2018.5/01
「今晩はここで休もうか」
にこりと美しい微笑を浮かべるセシルに、異を唱える者は誰もこの場に存在しなかった──。
ウォーリア・セシル・ノクティスがガーランドと行動をするようになってから、今日で二日目の夜を迎えることになる。
日中に四人で移動し、夜を迎える日暮れ前にテントを設営する。広大なコーネリアを舞台としているため、移動もしていても、なかなか進むことはない。そういった理由から、今夜も大きな湖のほとりでテントを張り、一日の疲れを癒そうとしていた。
セシルはてきぱきと指示を出し、テントを設営していく。ノクティスが主だって手伝い、ふたつのテントが設置された。ある程度のことが終わると、セシルとガーランドは周辺を見渡した。
「じゃ、僕たちは周辺を見てくるから」
「ああ、頼む……」
テントを設営するのに、セシルやノクティスの技術はおおいに役に立つ。早い話、ウォーリアでは役には立たない。ガーランドも然りだった。そのために、セシルとノクティスはグループを分けていた。セシルはウォーリアと、ノクティスはガーランドと──。
★ ★ 夜半 ★ ★
前日はひどい有様だった。ウォーリアの妙な魔法にはじまり、ガーランドによる水球のおかげで水浸しになった。果てはセシルとガーランドの口論ときた。思い返してもげんなりとする内容に、ノクティスの顔は強ばる。
しかし、口論の内容と今日一日の行動で、ノクティスにも得心したこともあった。どうして、セシルがあのような言い方をして、ガーランドを抑制させようとするのかも。
慣れないこの世界で助け舟を出してもらえたと思えば、別のことで頭を悩ませることになった。ノクティスの心境はとても複雑だった。はぁ、何度も嘆息してしまうほどには。
「火、つけるから」
「……頼む」
ウォーリアとふたりっきりになり、どうにも気まずい。日が暮れている以上、早く焚き火をおこす必要がある。ノクティスは強ばった表情を改め、かき集めた薪に火をつけた。
ウォーリアはといえば、火をつけるノクティスとは別に、腰を下ろすための大きめの丸太を拾ってきていた。人数分見つけて運んでくるのは骨が折れる。丸太を下ろしてから、ウォーリアは手首を何度も振り動かした。
ふたりがそれぞれの作業を終えたのは、セシルとガーランドが哨戒に出て、しばらくが経過してからのことだった。
今夜は月が大きく見える静かな夜だった。満天の星が輝く夜空の下で、真っ赤に燃え始めた火だけがパチパチと音を鳴らしている。
壮大な古城──コーネリア王城と、天空の大きな月が映り込む湖の近くで、ウォーリアは丸太に腰を下ろして休憩をとっていた。火を焚いていたノクティスは、完全に火がついたことを確認すると、ウォーリアに向きなおった。
「あんなんで、よく堪えられるな」
「……?」
火を挟んで向こう側にいるウォーリアに声をかけ、ノクティスは近づいた。ウォーリアの横に立つと、隣に転がってある丸太を指で指し、ノクティスは口を開いた。
「隣、いいか?」
「どういうことだ? ノクティス」
意味を理解しかねたウォーリアはその柳眉を顰め、ノクティスをじっと見つめる。強い輝きを放つアイスブルーの虹彩は、焚き火の色をまとって紅く煌めいている。
ノクティスはそれを了承と勝手に受け取り、丸太に腰を下ろした。ノクティスは大きく息を吸い込むと、ぎっとウォーリアを睨みつける。ウォーリアのアイスブルーに負けない強い蒼海の虹彩でもって。
ウォーリアは無言のまま、ノクティスと眼を合わせていた。互いに見つめ合っていたが、先に言葉を発したのはノクティスだった。
「アンタと……、オッサンのこと」
「……ガーランド?」
小さく呟き、難しい顔をしたウォーリアに、ノクティスは頭をガシガシと掻いた。はぁー、大きな溜息をついてから、天を仰ぐ。ノクティスはウォーリアの反応を見て、一瞬でピンときた。
「えーっ、とな」
……こりゃ、マジでわかってねーわ。
さあ、どう説明してやろうか。そんなことを考えだしたノクティスに、クスクス……、笑いながらセシルが寄ってきた。
夜が更けても輝く白銀の鎧の優美さに相まり、微笑うセシル本人も、繊細な美を持ち得ている。くすり、微笑を浮かべるセシルは、まだ考えているノクティスに教えてあげた。
