新たな神となるために

                 2022.6/13

 見ていられなかった──。
 あのままでは、二柱の神々は消滅してしまう。それなら、安息地として創られたこの地はいったいどうなってしまうのか。
 この世界では有する命でも、元ある地に戻れば無に還る者もいる。そのなかで、互いに尊重しあって存在できる地として、この地は創られたのではなかったのか。それを失うことなど──許されるはずもない。
 気づけば、私はガーランドに声をかけていた。
「……今一度、手を貸せ。戦いの場を失うことになるぞ」​──と。
 この提案に、ガーランドが断るとは思えなかった。ガーランドは闘争を渇望する身……それができなくなることは、身の存在そのものが危ぶまれることになる。けれど、そのガーランドがもし断るのであるならば、私ひとりでも遂行しようと思っていた。だが、ガーランドは首を横に振ることはしなかった。
「フン、元よりそのつもりよ」
 逡巡する……ということもせず、ガーランドは私の提案に即答してくれた。そのように言われたとき、私がどれほど心強く感じたか……おそらく初めてだろう。
 独りでもこの状況に立ち向かえると思っていたが、隣にガーランドが居てくれると思うと、途端に力が湧いてくるようだった。
 これで、神々が消滅することになり、私たちが新たな神となったとしても……仮にこの世界が消えてしまうことになったとしても、ガーランドだけは私の傍にいてくれるのではないか。
 ふたりで過ごした荒れ果てた旧世界のような世界を再現することになったとしても、皆が無事ならきっと意志の力で、二柱の神が目指そうとした世界を築いてくれるだろう。
 それに、今は新しいリーダーとして、オニオンが皆を先導するまでになった。彼がいれば、心配することもない。はじめは小さな光だと思っていたあのオニオンが、私の居ないあいだに随分と頼もしくなったものだと感心したばかりだというのに。また責務を押しつけてしまうことになるかもしれない。
 だが、彼なら私よりうまく、皆をまとめてくれるだろう。私が居なくても……大丈夫だ。安心した途端、私たちの躰は光に包まれた。見れば二柱の神々はもう……。
 二柱の神々の意志を継ぐことが、私とガーランドの……いや、私の望みだろう。ガーランドは付き合ってくれているにすぎない。

 私たちの躰が半透明になっていく。別次元の存在に変化していくのか、それとも私の躰は元に戻ってしまうのだろうか。もし、そうなってしまえば、ガーランドだけが取り残されてしまうのではないか。
 私は急激な恐怖に襲われた。私だけならどうなろうと構わない。だが、ガーランドは​──。
「案ずるな。何処までも付き合おうではないか」
「ガーランド」
……そうだった。私とガーランドは表裏一体、行き着く先はどこまでも同じ場所だった。それなら、怖くはない。私たちの身が透明に変わるころ、世界が急激に変化したようだった。
「​────っ、」
「​────ッ、っ、​────っ!」
 オニオンやプリッシュの叫び声が遠くで聞こえている。最後に本心を少しだけだが打ち明けられてよかった。ずっと独りで悩んでいたことに耐えきれなくなっていたのだが、彼らはそのことを責めようとはしなかった。それより、「もっと早く言え!」と。
 プリッシュらしい怒りを滲ませた大声を浴びせられたというのに、私は嬉しかった。私のこの思いが否定されるのではないかと。それに思い出したくても思い出せないことに、私は苛立っていたのかもしれない。
 ああ、躰が消えてしまう。私とガーランドはどこへ行くのだろう。願わくば、皆が平穏に過ごせるように。安寧の場として創られたのだから、元の世界に戻れば無に還ってしまう者が、好きなだけこの世界に在れる場所であってほしい。私の願うところはそれだけだった。
 少しずつ意識が遠のく。もう、オニオンの声もプリッシュの怒声も聞こえない。考えることが少なくなっていくうちに、私たちの躰は完全に消えてしまった──。

「ここは、どこだろう?」
 見渡せば、辺り一面……小さな野花の咲き乱れる大地の上だった。空は青く澄み渡っている。私はこの世界をどこかで見たことがあるかもしれない。ないかもしれない。記憶があやふやで不鮮明になっている。私はここで考えるのをやめた。私の記憶をたどるより、まずは世界を見ることを優先させた。
 ここは二柱の創った世界のどこかだろうか。それとも、私とガーランドが引き継いだ新たな大地──? 眼前に広がる広大な大地を眺めながら考えていると、背後から草を踏みしめる音が聞こえてきた。振り向くとガーランドがいる。
「どうやら、儂らだけのようだな」
「そうか」
 では、私たちは失敗してしまったのだろうか。皆はどうなってしまったのか。消沈しつつも焦る私に、ガーランドは声をかけてくれた。
「なるようにしかならぬであろう。悪く考えるでない」
「そうだな」
 そうだ、感情を負に傾けてしまえば、それがそのまま反映されてしまう世界だった。そこは変わらないらしい。ならば、まだ望みはある。皆は……きっと、いや絶対に無事だと。私とガーランドで見つけ出してみせる。
 決意を固めた私はガーランドの手を取った。この場を離れ、早く仲間たちを探したくて行ったことなのだが……ガーランドの腕を引いてしまったことに、少し遅れて戸惑ってしまった。
「ほう、貴様でも揺らぐことがあるのだな」
「……」
 言い返したいが、ガーランドの言うとおりでもあった。取り乱してしまったことを反省し、ガーランドの腕を離そうとした。しかし、それはさせてもらえなかった。今度はガーランドが私の腕を掴んでいる。
「ガーランド」
「背負いこむでない」
「っ、」
 その言葉に、なにかが崩れそうになった。ずっと堪えてきたものが崩されそうで、それを暴かれたくはなくて、私はガーランドから離れようと掴まれた腕を振り上げた。だが、これもガーランドに抑えられてしまった。
「神がどうして二対なのか、よく考えろ」
「っ、」
 ガーランドは私が勝手に決めたことを否定せず、付き添おうとしてくれている。そのことに気づいた私は腕を振り上げることをやめ、その場に俯いた。わかっていたはずなのに。ガーランドに手を貸せと言った時点で、こうなることくらいは。
「すまなかった」
「よい。……で、どうするつもりだ」
「どうもしない。ここが私たちの世界であるというのなら、このままおまえと過ごしてもいいかもしれないな」
「……」
 ガーランドは黙って聞いてくれている。私の腕を掴んだままで。私はどこにも行かないのに、用心深い男だ……。
「おまえと過ごしているうちに、もしかしたら仲間たちのほうが、私たちを先に見つけてくれるかもしれないな。きっと。この世界と仲間たちのいる世界は繋がっている。私はそう、信じている」
「相変わらず、めでたい頭をしておる……だが、先のように取り乱すよりよほど良い。その考えでおれ」
「そうだな」
 言葉は悪いが、これはガーランドなりに励ましてくれているのだろう。ガーランドはこうして私に寄り添ってくれている。重圧に負けることもあるかもしれない。世界に忘れ去られてしまうかもしれない。
 それでも、ガーランドと一緒なら、なにかが変わってくるのではないか。そうも思える。
「ガーランド。あのときの答えを今、返そう。私と……この世界の神に──」

 

 Fin