お父さんたちは心配症 - 1/3

                 2018.3/22

 とある日の午前中のことだった。曇天の広がる世界のなかで、秩序のメンバーは拠点とする場所を作りだした。そこは野営地と呼ばれ、以来ずっと使われている。
 野営地の中心では大きな火が焚かれ、総勢十名のメンバー全員が揃って団らんをしていた。数人で談義に花を咲かせたり、武具の手入れをしていたり……一箇所に集まっているだけで、行っていることは個々でバラバラであった。
 パンっ‼︎
 そんな午前のまったりとした時間を割くかのように、突然手を叩くような音が聞こえてくる。
 これにびっくりしたのは、主に年少組のほうだった。数人がキョロキョロとあたりを見まわし、そして音の出たほうを向く。そこにはクラウドが立っている。
「俺たちは出かける。なにかあれば、フリオニールとスコールに指示を仰げ。フリオニールとスコール、あとは頼むぞ」
 クラウドは総勢十名の秩序勢を束ねる実質的なリーダーを務めている。……もっとも、クラウドはリーダー代行であり、本来その役目を担う者が別にいるのだが。
 ともかく、そんなクラウドから、年少組にここでひとつの命令が下った。手を叩いたあと、クラウドは全体をさっと見て年少組の様子を探っている。
 クラウドの命令自体は、今回そこまで難しいものではない。しかし、ちょっとばかり予想外ではあった。
「いいよ」
「……ああ」
 クラウドはウォーリアオブライト──ウォーリアを指名してくると思っていたフリオニールとスコールは、この命令に一瞬だけ耳を疑った。しかし、これが空耳でないことがわかると臨機応変に対応し、二人揃って首を縦に動かしている。
 火から少し離れたところに大きな樹がある。その樹の根元に腰を下ろし、凭れかかって瞼を閉じて休んでいるウォーリアは、珍しくクラウドから自身が指示者に指名されなかったことに、思わず安堵の息を零した。
「夕方までには戻る。昼食および夕食準備は頼んだ」
「みんな、仲良くしてね。喧嘩なんてしちゃダメだよ」
「食材採集をできたらしておいてくれ。難しい……てか、無理ならいいけどなッ」
 クラウド・セシル・バッツが続けて言ったが、フリオニールだけはひとつだけ頭に疑問が浮かんでいた。
「バッツ。食材採集って、なにを採ればいい? それとも捕るほうか?」
 そのために、フリオニールは直接バッツに問いた。今まで留守番を言われたことがあっても、具体的な指示はなかったからだった。ましてや、年少組とウォーリアしかいない状態でのその指示は、大変難しく……いや、無謀とも感じられた。
「フリオ。それはすべてお前の判断に任せる。ウォーリア含め、スコールとうまいことやっておいてくれ」
「……」
 フリオニールとバッツの会話に『どうして、そこで私の名を出す?』と顔に滲ませたウォーリアが美麗な柳眉を寄せた。そして、ここでようやく閉じていた瞼を開き、顔だけを動かしてバッツを見据えた。
 ウォーリアの強い視線に気づいたクラウドが、バッツの代わりに胡散くさい──とてもいい笑顔で、晴れやかに答えた。
「ウォーリア。お前もいつかは俺たちと同じ年長組に入るんだ。フリオニールとスコールの監督をやってやれ」
「……断る」
……そう来たか。
 ウォーリアは目の前が真っ暗になりそうになった。なぜ、いつも私に振る? オニオンやティナはともかく、ジタンやティーダだっているのに。そういったことを頭の中では考えていても、結局はクラウドにまだ意見ができていないのだが。
「なら、お前が指示者するか?」
「……監督でいい」
……っ、? 監督??
 指示者に比べれば、フリオニールとスコールを見ているだけの監督のほうが、まだマシなのかもしれない。ウォーリアは結論を出した。だが……監督? 耳慣れない言葉に、ウォーリアは頭の中で何度も反芻するほど引っかかっていた。
「決定だな。行ってくる」
 クラウドが簡潔にまとめ、昼になる少し前くらいに年長三人は慌ただしく出発していった。いつも以上に忙しなく出ていった年長三人に、残された年少組全員は声も出せずにぽかんとしているだけだった。
「──……っ、⁉⁉」
……二人の監督、か。厄介だな。
 そうくるか、と。柳眉をぴくりと歪ませて、ウォーリアはその場に腰を下ろしたままで、先まで年長三人がいた場所を見つめていた──。

