お父さんたちは心配症 - 3/3

 

「お先でした♪」
 水場がらティナが気持ちよさそうな顔をして戻ってきた。野営地の近くにある瓢箪形をした大きな湖の小さいほうで、いつも秩序勢は水浴びを行っている。
 女子のティナと裸体を見られたくないウォーリアは個人で使い、あとのメンバーは二人ずつ順番に水浴びを行っている。年長組の決めたルールを破る者は当然いなく、年少組もこのルールを守ってこれまで過ごしてきた。
「……」
……さすがにこちらには来ないか。
 水浴びに向かったウォーリアは、先の心配が杞憂に終わり、ふぅと安堵していた。それなら、よかった。しかし、まだ安心はできない。もしかしたら、あの三人がここにも来るかもしれない。そうなる前に、さっさと躰を清めてしまおう。ウォーリアは考え、超特急で水浴びを済ませた。

 ──────

「すごいね。フリオったら、躊躇もなく一気に熊をいっちゃったね」
「躊躇ったら駄目だ。これは一気にいかないと。少しの躊躇が、その動物を苦しめる」
「……そうだね。生命をいただくんだもんね」
 フリオニールが熊をひとりで解体していくさまを、最初からそっと見守るお父さんたちがいた。感嘆の声をあげるセシルに、バッツは冷静に答えている。今はどうも狩人にジョブチェンジしているらしく、バッツはフリオニールの動きをじっと凝視していた。
「しかし、ウォーリアのエンカウント率は頭に入れてなかったな。結果オーライだから良かったが、スコールがいなかったら逆に危険だったぞ」
「そうだな。ウォーリアは守護特化だから、攻撃となると……アイツ、盾任せだしな」
「盾投げからはじまる攻撃ばっかりだから、仕方ないんじゃない?」
 クラウドが発すれば、バッツとセシルが順に返した。今回、ウォーリアが行ったのはターゲットの固定のみだった。正確には、遠くて追撃までできなかっただけであるが。
 盾を投げたあとの丸腰のウォーリアは、控えめに言ってもアタッカーとしては心許ない。あの場にスコールがいなければ、盾を失ったウォーリアは、熊に返り討ちにされていた危険性もあった。
「あ。ウォーリアのヤツ、戻って来たぜ」
 フリオニールの作業を見ていたバッツは、遠くからやってくるウォーリアの姿を捉えた。先に水浴びに行くと言っていたのは聞いていたので、早い帰りに少々驚いた。ウォーリアは鎧の着装分だけ、ほかのメンバーより水浴びに時間がかかってしまう。そのことがあったからなのだが……。
「あれ? みんなも一緒だよ。どうしたのかな。なにかあったのかな?」
 ここで引き継ぐようにセシルが答えた。スコールと話をしたあとで、ウォーリアはひとりで水浴びに行ったはずだった。それなのに、ウォーリアの背後には年少組がわらわらとついてきている。これはかなり異様にも見えた。
「フリオニールの手伝いだろ。きっと」
 水場の一角を使って、フリオニールは熊の解体を行っている。フリオニールの周囲は血の匂いで充満しているというのに、水浴びを終えたウォーリアとティナ、そして残りの年少組の全員が集まった。
 異質とも捉えられたが、手伝いならば別に不思議なことはない、と。クラウドは流そうとしていたが、様子がどうも微妙だった──。

