子どもたちの追跡劇 - 2/2

 

「来たな」
「来たね」
「終了だな、ガーランド」
「ふむ。ならば、ここまでだな」
 カオス神殿の奥にある謁見の間の玉座前でのこと。剣を交えていた年長三人とガーランドは、空気の流れとそのうるさい音から新たな侵入者に気づいた。見据え合っていた四人は剣をしまい、セシルは暗黒騎士からパラディンにさっと戻る。
「よし。おれらはここでアイツらが来るの待ってよーぜ」
「そうだな。帰りは皆で一緒に帰るか」
 にこにこ顔のバッツに、クラウドも気持ち嬉しそうな表情をしている。前回の報復で年少組に追跡されていることに気づいているために、ここで別に怒ることもない。クラウドとしては、むしろ俺たちのスピードによく付いてきたな。といった考えを持っていた。
「……儂は静観に徹する。迎えが来ればさっさと帰れ」
 しかし、これで興ざめてしまったガーランドは玉座に座りなおし、呆れた声を出す。
「そうだね。それにしても……わかりやすいね。いつもこうなの?」
「いつもだ。うるさいのは鎧だけではないがな」
 美しい微苦笑を見せ、セシルはガーランドに問いた。はーと、大きな溜息を零しながら、心底呆れきった声でガーランドは洩らす。ガーランドは天を仰ぎたい気持ちだった。

 ガシャガシャガシャ
 バン‼︎
 うるさい金属音のあとに、謁見の間の扉は派手な音を立てて開けられた。謁見の間の入口には四人の戦士が立っており、それぞれが武器を奥の玉座に向けてビシッと指している。これにはさすがのガーランドも面食らい、年長三人は度肝を抜かれていた。
「ガぁーランドぅっ‼︎ 今日こそは決着をつけようではないかァ‼︎‼︎」
 この四人の戦士とは、ものすごくいい笑顔をしたフリオニール・ティナ・ジタン・ティーダであった。四人とも大声を張りあげてから、ズカズカと謁見の間の中へと突入していく。
「はは……」
……もう。恥ずかしいなぁ。
「…………ち、」
……やってられん。
「……」
……私の言葉だが。
 突入した年少四人以外のオニオンとスコール、そしてウォーリアはうしろのほうでかなりの呆れ顔になっている。この三人は、はぁとそれぞれ大きな溜息をついていた。スコールに至っては顔に手をあて、その場面を見ないようにしている。
「おー。お前ら、遅いぞ」
「……あれ?」
 ここで、にこにこ顔のバッツが出迎えてきた。ガーランドと邂逅するときのウォーリアの真似は、年長三人とガーランドから完全にスルーされて不発に終わっている。渾身の演技をしたはずの四人は、さすがに羞恥を感じだしていた。
「なるほど。いつもこうなんだね」
「そういうことだ……」
 微苦笑から本格的な笑いに変え、セシルは口元に手をあててクスクスと肩を震わせだした。
 神殿の外から、この謁見の間の玉座に来るまでに響き渡る鎧の擦れる音と、毎回ガーランドと邂逅するたびに出てくる開口一番の叫び声がやかましいウォーリアの様子を、年少の四人とガーランドから見て取れた。
 これにはセシルだけではなく、クラウドとバッツも複雑な面持ちでガーランドを見てしまう。ウォーリアがやかましく声を発するのは鼓舞させるためと、ガーランドに来たことを気づいてもらうためなのだろうが……鎧の音だけで問題はなさそうに思えた。謁見の間までの回廊を歩くだけで、かなりの音が響いていることを、ウォーリアも知っているはずなのに。
 しかし、そこはそれ。ウォーリアとガーランドの問題なのだから、年長三人は華麗に流した。それよりも訊きたいことがあり、クラウドはウォーリアに視線を向ける。
「ウォーリア、お前だろ。あの強烈なエンカウントは」
「……私のせいではない」
 クラウドから言われ、ウォーリアは柳眉を顰めた。その性質が問題なのであって、ウォーリア本人にはどうすることもできないことを問われても答えようがない。
「いいじゃない。みんなで蹴散らして帰ろうよ」
「だな。ウォーリア、帰ったらいいもんをやるよ。前にゲットしたんだけどよ、使い途がなくて放ったらかしのものがあるんだ」
「……?」
 セシルの物騒な物言いにバッツが続く。バッツの放ったらかしの意味が理解できていないウォーリアは、頭に疑問符を何個か浮かべた。
 セシルとバッツの助けが入ったことで、問う気の失せたクラウドは、この場に集まった全員をそれぞれ見ていった。誰も怪我はしていない。これなら、あのエンカウント率でも無事に帰ることができそうだった。
「なら、このまま皆で帰るか。ガーランド、邪魔したな」
「儂は構わぬ。いつでも来るがよい」
 腑に落ちない部分はあったが、クラウドはガーランドに挨拶をした。ガーランドは興味なさげにふんと鼻をならし、巨剣を持って玉座の奥へと入っていく。
 これで、年長三人のカオス神殿での用事は終わった。そのため、秩序総勢十人でのんびりと帰ることにする。
 しかし──。