 ***  **  ***

「私はここにいる。なにをすればいいのか決まり次第、教えてほしい」
 それだけを伝えると、ウォーリアは再び瞼を閉じてしまった。兜の前を下げ、眼元を隠す。
 遠まわしな拒絶の態度に、フリオニールはやれやれと肩を竦めて苦笑した。スコールはいつものことだな、と呆れながら、今後のことをフリオニールと相談しはじめた。
「フリオニール、これからどうする?」
「そうだな。早めに昼食を摂って、水場で魚釣りとその近場で山草採集と獲物を狩るか」
「決定だな」
 戦闘ならいざ知らず、アウトドアにかけてはほぼ素人のスコールより、反乱軍所属で弓スキルの高いフリオニールに軍配があがる。この場はフリオニールに任せるほうがいい、スコールの判断は賢明であった。
 スコールとひととおりの相談を終えたフリオニールは、話を聞くつもりすら見受けられないウォーリアの傍へと近寄った。この場はスコールとフリオニールに任されたが、今回はウォーリアの了承を得ないとなにも始められない。クラウドの言に、フリオニールは忠実に従った。
「──ということだから。ウォル、昼からはあなたも一緒に水場へ行くよ。それでいいかな?」
「了解した」
 ウォーリアの素っ気ない返事に、フリオニールはまたひとつ苦笑した。ウォーリアの了解は得られたのだから、今度は昼食準備をはじめるべく食材の確認をしていく。時間を少しも無駄にしない、フリオニールならではの行動力だった。
 ウォーリアのところから食材を備蓄している場所へと移動する際に、フリオニールはティーダに声をかけた。
「ティーダ、作ろうか」
 ティーダは胡座をかいたまま、頭にボールを乗せてバランスをとっている。フリオニールから声がかかると、頭のボールをぽんと小突いて頭上高く放り上げた。
「いつでもオッッケーッスよ!」
 落下してきたボールをパシッと両手で受けとめ、ティーダは満面の笑みをフリオニールに見せた。曇天のなかでも眩しい笑顔を絶やさないティーダの笑みは、フリオニールから見ても清々しくて気持ちいいものだった。つられるようにフリオニールも笑顔になる。
「よし。今日はやることが多いから、早く作ってしまおう」
「了解ッス‼︎」
 今日の昼食当番はフリオニールとティーダのため、二人で食材を探っていく。ざっと全体を見るだけで、フリオニールは手際よく段取りしていった。
「ティーダ。この芋の皮を剥いてから、切らずにそのまま煮込んでくれるかな」
「うィッス」
 フリオニールはティーダに材料を手渡すと、簡単に指示を出していく。今回使用する芋は小さめで、切らずともひと口で食べられるものを選んでいる。これは料理慣れしていないティーダに配慮してのものだった。
 簡潔でわかりやすいフリオニールの指示に、ティーダの動きも加わって、昼食準備は滞りなく進んでいく。コトコトと芋の煮える香りが充満してくると、ティーダは傍に置いてある野菜を指さした。
「フリオ。この野菜はいつ投入するッスか?」
 それは、ティーダが芋の皮を剥いているあいだに、フリオニールがざっくりと切っていた野菜たちだった。色とりどりで、生のままでも食べられるものも含まれている。
「それは仕上げに入れる。それよりトリを焼くから準備を頼む。俺はこっちを先に仕上げるから」
「了解ッス」
 出汁を取りながら別準備をしているフリオニールに、スープを担当しているティーダは都度訊きながら作業を進めていく。スープは具材を投入して、味付けをするだけの簡単なものだった。そのため、料理初心者のティーダにも任せられる手軽で簡単、栄養価は高くて胃にも優しいメニューである。
「干し魚があまりないな。昼からたくさん釣って作らないと」
「魚捕りなら、オレやるッスよ!」
「頼むよ」
 作りながら備蓄食材のチェックも同時に行っていく。足りないものを脳内ノートに書き込みながら、フリオニールは淡々と作業を進めていった。その手際のよさは旅人であり、ジョブマスターのバッツと全く引けを取らない。
「フリオは……なにを作ってるんスか?」
「ああ。これか? ウォル用にだよ。あの調子じゃ、食欲がないだろうと思って」
 出汁を丁寧に<ruby>濾<rt>こ</rt></ruby>しながら、フリオニールは顔を動かすことなく答えた。〝ウォーリアの機嫌が悪い=躰の調子が良くない=食事を摂らない可能性がある〟というのがフリオニールの中で図式化しており、そしてその図式は確実に当たっている。