「無理だよ。ウォーリアはそういうこと、とても疎いからね」
「セシル。ガーランドは?」
確か……ふたりで哨戒に出たはずでは? ウォーリアの問いかけに、セシルはその優美な笑みをさらに深いものへと変えていく。ノクティスとは反対側にある、ウォーリアの隣に転がってあった丸太に、すっと優雅な動きで腰をかける。
丁度焚き火を囲んで三角形の形になった三人は、パチパチと燃え盛る火で暖をとりはじめた。
「……気になる?」
「…………別に」
それだけを言い、ウォーリアは、ふい、顔を逸らした。それだけわかりやすい態度のウォーリアを見て、セシルは含んだ笑みを浮かべている。
ノクティスはじろり、睨むようにセシルを窺い見る。ウォーリアがヘソを曲げると案外面倒くさくなるのは、もうノクティスも知ってしまっていた。原因は主にガーランドにあるのだが。
「冗談だよ。あのね」
ノクティスに睨まれても気にしないセシルは、ふふ、笑いながら続けた。先までガーランドと行動をともにしていて、セシルだけが先に帰ってきた。ウォーリアのみならず、ノクティスだって気にはなる。
「ガーランドはね、コーネリア王城の中を見てくるって。気になるんだろうね、そこに居たんだから」
「……そうか」
ウォーリアはじっとセシルの表情を見て、語られる内容に耳を傾けていた。セシルの話が終わると、小さく息をつきながら憂いげな表情を火に向ける。火の側に置いてあった焚き木の山から小さな枯れ枝を掴み、火に向けて投げ入れた。
「ご飯、先に食べておいてって。お言葉に甘えて先に済ませてしまおう」
食材、ここにあるから。にこりと優雅に笑むセシルの手には、食材の入った袋があった。コーネリア王城へ立ち入った際に、セシルは少量だけ持ち帰ってきたものだった。それらを手早く調理し、三人で簡易ではあるが夕食を済ませた。
夜は刻々と過ぎていくが、ガーランドの戻る様子は見られない。火を囲んでいた三人のうちの、セシルとノクティスは、各自で好きなことをはじめようと考えだしていた。だけど、ウォーリアは思い詰めたような表情で、ずっと燃え盛る火を見続けている。セシルとノクティスははじめようとしていたことを止め、二人で目配せをしていた。
パチパチと小枝の燃える音だけが、静まりかえった空間に響く。しばらくは三人ともに無言で、燃え盛る炎を見つめていた。そんな静寂ななかで、先に口を開いたのはノクティスだった。
「そういえばさ。アンタ、前にあの城の姫を助けたとか言ってなかったっけ?」
ガーランドが現れる直前に、ウォーリアはかつての思い出を語ろうとしていた。だけど、途中でガーランドの妨害が入り、結局この話は有耶無耶となってしまっている。そのことがノクティスは心に残っていた。
「確かに言った。ガーランドがセーラ姫を攫ったので、私たちは王からの要請を受け、救出に向かった」
どうしてそのようなことを? 興味ありげなノクティスに対し、ウォーリアは怪訝な顔を浮かべた。やがて、顎に手をあて俯き、瞼を閉じて考えだした。それは、唯一残されていた記憶として、ウォーリアが大切に心に刻んでいたものだった。
「へー。お姫様ってどんな感じの人? やっぱり美人?」
考えるウォーリアを無視して、ノクティスはさらに聞いてくる。なぜか含んだような笑みを浮かべていた。
ウォーリアは長い氷銀の睫毛に縁取られた瞼をゆっくり上げた。柳眉を再び顰め、それでも問われた疑問には正直に答えていく。
「そう、だな。外見は私に……、どことなく似ている女性」
「はぁっ?」
「えっ?」
なぜかセシルまで反応し、ウォーリアの話を遮ってきた。話途中で遮られたウォーリアは、一瞬きょとんとした表情を浮かべた。じっと自身を凝視してくるノクティスとセシルを順に見つめ返し、こてんと首を傾げる。
「私は……なにかおかしなことを言っただろうか?」
「ちょっと待って! ガーランドはウォーリアに似たお姫様を攫ったってこと? で、ウォーリアたちに討伐された?」
「本物が手に入らないから、似たお姫様を狙ったってのか……? えー、そんな感じに見えないぜ、あのオッサン」
