To the dictates of the wind - 3/3


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【行ってくる
 当面の食生活はフリオを頼れ】

「……」
 この手紙が枕元に置いていたのをスコールが見つけたのは、朝日が昇りかけた早朝のことだった。
……居ない、か。
 スコールの危惧どおり、バッツの姿はすでになくなっていた。冷たくなった敷布は、バッツが出て行ってから時間がそれなりに経過していることを証明している。
 食事面をフリオニールに頼れというのは、バッツの作ったものを仲間たちと食べてしまい、追加で作る余裕がさすがになかったからか。スコールは昨夜のことを思いだす。
 あれほど激しく抱いたというのに、どうしてスコールより早く起きて、気づかれないように気配を消して出ていけるのか。バッツが普段は見せることのない能力値の高さを垣間見てしまった気がする。

『そんな神妙な顔をするなって。おれはまたここに帰って来るよ。おれの帰る場所がここしかないの……お前が一番よく知っていることだろ? だから待っていてくれよ。旅が終われば、おれはずっと一緒にいる。あともう少しなんだ。おれの中で答えが見つかるのは』

 バッツの言葉を思いだし、スコールははぁと溜息をつく。
……約束だからな。
 意外にも綺麗な字を書くバッツの置き手紙を、スコールは呆然と眺めていた。起きて支度しなければならないのに、そういう気分でもない。いっそのこと、今日は休んでしまおうか。そこまで考えていた。

 ポパッ

 バッツが勝手に設定した珍妙なラインの着信音に、スコールは手紙を枕元に置いた。気だるい躰に鞭を打って起き上がり、スマートフォンの画面を見た。
 昨夜のアルコールがまだスコールの体内に残っている。一気飲みが仇となったうえに、スコールは気づいていないが、実はバッツに一服盛られている。出社のギリギリのタイミングでアルコールが分解できるように調合されたそれは、バッツ手作りの薬だった。
 この国や薬草で有名な大国でもまず知る者のいない薬草を多種使用し、バッツは独自の薬を調合する。不認可のために一般に出まわることはない。だが、バッツの能力を知り、手製の薬を欲しがる機関も存在するほどだった。
 しかし、それは世界中を駆け巡り、叡智を極めたバッツだからできることなので、変な機関に狙われることだけは避けたいところだった。この件についてはセシルが一役買っており、バッツが狙われようものなら迎撃できるシステムが組まれている。バッツはこのことを知っていて、自力でうまく躱しているのだが。
 その手作りの調合薬をバッツはあまりにも普通に持ちだしてくるから、仲間たちを含めてスコールですら忘却をしていることがある。
 今回、バッツはカクテルに混ぜてスコールが起きられないようにしていた。もし、バッツがカクテルを作る姿をスコールが見ていたなら……薬を混入するシーンを目撃することができていたかもしれない。
……この時間に? なんだ?
 ラインのメール着信はクラウドからだった。スマートフォンからラインの画面を映しだしたスコールは、ピシッとその場でそのまま固まった。

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 クラウド

バッツから伝言。『次は加減しろ』と。
ほどほどにと言ったはずだ。お前たち、いい加減にしろ。
     ○/○○ 5:47

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「はぁっ⁉」
……どうやってクラウドとバッツはやり取りをしているんだ?
 スコールは呆然と画面を見ていたが、ハッと気づいたようにクラウドへと電話をかけた。数度のコールのあと、クラウドは出てくれた。
『どうした? ラインは見たのか?』
「見た。てか、なんでアンタがバッツとやり取りできているんだ。アイツ、通信手段は持たないって……」
 まくし立てるようにスコールは問いただした。言いたいこと訊きたいことはたくさんあるはずなのに、頭が混乱してうまく働いていない。支離滅裂になりながらもスコールが問うと、クラウドはしっかりと答えてくれた。
『それな。前にセシルがバッツに持たせたんだよ。連絡はしなくていいから緊急用に持っていろ、ってな。GPS機能のついた最新のやつをな……なんだ、お前には伝えていなかったのか?』
「……アイツはなにも言わなかった」
 自分だけ置いてけぼりを食らった気分になり、スコールはムッとしていた。GPS機能のついた最新モデルのスマートフォンを持っているのなら、バッツと連絡は取り合える。そのことをスコールが考えていたら、クラウドは付け足してきた。
『言えなかったんだろ? そんなものを持っていて、連絡しようと思えば毎日でも通話ができてしまうのなら、それはアイツにとって旅の意味がなくなる』
「……そうだ、な」
 毎日でもラインなり通話をしてしまう自覚がスコールにはあった。だが、それは知らない土地で文化や風習に触れたいバッツからすれば、不必要で邪魔なツールでしかない。クラウドの言うとおり、旅の意味をなくしてしまう。
『安心しろ。アイツが帰るとき、オレたちに【帰る】ってラインにメールを入れてくるんだ。なんならお前に、アイツからのラインはすべて転送してやるよ』
今回も送ってきたんだぞ。と続けたクラウドに、スコールは少し安堵した。バッツが通信手段を持っていたことも、それを教えてもらえなかったことも、同級生たちだけが連絡のやり取りをしていたことも、すべてスコールにはショックでしかなかった。けれども、クラウドが教えてくれるなら、それでもいい。バッツと繋がれる手段ができたのなら、スコールとしても日々安心ができる。
「それで頼む。悪かったな、……朝から」
『オレは構わない。シャワーを浴びるなら早く行けよ』
 余計なひと言で通話を終わらせたクラウドに、スコールは絶句したまま固まった。
……今のは、どういう?
 通信の切れたスマートフォンの画面をしばらく呆然と眺めていると、立て続けに着信音が入ってきた。スコールは慌ててライン画面を開いた。

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 セシル

おはよう。僕からモーニングコールだよ。
バッツを怒らないでね。彼の帰る場所はそこしかないから、ちゃんと待っていてあげて。
シャワーはちゃんと浴びるんだよ(^w^)
     ○/○○ 6:23

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 ウォーリア

彼を信じることだ。彼は君だけを見ている。
君が揺らげば、彼は旅どころではなくなることを心に刻め。
シャワーを浴びるなら、遅刻しないように。
     ○/○○ 6:24

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「〜〜〜〜っ、」
……だからっ、なんで知っているんだ。
 バッツがわざわざあの三人に教えたのか? くらりと目眩を起こしかけたのは、アルコールのせいか、バッツの薬のせいか。スコールは枕に突っ伏していた。恥ずかしいどころではない。完全に筒抜けになっているこの状況を整理するのに必死だった。
 それでも、いまから急いで準備をしないと遅刻してしまう。今日は休もうと思っていたが、この程度で休んだとバッツが知れば叱咤してくるに違いない。
 スコールはガバッと勢いよく起き上がり、準備のために動きだした。次にバッツがここに帰って来るのを、楽しみに待っていよう。そのときはもっと動けないようにしないと……な。そんな物騒なことを頭の中で考えながら、スコールはシャワーを浴びに部屋を出ていった。
 残されたバッツの置き手紙の裏にはスコールに読まれることはなかったが、一文が記載されていた。

【スコール、いつもおれを待っていてくれてサンキュな】

 この文章にスコールが気づいたのは、次にバッツがこの部屋に戻ってくる直前であったことを付け足しておく──。

 Fin