「いたーだきーますっ‼︎‼︎‼︎」
 今日の昼食メニューは大量のパン、ティーダの作った具だくさんのスープ、トリを塩だけで味付けしてこんがり焼いたものなど、大人数の食べ盛りな年少組の胃袋を満たすには十分すぎるものだった。フリオニールが食事を担当すると、このあとは高確率でスイーツが出てくる。これも年少組のささやかな楽しみでもあった。
「ウォル、あなたも食べよう」
「……私は要らない」
「やっぱり」
 案の定とばかりに、フリオニールは思わずクスッと苦笑した。それを視界に入れたウォーリアは表情を怪訝なものに変え、兜の前を少しずらしてフリオニールを見上げてくる。じっと見つめてくるウォーリアの視線を感じ、フリオニールは苦笑をやめた。
「あなたがそう言うと思ったからね。でも駄目だよ。これから水場へ行くんだからさ。ウォル用に作ったものがあるから、食欲がなくても今回はちゃんと食べてくれるかな」
「…………わかった」
……やはり、お母さんには敵わないな。
 フリオニールはバッツ以上にウォーリアを気にかけてくれる。その大半が食事面だったりするのだが、これにはさすがのウォーリアも断れないでいる。これがフリオニールではなくバッツであったなら、ウォーリアは口論になってでも頑として食を摂ろうとはしないのだが。
 ふぅと小さく溜息のようなものを零し、ウォーリアはゆらりと立ち上がった。先を行くフリオニールを追いかけるように、ウォーリアはうしろをついて行く。
「はい。これ」
「これ……っ」
 フリオニールが用意してくれたものを見て、ウォーリアは最初は驚き、そして小さく口角を上げた。手を伸ばし、フリオニールから器を受けとる。
 小さく笑うウォーリアを見て、苦笑していたフリオニールも満足げな表情に変わっていった。作って良かった……と、心から感じている。
「ウォル、こっちが空いてるぜ」
「ああ」
 ジタンから手でおいでおいでをされ、ウォーリアはストンと隣に座った。テーブルの上に載せられている大量の昼食の中で、ウォーリアの持つスープは妙な異質さを放っている。
「ところで……、それなに?」
 ウォーリアの器に入れられた、ほかのメンバーとは明らかに違う別メニューに、ひと目見てジタンは疑問を持った。そのため、横に座ってくれた無駄に威圧感を放つ麗人に、そのまま直接問いた。
「フリオニールが私のためにと、作ってくれたものだ」
 器に入っていたものは、この世界ではあまり見ることのない〝雑炊〟と呼ばれるものだった。それも水分多めの、ほぼスープに近いものとなっている。魚やトリ、野菜の旨味が匂いからも感じられ、丁寧に出汁取りをしたことがよくわかる逸品になっている。
「……」
……機嫌はともかく、体調が悪いわけではなかったのだが。
 兜を下げ、だんまりを決め込んだために、フリオニールは自身を体調不良と見なした。それで、これを作ってくれた……とわかるため、ウォーリアは断ることなく素直に受けとった。
 フリオニールの気遣いに感謝し、また、そのような余計な気遣いをさせてしまった自身を反省しながら、ウォーリアはゆっくりと食べだした。猫舌なウォーリアでも食べられる温かさにされた雑炊は、抵抗なくすんなりと胃に入っていく。
「はい。これは別腹メニューなんで、食べられる人だけな」
 フリオニールは全員の食事状況を見計らって、さっとブルーベリーフールを出してきた。生クリームと砂糖とブルーベリーだけで作ることのできる簡単かつ美味しいスイーツは、カロリーを気にするティナも大好きな一品だった。
「これを食べたら出発するから、各自で準備を頼む」
 甘いものが苦手なスコールは昼食だけを食べ、フールは食べずに準備を進めていく。食べ終わった残りのメンバーも、各自で準備をはじめていった。