捲し立てるようにふたりから言われ、ウォーリアは言葉が出なかった。不意に寒気を感じ、ウォーリアは顔を上げる。まるで、この場に氷の風が吹き荒らしていったかのようだった。
焚き火の向こう側にいたセシルが躰を起こし、ノクティスとふたりで、炎越しにウォーリアをさらに見つめてきた。
ウォーリアはもう一度二人を見つめ返した。どうしてか悪寒がする。焚き火に躰を寄せると、向こう側から二人が火に近づいてくるのがわかった。
セシルとノクティスは火を避け、ウォーリアにずい、と近づいた。無言で近づいてこられては、夜の静けさと相まって、非常に不気味に感じられる。この悪寒の正体に気づいたウォーリアは、一瞬で蒼白した。
無言ではあるが、二人の表情は微笑を含んでいる。この二人の興味津々な様子に、ウォーリアは腰かけていた丸太から立ち上がった。普段は何事にも揺らぐことのないウォーリアが、威圧されて思わず後ずさる。
「いや。そういうわけではなく、ガーランドは姫を」
「そうか。だからあんなに束縛がキツいんだね。ようやく手に入れた本物だから」
「いやぁ、確かにあれはないよなー。普通、引くレベルだぜ」
「……」
またしてもウォーリアの発言は遮られたが、それ以上に気にかかる言葉があった。束縛? 誰が? セシルとノクティスから呆れ顔で言われても、ウォーリアにはなにを指してのことだかわからない。
近づいてきた二人から少し距離をおき、身が安全であることを確認する。それから、ウォーリアはその無表情を変えずに、セシルとノクティスを順番に見つめていった。少し柳眉を顰め、思い返すように呟く。
「そう……、か? ガーランドはいつもああだが。これは普通ではないのか?」
「はあ……っ?」
「マジ……、かよ」
ウォーリアがさらりと流すように言うから、セシルもノクティスも仲良く唖然としていた。驚愕が大きすぎて、二人の唇ははくはくと動きはするが、声としてはなかなか出てこない。
「……」
……どうやったら、あれが普通になるの?
「えっ、とな……」
……いや。どう頑張って見ても、あれは普通じゃねーだろ……。
二人は脳内で盛大に突っ込んだ。あれでウォーリアが〝普通〟だと言うのなら、もっとすごくてひどかった時期があったのだろうか? セシルもノクティスも、ガーランドにいろんな意味で恐怖した。
ガサガサ……
セシルとノクティスの背後の小藪から、なにかが近づく音が聞こえてくる。敵か? 三人はそれぞれ武器を構え、その気配を手繰った。程なくして小藪をかき分けて出てきたのは、鈍色に輝く漆黒の重鎧に身を包む巨躯──ガーランドだった。
「貴様ら、此奴となにを話しておる?」
ガーランドは持っていた大量の荷物を、どさりと地に下ろした。三人を一瞥するなり、ものすごい威圧感を放出しながら、じろりと睨みつけるように言い放つ。
この場に現れたのが敵ではなく、味方であるはずのガーランドだった──。セシルとノクティスは安堵したが、ガーランドの放つその威圧感にあてられ、次に硬直した。ガーランドの放つ強烈な闇の覇気は、周辺にも影響を及ぼしている。
休んでいた動物の逃げる音が聞こえ、樹々はざわめいている。これほどの強い覇気を受け、動けているのはウォーリアのみだった。
「ちょ、オッサン……」
……なんだよ、いきなり。
ノクティスにしろ、セシルにしろ、再び声を出すことができない。僅かながらにノクティスは声を発していた。それでも、思うように声が出ず、唇だけが震えている。
その場に固まる二人の横を、ウォーリアは通り抜けてガーランドに近寄った。
「ガーランド、戻っていたのか」
いつ帰ってきた? 表情は変わらないが、ウォーリアは心なし嬉しそうにガーランドを見つめていた。ガーランドの前に立つと、少しだけ口端を緩める。
「今だ。儂が居ぬあいだに、なにもされておらぬな?」
ガーランドは低く唸るように答え、ウォーリアの細い腰に手をまわして引き寄せた。
ガーランドの胸の中に収まったウォーリアは、少し恥ずかしそうな表情を浮かべ、肩口に頭を寄せる。ウォーリアの特徴的な角兜はガーランドの手によって外され、手に持ったまま、互いに抱きしめ合った。
「……………………」
……なに? どうして、ここでふたりだけの世界を作るの?
