メイドの日

                 2021.5/11

「おはようございます。ガーランド様」
「…………」
 日が昇ってしばらく経ってからのことだった。ともに暮らすウォーリアオブライト──ウォーリアから優しく声をかけられたが、あいにく今日の騎士団の勤めは休みであった。
 この機にとばかりに自室の机に積んでいた書に触れ、ガーランドは夜通しで読書欲に溺れていた。そのため、まだとても眠い。
 声をかけてきたウォーリアの白くて長い手を払い、ガーランドは掛布を被りなおそうとした。しかし、掛布を引いてくるウォーリアの力は案外強い。
 せっかくの休みだからもう少し惰眠を貪りたいガーランドは、再入眠を阻害されたことに機嫌を悪くしていった。しかし、ふと気づいた。
「なんて格好をしておる……のか」
 ガバッとガーランドが飛び起きると、ウォーリアはにこりと微笑んでくる。ウォーリアは紅茶を載せたトレイを手にしており、ティーポットからはよい香りが漂っていた。
「オメザメデスカ?」
 カタコトの覚えたての言葉のような挨拶は、ガーランドを愕然とさせた。なぜか目眩までして、再度掛布を被ろうとするが、白い手に掴まれびくともしない。
「朝の紅茶です。冷めないうちに」
「……」
 無理やり膝の上に置かれたトレイには、有耶無耶のうちに紅茶の注がれたカップが載せられている。ただし、紅茶はカップから溢れ、ソーサーからも溢れようとしている。なぜここまで紅茶を注ぐ必要がある? ガーランドが眉をひくひくと動かしていると、目の前に立つウォーリアから今朝の朝食と本日の予定について語られた。
 それはメイドではなく、執事のすることではないのか? どちらかハッキリしろ、と言ってやりたいのを抑え、ガーランドは目眩から頭痛に変化したこめかみを押さえた。勝手に予定を組まれていることは、この際聞かなかったことにしておく。
 なみなみと溢れているカップの紅茶を零さないようにどうにか啜り、気合いで飲み干した。綺麗な色はついているが、紅茶自体は無味だった。どうすればここまで不味い紅茶を淹れることができるのか。逆に問いたい。
「もうよい。お前もゆっくりしておれ」
 このような遊びに付き合ってなどおれず、ガーランドは掛布を被りなおそうとするが、やはり動かない。なにがしたいのか、ウォーリアの目的がわからない。この興に乗じてやればいいのだろうか。
「たまにはおまえにも休息は必要だろう?」
「……」
 確信犯のように言われたが、言いきった本人は愛らしい姿のもので、朝から妙な気分にさせられる。
「それに、おまえが用意したのだろう? この衣装、私にではなく別の者に贈るつもりだったのか?」
「……」
 見抜かれていたことに、ガーランドは言葉が出ない。これをウォーリアに着させて、メイド遊びに興じようとしたのは確かにガーランドだった。しかし、目的は違う。ガーランドは恥じるウォーリアに、この衣装を着せていくことを目的としていた。たとえるなら、人形に服を着せていくような……。
 それが、勝手に着て、勝手にメイドか執事かよくわからない設定を作りだし、不味い紅茶をドボドボに零してまでメイドの真似事をさせたかったわけではない。
 ただ、メイド服を完璧に着こなしていることだけは褒めてやりたい。
「ウォーリア、これを下げろ」
「承知しました。ご主人様」
「……」
 どこでそのような言葉を覚えてきたのか、訊きたかったがやめておいた。これ以上頭痛の原因を作りたくはない。ウォーリアはガーランドの指示どおり、膝に置いたトレイを下げていった。下げる途中、ソーサーに残された紅茶をしっかりと床に零すおまけまでつけて。
 この様子では、かえってガーランドの仕事が増えるのではないか。ガーランドは手のひらで顔を覆った。しかし、ここまで見事にメイドの役を演じているのなら……手で覆い隠したガーランドの目は鋭く光る。
「ご主人様、起きてくだ……うわっ、」
 白い手をぐっと引っ張り、ウォーリアを寝台の中に引き寄せる。柔らかい敷布の上にぽすんと落ちたウォーリアは、スカートをふんわりと広げて驚いた表情を浮かべている。
「お前はなにもせずともよい。これまでどおり、儂がすべて行う」
「しかし」
 なにかしらする気満々でいたようだが、ウォーリアがなにかすれば破壊されるものも多そうだった。ガーランドとしては、それだけは阻止したい。そのために別の案を出した。ウォーリアの鼻先に指をさし、人の悪い笑みを向ける。
 ウォーリアは目を丸くして見つめている。たまにはこのような表情を見るのも悪くはない。くっ、ガーランドは小さく嗤った。
「だが、その姿は唆られる。そうだな……その身で儂を奉仕してみせよ」
「それは……?」
「身をもって知るがよい。朝から儂を散々煽ってくれたこと、後悔させてやろう」
 メイド服姿で、愛くるしいドジを素でやらかしたウォーリアに、ガーランドの朝の生理現象は堪えることのできないまでになっている。その身で……と暗に示してやれば、ウォーリアの白い頬は一瞬で朱く染まっていく。
 敷布の上で大人しくなっているウォーリアのメイド服を脱がすのも惜しい。ガーランドは脱がせることなく着乱すだけにして、その愛い躰を貪っていった。
「その上と下の口で儂を愉しませてみせよ」
「あっ、まだ……あさっ、」
「期待しておったのではないのか?」
「ちが……っ、」
 惰眠を貪ることはできなかったが、こうして愛らしいメイドを朝から貪ることはできた。ガーランドとしては良い一日になりそうで、これはこれで楽しみが増えた……ことにしておく。
 女性用メイド服を違和感なく着こなした天然で融通の利かない青年を朝食代わりに美味しく食べながら、ガーランドはこの日一日の予定を立てていた──。

 Fin