2022.1/16
旧世界と呼ばれる世界は、光の射すことのない真の常闇であった。そんな旧世界に取り残された二人は、常に全力で戦い続けた。
疲労を感じないこの世界は、肉体の代わりに精神を疲弊させてしまう。意志の力が働くために、意図しなくても思ってしまうことを具現させるからだった。
光のない常闇だった世界には、今は満天の星が散りばめられる世界に変わっている。残された二人のどちらの思いが生じらせたものなのか……互いに伝えることはないので、詳細を知ることは互いになかった。
星が降ってくるような満天の星空の下で、二人は剣を交わし合った。しかし、決着はつかない。小康状態が続いたあと、二人は間合いをとるように少し離れた。そして、それは同時にこの闘争の一時終了となった。
「頃合か……」
戦いに明け暮れたあとは、少しばかりの休憩をとる。どちらが言いだしたことか……これは、ガーランドの提案になる。
『少し、互いの時間をとろうではないか』
本来なら必要としないものだった。闘争がすべてで、枯渇させることのできないガーランドの身としては……。しかし、ガーランドの望む闘争を叶えるべく、この旧世界に留まった目の前の青年──ウォーリアオブライトは別だった。
『私には……必要としない』
ウォーリアオブライト──ウォーリアは主張する。ガーランドが闘争を望むなら。それでガーランドが一時的にでも満たされることができるのなら。ウォーリアは盾を構えて剣を振り上げるつもりでいた。
『ふん。貴様がそれを望むなら、それでよい』
しかし、ガーランドはそんなウォーリアの様子を鼻で嗤い、背を向ける。闘争心をなくしたわけではないが、闘争を今は行う様子のないガーランドに、ウォーリアは『む、』と小さく声を出した。
背を向けて歩いていくガーランドに奇襲をかけるなど、心根のまっすぐなウォーリアには考えられないことだった。眉を寄せたまま大きな背を見続けていたが、やがてそれもやめたのだった。
二人しかいない世界で、闘争以外の時間を作る。闘争を渇望するガーランドにとって、これがどれほどの負担になるかを知っているからこそ──。
「そうだな」
あえて休憩時間を作ろうとするガーランドの意図を汲んで、ウォーリアは近くにあった大きな樹の根元に移動した。
肉体もだが、張り詰めた精神も相当疲弊していたらしい。樹に背を預けると、ウォーリアは深呼吸を繰り返した。
「……冷えてきたか」
この世界に季節はないはずだった。だが、今は冷たい空気で満ちている。凍えるほどではないが、ひんやりとした風は鎧を通して身に沁み込んでくる。まだ深夜ではないはずだが、夜が更ければさらに寒さは増してくる。
戦うことで高ぶった躰は、休息を得ることで急速に冷めていく。ガーランドが提案したのだから、寝首をかかれることはないと……ウォーリアは兜を下げた。ゆっくりと瞼を閉じていく。休むつもりはないが、休むふりはするつもりでいる。そっと身を抱きしめるように腕を組んだ。
しかし、外気だけはウォーリアに優しくはなかった。暖かくなるように思えば、意志の力は働く。それでもウォーリアは行わなかった。この寒さがガーランドの意図するものだと知っているから、望んでいるものだから。
ウォーリアが鎧の冷たさに身をぶるっと震わせていると、ぐいっと腕を引かれた。
「っ、⁉」
背は樹から離れ、ウォーリアは強引に立たされた。気配を感じることなく行われたことに、何事かと思い、ウォーリアは頭を上げる。うしろにズレた兜はウォーリアの頭から離れ、荒れた大地の上に落ちた。
「ガー……ランド?」
今は休憩時間ではないのか? 自らで提案したこの時間を不要として、再び闘争を望むのか? 困惑した表情を浮かべるウォーリアに、ガーランドはまたしても鼻で嗤った。
「ふん。貴様にと思ってな」
「なに……?」
ウォーリアの腕を掴んだまま、ガーランドはふいと顎で示した。そこには、朽ちたボロボロの小屋が建てられている。