 ──────

「へぇ。うまいことやってるんじゃねーか?」
「フリオがいれば、だいたいはできるでしょ」
「水場に行くなら、ついでに洗濯も任せたらよかったか? しまったな……」
 遠くの草場から、クラウド・セシル・バッツの年長三人がこっそりと年少組とウォーリアの様子を覗き見ていた。
 実は、今回は行かなければならない用事というものが特になかった。なんとなくで、年長の自分たちがいない時間帯の年少組の過ごし方を見たかったから、という理由からだった。といっても、理由はそれだけではなかったのだが……。

 

 

 

 昼食後、年少組全員とウォーリアは火の側に集まっていた。午後の予定をスコールとフリオニールから聞くためだった。
 フリオニールがバッツから言われたことをもう一度説明していく。そのうえでチーム分けが必要であることも伝えたのだが……。
「よっっしゃーぁッ‼︎ 泳ぐっッスよッ」
「違う、ティーダ。そんなことをすれば、魚が逃げるっ」
「え〜〜っ⁉」
 ビシッとスコールに注意され、ぷぅッとティーダは両頬を膨らませた。りすの真似しても、りすのほうが絶対に可愛い。見たスコールは思った。
 フリオニールの話途中ではしゃぎだしたティーダを一喝したまではよかったが、残念なことにスコールは余計な雑念が入り込んでいる。このままでは大きく反れてしまうと判断したスコールは、一度こほんと咳払いをしてから話を続けていった。
「まずはメンバーを分ける。オニオン・ティナ・フリオニールは山菜採り、ジタンとティーダは魚釣り、オレとアンタが……狩猟だ。ある程度とれたら、終了して洗濯だ」
 スコールがチーム分けのメンバーを発表する。これは事前にフリオニールと相談して決めていたものだった。狩猟はスコールと、早い話か消去法で残ってしまったウォーリアが組み込まれている。要はウォーリアが採集できないこと、人前では絶対に脱がない鎧のせいで、水場の作業にも向かないからであった。
 スコール的には、ウォーリアと組むのはかなり気が重かった。共通点は寡黙で無表情なことくらいで、戦士としてもタイプが全く異なるし、当然のことながら交わす会話も少ない。黙々と狩猟するだけならまだいい。まだ許せる。だが、お互いが単独行動をしてしまい、チーム行動もへったくれもなくなってしまいそうな気がする。というかなる、絶対に。……と、スコールは勝手に考えていた。
 はぁー。大きな溜息をつきながら、スコールは無駄に威圧感を放つこの青い戦士を、上から下まで改めて見なおした。
「……なんで、こんなに眩しいんだ」
……これだけの威圧感を放って、狩猟なんてできるのか? 向こうが察知して逃げだしそうだが。
 改めて見つめることで、ウォーリアが無駄に光を放っていることにも気づいた。威圧感どころか、存在感まで無駄にありすぎる。
 ウォーリアの青い重鎧は、中世の御伽話にでも出てきそうな美しいものだった。セシルの優美な白銀の鎧とは、また違うタイプの美しさを持っている。
 ウォーリアは秩序勢の中で、一番身長が高い。しかも角兜のおかげでさらに縦に大きく、しかも大きな盾を常に持っているために、横にも大きく見えてしまう。その威圧感と相まって、近くに寄れば強烈な圧迫感まで伴ってくる。
 そんな威圧感と圧迫感の塊が歩けば、大きな動物などは危険を察知して早々に逃げだしてしまう。しかもガシャガシャと金属の擦れる音まで出している。それは、いわゆる『私はここにいる』と、その存在を大声で教えて歩きまわるようなものでしかない。
 しかしだ、しかし。ここで解せない現実があることをスコールは知っている。大きな動物などは確かにウォーリアの傍には寄らない。だが、反して小動物などはウォーリアの傍へ平気で寄ってくる。いつもウォーリアが大きな樹の根元で腰を下ろしていると、数体の小動物が樹の枝や地面からウォーリアのことを見ていたりする。このことにスコールはいつも首を傾げていたのだが……。
「……これで狩猟とは」
……絶対、無理だろ。
 まず話にならない。今回狩るのは逃げてしまうほうの大きな動物であり、警戒心なく近寄ってくる小動物ではない。顔に手をあてて、何度も左右に振った。狩猟に出る前から詰んでしまった状況に、スコールは早々に結論を出していた。

