コスモスの日

               2018.12/16

さら……

 緩やかな風が地上にある背の低い草々を凪ぎ払う。曇天の雲の合間から、蒼い月がぼんやりと光を射している。
 月が昇ってかなり経過した深夜、誰ひとりいないこの草原に特徴的な鎧の擦れるような音が響き渡った。
 しん……と鎮まりかえった場の静寂な雰囲気を台無しにするようなその鎧の音は、ある場所に着くとぴたりと止まった。
 鎧の主はその場に立ち止まると周囲を見まわし、自身以外に誰もいないと知ると、細く長い息をついた。
……何のつもりで私を呼び出す?
 蒼い月が雲の切れ間に差しかかり、淡い月の光が静かな草原を照らしだした。月の光に照らされ、鎧の色が深い青色とわかる。
 青い鎧の青年──ウォーリアは顔を上げ、淡く輝く月をしばらくの間見ていた。何かの気配を察すると、ウォーリアは顔を下げ、アイスブルーの瞳を閉じた。
 ウォーリアの背後から感じる気配が大きくなった。
「待ったか?」
 ウォーリアは閉じていた瞼を開け、のそりと近づく厳つい鎧を纏う大男からかけられた言葉に、振り返ることもなくさらりと答える。
「いや……私も今来たところだ。それで……」

ザアァ……

 強い風が吹き荒び、ウォーリアの言葉を遮る。ウォーリアの纏う金糸雀色のマントが大きくたなびいた。
 二本の長い角が付いた兜が風に煽られ、ウォーリアの頭からずれ落ちた。カラン……、地に落ちた兜の位置を、ウォーリアは横目で確認を取る。あまりの風の強さに、ウォーリアは腰を下げ、手で顔を庇い眼を細めた。
 強風に煽られることもない巨体躯の男が、咄嗟に風避けの壁になるべくウォーリアの眼前に立ち、吹き荒れる風から青年を守った。
「無事か?」
 突然の突風が少しずつ収束していく。この場所が元の静けさを取り戻したのを見計らい、厳つい大男──ガーランドはひとまわり小柄なウォーリアを見下ろし、声をかけた。
「ああ……、すまなかった」
 声をかけられたウォーリアはガーランドから離れ、落とした兜を拾いあげた。軽く土を払い、風により乱れた氷雪色の髪の上へ、構うことなくそのまま兜を被った。
 はー。ガーランドの大きくはきだされた溜息が聞こえた。ウォーリアはその柳眉を顰め、これ見よがしに溜息をついたガーランドを睨みつけるように見上げた。
「こんなところに呼び出して何の用だ?」
剣を交えるなら神殿でも良かったと思うが? ウォーリアは剣を構え、口を開いた。ガーランドは左右に首を振った。大きく武骨な手でもってウォーリアに剣を収めさせる。
「そうではない」
まず座ろうか。ガーランドはその場に腰を下ろす。お前も座れ。そう言いたげにガーランドは大地を軽くパンパンと叩いた。
 じっと睨んでいたウォーリアは小さく嘆息すると、これ以上睨んでいても仕方ないと諦めたのか、ガシャリと派手な音を出し、ガーランドの隣に座り込んだ。

