて、仲間たちと合流してからもウォーリアは鍛錬に励んだ。今のままでは力量が乏しく、闘争を望んだところで返り討ちに遭うだろう。神竜による浄化は、ウォーリアから記憶だけでなく、これまで培ってきた光の戦士としての経験までも奪ってしまう。
 事情を知る仲間たちは嫌な顔ひとつせず、ウォーリアとの手合わせに臨んでくれた。その優しさと心意気に、ウォーリアは何度も感謝を繰り返した。

★★★

「……ウォーリア」
 ある夜のことだった。仲間のひとりであるバッツに声をかけられ、ウォーリアは振り返った。もうすぐ満月になるのであろう、とても綺麗な月が輝いている。
「なぁ、ウォーリア。お前、腹が満たされねぇってこと……ねーか?」
「どうして、それを……?」
 バッツの言うとおりだった。この地に降り立ってしばらく経ってから、ウォーリアはいくら食べても腹が満たされることはなくなった。
 しかし、ウォーリアはそのことを告げずにこれまでを過ごしてきた。この異界の地は食料に乏しく、できることなら年少の仲間たちに譲りたかった。そのことをバッツに包み隠さず伝えると、困ったように頬をかいていた。
「腹が満たされねえなら……そろそろだな」
 ウォーリアにまで困ったような表情で返され、バッツはははは……乾いた笑いしか出せなかった。どう切り返そうか。バッツは悩んだが、結局ありのままを伝えることにした。
 隠したところで、どのみち宿敵である猛者──ガーランドには知られている。ウォーリアが聖域に降り立つと同時に、ガーランドにも伝わってしまうのだから。
「ウォーリア。それはな、お前の躰を循環している血を満たしてやらないと、ずっと飢えたままだ」
「……?」
どういうことだ? 形のよい柳眉を顰めるウォーリアに、バッツは慎重に、理解ができるように言葉を選んでいく。
「飢えを満たせるには、闘争に勝つしかねーんだよ」

 さわさわと緩い風が周囲の柔らかい草を薙いでいく。この時間が僅かでも、説明を聞くウォーリアには長いものに感じられた。
「それ、は──」
 言いかけて、ウォーリアは思い返していた。聖域に降り立ったときに、女神はなにをウォーリアに伝えようとしていたかを。
「だから、な。オレたちにはわかるんだよ。お前の躰のこと」
「……」
 これまで〝普通〟というものを、仲間たちを基準にして捉えてきた。そのせいで誰からもなにも言われることなく過ごせていた。だけど、そう思っていたのはウォーリアだけで、実際にはクラウドやセシルには気づかれていたのだと……バッツの説明で知ることができた。
 隠し通せていないのではなく、これまでの〝ウォーリアオブライト〟もそうだったのだと。そして、それを匿うように毎回〝ウォーリアオブライト〟を守ってきたのが、年長組であるクラウド、セシル、バッツの役目であったのだと。
 にわかには信じられない説明が次々に頭の中に飛び込んできて、ウォーリアは混乱しかけた。信じられないが、これまでのことを考えると信じざるを得ない。
「それとな。お前の飢えを満たせるのはおっさん……ガーランドだけなんだよ」
「それは、どういう……」
 きっと闘争のことを示唆しているのだろう。そこまではウォーリアもわかる。だが、バッツの言い方からして、まだなにかを含んでいる。
 柳眉を顰めたままだったウォーリアは、こくりと息を呑み込んでバッツの言葉を待った。この飢餓状態をどうにかしないと、仲間たちを襲ってしまうのではないか。そういった恐怖も、今後は心配事として生じることになる。
 おそらく、バッツはそのあたりを見越して、今、ウォーリアに伝えてきたのだろう。月が大きく満ちてきていることも、きっと関係がある。まだ日は浅いが、ここで過ごすことによってウォーリアが得たものだった。
「お前の記憶を失うそれ。神竜の浄化もなんだけど、おっさんに記憶を消されるからなんだ」
「……は?」
 全く意味がわからず、ウォーリアは瞳を何度もまばたかせる。バッツから告げられたのは、まるで信じられないような言葉であった。
「ウォーリアは吸血鬼、つまりヴァンパイアってやつだ。だから血が足りなくて、いつも飢えてる」
 ウォーリアが現状を理解できなくて、混乱一歩手前に陥っていることをバッツは瞬時に察した。当然だろう。突然言われて納得するほうが、柔軟すぎておかしい。とにかく噛み砕くように、わかりやすく言葉を選んで説明していく。
「クリスタル鉱石に意志を留めおくために、ほんの少量のヒトの血液が必要だったらしい。その結果、ヒトとヴァンパイアの中間みたいな存在が作られた……」
イミテーションの大元もそれなんだよな……。ざっくりとした説明だったが、バッツが嘘をつく人間ではないことをウォーリアは知っている。表情からも決して冗談ではないことが窺えた。
「まあ。理解に苦しむのはわかるぜ。突然『お前はヴァンパイアです!』とか言われたらなぁ。で、ここからが本題。お前の記憶を奪ったのはおっさんだと言ったな」
「ああ……」
 どうやら、ここまではウォーリアも理解してくれている。それだけでもわかり、バッツは安堵した。どこか呆然としているウォーリアの肩をぽんと叩き、先を続けた。
「勝負に敗れたお前はおっさんに食われ、記憶を消されてきたんだ。これまでずっとな」
「食われ……?」
「言葉どおり、だよ。お前は血を奪われてるんだ、おっさんにな」
「──っ、⁉」
 ウォーリアは衝撃を受けている。それでもバッツは続けなければならない。少し瞼を伏せ、拳を握りしめた。元々こういう説明はセシルの役目であり、本来ならばバッツが行うことではない。
 損な役まわりを請け負ってしまった自覚はある。が、ウォーリアの今後のためにも……今回で決着をつけてほしくて、バッツ自身も気合いを入れなおした。ウォーリアを見上げ、説明を続ける。
「血を奪われると、それまでの〝時〟と〝記憶〟を失うんだ。それから、命を落としたお前は神竜の浄化を受ける。記憶に関しては二重に失ってることになる」
だから、なにも覚えていないし、オレたちみたいに少しずつ思いだしていくこともできないんだ。バッツの説明に、ウォーリアはカタカタと震えていた。言葉を失う。そのような事例があってたまるか、と。
 どうしてガーランドはウォーリアの血を奪うのか。まずはそこからだった。まだいろいろと信じられない部分はあるが、バッツがわざわざ作り話をこの場で披露する人間ではない。嘘をつく人間ではないことも先から理解している。だったら、ウォーリアが次に行動することが決まってくる。
「……」
 しかし、気づいたことがあり、ウォーリアはバッツに刮目していた。視線に気づいたバッツは首を傾げている。
 緩い風が吹く。さあぁっと樹々がざわめけば、風でウォーリアの氷雪色の長い髪が踊るように舞った。

