一輪の薔薇

                 2021.12/17

 コーネリアの町並みの中に一軒だけ存在する花屋の前を通りかかり、ガーランドは脚を止めた。時期的なものなのか、花屋の軒先にはたくさんの品種、色とりどりの薔薇の花が揃えられている。大小様々な大きさの薔薇の花は、見ているだけで心を優美に、また穏やかにしてくれるものだった。
 そのたくさんある薔薇の中に、ガーランドの想い人のイメージにぴったりとくるものがあった。ガーランドはそれを指さし、花屋の店主に話しかけた。
「それを……もらえぬか」
 ガーランドは目に入った青と白の薔薇で、見映えのよい花束を注文した。青い薔薇は世界にまだ珍しく、それに想いを寄せる青年によく似合う。
 それと、店頭に並んでいる白薔薇は質がよく、青い薔薇とも相性はいい。清廉潔白な白薔薇と、あの青年を模したかのような青薔薇を組み合わせた花束なら、花に興味はなくとも喜んでもらえるのではないか。ガーランドは考えていた。
 だが、薔薇の茎に鋏を入れようとしていた店の主人は、ガーランドに目を向けて手を止めてしまった。そしてひと言ぴしゃりと言いきった。
「ガーランド様。その用途で使われますのならば、これは向きません」──と。
「な……っ、」
 ガーランドは兜の中で呆然としていた。ガーランドに対して、そのようにはっきりと言いきる者は珍しい。しかし、店主はおくびれることなく続けていく。店主の説明に、ガーランドは耳を傾けることにした。
──愛を告げる用途として用いられる薔薇という花には、薔薇自体や本来の色に加え、花の状態や本数や組み合わせにも花言葉のような意味がある。
 一本の赤い薔薇なら『一目惚れ』だが、九十九本なら『永遠の愛』となる。こういったものは山ほどあるが、そのようなことを考えながら選ぶより、好みのものを最優先するべきではある。意味も大事だが、外見で選ぶのもまた大事だと……店主は独り言のように付け足した。
 しかし、『求婚をしたい』と。はっきりした理由を言われてしまえば、その山ほどの謂れを無視することはできなくなってしまう。ガーランドの希望したダズンローズといえば、隅から隅まで薔薇の花言葉でできているのだから、なおのことだった。
 ダズンローズの十二本の薔薇の花束の意味は、『求婚』となる。加えて、それぞれの薔薇一本ずつに『愛情』『永遠』『真実』『感謝』『尊敬』……などといった意味があり、すべて揃えて〝それらすべてをあなたに捧げます〟という心を示すものになる。ガーランドの希望した青と白の薔薇の組み合わせは『祝福』ではあるが、求めている〝求婚〟とするなら意味合いとして向かない……と。

「そうか」
「はい……。ですから、」
やはりここは赤い薔薇で……。という店主の提案に、ガーランドは渋々だが頷いた。だが、少しばかりの心残りが付きまとう。しかし、あの青年に赤い薔薇は……。唸るように考える、そんなガーランドの様子に、店主は追加で提案をしてきた。
「赤と白の薔薇の組み合わせは、これまた『求婚』の意味がございます。せっかくなので、赤い薔薇の中に白を混ぜておきましょうか」
 店主のこの提案に、ガーランドは大きく頷いた。赤を情熱的にとらえるなら、あの青年に似つかわしくないとは言いきれない。ガーランドは無理に納得させ、店主の提案に従った。
 赤い薔薇の茎に鋏を入れていく店主に、ガーランドは目にした薔薇を指さした。
「ならば、白はあの一本だけを混ぜてもらえぬか」
 ガーランドの選んだ白の薔薇は、大輪種ではなく小さく清楚なものであった。主張するわけではなく、どちらかといえば控えめに存在するかのような……。これでは赤い薔薇に混ざってしまい、目立つことはない。店主に言われても、ガーランドは引かなかった。
「これがよい」
 何度も店主に念押しした。青年に手渡したときのことを何度も考え、頭の中で想像していく。青年に赤はどうかと……最後まで思ってはいたが、ガーランドの中で考えは改まった。これなら、赤い薔薇も悪くはない。
 そして赤い大輪種の薔薇の中で埋もれるように、白の薔薇がひっそりと存在する花束ができあがった。
「これで……」
「うむ」
 こうして、真心と想いと願いを詰め込んだ薔薇の花束を抱えたガーランドは、少しの後悔を滲ませたまま店を出ていった。赤の中に含ませた白い薔薇を青年が受け取ってくれたのなら──ガーランドは帰路を急いだ。
 一本の白い薔薇の花言葉は『私はあなたに相応しい』、それに枯れた白い薔薇は『生涯を誓う』だから──。
 今の時期なら、うまいけば半月くらいは綺麗なまま薔薇を保つことができる。それから、日に当てて乾燥させてやれば、青年が意味を知らずとも気持ちとして残すことはできる。
 それに、九十八本もの赤い薔薇を青年に渡し、物理的に重圧を感じて『愛が重い』と受け取ってもらえたら、薔薇冥利にも尽きるのではないか。真っ赤な薔薇で青年を囲み、普段は無表情に近い青年を薔薇色に染めることができるのなら……そう思えば、青い薔薇にこだわることもなくなった。
 早く青年の驚く顔が見たいと……ガーランドの脚取りは軽やかなものだった。

 Fin