おそろいのBスフィア

                 2023.4/30

「これを君に渡しておこうと思ってな」
「……はい?」
 きょとんとした顔をして、素っ頓狂な返事をしてきたレックスに、バッシュは苦笑した。弟のことにはかなり鋭く触れてくるのに、自分のことに関してはかなり無頓着なようだった。
 それだけ弟──ヴァンのことが気がかりで、優先順位を上げてきた結果なのだろうが。両親のいないふたりだけの生活を送るなかで、少しずつ培われたものを否定するつもりはない。バッシュは手に持っていたものをレックスに手渡した。
 最初のうちはきょとんとしていたレックスも、渡されたものを見て途端に表情をみるみる変えていった。今は目を大きく開かせ、手のひらのものを凝視している。
「これは……将軍の⁉ いいんですかっ! オレが持っても……ッ‼︎」
 バッシュと手のひらのそれを交互に何度も見つめ返し、驚いた表情のままで口早に告げてくる。レックスらしくない動揺の仕方に、バッシュは苦笑をさらに深めていた。
「……君にだから持っててもらいたい。この世界では……その、用意が……できなくて、だな」
「?」
 しかし、上手な説明ができなくて、途端にしどろもどろになったバッシュに、レックスは首を傾げている。
 レックスの手の中には、バッシュの武器より生成された純正のスフィアがある。それは精錬された模造品とは異なり、唯一無二のものだった。大切そうにそれを両手でギュッと握りしめているレックスの姿に、バッシュは愛おしさを募らせていった。
「それでだな。その……君のスフィアを、私に」
「あっ、すみません……将軍。実は──」
「……そうか」
 レックスより事情を聞き、バッシュは項垂れる思いだった。しかし、弟思いなこの青年がとる行動は、バッシュにも手に取るように、そして痛いほどわかってしまう。バッシュはレックスの肩にそっと触れ、緩やかな笑みを見せた。
「君の行動は間違いではない。この世界でしかできないことを、しっかりやっておくんだ」
「っ、はいっ‼︎」
 透き通るようなレックスの返事は周囲にもよく通る。バッシュとレックスの対話を、バルフレアとフラン、そしてヴァンは遠からずの距離で聞いていた。バルフレアはどこかやるせない表情をし、ヴァンは呆れた顔を見せている。
 バルフレアは首をふるふると何度か振り、小さく溜息をつく。それからわざとらしく、少しおどけたような口調で言葉を繋げていった。
「おーおー、まだまだ初々しいしいねえ。あの将軍、ああ見えてかなり奥手だからなぁ」
 かつて旅をしてきた者同士、バッシュの性格を正確に見抜いているバルフレアは、奥手な将軍に対してやれやれとばかりに肩を竦めた。バルフレアの仕草を見て聞いていたヴァンも、同様に何度も頷いている。
「まだやってんだな、あのふたり。さっさとくっつきゃいいのに」
「そういってやんな。距離感がまだ掴めてないんだろうさ」
 この手のことに関しては奥手のヴァンより、レックスはさらに上をいきそうだった。そのあたりのこともバルフレアは見抜き、ヴァンの頭をガシガシと撫でていく。
 この坊主を育てるためにレックスが犠牲にしてきたもののことを考えると、バルフレアのやるせなさはさらに大きくなっていった。
「なんだよ〜! いきなり」
 ガシガシとされても、ヴァンは真剣に怒ることがない。むしろ嬉しそうに笑顔をバルフレアに向けている。
「ま、想いのベルトルは互いを向いてんだ。遅くともいい感じにはなるだろうさ。見守ってやろうじゃねえか」
「そうだな。兄さんも、今度は幸せに──」
 そう遠くない場所から聞こえてくるバッシュとレックスの会話に、バルフレアとヴァンは苦笑しあい、フランは優雅に微笑むだけだった。
「スフィアを渡したって、兄さんには伝わらないよ。指輪を渡したいってんなら、意志の力でどーにかなるだろうにさ」
 そう言ってゴソゴソとレックスのスフィアを取り出すヴァンに、バルフレアは口元に手を当ててくっと笑った。
 レックスはこの世界に来て、すぐにスフィアをヴァンに渡している。大切なものだから、弟に渡しておきたかったのだろうと、これはバルフレアでも想像に容易い。ヴァンは生憎自分の武器に自前のスフィアを嵌め込んでいるので、レックスに渡すことはできていないが……。
「わかってないないのはお前のほうだろ、ヴァン」
「どーいうことだよ」
 ふっと肩を竦めてバルフレアに言われたことで、ヴァンはムスッとした表情になっていった。そんなヴァンを無視し、バルフレアは続けていく。
「意志の力で指輪を創り出したいんじゃないってことだよ。今、バッシュが自らの力で工面できる範囲を考えたんだろ。バッシュとレックスのスフィアは同じBで、効果も似ているしな」
「お揃いで肌身に持っていてもいいし、互いの武器に装着させてもいいし。使い方は無限大よ……そう考えてのことだったんじゃない?」
 バルフレアに補足するようにフランから告げられ、なるほどとヴァンは顔で表現させた。互いを想い合う証明としての指輪はヴァンも知っているが、スフィアをそのように使うとは考えに及ばない。
 大人の使用法を教えてもらい、ヴァンは改めて見つめなおすことが増えた。忘れないように心に刻み、バルフレアとフランの話に聞き入っていく。

「あの……将軍?」
 レックスとバッシュの話が筒抜けになっていたように、バルフレアたちの話もこちら側には筒抜けになっている。三人の会話からバッシュが伝えられなかったことを聞いてしまったレックスも、自分の口からではないところでバラされてしまったバッシュも、いたたまれなさを最大限に表情へと含ませていた。要約すれば互いに気まずい。
「その……〝将軍〟というのをやめてもらえないか」
 バッシュはもう以前の肩書きを持ってはいない。この世界において、レックスの前では一個人で在りたいと思っている。それなのに当人からそう呼ばれてしまうことに、バッシュの顔は少し険しいものになっていた。
「あっ‼︎ すみませんっ! しょ、」
「……」
「……いや、そのっ」
 けれど、レックスからすればバッシュはあの当時のままの将軍で、今の状況以外はなにも変わっていない。レックスとしては憧れの人物に声をかけてもらえただけでも喜ばしいのに、それ以上のことがくっついてきている。
 前回の告白めいたものにしろ、今回のスフィアにしろ、レックスの容量を完全に飽和してして破裂寸前だった。それに加えて『名前で呼べ』と遠まわしに言われ、動揺しないはずはない。
 あたふたと慌てるレックスの姿に、険しい表情を浮かべつつも、バッシュは内心ではだらしなくにやついてしまっている。
 呼び方についてはもう少し時間がかかりそうなことに、バッシュは焦らずゆっくりと構えるつもりだった。この世界の時間はまだ残されていそうなのだから──。

 Fin