 ***  **  ***

 魚釣りと水浴びを楽しんだジタンとティーダ、山菜収集のあとで水浴びをしにいったティナ、山菜の処理をしていたオニオンは、各々の作業を終えてからそれぞれの洗濯を行っていた。
 ウォーリアはスコールとの話を終えてから、水浴びを急いだわけだが……。
 フリオニールは洗濯をある程度終えているから、そのまま熊の解体をはじめていった。そんなフリオニールの傍に、各自の作業を終えた年少組が集まっている。そして、隠れてはいるが年長組も近くにいるわけだから、結局全員がその場に揃っていることとなった。
 洗濯はすべて完了している。拓けた場所の樹々の枝にロープを張り、曇天の空の下にざっと吊るされて干されていた。横に向けた鯉のぼりのような状態が、少し離れた場所で展開されている。
「フリオ。手伝おうか?」
「いや、俺ひとりで大丈夫だよ。ジタン、ごめんな。手を借りるなら、バッツのほうが助かるんだ。今回ばかりは、どうしても……な」
 ジタンの申し出を心底申し訳ない気持ちでいるフリオニールは、手を止めずに眉を下げて伝えた。素人に見せていいものではないし、作業途中の過程のこれはさすがに見せられない。
「……そうだろうな。じゃあ、魚の処理はみんなでやるよ」
「ありがとう。助かるよ」
 ジタンもわかっているからこそ、それ以上は言わないでいる。ほかの皆も、自分たちでできそうな作業に取りかかろうとした。
「……」
……フリオニールがひとりで大変なのに、なにをしている。あの保護者たちは。
 さすがに怒りを覚えたウォーリアは、熊の解体を続けるフリオニールの傍に立った。瞼を閉じていたウォーリアは、ふーと小さく呼吸をすると、煮えたぎる思いを胸に留めたままフリオニールにさらりと言った。
「フリオニール。バッツが必要なのだろう? 私が出そう」
「え?」
出す? なんだ、その召還獣みたいな言い方は? フリオニールは一瞬なにを言われたのかわからずに、目を丸くして捌く手をぴたりと止めた。唖然としたままウォーリアを見上げ、フリオニールはひゅっと息を呑み込む。ウォーリアのまとう空気の質が変わっている。
「……オレもいい加減頭にきている。アンタの案には賛成だ。……やってくれ」
「え???」
 今度はスコールが地を這うような低い声で、それでもこの場にいる全員に通るように告げた。これにはフリオニールもだが、ほかの年少組も一緒になって驚いた。ウォーリアとスコールの言葉の意味が理解できない。
 やはり目を丸くして唖然としているフリオニールとほかの年少組の横で、ウォーリアがさっと動いた。鎧をまとう性質上、金属音がうるさいのに、このときばかりは擦れるような音も生じない。
「──閃光よ」
 唖然としている年少組の隣で、ピリッとした空気をまとわせたウォーリアはひとつの場所を睨みつけた。緩かな動きで剣を動かし、ある一方をめがけて一撃を放つ。ウォーリアが放った光の筋を追うように複数の光の剣が発生し、追撃となって保護者という名の獲物に向けて飛んでいった。
「っ、あぶなッ⁉」
「ちょっと⁉ いきなりなに?」
「ウォーリアのレディアントソードか? あぶねーだろ、いきなり撃ったら!」
「ええっ????」
 これにはスコールとフリオニール以外の年少組全員が驚いた。藪の中から年長三人が、突然叫びながら飛びだしてきからだった。年長組は出かけたはずではなかったのか……? 年少組は目をぱちくりさせて、突如現れた年長組の姿を凝視している。
 飛びだしてきた年長三人は、土の上におしりをつけて腰をさすっていたり、周囲を見まわしたりしている。状況が把握できていないのか、多少は混乱しているのか、年長三人は誰も声を発しない。
「……」
 ウォーリアは剣をしまうと、座り込んでいる年長三人を無言で見下ろした。
 今回、スコールではなくウォーリアが攻撃を行った。これはスコールだと威力が強すぎるためだった。スコールが行えば、年長組に死傷はなくとも、周りの自然に被害が出る。そのためにウォーリアとスコールとで事前に相談をしていた。その結果、火力の控えめなウォーリアが撃ち出すことになった。
「訊くが。君たちはいったい、ここでなにをしている?」
「……」
「いや、その……」
「はは」
 怒りを滲ませたウォーリアのその表情と迫力は、冗談抜きで半端ない。その凍てつくような冷たいアイスブルーの瞳に睨まれて、年長組であっても今回は例外なく凍りついた。
「……スコール」
 ウォーリアはいい加減頭にきていた。三人の意図が早い段階でわかり、その怒りのために兜を下げてすべてを拒絶した。しかし、拒絶をしたらしたで、フリオニールに気を遣われてしまい、今度は申し訳ない気持ちとやり場のない怒りでいっぱいになった。
 狩猟の際、熊に八つ当たりして盾をぶつけたのは、ウォーリアだけの内緒事項だった。それくらいしても構わない。言われているのは狩猟なのだから、十分な大義名分になる。
「……なんだ?」
 スコールもいい加減腹を立てていた。ウォーリアと組んで歩きまわった際に、このガシャガシャとうるさい青年にすべてを聞かされた。なんの罰ゲームだ? と思った矢先に、突然熊が出た。
 ウォーリアの盾が熊に届いたことには驚いた。だが、熊が起き上がって襲いかかろうとしてきたので、八つ当たりのソリッドバレルを食らわした。それくらいしても構わない。なんたって狩猟に出ているのだから、これは正当防衛にもなる。
「あとは君に任せる」
 ウォーリアはスコールにひと言だけ告げると、ふいと見下ろしていた瞳を逸らした。威圧させることができたのだから、ウォーリアとしてはこれで十分だった。
「……了解だ」
 スコールはガンブレードを肩にかけ、見せつけるようにゆらゆらと揺らしている。このままガンブレードが振り下ろされれば、年長三人も可哀想な熊と同じ目に遭ってしまう。それはさすがに状況としてヤバいと、年長三人は背に冷たい汗を流していた。
「二人とも怖いっ‼︎」
 ウォーリアとスコールのあまりの迫力に、年長三人は顔を引きつらせた。ひー、と。バッツが代表するかのように声を洩らす。
 年少組は誰ひとり声を出さなかった。年長三人が藪の中から突然飛びだして来た理由と、ウォーリアとスコールがあそこまで怒る原因を知りたかった。
 しかし、年少組の中でも、一部に至ってはだいたいを察してしまっている。そうなると、ウォーリアとスコールを止める必要はなしと判断し、ただ静観していたのだった。