 先の強風が空にも作用したのか、曇天の厚い雲を連れ去った。空を覆う雲はすっかりなくなり、満天の星々が淡く光る月と共に浮かんでいる。
 座り込んだふたりは互いに声を発することなく、しばらく星を見ていた。この世界では晴れ間を見ることも、満天の星空を観察できることも、意外にも珍しい現象だった。
 星を見ながらガーランドは、今回ここへ来た目的を隣に座るウォーリアにどう切り出せば良いか思案した。さらっと用件を済ませ、軽く談笑でもして今宵は切り上げる予定のはずだった。
 しかし、谷間にはよくある強風が突然吹き荒れるから、ガーランドは完全にタイミングを失った。厳つい兜の中で渋面を作りながら、もう一度作戦を練りなおした。
 沈黙を続けるガーランドに、ウォーリアのほうが焦れた。ここで剣を交えるため、というわけでもない。先ほどからの問いはすべて流される。ならば何故ここに呼びだした? ガーランドに向き合い、じっと厳つい兜面を仰ぎ見た。
「何の用か、もう一度聞くが?」
「理由がないとここに居れぬか?」
「……」
 質問に質問で返され、ウォーリアは口ごもった。剣を交えない、特に理由もなく呼ばれた。何も言わないガーランドの様子から理由を察し、ウォーリアの頬がほんのり朱く染まった。
「よい」
 察してくれたことに気付いたガーランドは、手を広げウォーリアを制した。これより先をウォーリアが言わないようにひと言だけ伝える。
 ガーランドに制され、ウォーリアは開きかけた口を閉じた。ほんのり染まった頬は緩やかに吹く風が冷ましてくれる。
 パチン。ガーランドは兜の留め具を外すと厳つい形相の兜を外した。外した兜は邪魔にならないよう地に転がした。
 外で兜を決して外すことのないガーランドが、こんな見晴らしのよい場所で急に兜を外した。その事実にウォーリアは驚愕し、アイスブルーの虹彩を丸く見開かせた。
「何故外す?」
「こうするためだ……」
眼を閉じろ。ガーランドに言われ、ウォーリアはその場で瞼を閉じた。ガーランドは少し身体を動かすと、ウォーリアの兜の角を掴み、そっと外す。自身の兜の隣に角兜を並べるように置き、ウォーリアを見た。くっ、瞼を閉じる青年に聞こえない程度の嗤いを思わず洩らしてしまった。
 ぶわっ、兜に押さえつけられた氷雪色の髪が見事なまでに大きく膨らむ。口許の緩んだガーランドは、強風で乱れた髪を手櫛で少しずつ整えようとした。
……相変わらず傷んでおるな。
 無理に梳かしても引っ掛かってばかりなので、ガーランドはこれ以上触れることはせず、代わりに頭を優しく撫でた。ビクッと揺れ、逃げ腰になったその細い腰に腕をまわし、強引に引き寄せた。
 瞼を閉じていたので何が起こったかわからず、ウォーリアはガーランドに引かれたことでバランスを大きく崩した。腰に腕をまわされていたので、倒れることはなく、ガーランドの胸の中に収まった。互いの鎧のぶつかる金属音が、静かな周囲に響き渡った。
 ここまでされても律儀に瞼を閉じたままのウォーリアに、ガーランドは目を細めた。口端はやはり緩んだままで、瞼を閉じさせてよかった……。ガーランドは内心で安堵した。
 多少は不安を感じるのか、ウォーリアの長い両の睫毛が微かに震えている。いつ瞼を開け、そのアイスブルーの瞳で己の締まりのない顔を見られるかわからない。ガーランドはそっと顔を寄せ、互いの唇を重ね合わせた。
「んっ……」
 ウォーリアの温かい口内を十分に堪能してから、ガーランドは唇を離した。脱力し、ガーランドに身を委ねるウォーリアをしっかりと胸で受けとめ、もう少し落ち着くまで待つことにした。
「ガーランド……」
 久方ぶりの口づけに酔ったのか、とろりと蕩けた表情を見せる。普段は驚くほど表情を崩さないウォーリアからは想像も出来ないその表情を見れたことで、ガーランドとしてはもう満足であった。まあ、これで満足して終わらせるつもりはないが。すぐにガーランドは先の考えを否定した。
 コホン、ひとつ咳払いをして、ガーランドはごそごそと懐を探った。目当てを探りだすと、ウォーリアに差し出した。
「これを」
「これ、は……?」
 この厳つい重鎧からは想像出来ない可愛らしい花束を差し出されたウォーリアは驚愕し、言葉に詰まった。
 濃い赤色のコスモスを主体に、名の分からない可憐で小さな白い花が赤いコスモスの周囲を飾り、主役のコスモスを引き立てている。
「コスモスの日……だそうだ。日付は変わってしまったがな」
「コスモスの日……? それは、いったい……?」
 ガーランドの重厚な装備に包まれた武骨な手から、花束を受け取ったウォーリアは困惑した。ガーランドの説明がないので、この花束をどうすればよいのかウォーリアはわからなかった。コスモス……、コスモスに……? 花束をじっと見つめ、ウォーリアはひとつの答えにたどり着いた。
「これをコスモスに渡しておけばいいのか?」
「…………何故そこで女神が出てくる?」
「コスモスの日というからには、コスモスの誕生日だとか、ほかに何か祝い事の日かと思ったのだが?」
違ったのか? こてん、と首を傾げたウォーリアに、今度はガーランドが驚愕した。何もわかっていないウォーリアは、黙り込んだガーランドを心配そうに見上げた。
「……違う」
……どうしてそうなる。
 どうにかひと言だけ発すると、ガーランドは片手で顔を覆った。ウォーリアの天然が悪いように発動してしまい、一体どう軌道修正するべきか。ガーランドは脳内で再び作戦を練りだした。

