2019.4/15
ふたりきりの夜には、普段紡がれることのない秘密の呪文を唱えてもらえる──。
高潔でありながら、闇に堕ちた騎士の紡ぐその呪文に、いつしか私も堕ちてしまっていた。私は唱えられるその瞬間がとても好きだった。でも、すぐには紡いでもらえない。
『茶が入った』
……違う。
ガーランドはいつもお茶を淹れてくれる。どうやら茶が好きらしい。私がここ──カオス神殿奥のガーランドの自室を訪れば、いつでも出してくれる。
「ありがとう」
私はいつもお決まりのように口を開き、ガーランドから茶を受け取る。テーブルの上には様々な菓子が並べられている。この男は茶を飲む際に菓子など口にはしない。もちろん、私もあまり食べる方ではない。では、なんのために?
『秩序の小童どもに持って帰ってやれ』
貰い物だ。不機嫌な表情で私を見てくる。まるで〝それくらい察しろ〟と言わんばかりに。
くすり、私は小さく笑む。この菓子が貰い物ではないことくらい、私にも分かる。私が来ることを見越して、わざわざ用意してくれている。秩序の拠点地で待つ、私の大切な仲間達のために──。
「ありがとう、ガーランド」
……これも、違う。
私はもう一度礼を告げた。これは私からと、そして皆からと。目の前の男は照れてしまっているのか、顔をふいと背けてしまった。
意外と可愛い面があって、私は〝ガーランド〟という男の、こういう不器用な面が好きなのだろうと思う。もちろん、それだけではないが……。
『此処に来たからには……分かっておるのだろうな』
「分かっているから、私はここにいる」
『……結構』
ガーランドの獣のような鋭い黄金色の眼光が、じっと私を見据えてくる。私の身体はぶるりと小さく震えた。気取られることのないように平静を装い、私は熱くて飲めない茶を啜る。
……あと……あともう少し。
強い闇の気配を纏わせ、私を包み込もうとする。私の光はこの男の闇を払拭出来る力足り得るものだから、いかに強い闇の気配をもってしても飲まれることはない。もし、飲まれてしまうのならば、それは私がこの男に堕ちるとき……。
それは私が望むこと。そして、ガーランドに望まれること。このときばかりは光と闇を交差させ、私達は互いを貪りあう。穿つ行為に私の意識が途切れるその直前に、それはようやく紡がれる──。
「儂の傍におれ、ウォーリア」
「私は……お前の傍に在る」
……やっと紡いでもらえた。
男に抱かれ、私は眠る。私はいつしか、男の紡ぐ言葉を心待ちするようになっていた。なかなか口を開かないガーランドから、たったひとつの欲しい言葉を紡いでもらうのには、本当に骨が折れる。そのころの私は散々貪られ……身も心もガーランドに堕ちてしまっているのだから。
〝愛しておる〟
たったそれだけを伝えることすら出来ずに、別の言葉で変換し唱えてくる。不器用なこの男なりに紡ぎだす、それは……そう、それは……私にしか効かない優しい呪文──。
Fin