 ***  **  ***

「バッツはフリオニールの手伝いを頼む。クラウドとセシルは魚の処理だ」
「……了解」
「仕方ないよね」
「よし。フリオ、やろーぜ」
 スコールの指示のもと、クラウド・セシル・バッツは素直に従う。スコールを指示者のひとりに任命したのはクラウドなのだから、ここで文句はさすがに言えなかった。
「すげーッス。あの三人がスコールの言うことを、素直に聞いてるッス」
「人が悪いよね、覗き見なんてさ。ウォーリアさんもスコールも怒るのがわかるよ」
 感嘆の声をあげるティーダに対して、オニオンはかなり呆れた様子を見せている。そんなオニオンをとめたのは、人の良いフリオニールだった。しかし、フリオニールも少し苦めの微笑の表情を見せている。
「まあまあ、オニオンもそれ以上は言わない。バッツ、ありがとう。俺は正直助かるよ」
「いいってことよ。おれは元々お前を手伝うつもりで、こうしてジョブチェンジして待機していたからな」
 フリオニールのその言葉に、バッツは嬉しくなっていた。ここから先は任せとけ、と。フリオニールに声をかけ、力こぶを作る。
「しっかし、オレは全然気づかなかったけどな。ウォルはどこで気づいたんだ?」
「私は最初からだ」
 ジタンの疑問に、ウォーリアは素っ気なく答える。だが、周囲からの視線を感じると、ウォーリアは眉を少しだけ寄せていた。
「そうなの?」
 まだ理解が追いついていなくて、ティナはきょとんとしている。そんなティナにウォーリアははぁと諦めにも似た溜息をつき、それからわかるように教えていく。
「……監督に、と言われた時点で怪しかった。指示者を監督する必要も、監督者も本来なら必要としないからだ」
 フリオニールとスコールを指示者にした時点でクラウドがやめておけば、おそらくウォーリアも気づかなかった。だけど、〝その二人をさらに見ておくように〟という、本来なら必要のない指示を与えられたことに、ウォーリアは訝しんだ。
 これは年少組のまとめ役としての二人と、将来はリーダーとなるウォーリアの様子を見るためだけに作りだされた、年長組が楽しむための不要な舞台──。ご丁寧にバッツは簡単にだが、フリオニールに課題まで出している。
 スコールがこれを罰ゲームだと考えたのは、年長三人の作りだしたこの茶番に振りまわされている旨を、ウォーリアから知らされたことによる。なにも知らなかったスコールは、課題を忠実にこなすべく、フリオニールとチーム編成を考えて、ウォーリアと一緒に歩きまわったのだから……。
 スコールとフリオニールは、この茶番に気づいていない、と。ウォーリアは早々に気づいた。そのためにまずスコールに伝え、そのあとは二人で年長三人に報復してやろうと決め込んだ。フリオニールが不参加なのは、熊に集中してもらうためだった。
「魚が終わったら洗濯物の回収。全員分だから量がある」
 スコールからまた指示が出た。まだ相当ご立腹なのが声と態度からわかり、年長三人は苦笑を洩らした。こういう態度を見せているスコールには逆らわないほうがいい。
 けれど、そのなかで引っかかるものがあり、セシルはこてんと首を傾げた。
「全員分? もしかして僕たちの分も?」
 セシルの疑問には、すっっごいイイ笑顔のティーダが親指を立てて答えた。
「セシル。フリオが全部洗ってくれてるッスよ。もちろん、クラウドの分もバッツの分も」
「そうか。それは助かった。フリオニールには感謝だな」
 洗濯が気がかりだったクラウドは、安堵からふぅと大きな息をついた。晴れ間はなくとも乾くのだから、機会あるときに洗濯は済ませたい。そうでないと、集団生活のうえでいろいろと弊害が出てしまう。
「俺はなにもしていない。ついでだから一緒にしただけだよ」