 さらさらと静かに草木の凪ぐ音が聞こえる。静寂なこの場にしばらくの沈黙が続いた。
 ウォーリアは胸の中にモヤッとしたものを感じていた。このモヤッとが何かわからないまま、ガーランドの胸の中で花束とガーランドを見ていた。
 ガーランドはずっと片手で顔を覆っている。ウォーリアからはガーランドがどのような表情をしているのか、窺うことも全くできなかった。
 ウォーリアはガーランドが腰にまわしてくれた武骨な手ににそっと手を重ね、厚い胸の装甲に頬を擦り寄せた。沈黙を続けるガーランドに自身の存在を思い出してもらうためだったが、どうやら功を奏したようだった。
 ガーランドが顔を覆っていた腕を下げたので、ウォーリアはガーランドの何も言わないその唇に、ちゅっ、唇を重ね合わせる。突然のウォーリアの行動に、ガーランドは目を丸くした。
「ガーランド……、何故黙り込む?」
私は何かしたか? 続けたウォーリアに、自覚はなくともやらかしたことは理解しているようだ。ガーランドはくしゃり、不安気に見つめるウォーリアの乱れたままの髪を一房とり、口づけをした。
「お前は先ほど何かを察し、その白い頬を染めてはいなかったか?」
「~~っ⁉」
……では、この花束は……、私に!?
 ガーランドからは答えではない返答が返ってきた。それでもウォーリアは正しく理解し、もう一度頬を染めた。先ほどより朱く、耳許まで染まったことを熱で自身でも理解できた。
「ガーランド。すまない……」
 ウォーリアは盛大な勘違いと羞恥により、顔を隠すためにガーランドの鎧にしがみついた。冷たい重鎧が火照ったひたいや頬を冷ましてくれる。
 ウォーリアは優しく背中を擦ってくれるガーランドに甘えることにした。武骨な手のひらが腰にあたると、身体は素直に反応し、ぶるりと震わせた。
 ガーランドは己の言いたいことを皆まで言わずとも察し、しがみついてきたウォーリアを胸の中に収め、笑みを浮かべた。顔を朱くして抱きつかれれば、ガーランドも悪い気はしない。背を擦るときに意地悪く腰に下心ある触れ方をしても、この際仕方ないものといえよう。
「ウォーリア、顔を上げよ」
「ん……っ」
 腰に触れすぎたか、潤んだ眼をするウォーリアの荒い吐息を洩らすその唇を、ガーランドは唇で塞いだ。あまり苛めると互いに取り返しがつかなくなる。ガーランド自身もこれ以上の深入りは危険と思い至り、ウォーリアの柔らかい舌を満足するまで、時間をかけて絡ませた。
「その花束はお前にだ。受け取れ」
 先の口づけ以上に蕩けて動けなくなったウォーリアに、ガーランドは己の濃紫色の外套をかけてやった。こくり。力なく頷くウォーリアを見て、ガーランドは兜を被った。ウォーリアの呼吸が落ち着いてから角兜を被せ、地に下ろしてやるとガーランドは立ち上がった。
「次は神殿で逢おう」
 それだけを伝え、ガーランドは足早に去って行った。
 ウォーリアは自身をこの状態で放置して、逃げるように去っていくガーランドの背中を見つめ続けた。ウォーリアの腰は力が入らないため動かなかった。
 ふう、背中が見えなくなったので、ウォーリアはこの周囲を見まわした。危険がないからガーランドは放置して行ったことくらい理解はできる。しかし……。
 ウォーリアはガーランドを怨めしく思いながら、地に置かれた花束を見た。コスモスにと思っていたときに感じたモヤッとした心はすっかり消えていた。
……これを、私に……っ!
 あの厳つい重鎧が花を集めて束にして、綺麗に装飾まで施して──実際はガーランドの使役する使い魔達の仕事なのだが──、こうして手渡してくれたことをウォーリアは思い出した。照れ屋なガーランドが何も言わず渡してくれたのも、口づけのあと慌てて去ったのも……!察したウォーリアは小さく笑み、花束を壊さないように胸に押しあてた。
……また強風が吹き荒れるかもしれない。
 少し風の強くなった草原はざわざわと周囲を賑わせ始めた。力を取り戻したウォーリアは、花束を持ってこの地をあとにした。