 ***  **  ***

 スコールがチーム分けをしてから、それぞれが一斉に動きだして数時間が経過した。曇天の続く異界の各所で賑やかだったり、不穏だったりと、いろいろな空気が入り交じっている。
 こちらは、そのひとつの場面をだった。
「えっ、アルテマはフリオニールが覚えたんじゃないの?」
「それがさ。レオンハルトがうっかり本を開いてしまって、やむなく覚えてしまってな……」
 山菜採集を任されている三人は、のほほんと話し合いながらの採集作業を続けている。あまりの楽しさに、三人会話も弾んでいる。
 会話の内容は、フリオニールがアルテマの本を入手した当時のころのようだった。オニオンからの質問に、遠い目をしながらフリオニールは答えている。
「レオンハルトって、……誰?」
「俺の義理の兄さん。厳しいけど優しくて……俺の憧れだ。懐かしいな。あ、ティナ。タンポポの根は珈琲になるから、掘って持って帰ろう」
 知らない人物の名前が出てきたので、ティナは訊きながら首を傾げていた。根っこから引っこ抜いたタンポポを籠に入れ、眉を少しだけ寄せる。フリオニールの言い方からして、アルテマがティナの思うものと少し違うように感じられた。
「だから大変だったんだ。武器の熟練度を下げずに魔法熟練度を上げるのにさ……」
 フリオニールは当時の仲間たちを思いだしながらも答えていく。当時は苦労も多かったが、その分の達成感もひとしおだった。懐かしさのあまり、フリオニールの口元がついつい緩んでいる。
「そう……。ところでそのレオンハルトって人は、うっかり覚えたそのアルテマを使いこなせていたの?」
「……なわけないっ。レオンハルトは完璧な戦士だ。アルテマの熟練度を<num>16</num>まで上げても、結局は悲しい結果にしかならなかった……。ミンウを返せェッ‼︎ とテレビに怒鳴った記憶がある。……当時のいい思い出だ」
「そう……」
 指のあいだから血が零れそうなほどぐぐぐぐっと強く握った拳をぶるぶると震わせ、ティナからの疑問にフリオニールは答えた。フリオニールの閉じた瞼からは、血の涙まで流れてきそうな勢いになっている。地の底を這うようなフリオニールの低い声は、ティナとオニオンの心にずずんと重くのしかかった。
 当時アルテマを習得していたティナは、Ⅵのアルテマの威力との雲泥の差に、思わず「御愁傷様……」と言いかけた。言いかけただけで、さすがに口には出さなかったが。
「……」
──Ⅲのエウレカやクリスタルタワーの攻略に、土曜日の午後の半日すべてをテレビ前に拘束されて、自力往復したことなんて、Ⅱのアルテマの悲劇に比べたら可愛い思い出かもしれない……。
 オニオンはフリオニールの話を聞きながら、ハハハ…と乾いた笑いを洩らしていた。さすがにそのことをフリオニールに告げるわけにはいかない。Ⅱの当時のアルテマの事故は聞かなかったことに……と、ティナとオニオンは目配せをしてから頷きあった。