 しばしの沈黙が続く月の輝く平地で、再び口を開いたのはウォーリアだった。
「……どうして、飢えるとそろそろになる?」
「互いの血を求め合うんだよ。月も影響してるんだろうけどな」
「月?」
 首を傾げて月を見つめるウォーリアに、どうしても庇護欲が出てしまう。だけど、月が満月になるころには勝負がつけられてしまう。その前にバッツは伝えておきたいことがあった。
「女神のおかげだな。月の光はお前に大きな力を与えてくれる」
光の加護ってやつだな。ふふ、と微笑うバッツはどこか誇らしそうな顔をしていた。月と女神にどういった関係があるのか。そのことにバッツは触れようとはしなかった。
 この答えは、ウォーリアが宿敵と邂逅すればすぐにわかる。互いが血を求め合って戦うことになるのだから、余計な情報は与えずに黙っているつもりだった。先入観があれば、ウォーリアは戦えなくなる。ガーランドに同情してしまうかもしれない。血の輪廻という鎖に囚われてしまった哀れな〝男〟に──。
「バッツ」
「いいか。月の光はお前だけでなく、おっさんにも過剰なまでに力を与えてくる。お前はそれで敗れてきてるんだ……」
「……」
 月の光は平等に。バッツはそう言いたいのだろう。複雑な表情を見せるバッツに、言葉に窮したウォーリアは再び困ったように眉を顰める。わからないことだらけだが、とにかく宿敵であるガーランドに会わなければ。
「そうだ、ウォーリア。おっさんに会ったらちょっとひと言言ってみな」
魔法の言葉だ。にひひと屈託なく笑うバッツに、ウォーリアは毒気が抜かれた気分になっていた。先までの重い話はどこへいったのやら。さすがに話術士のジョブを持っているだけのことはある。場を一瞬で和やかにしたバッツには感心するが、ウォーリアはかえって身を引きしめていた。
「次こそ、必ず──」
 大きくなる月の光を浴びて、ウォーリアはまたひとつ大きな決意を固めていた。

★★★

 夜空に青白く浮かぶ月は、ブルームーンと呼ばれるものとなる。これは、事前にバッツから教えてもらったものだった。今月に入ってから大きな満月を先に見て、そして二度目のこの満月を見ることになる。それと同時に、いつもよりその姿が小さなことに、ウォーリアは感嘆していた。
「大きな月は見るが、小さな月というのは見たことがないな……」
 ひとつの月に二度も満月が見られる現象が珍しいのだが、ウォーリアはバッツからそこまでは教わっていない。青白く輝く満月の光を頬に浴びながら、ウォーリアは柔らかい草原を駆けていた。

