ダーズンローズデー

               2019.12/12

 カオス神殿の仄暗い謁見の間で、私とガーランドは対峙していた。緊張が走るなか、ガーランドは後ろ手に持っていたものを、私に差し出してきた。
「これをやろう」
「なんだ、これは」
「見てわからぬか」
「……」
 私は言葉を失い驚愕していた。というのも、ガーランドはとても大きな薔薇の花束を手に持っていた。漆黒の重鎧の重厚な厚みとその巨躯が死角となり、花束は完全に私の視界に入ってこなかった。
 後ろ手だから、気付かなかったこと。これが、いつもの巨剣だったら……と思うと、私の背筋は凍りついた。完全な私の失態なのだが、ガーランドは気にする様子も見せない。
 まるで、力の差を見せつけられているようだった。悔しさから、私は歯噛みしていた。
「……っ、」
 私が受け取ろうとしないから焦れたのか、ガーランドはその花束をしつこく向けてくる。これで、驚くなと言うほうが無理な話だと思う。これから生死をかけた闘争を始めるというのに、どうして? 私は花束を受け取ることもせずに、ぎりりとガーランドを睨みつけた。
「……ふん。逢えば闘争、も良いがな」
「どういう……ことだ?」
 まるで意味がわからない。ガーランドはなにが言いたい? 私になにを伝えたい? 普段から寡黙……ではないが、それに近い男から、心情を聞きだすのは非常に難しい。私は差し出された薔薇の花束とガーランドを交互に見つめていた。これは……受け取らねばならないのだろうか?
「……これまでと、これからの〝想い〟を込めて……な」
「〝想い〟?」
 やはり意味がわからない。ガーランドは私になにか思うところがあるのだろうか? 剣と盾を構えたまま緊張を解かない私に、ガーランドは、はぁと大きな溜息をついてきた。
「理解できぬなら、別によい。そのように仕向けてきたのは儂だからな」
「……」
「今日のこの日がなにであるか、旅人あたりから聞いておらぬか?」
「……ぁ、」
 今日のこの日……私は知っている。ここへ向かう前に、バッツから教えてもらった……。
『今日はな、〝ダーズンローズデー〟って言って、男性から恋人に十二本の薔薇を贈って、愛情を表現する日なんだぜ。薔薇の花束が贈られた人は、幸せになれるって言い伝えもあるくらいなんだ』
『……』
 どうして闘争に赴く私に、バッツがそのように話しかけるのだろうと思っていた。そうか、このことを指していたのか。バッツなら、ガーランドの行動を先読みしてくれる。きっと、ガーランドが薔薇の花束を私に手渡してくると信じて──。
『十二本の薔薇にはな、それぞれ〝永遠、真実、栄光、感謝、努力、情熱、希望、尊敬、幸福、信頼、誠実、愛情〟の意味が込められててな、花束にして贈るんだ。そうすると「これらをまとめて、あなたに誓います」という意味になり、愛を約束する贈りものに変わるんだぜ?』
お前らにピッタリじゃねーか? 屈託なく笑うバッツを見て、私はやはり意味がわからず首を傾げていたのだが……。ようやく理解した。ガーランドの先の言葉の意味も。
「今日のこの日くらい、闘争は後まわしでも良いかと思ってな……」
それだけだ……。ふいとそっぽを向いたガーランドの背中が、どうしてか、とても愛らしく映ってしまった。どうしたのだろう、私の心の中は歓喜に満ち溢れている。だけど、この想いをどう伝えればいいのか、私にはわからない。それでも……。
「ありがとう、ガーランド。とても……綺麗な薔薇だな」
 色とりどりの薔薇で作られた花束に、私は僅かながらの笑みを向けていた。無骨なこの男からなにかを贈られるなんて経験は初めてで、どう反応したらいいのだろう? 私は薔薇を見つめ、答えを探していた。
 ガーランドは私に振り返ると、言い捨てるかのように告げてきた。
「話はそれだけだ。適当に寛いで帰れ」
「……」
 ガーランドは照れている? 厳つい兜からでも、なんとなく窺えしまう。なにも言ってくれない男の、素っ気ない態度から、私は少しだけ察してしまった。つくづく不器用な男だと……私も人のことが言えたものではないが、やはり思ってしまう。
「ガーランド、これはお前に似合うのではないか?」
 私は受け取った花束の薔薇の中から、一番大切にしたいと思える一輪を抜きとった。その薔薇を、ガーランドの胸部の装甲の隙間に挿し込んだ。
「ぬっ、それは……儂が貴様に一番似合うと思ったからこそ、選んだというのに」
「そうなのか? 私も一番大切にしたいと思えたからこそ、お前にと」
 奇遇にも、私たちは同じ薔薇を、互いにと選んでいたようだった。私とガーランドは顔を見合わせた。厳つい兜の中から見える、いつもの鋭い眼光は優しい色を持っている。
 この黄金色の双眸が、私は好きだった。闘争しているときの、凄まじいほどの鋭利さはなりを潜め、今は落ち着いた色合いを出している。
 パチン、私はガーランドの兜の留め具を外した。兜から黄金色の綺麗な双眸を覗き見るのではなく、素のガーランドを見たかった。
「貴様は……。なにをしておるのか、わかってやっておるのか?」
「適当に寛げといったのは、お前ではないのか? お前も兜くらい外して寛げ」
 ふるふる震えるガーランドを見て、私はきょとんとしていた。怒ってしまったのだろうか? それにしては、いつもの憤怒の気配は感じられない。私はもう一度ガーランドの双眸を見たくて、じっとその端整な顔立ちを見つめていた。
 昼間の太陽のように強く輝く黄金色の双眸は、闇の気配をまとうと、西の夕暮れの空に浮かぶ紅の太陽のような色合いに変化する。今は綺麗な黄金色をしていた。紅の双眸も嫌いではないが、ガーランドではないような気がするので……やはり黄金色のほうがいい。
 花束の薔薇の中にも黄金色のものは含まれている。ガーランドが選んだ薔薇はとても美しくて、どうも私には似合いそうもない。だけど、こうして贈られることは素直に嬉しい。
 私は薔薇を床に置くと、ガーランドの胸の中に飛び込んだ。闘争は後まわしでいいと、ガーランドが言ったのだから。私はそれに従うまでだった。
「恋人の日──か。ありがとう……」
 なにも言わない男のわかりにくい行動でも、どうにか私にも伝わった。それに、ガーランドがそのように私を想ってくれていることにも、……驚きを隠せない。

 今日のこの日がなにか、ガーランドと私自身のことも含めて、バッツは教えてくれていたのだから──。

 Fin