***

「おかえり、ウォル」
「なんだ、今晩は帰って来ないと思ったのによ。何してたんだ? お前とおっさん」
 深夜、ウォーリアが野営地に戻ると、深夜番のフリオニールとバッツが火の側で楽しそうに談笑していた。
 フリオニールとバッツがウォーリアの姿を捉えると、手招きをした。ウォーリアはこくりと頷き、ふたりの側へ近寄った。
「何もしていない。話をしただけだ」
たいした話もしてはいないが。ウォーリアは丸太に座り暖をとった。パチパチと赤く燃える火をじっと見つめていると、隣に座るフリオニールから感嘆の声があがった。
「へぇ、チョコレートコスモスか。ウォル、どうしたんだ?」
こんな綺麗な花束、そうそう見ることはないな。フリオニールは感心し、ウォーリアの持つ花束をじっと観察し始めた。
「フリオニール、知っているのか?」
 フリオニールなら花の扱いに長けている。花束を壊される心配はない。問題は自身だと分かっているウォーリアは、壊れ物を扱うように注意しながらフリオニールに渡した。コスモスにちよこれいと……? なんだ? ウォーリアは表情ひとつ崩すことなく聞き返した。
「ちよこれいとじゃなくてチョコレート。茶色を指す色の例えだ。コスモスだと濃い赤色の花のことだな」
 フリオニールは花束をまじまじと見ながら教えてくれる。花束の構造や、ラッピングの仕方などをじっくり見ているフリオニールは、ウォーリアの理解レベルを無視して説明していく。
「……」
 ウォーリアはフリオニールの長い説明を、頭の中で必死に纏めようとした。しかし無理だった。
「フリオ~、ウォーリアの頭から湯気出てるぜ。もっと簡潔に言ってやんなよ」
「悪い。ついオレの専門分野だから張りきってしまった……」
このラッピングすごいな……! オレも見習わないと。フリオニールは花束をまじまじと観察している。それでもあれだけ長々と説明できるのだから、ウォーリアは驚嘆するしかなかった。だが、専門用語で説明されては敵わない。もう少し分かりやすい説明をしてほしいとは思う。ウォーリアはフリオニールに先を促した。
「構わない。フリオニール、もう一度頼む」
 先の説明を踏まえても、フリオニールが簡潔にまとめて話してくれるとは限らない。もしかしたらさらに長くなるかもしれない。ウォーリアは兜を外し、腰を下ろす丸太の側に置いた。バッツの淹れてくれた温かいお茶を飲みながら、もう一度フリオニールの話を聞きなおした。