 山菜採りチームと同時刻。秩序の勢が拠点としている野営地から少し離れた場所に、水場と呼ばれている大きな湖がある。そこでは、バシャバシャと派手な水音が響いていた。
「また釣れたッスよ!」
「くっそぉー。次はオレが釣るぜ!」
 こちらは魚釣りチームのほうになる。ジタンもティーダもそれぞれのバケツに釣った魚を入れては、その都度釣れた数を競っている。水の入ったバケツはすぐに釣った魚でいっぱいになっていく。
 ある程度のところまで釣れると、二人の様子は一変した。二人で顔を見合わせ、にっと笑顔を見せあう。先まで競い合っていたことも忘れ、ジタンとティーダは大きく頷き合った。
「そろそろか?」
「そろそろッスよね」
 バケツ二杯分の魚を釣り上げた二人は、釣りを放棄するかのように釣竿代わりの太い木の枝をポイと放り投げた。糸のついた木の枝はバケツの側にポトンと落とされ、その音と振動にびっくりしたのか、バケツの中の魚がピチャンと跳ねた。
 魚の入ったバケツの中を気にすることなく、ジタンとティーダはいきなり衣服を脱ぎだした。下着のみになると、そのまま勢いをつけて湖面に二人同時に飛び込む。

 ザッッパアァ……ァン‼︎

 湖面に大きな水柱が二本立ち、波間が落ち着くと今度はバシャッと音を立ててジタンとティーダが顔を出した。
「きンもちいいな!」
 足のつかない深さのある湖ではあるのだが、ジタンは気持ちよさそうにゆらゆらと立ち泳ぎをしていた。近くではティーダがプハッと息継ぎをしながら背泳をしている。
「これがあるから、魚釣りはやめられないッスよね!」
 水は冷たく心地いい。泳ぐには最適でとても気持ちいい。ジタンとティーダはフリオニールに言われていた時間のことも忘れ、魚入りのバケツを放置したまま水遊びを楽しんでいた。

 ──────

「あいつら、目的を忘れているな」
「いいんじゃない? フリオかスコールが帰ってきたら、軌道修正をしてくれるよ。きっと」
 ジタンとティーダの様子を、遠くの茂みからこそこそと覗き見る保護者たちがいた。クラウドの呟きに、セシルがこそっと答えている。
「でもさ、スコールはウォーリアと組んで狩猟だろ? まず無理だろ。ウォーリアが足を引っ張る」
「スコールも大振りなところがあるから、大型の動物ならいけるだろうが小動物は難しいかもしれないな」
 バッツの判断に、今度はクラウドが捕捉を加えた。そもそも狩猟にしろ採集にしろ、今回の必須人物はフリオニールひとりだけだった。
 魚釣りならともかくとして、フリオニールのいない、しかも大剣のガンブレードを振りまわすスコールと、大盾をぶん投げるウォーリアでは、最初から狩猟にはならない。獲物のほうが二人の殺気を感じとって逃げてしまう。
「采配が悪いな」
……今回、狩猟は諦めるか。
 クラウドはぼそりと告げ、はー、大きな溜息を洩らした。今回だけは、年長三人もスコールと同じ結論を出すしかなかった。