お父さんたちは心配症 - 2/3

 

 スコールとウォーリアは、二人だけで水場から少し離れた森の中をそっと歩いていた。そっと歩いているのはスコールのほうで、そっと歩いているつもりでも、ガシャガシャと音のうるさいウォーリアがいれば、すべてが台無しとなる。
 今回は金属の擦れるそのガシャガシャ音と、ひそひそと話をする声、森の樹々の揺らめきまでもが加わっていた。
「──……だ」
「……」
 ウォーリアと一緒に歩きながら、スコールは無言を貫いている。正確には、珍しくウォーリアのほうからポツリと話かけてきた内容に、スコールは気が遠くなるような思いがして声が出せていないだけだが。
「……っ、」
……罰ゲームか、これは?
 自分でチームを振り分けたとはいえ、ここまでひどい状況とは思ってもいなかった。思ってもいなかった今のこの現状に、スコールはだんだん腹が立ってきていた。
 ぎりっと歯噛みすると、肩に担いでいたガンブレードの柄を強く握る。ギリギリと音が出そうなくらい柄を握ることで、スコールは静かな怒りを発散させていた。
「……スコール」
「……っ、なんだ?」
 スコールと話し終えてから無言になっていたウォーリアが、また急に話しかけてきた。自らの思考にどっぷり浸かっていたスコールはその声を聞き逃し、声の反応に少し遅れた。
「あれは、獲物と見なしていいのだろうか?」
「は?」
 ウォーリアがいったい、なにを言っているのか……まるでわからない。スコールは思わず目を丸くして、間抜けな声まで出してしまった。
 スコールが理解していないと気づいたウォーリアは、その柳眉をぴくっと顰めた。びっと遠くを指さして、その場所をスコールに教える。
「あの向こうだ」
 良く見ろ、と。言外に訴えてくるウォーリアを無視して、スコールは指さしされた方角を、目を細めてじっと見た。
 じーっと見て、ようやくスコールも気づいた。はるか彼方、は言いすぎだが、かーなーり離れた場所に、黒い豆粒状のものが見える。豆粒がなにかわからないスコールは、それが〝なに〟か正確に見えているであろうウォーリアに問いた。
「なんだ、あれは?」
「熊だな。それも大きい。オスだ」
「…………。あんなのが見えるのか? どんな視力をしてるんだ……アンタ?」
熊はまだいい。なぜ性別まで、この時点とこの距離でわかる? スコールは突っ込みたい気持ちでいっぱいだったが、ここは心の中だけで押さえておいた。今は別にどうでもいいことだった。
 ウォーリアか獲物であることを教えてくれたはいいが、ここでスコールは考えた。いくら自分がスピードタイプでも、距離があるので見失う可能性が高い。しかし走れば、ウォーリアのあのガシャガシャ音で逃げられるのは必至に近い。この場で仕留めるには、さすがに遠くて無理がある。フリオニールがいれば矢で……。最後のほうは他力本願なことまで考えてしまった。
「ふむ。とりあえず逃げないようにだけはしておこうか」
「なに?」

 ドゴォッ‼︎‼︎

 スコールの考えを読んだのか、ウォーリアは少し考えたあとに盾を構えた。そして、そのまま熊めがけて盾をぶん投げる。盾は熊の腹にクリティカルヒットし、ただ出てきだだけの可哀想な熊はその場に一瞬で沈んだ。
「……ターゲット、固定か」
「あとは君に任せた、スコール」
固定どころか、今の一撃で殺ったのではないのか? というか、なんであれだけ離れた場所にいる熊に盾が届く? スコールはどこから突っ込んだらいいのか。しかし終着先を完全に見失ってしまったので考えるのをやめ、とりあえず先に熊のもとへと走っていった。
「っ、⁉ くっ、……っ‼︎」

 ドゴオォォッ‼︎

 スコールが近づくと熊はまだ生きており、グオアァと喚き散らして起き上がってきた。さすがに距離があったため、盾の殺傷能力は落ちていたらしい。このままでは盾を持たない無防備なウォーリアを熊は狙うはずなので、スコールはガンブレードを構えなおして斬り込んた。その結果、立ち上がったばかりの熊はまたしても一瞬で沈められた。
「さすがだ」
 それだけを言い、スコールより遅れて追いついたウォーリアは盾を拾いあげた。盾は傷ひとつついておらず、少しだけ熊の体毛が付着している状態だった。ウォーリアはパンパンと体毛を払った。
「それで、これからはどうする? 君の指示を仰ごう」
 盾を装備しなおしてから、ウォーリアは大地に横たわる熊を見下ろした。確実にスコールがとどめを刺してくれていることを確認し、今後のことを訊く。ウォーリアはあくまでも監督であって、指示を出すのはスコールである。そのことをウォーリアは忘れてはいない。
「水場にこれを持って帰ろう。解体できるのはフリオニールとバッツしかいないからな。二人のうち、早く帰ってきたほうに任せよう」
 沈んでいるとはいえ、まだ熊は生きている。ここからは手早く行動しなければならない。スコールとウォーリアにできることはここまでだった。それなら、次にすることはひとつしか残っていない。
 スコールは熊の手足を紐でしっかりと結び、動けないように拘束をした。……しかし、ここで小さな戦いが勃発することになる。
 さて。この二人のどちらが、この重く大きな熊を引きずって連れて帰るか、だが──。
「……アンタと、こんなカタチで勝負をすることになるとはな」
「スコール。私はたとえ君にでも、一切の加減はしない」
 熊を挟んで両者が睨み合う。効果音がつくならゴゴゴゴゴォ……あたりか。ウォーリアのアイスブルーの瞳とスコールの蒼菫色の瞳が、互いの瞳に映しだされる。お互い柳眉を顰めてからの少しの溜めのあと、二人同時に勢いよく叫んだ。
「最初はグーっ! じゃんけんぽいッ‼︎」
「くっ……」
「頼んだぞ、スコール。早く戻ろう」
 どうやらウォーリアが勝利したらしい。ふいと振り返ってスタスタと歩きだしたウォーリアと、その場に留まって握った拳の手首を掴んでブルブルと震えているスコールと。二人の温度差から〝らしい〟などつけずとも、見てわかる結果となった。
「はぁ。先導はアンタに任せる……」
「ああ」
 スコールは渋々熊を引きずりはじめた。ガンブレードを肩に担いで、それから熊を引きずるのはかなりの重労働になる。それでもスコールは、ウォーリアに自身の武器を持ってもらおうとは思わなかった。先導を任せたとはいえ、ウォーリアの戦士としての特性を考えればのことだった。
 スコールは先を進むウォーリアから少し遅れがちにはなったが、それでもどうにか……無事に帰路へとつくことができた。