「ウォル、コスモスはキク科コスモス属の総称なんだ」 
色は淡いピンク色が多く見られるけど、ほかにも白、赤、紫などがある。それ以外にも黄色や濃いオレンジ色のキバナコスモス、濃い赤色でチョコレートの香りがするチョコレートコスモスといったのもあるんだ……。つらつらと話すフリオニールの話から、気になる単語をウォーリアの耳は拾った。
「チョコレートの香り……」
「ん? ウォルがもらった花束のコスモスは、さっき言ったチョコレートコスモスだよ」
良い花もらったな。ここから大事な続きだ。丈夫で育てやすい花だから、広い場所にたくさん咲いてるよな。(中略)語源のコスモは、ギリシャ語の『宇宙』『秩序』を意味してるんだ……。今は別にどうでもいい情報まで語りだしたフリオニールに、ウォーリアもバッツもうんざりしてきた。特にバッツはコスモスなら自身も良く知り得る花なだけに、講釈聞いてるのもかったるくなってきた。
「フリオ、今コイツに必要な情報は花言葉だと思うぜ? 語源とかはまた今度にしてやれ」
おれのいないときにな。バッツはそこも付け加え、フリオニールに続きを促した。バッツとしては自分で語ってもよかったが、『花』関係はどちらかというとフリオニールの特化分野だから任せたかった。
「分かった。ウォル、悪かった」
「構わない。それより花言葉、とは?」
「コスモスの一般的な花言葉は『乙女の純潔』『乙女の真心』『調和』『謙虚』なんだけど、花の色で花言葉が変わるんだ」
 一呼吸おいたフリオニールがウォーリアを見つめ、真摯な表情を見せた。色で花言葉が変わる? 今までの長い説明は、これを言いたいがためだったのか。ウォーリアは息を呑んだ。
「チョコレートコスモスの花言葉は『恋の終わり・恋の思い出・───」
「執念深いおっさんだからこそ、コスモスの数ある色の中からこの色を選び、お前に贈ったんだろうな。知ってるか? コスモスの日ってな──」
「……っ!」
……私は……、何をガーランドに……?
 フリオニールの説明のあとに続けてバッツが捕捉した。ウォーリアはどちらの説明も最後まで聞いてはいなかった。カップを置くとスッと立ち上がり、野営地を出ようとした。
「おいっ! ウォーリア!」
「ウォル⁉ どこへ?」
 ウォーリアは秩序勢でダントツの重装備ではあるが、決して鈍足ということではない。ウォーリアにふらっと行かれ、慌てたふたりはウォーリアを追いかけようとする。
「答えを聞くまで戻らない。日が昇ればクラウドに伝えておいて欲しい」
「「……やれやれだぜ」」
 凛とした力強いアイスブルーに一瞥され、バッツもフリオニールも大きく嘆息した。肩を竦め、ふたりでふるふると首を左右に振る。
 実質的なリーダーであるクラウドへの伝言を伝え、満足したウォーリアは兜も被らず、野営地を走り去る勢いで去っていった。ウォーリアにしては珍しい忘れものに、よほど慌てているのだとバッツもフリオニール想像がついた。
「どうする? この花束」
「花はお前の分野だろ? ドライフラワーにでもしておいてやるか?」
「そうだな……」
 フリオニールの手には借りたままの花束がそのままあった。薬品やオイルに漬けて長期間保存可能にしてもよかったが、ここは乾燥させたほうがいいだろう。乾燥状態から好きに加工すればいい。フリオニールは乾燥した花をどうするかまで考えた。

***

「ガーランド……!」
「どうした?」
 草原で別れ、まだそれほど時間は経っていない。それでも謁見の間まで息を切らしてやって来たウォーリアを、ガーランドは扉を開き迎え入れた。何をそんなに慌てておるのか……。ガーランドはウォーリアの様子を探り、踵を返すと玉座に腰を下ろした。
「教えて欲しい。あの花の意味を」
「……必要か?」
 『あの花』が何を指すかなど、贈った本人であるガーランドはすぐにわかった。わかったうえで、ウォーリアに問い直した。息せき切ってやって来たウォーリアの態度に、だいたいの事情を察した。おそらく旅人、もしくは義士あたりの入れ知恵か……。
「私はお前の言葉で聞きたい」
花の言葉ではなく……。頬が朱いのは走って来たからか、意味を知ってなお、ガーランドに言わせようとするからか。ウォーリアは火の側で、最後のほうははっきり聞いていなかった話を頭の中で反芻させた。