 到着した少し開けた大地で、ウォーリアは周囲を見渡した。誰もいないし、来る気配も感じられない。近くにある森の樹々は、ざわざわと風に煽られて枝を揺らしている。
 だが、風は決して強いものではなく、心地のよい落ち着いたものだった。ウォーリアも瞼を閉じ、柔らかな風を一身に受けた。走る際に火照った躰を、ここで冷ましてくれそうな気がして。
「ブルームーンか」
 まるで月の引力に惹かれるように、ウォーリアはまじまじとその姿を見上げて見つめていた。うず、と心を騒つかせる感情とともに、ここしばらく覚えのある飢えがこみ上げてきた。
「ここで、か……」
 ここに来る直前にも、ウォーリアは一応軽食になるものは食べてきた。腹が鳴るような飢えではない。ただ、満たされていないという名の飢えを無性に感じて、ただならぬ不安に襲われていた。人ならざる感情に振りまわされるのは、どうにも落ち着かずに気持ちも悪い。
 ここへ到着して、最初に見上げた月は少し空を移動していた。時間が過ぎても現れない宿敵を待っているより、抗えない飢えと戦うほうがウォーリアにはつらかった。
 今夜は宿敵の到着を待たずに帰って、時を改めようかと思った。だが、まるで図ったかのようにその男は現れた。