 ***  **  ***

「フリオニール、これを頼む」
「……一応の収穫だ」
 水場で洗濯作業中のフリオニールに、ウォーリアとスコールは仲良く同時に声をかけて沈んだ熊を引き渡した。
「…………」
 二人同時に言われても、フリオニールとしては反応に困る。元々寡黙で声もひそやかな二人が同じくらいの音量で話しかけてきたのだから、はっきり言って聞き取りにくい。唖然としているフリオニールの琥珀色の目が、見事なくらい真ん丸になっていた。
「え、……と。すごいな、これは」
 洗濯作業の手を止めたフリオニールは、すっくと立ち上がると紐で縛られた熊を観察していった。熊は気絶しており、作業をするには早いほうがいい。
「正直、大型の狩猟は期待していなかったんだけどな……」
 熊の状態を確認しながら、フリオニールは苦笑してぼそっと呟いた。野鳥や小動物なら捕えられるかな……程度でフリオニールは考えていたのだが。
「なぜそう思った?」
 フリオニールもまた、スコールや年長三人と同じ考えに至っていた。そう考えたスコールは、念のためにその理由を訊いた。
 フリオニールは首を何度も傾げて考えるような素振りを見せていたが、次第に顎に指をかけて本格的に考えだした。答えがうまく見つからないらしく、「んー」と何度も唸っている。
「どう言えばいいんだろうな……。ウォルの鎧の擦れる音と、その圧倒的な存在感というのかな。よくわからない圧みたいなもので、大型の動物や魔物は逃げるんじゃないかなと思ったんだ」
「そうか? 私はそうは思わなかったが?」
 フリオニールのは大半が野生の直感に近いものだから「説明しろ」と言われても、言葉で説明することは難しい。だが、フリオニールが伝えたそれは、まさしくスコールと年長三人が弾きだした理由そのままだった。否定したのはウォーリア本人だけになる。
「なぜだ?」
「あれ? 違った?」
 これにはスコールとフリオニールが同時に答えた。ウォーリア本人から否定されてしまえば、これまでに考えてきたそのものが誤っていたことになる。二人が説明を求めるのも当然だった。
「説明を求められても困る。私にもどうしてだかわからないが、魔物の遭遇率は結構高いほうだ」
 いわゆるコ〇ンくん体質、もしくは金〇一くん体質であった。ホイホイ体質と言えばよいのか? どうやらウォーリア本人が放つ光の性質が、鎧の音や自身の存在感を抜きにして、いろんな〝もの〟たちを誘い寄せるらしい。ウォーリア本人は知らないことなのだが。
「……」
そういやⅠって、そこそこなエンカウント率だったな。フリオニールは初代を思いだし、無理やり納得させた。
「いやいやいや……」
 スコールはそのフリオニールの考えまでも読み、ⅠもⅡもエンカウント率はそんなに変わらなかっただろう。と考えて、そこは心の中だけで突っ込んだ。
「……まぁ、とりあえず。この熊は捌いておくよ」
 腑に落ちないところはあるが、フリオニールは無理やり〝そういうこと〟にさせていた。これには深く関わってはいけないことのように思える。そのため、フリオニールは気持ちを切り替え、熊をさっさと処理してしまおうと考えた。熊のことを考えると、そのほうが絶対にいい。
「頼む。洗濯は代わりに引き受けた。アンタも次は洗濯だ。水浴びなら行」
「今はティナが使ってるから、水浴びならあとで……だよ」
 スコールはウォーリアに次の指示を出そうとした。しかし、フリオニールから水浴びはティナが使用中と釘を刺されてしまった。
 いくらウォーリアがセシルと同様で中性的に感じられる面もあるが、それでも成人しているはずの立派な男性だった。女子とはいくらなんでも一緒に水浴びはできない、絶対に。
「……なら、ティナのあとで使わせてもらおう」
……さて、どうするか。
 ウォーリア自身、あちこち動きまわって汗をかいている。早く水浴びはしたい。鎧も綺麗にしたい。ティナは待てる、だが……。少し考え、ウォーリアは結論を出した。フリオニールと一緒になって今後の話をしているスコールに声をかける。
「スコール、話がある」
「どうした?」
 スコールを手招きするようにして、ウォーリアはフリオニールから引き離した。フリオニールはこれから大変な作業が待っているだけに、余計な負担をかけさせたくはなかった。
 フリオニールをひとりだけその場に残し、ウォーリアとスコールはちょっとした茂みの中に入り込んだ。
「……」
……全く、面倒くさい。
 どちらかといえば、この世界線ではさほど能動的なほうではないウォーリアをここまで動かしているのだから、ある意味成功しているのかもしれない。思惑どおりに動かされていることに、ウォーリアは溜息をひとつ零した。