借りた書のこと

                2018.10/19

「フリオニール、今いいか?」
「いいよ。スコール今いないから入ってきて」

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 秩序勢がコスモスの加護を受け、とある安全な地にテントを設営して拠点を作り、しばらく経過したある日のことだった。
 スコールと二人で使っているテントの垂幕から、ウォーリアの特徴的な角だけがひょっこり入ってきた。どうやら中に入ることを躊躇い、お伺いを立てているらしい。
 普段のキリリとした佇まいからは想像も出来ない意外な姿に、フリオニールは小さく笑う。だけど、すぐに笑い顔を元に戻し、角の主を招き入れた。
「フリオニール、この前借りた書を返しに来た」 
「別に慌てなくても、ゆっくりで良かったのに……」
 拠点が作られ、ようやくメンバーが落ち着いて生活を始めてまもなくのころだった。フリオニールはウォーリアが興味を持ったという書を一冊貸していた。普通に読んでも内容が濃いため、読了には少し時間を要する内容の書だった。
 そんな書を、字が読めるかも疑わしいウォーリアに貸してしまったことに、フリオニールは若干後悔していた。実際貸してからもう一ヶ月近く経過している。ウォーリアには内容的にも難しかったのでは……と、フリオニールは考えていた。
……ウォルにはやっぱり難しかったかな?
 もう読み終えた書なので、ゆっくり読んでもらえたらいいのに。そんなことを考えながら、招き入れたウォーリアを座らせた。フリオニール自身も、ウォーリアと向き合うように腰を下ろした。
「大丈夫だ。バッツに解らない箇所は詳しく教えてもらった」
「……そう」
 ちくり、フリオニールの胸に何か刺さる感じがした。バッツとウォーリアは同じテントで生活している。読めない書の内容を、バッツに聞いたところでおかしなことは何ひとつない。
……あの書をバッツと読んだのか……。
 いたたまれなくなり、フリオニールは下を向いた。きっと今自分は嫌な顔になっている……。フリオニールは顔をあげることも出来なかった。目を閉じ、しばらく沈黙を続けた。だから、ウォーリアがフリオニールの隣に移動してきたことに、全く気付かなかった。

「それで。書の続きを、今度は君と読みたいと思って」
解らない箇所は君に教わりたい。頭上から聞こえた声にハッと目を開け、フリオニールは顔を上げた。
……なんで?
 フリオニールは真っ赤になって固まった。ウォーリアが至近距離で、覗き込むようにフリオニールを見つめている。
 ウォーリアはフリオニールが何故頬を赤くしたのか解らない。その冷たいアイスブルーの瞳で、さらにフリオニールを凝視した。
「ウォル、近いって!」
「君はどうして、顔を赤くしている?」
「あなたの顔が……近いからッ!」
 顔を近付けるだけでなく、赤くなった頬に触れてくる。フリオニールはいよいよ焦り、プチパニックを起こした。離れようとしてバランスを崩し、ウォーリアに腕を引かれて抱き留められた。
「……フリオニール、私に触れられるのは嫌か?」
「そうじゃない、だけど……」
 ぎゅっと抱きしめることで、ウォーリアはフリオニールの鼓動の速さに気付いた。フリオニールが頬を上気させて焦る理由を、ウォーリアはようやく察した。自分とおそらく同じ気持ちであることに、歓喜から表情を少し緩める。
「フリオニール、どうやら私達は同じらしい……」
 ウォーリアはフリオニールの腕をとり、自分の胸に触れさせる。同じような鼓動の速さを、フリオニールにも教えてあげた。フリオニールは驚愕し、赤い頬のままウォーリアを見上げた。
「同、じ……? えっ?」
「そういうことだ……」
 ちゅっ、と唇に軽く触れる口付けをしただけで、フリオニールの赤い顔が更に赤くなる。ウォーリアは思わず苦笑した。
「君のその姿を見ることができただけで、私は嬉しい……」
「うぅ……」
 照れて耳まで赤くしたフリオニールは、ウォーリアの胸の中で唸り始めた。そんなフリオニールの愛らしい姿に、ウォーリアは頭を撫でた。そして強烈なトドメを刺してきた。
「君の貸してくれた二×一本は、やはり君に読んでもらわないと……」
あの時のバッツの微妙な顔も面白かったが。二×一のR-十八本だと知らなかったとはいえ、そのようないかがわしいものをウォーリアは第三者であるバッツに読ませた。無知で無垢な勇者のトドメの言葉に、フリオニールはハハ……乾いた笑いしか出なかった。
「だが断る」

 Fin