「……待たせたな」
「ガーランドか」
 そこにいて当然とばかりに重厚な存在感をまとって現れたのは、秩序勢の筆頭戦士であるウォーリアオブライトの宿敵となるべき相手……混沌勢の筆頭の猛者であるガーランドだつた。
 来てしまったものは仕方がない。馴れ合うつもりもないので、早く勝負をつけて飢えを満たさないと。ざわざわと騒ぐ胸と飢えを抱えて、ウォーリアは剣を抜いてガーランドに向けた。きらりと月明かりに輝く剣先を突きつけられても、ガーランドは微動だにしない。余裕なのか。ウォーリアはぎりりと睨みつけた。
「trick or treat‼ 私の飢えを満たしてもらおうか。できなければ悪戯……いや、究極の盾をお見舞いしてやろう!」
 バッツに教えられた魔法の言葉を声高々に言い放つ。少し言い間違えてしまったが、ウォーリアとしてはうまく言えたつもりでいた。その証拠に、ガーランドは呆気にとられている。
「…………。ほう……最高の煽り文句だな」
儂を誘うとはな。漆黒の厳つい兜の中で、ガーランドは口角を歪ませる。まさか到着して早々、目の前に立つ青年からそのような口上を向けられてしまうとは。あまりに予想外すぎて、咄嗟の反応ができなかった。
 究極の盾はどうでもよいが、自ら『満たせ』と誘ってくる。ならば、存分に貪り喰ってやる。ぺろり、ガーランドは口端を舐めていた。
 だが、その前に確認せねばならないことがあり、ガーランドは手に持つ巨剣をその場に突き刺した。大地に刺し込まれた巨剣は、ガーランドが手を離しても動くことはない。
「……ガーランド?」
「……」
 仲間たちとの鍛錬に励んできた今のウォーリアは、それなりに戦えるひとりの戦士としてあった。それに加えて、ヴァンパイアの身体能力までが加算されてくる。
 しかし、無言のままでじいっとウォーリアを見つめてくるガーランドの双眸が、妙に居心地悪い。闇をまとった紅色のガーランドの瞳は、兜を被っていても窺い知れる。
 地に刺した巨剣を構えようともしないガーランドに、ウォーリアは訝しげな表情を向ける。戦うつもりがないのか。隙だらけのガーランドに、ウォーリアは剣を手にしたまま渋々と歩み寄った。
「ガーランド。戦う気がないのなら、私は」
「貴様……今宵は妙に騒つかせておるな」
飢えは満たされておらぬのか? ガーランドの言葉が理解できなくて、ウォーリアは一瞬だけ惚ける。冷たく嫌な汗が背中を伝った。
「なにを……言っている?」
 少しは呆れた声を出せただろうか。戦う意志も見せずに的を得たことを一瞬で見抜いて言い当てたガーランドに、ウォーリアの心は大きくざわついた。しかし、ウォーリアの焦りとは真逆に、ガーランドは空を見上げている。
「道理で月が明るいと思った」
「……」
 まるで満月に気づいていなかったかのように、ガーランドはぼそりと告げる。二度目の小さな満月だから、月の光はガーランドに効果がないのだろうか。バッツの言葉を思いだし、ウォーリアは首を傾げた。
「これほどまでに輝くならば、せいぜい愉しませてもらおうか」
「……っ、」
 これを勝負と呼ぶのなら、一瞬で決着はついていた。ウォーリアは首をガーランドに押さえられ、そのまま押し倒されていた。地に背中を打ち付けるが、柔らかい草原の上なので衝撃は少ない。ただ、驚愕するのみだった。
 あまりの力の差に、ウォーリアはぶるりと震える。そして悟った。これで血を奪われ……食われてしまうのだと。ガーランドから感じる闇の気配は、ヒトとはまた違うものも含んでいる。ヴァンパイアだからこそわかるのだろう。月の光で力を得る、同じ眷属として。
「ウォーリアオブライトはヴァンパイア……もう知っておることだ。諦めて儂にその身を捧げよ」
「ッ⁉」
 くっと嗤うガーランドの瞳は、どこか妖しげな光を湛えている。どくり……今まで感じたことがないくらい、ウォーリアの心の臓は飛び跳ねた。
「ッ、なに……っ?」
「やはり、満たされておらぬようだな」
 気がつけば目の前にガーランドがいた。ウォーリアの瞳はブルームーンを捉えていたはずなのに。ガーランドの重厚な兜の中から覗く紅の双眸と眼が合い、ふいとウォーリアは顔を背けた。首を押さえられているためあまり動かないが、それでも眼を合わせたくなくて瞼を伏せる。
 ふむ、ウォーリアの様子を窺い、ガーランドはひと呼吸おいた。飢えておるからこその色香をその身にまとい、まるで誘うかのように瞼を伏せる。ウォーリアの長い睫毛がふるりと震えるだけで、ガーランドの衝動は抑えられないものとなっていた。
 普段であれば、絶対に近寄らせることのない距離にまで寄せたウォーリアの顔が、今、ガーランドの目の鼻の先にある。不安に怯えるかのように震える唇が、とても甘美なものに思えてしまう。ガーランドはくらくらと目眩がする感覚に陥った。
「儂の血を……飲んでみるか?」
「っ……なに、言って……」
 血を奪われると時と記憶を失うと……バッツは教えてくれていた。ガーランドは自らの時と記憶を失うつもりなのか。突拍子もないガーランドの言葉に、瞼を伏せていたことも、顔を背けていたことも忘れて、ウォーリアは上を向いた。
 自身を組み敷くガーランドと眼が合った。言葉はこれ以上紡げず、唇を開いたまま見つめ合う。ガーランドの言葉も動向もわからなくて、ウォーリアは心の臓を跳ねさせたままでいた。
「貴様がヴァンパイアだろうが、別の魔物だろうが構わぬのだが。儂の一部が貴様の体内をくまなく循環しておる……そう考えるのも良いかと思えてな」
ただ、喰らってから神竜にくれてやるのにも飽きたのでな。しれっと告げてくるガーランドに、ウォーリアは嫌な予感しかしない。初めて会うというのに、ガーランドからは狂気めいたものを感じてしまう。
「ガーランド。お前はなにを言ってるのか、わかっているのか?」
「はっ、貴様こそわかっておらぬではないか」
 くっくっと嗤うガーランドの異常さに、ウォーリアの背筋は急速に冷えていく。地につけているからではない冷えに、ぶるっと躰を震わせた。
 ガーランドはなにを言っているのだろう……と、ぞっと肝を冷やす。だが、それ以上にウォーリアの体内に眠る熱い鼓動が、飲んでしまえと本能を揺さぶり続ける。
 生まれて初めて感じる本能と、理性とのぶつかり合いに、ウォーリアは頭がついていかず、瞼を強く閉じて顔を逸らす。今の狂気に満ちたガーランドを見たくも、見られたくもなかった。
「それは貴様……ヴァンパイアに限り、であろう? 儂もそうであるなど、誰が貴様に吹き込んだ?」
「……」
 そういえば。ウォーリアは強く閉じた瞼をぱちりと開け、緩く風で薙ぐ柔らかい雑草を見つめていた。バッツの言葉を思いだす。バッツはガーランドがヴァンパイアだと……ひと言も言ってはいない。
「それでは、お前に利はないのではないか……どうして」
「腹が減っておるのだろう? くれてやると言っておるのに……強情だな」
「……裏があるようにしか思えない」
「ほう……?」
「ッ⁉」
 途端にぶわりと膨れあがった未知の感覚が、ウォーリアの全身を襲う。ぞっとする感覚は、これまでに体験したこともない。まるで猛獣に睨まれたかのような恐怖に見舞われたウォーリアは、顔色を悪くして瞳を歪ませた。