「十人もいるのに、なんでこんなに手こずるんだよー?」
「ちょ……っ、また来たッスよ」
 ジタンの泣きの入った言い方に、いい加減うんざりな顔のティーダが続く。十人の前にはあれよこれよと集まった得体の知れない生命体の集団があった。
 いくら十人で善戦しても、数の多さでキリがない。無尽蔵に現れる生命体──魔物に、体力的にさすがに音を上げる者も出てきだした。
「……どけ。俺が殺り尽くす」
「私も手伝おう、クラウド」
「アンタはまた盾を拾いに行かなきゃならなくなるだろう。いちいち面倒だ。……オレも殺る」
 気が短くて好戦的な三人──クラウド・ウォーリア・スコールは、それぞれの武器を手に殲滅させる気満々で前に出た。
「お前ら、今日の食材以外は殺るのナシな。不必要な殺生は禁止だぞ」
「来るときに見つけた果物も回収して帰らないとね」
 冷静に状況を見て、バッツは好戦的な三人に注意を促す。得体の知れない魔物とはいえ、生きているのだからむやみやたらな殺生はご法度だった。
 思いだしたかのように付け足されたセシルの、ちょっとのんびりしたような物言いには、好戦的な三人以外のみんながほっこりとした。

「……みんな、元気ね」
「なんであんなに楽しそうなんだろうね」
「わだかまりがなくなったからだろ?」
 音を上げながらも戦う姿勢を見せるジタンとティーダ、殺る気満々のクラウド・ウォーリア・スコール、客観的に見ているバッツとセシル、戦い方や立ち位置もそれぞれだった。
 ティナ・オニオン・フリオニールは遠目にそんな七人を見ていた。もうオニオンは猜疑の目を、年長三人に向けてはいなかった。
 フリオニールもウォーリアのエンカウントにいい加減辟易していた。けれど、みんながなんだかんだ言いながら楽しく蹴散らしているのを遠目に見て、まあ、こういうのもアリかな。と、ついニッコリ笑ってしまう。

 ***  **  ***

 そうこう言い合いながらも、秩序勢は誰ひとり怪我することなく無事野営地へと戻ることができた。
 ジタンとティーダはさすがに疲れきった様子を見せ、テントに直行した。残りの年少組で晩ご飯を担当し、各自で動きはじめていく。

「バッツ。これはなんだ?」
 年長組のテントの中でのこと。ウォーリアの左手首に、鈍く光る太めの腕輪が嵌められている。前にバッツがゲットしたらしいが、どこで、どうやって、ゲットしたのかは……バッツ自身が記憶に残していないものだった。
「退魔の腕輪だよ」
「退魔の腕輪?」
 初めて聞く名前に、ウォーリアは思わず鸚鵡返ししてしまう。説明をしてくれたのはバッツではなく、傍にいたクラウドだった。
「敵との遭遇率を下げるというアクセサリーだ。バッツ、よく持っていたな」
「おれもよくわからないけど、なんでかずっと持ってた。放ったらかしにしてるより、必要なヤツが持っているほうがよっぽどいいだろ?」
「……そうか。バッツ、ありがとう」
 バッツの言っていた〝放ったらかし〟の意味がようやくわかり、ウォーリアは素直に礼を告げた。鈍く光る腕輪は、篭手を装着していても邪魔になるものでもない。
「でも、これで本当にエンカウント率が下がったらいいよね。ウォルも安心してカオス神殿に行けるし、ね?」
「そうだな、セシル。これで行き来しやすくなればよいが」
 たとえ、この退魔の腕輪以上のエンカウントをウォーリアが持っていたとしても、それはそれでいいと思っていた。それより、バッツの気持ちが嬉しかったから、ウォーリアはこのまま着けておくことにする。
 その結果、またひと悶着が起こってしまうことになるのだが──。

「それで? もうお前とスコールは、猜疑の目を俺たちに向けていないんだな? あと、オニオン。お前も」
「クラウド、大丈夫だ。私たちは君たちを信じている」
「……そうだな、オレもだ。悪かった」
「……ボクも」
 皆が集まる大きな火の側で、楽しい夕食を終えた十人は楽しく談笑をしていた。
 そのような和やかな空気のなかで、クラウドはやっぱり気になるのか、ウォーリアとスコールとオニオンに確認を取っていった。
 クラウドのいつにない真剣な表情に、スコールとオニオンは少し萎縮しているようだった。ウォーリアは変わらずではあったが。
「もういいんじゃないかな。わざわざ蒸し返さないで、これで不問にしようよ」
「そうだよ。俺もセシルに賛成だ」
 補佐の中でも中立的な立場に立つセシルとフリオニールが、『この話はおしまい』と、クラウドに終わらせようと持ちかけてくる。なにせ味方ともいえる秩序の勢が、総勢十人しかいない世界なのだから。小さなことで喧嘩して、仲違いなんてしていられないのが事実だった。互いの手を取り合わなければ、元の世界に戻ることはできない。──この世界線では戻ることがないのが本音であり、戻ってしまえば終わってしまうのだが。
「……そうだな。俺も悪かった」
 クラウドももう一度詫びを入れて、この話を終わらせた時点でこれまでのわだかまりは解決となった。
 火の側にいた残りの者もどうなるかと心配して見守っていたが、ようやく終わりそうな雰囲気に、緊張感もほぐれてそれぞれが胸を撫で下ろしていった。
「セシルが見つけた果物を切ってきたぞ。話が終わったなら、みんなで食おうぜ!」
 そこて、空気を読んだのか読まなかったのか。バッツは採集してきた果物を大皿に盛り付けて出してきた。酸味が気になる者がいるかもしれないと、糖蜜を横に添えての徹底ぶりだった。
「やった‼︎‼︎‼︎」
 これには、夕食を食べたばかりのメンバーたち──主に年少組が喜んだ。串に果物を刺して、それぞれが口に含んでいく。
「っ、すっっぺぇ!」
「おいっし……っ!」
 酸っぱいやら美味しいやら、味覚によって感想は変化する。それぞれの感想が飛び交うなかで、和やかな時を全員で過ごすのだった。

          【子どもたちの追跡劇 完】