『チョコレートコスモスの花言葉は「恋の終わり・恋の思い出・移り変わらぬ気持ち」だ』
チョコレートコスモスの花言葉はちょっと切ないな。「移り変わらぬ気持ち」なんて、一歩間違えたら怖い言葉にも聞こえるよな。フリオニールは苦笑する。
 悪い意味では決してなく〝一途である〟と捉えることも出来るその言葉を、悪いように解釈してしまうのは、粘着された仲間を知るフリオニールならば仕方のないことなのかもしれない。
『執念深いおっさんだからこそ、コスモスの数ある色の中からこの色を選び、お前に贈ったんだろうな。知ってるか? コスモスの日ってな〝プレゼントにコスモスを添えて交換し、お互いの愛を確認しあう日〟なんだぜ』
お前はおっさんに何かあげたのか? 悪気のないバッツの言葉は、ウォーリアの胸に深く刺さった。
……私は……、何をガーランドに……?
 ウォーリアの頭の中は真っ白になった。とにかくガーランドに逢いたかった。語ることの少ないガーランド本人の口から、すべてを聞きたくなった。語ってくれるかはわからないが……。バッツとフリオニールをどう振り切ってここまで来たのか、ウォーリアはもはや覚えてもいなかった。

「小童どもめ……っ!」
余計なことを……! ちっ。ガーランドの舌打ちが厳つい兜の中から聞こえた。明らかに機嫌の悪くなったガーランドに怯むことなく、ウォーリアは続けた。
「ガーランド。フリオニールやバッツの言うとおりなのか?」
そのように、私のことを想ってくれているのか? ガーランドは何も語らない。剣を交えたあとの甘い時間は、もしかして、自分だけが良いように考えているだけか? ウォーリアは途端に不安になった。ガーランドを見ることもできず、下を向く。乱れた氷雪色の髪が、俯いたウォーリアの表情を完全に隠した。
 ガーランドは兜の中で小さく嘆息した。花言葉やコスモスの日の説明を小童どもから受けたのなら、今さら儂が何を言えばよい? ガーランドは玉座から重い腰を上げ、ウォーリアに近づいた。下を向いたウォーリアの髪に隠れた表情が垣間見え、ガーランドの顔は少し緩んだ。
「聞きたくば、しばらく帰れぬ覚悟をせよ」
 ガーランドの大きな手がウォーリアの頬に触れる。髪で前が見えていなかったウォーリアは、ガーランドの突然の行為に身体全体を震わせた。
 顔を上げ、うしろに下がろうとするので、ガーランドは腕を掴み引き寄せる。ウォーリアの朱く染めた頬を確認すると、強く抱きしめた。ウォーリアが何と言おうと、このまま離すつもりもない。
 ガーランドの腕の中で、ウォーリアが随分と好都合なことを呟いた。
「構わない……。伝えてきた」
「ならば寝所で、お前が羞恥で真っ赤に染まるさまを観察しながら応えてやろう」
コスモスの日を理解して、此処まで来たのなら当然であろう? 互いにプレゼントはなく、ガーランドのみ花束を用意しただけのお粗末な記念日だった。それでも想いを寄せあっていれば、ほかに必要はないとガーランドは考えていた。
「……っ⁉ すまないっ。私はお前に何も用意していなかった」
「必要ない。お前自身を儂に捧げればな」
そう、これだ。ガーランドの求めるものといえば、ウォーリア本人を指している。気付いていなくても、ウォーリアは自らガーランドの胸に飛び込んできた。離すわけがない。ガーランドはウォーリアに気付かれることなく、そっと兜の口当てを外した。
 頬が朱かっただけのウォーリアの顔全体が、ぽっと朱く染まっていく。ようやくガーランドの下心ありありの意図に気付き、反論しようとした。しかし、それよりも早くガーランドに唇を塞がれ、声は発されることもなかった。
「~~ッ‼」
「望んだのはお前だ。覚悟しておれ」
「こら、離せ⁉ 私はひとりで歩けるっ!」
 唇を離し、ウォーリアが大人しくなってから、ガーランドはウォーリアを軽々と担ぎ上げた。バタバタと忙しなく動かす両脚を押さえつけ、神殿の奥へ向かう。
「逃げられぬようにな。寝所では盛大に甘やかしてやろう」
チョコレートコスモスを贈った意味を、存分に聞かせてやる。厳つい兜のおかげでわからないが、ガーランドは意地の悪い黒い笑みを浮かべていた。
 外れた口当てから見える口許をウォーリアは視界の端に入れ、身震いをした。この身震いが何なのか、それを寝所で文字どおり、身をもって知ることになるのだが──。

 Fin