これにはウォーリアがぽかんとする番だった。いつの間に……と思うこともない。意志の力でガーランドが出したのだと、嫌でもわかってしまう。
「どうし……、ッ⁉」
なぜ、ボロボロの小屋なのか。なぜ、ガーランドがここにきて思ったのか。疑問は尽きない。声に出して疑問を訊こうとしたら、腕を引かれてガーランドに連れていかれた。
「……」
「一時凌ぎにはなるであろう」
朽ちたボロ屋に押し込まれるように、ウォーリアは中に入れられた。周囲を見れば、本当にボロボロだった。天井は穴が空いており、四方の壁も一部崩れている。ここで冬風を凌げるとは到底思えるものではなかった。
ひゅっと入ってきた隙間風に、鎧の冷たさが身に沁みる。ぶるっと身を震わせたウォーリアに、ガーランドはなにも言わずに濃紫色の外套を羽織らせた。
「…………」
このことにウォーリアが驚愕した。これまでに一度も行われたなかったガーランドの挙動に、どう対応していいのかわからない。しかし、肩にかけられた外套とガーランドを何度も見て、ようやく理解を得ることができた。
「すまない」
「今宵は冷える。風邪をひくでない」
樹の下で、寒さに身を震わせていたのを見られていたのだろう。このような寒さを望んだのがガーランドなのだとしても、その理由をウォーリアは知らなかった。知ろうともしなかった。
ボロ屋をウォーリアに提供して、ガーランドはさっと外へ出てしまった。ウォーリアを一度も見ることはなく……。
パタン
閉じられた扉をウォーリアはずっと見ていた。休戦している今なら、夜が更ければ増す寒さを耐え凌ぐためなら、この小屋でこの刹那の時間だけでも過ごせたら……と、ウォーリアは考えてしまった。でも、その考えはすぐに否定した。
ガーランドがこの寒さを望み、意志の力で叶えた理由は今もわからない。わかりたくはなかった。ガーランドの意図を汲めば、ウォーリアに〝それ以上〟を言えるはずもない。
「おまえは……愚か者だ」
ボロ屋の外に出ていったガーランドを思い、ウォーリアは扉に凭れるように座り込む。ガーランドが入ってきても、扉の動きでわかるように、と。
「……貴様もな」
一方、ガーランドのほうも、ウォーリアが扉に背をつけたことを気配で感じとった。自身も外扉に凭れるように、どかっと座り込む。こうすることで、互いに動くことはできない。どちらかが扉を開けようものなら……。
くっ、ガーランドは嗤う。満天の星空を眺め、今しかない時間を思うことにする。
言葉にはできないガーランドの思いは、ボロボロの小屋という形で具現化させてしまった。これはガーランドの意図することではなかったのだが、結果として良かれと思っている。
これであの不器用な青年を樹の下で休ませることがなくなる。多少でも風の凌げる場所が得られたなら、今はそれで十分だった。豪華な小屋でも出してしまえば、訝しがられてしまうと容易く予想ができてしまう。
「ふん。この季節も悪くはないか」
凍てついた外気は、ガーランドの心を模したものだった。いつまで経っても潤沢することはない己が心に、まるでこの世界は呼応したかのようだった。
「ガーランド」
「む?」
扉の向こうから声をかけられ、ガーランドは首を少し動かした。扉を挟んで空気の動く気配がする。
「多くは望まない。だが、おまえが望むなら、私は──」
「戯れ言を」
ガーランドはウォーリアの主張を跳ねのけた。馴れ合うつもりはガーランドにない。
「そうか……」
ウォーリアはそれだけ言うと、黙って瞼を閉じた。ガーランドがそれを望んだなら、ウォーリアは叶えるだけだった。
ガーランドの外套を羽織ったウォーリアと、寒空の下で星を眺めるガーランドと、古びた扉を挟んで、互いの気配と息遣いだけは感じることができる。
外気は冷たくとも、温かく感じるものを二人は同時に得ていた──。
Fin