 やっておいてよかったと、フリオニールはクラウドのお礼を聞きながら思った。
 フリオニールは年長三人の分の洗濯まで、熊に取りかかる前に手早く行っている。こうした気配りが自然にできることが、フリオニールの最大の魅力であり、これまでに培われた才でもあった。
「よ~し。お前ら、晩メシはおれが作ってやるよ。こんだけの材料があるんだ! リクエストだって受け付けるぜ‼︎」
「やったー‼︎ オレっ! 焼き肉がいいッス!」
「オレならガッツリ焼き肉丼だな!」
「ジタン! それ!いいッスね!」
「だろ~」
 バッツの言葉に喜ぶジタンとティーダに、フリオニールは思った。どうやら今晩は焼き肉が確定になる。
「焼肉かあ。それなら好都合だよ」
 とはいえ、肉の調達はこうしてできているわけだから、あとは焼くだけになる。フリオニールは手を解体する手を止めずに、二人に答えた。こうなってくると、焼肉といったもののほうが、調理法としては簡単でお手軽になってくる。
「スコールもウォーリアもリクエスト出せよな。作れるモンなら、なんでも作るぜ」
「皆に任せる。……それに、私の分は要らない」
「オレは食べられたら別になんでもいい。アンタに任せた」
「はは、スコールはいいぜ。けどな、ウォーリアは却下だ」
 にこやかな顔をして、バッツは答えた。あれだけ動いてなにも食べようとしないウォーリアを見過ごすわけにはいかない。熊を捌く手は止めず、バッツは血まみれの指をビシッとウォーリアに向けた。
「な……っ、⁉ りく……えすとには応えるのではなかったのか?」
 しかし、これにはウォーリアも反発する。向けられた血まみれの指をもろともせず、ウォーリアはカタコトの言葉を交えてバッツを睨んだ。
「作れるモンって、おれは言わなかったか? 作らなくていいモンなんて聞いてねーよ!」
「だからっ。私は皆に任せる……と、」
「それっ、お前は最初っから食わねぇ前提で言ってるだろ!」
 毎度の言い合いが勃発しはじめたなかで、ほかのメンバーは完全に聞かないふりをした。こうなると長くなるのは、これまでの経験則から容易に想像できる。
 幸いなことに熊はほとんど解体が終えている。そのため、ここでバッツが口論のために抜けても、フリオニールの負担が増えることもない。フリオニールは複雑表情のまま、残りの作業を黙々と進めていった。
「それよりさ、肉を──」
 乾いた洗濯物をフリオニールとバッツとウォーリア以外のメンバーで畳みながら、晩ご飯についての談義に入った。率先していたのはジタンとティーダだが、メンバーは楽しそうに話し合っている。
「……ちっ、」
 もう、スコールは怒ってはいなかった。笑いながら魚を捌きあうクラウドとセシル、熊をフリオニールと解体してはウォーリアと口論を続けるバッツを見ていて、スコールは毒気を一気に抜かれていた。
 ウォーリアも同様だった。最後の最後でバッツからこのように言われたのは完全に不意打ちの予想外ではあったが。狩猟を言われたときに気づくべきだったのに、年長三人の企てで頭がいっぱいだったために見落としてしまっていた。今後はこのようなことがないように……回避できる手段も合わせて、すべてを見ておけるように。これはウォーリアの課題となった。
「どうする?」
「どうもしない。皆がよいなら、私はそれでいいと思っている」
 腹の中に燻るものを残していたスコールとウォーリアは声をかけあい、互いの胸の内をさらけ出す。似たようなことを考えていたことに、二人して表情を変えずに口元だけを緩めている。
 普段は指示を出して見ているだけの年長三人が混ざって、こうして皆でワイワイするのも、たまにはいいものだと……。ウォーリアとスコールは思った。

 

         【お父さんたちは心配性 完】