「…………あ〜」
……オレたち、ガン無視なわけ? 見せつけられるほうの身にもなれ。
火の側で行われたウォーリアとガーランドのやりとりの一部始終を、セシルとノクティスは見させられていた。二人は唖然としたまま、ドン引きしている。突っ込みを入れるセシルとノクティスの脳内が忙しい。
「まだ、儂らになにか用か?」
ガーランドはウォーリアの向こう側にいる、セシルとノクティスに高圧的な声で言い放った。『邪魔をするな』と言外に含めているのを、二人は理解した。
「……」
……無駄な覇気を放出しないで。心臓に悪いよ。
「え〜っ?」
……怖ぇよ、オッサン……。
セシルとノクティスは、顔を引きつらせながら思った。無理な笑顔を表情に貼りつけ、ははは、乾いた笑いを見せるしかできない。
ウォーリアはガーランドと二人のやりとりを、大きくて逞しい胸の中で聞いていた。
「ガーランド……?」
……三人は仲が良いのか? いつの間に──?
ウォーリアのその無表情が、少しだけ不機嫌なものになっている。ガーランドの胸の中で、本当に小さな溜息をついた。それを、セシルとノクティスに見られていたことにも気づいていない。
四人で妙な空気を出し合っていると、放置されていた火はみるみる小さくなっていった。
「火が……ッ」
火の燃える勢いが弱まったので、セシルが慌てて小枝を火に焚べる。パチパチと再び燃えだした火を見て、セシルはホッと息をつく。消えてしまうと再び火をおこすのが大変なうえに、闇が危険となる。
「……まあ、立ち話もなんだから、座ろうか。ガーランド、なにか口にする?」
僕たちはもう食べたよ。セシルは美しい微苦笑で、三人を座るように促した。夕食をまだ食べていないガーランドに、夕食の有無を尋ねる。
ガーランドにぴったり寄り添う形で、ウォーリアは丸太に腰かけた。再び三角形の形をとり、セシルもノクティスも互いに腰を下ろした。
「儂はなにも要らぬ」
「……そう」
素っ気ないガーランドの物言いに怯むことなくセシルは返し、枯れ枝を火に投げ入れる。四人は無言で、燃える火だけをそれぞれ見つめていた。
パチパチ……
火の燃える音だけが、静寂な夜の研ぎ澄まされた空気のなかに響く。静かな空気を遮ってしまうように、口火を切ったのはセシルだった。
「でもさ。ガーランドって束縛がキツいわりに、言葉は全然足りていないよね。それでウォーリアは理解できているの? 不安にさせていない?」
「……」
ガーランドは答えない。答えられないが正解だった。ガーランドは隣に座るウォーリアの表情をちらりと見たあと、ふぅと天を仰いだ。ウォーリアはセシルの問いが理解できていないのか、首を小さく傾げている。
「……何故に、そのような話になっておる?」
「だってアンタ、城の姫を攫ったんだろ? ウォーリアにそっくりな姫を」
「……」
余計なことを。ガーランドはウォーリアを見下ろし、ちっと舌打ちをする。そのあとで兜面に手をあて、大きな溜息をついた。
「ねえ、聞いていい? ウォーリアにはどんな告白したの? そのお姫様とはどうなったの?」
容赦なくズケズケと聞いてくるセシルに、ガーランドは兜の中で顔を引きつらせた。しかし、黙秘を貫くガーランドに代わり、答えたのはウォーリアだった。
「ガーランドはコーネリアで、騎士団長を務めていた」
「……」
ガーランドは兜の中で、眉をぴくりと動かした。ウォーリアが余計なことを追加で洩らしてしまうのではないかと、内心ではヒヤヒヤしていた。
ガーランドのこのヒヤヒヤは、完全に的中した。ウォーリアはガーランドにとって、余計すぎることを二人に暴露することとなる。
「姫には元々婚約者がいた。だが、その婚約者と婚姻関係を結びたくなかった姫は、ガーランドに願った。『攫ってほしい』……と。ガーランドは姫を攫ったことにして、城から姫を連れて逃げ出した。私は理由を知り、姫を〝救出する〟ためにガーランドに協力をした」
「はぁっ⁉」
思っていた展開とは少し違う。セシルとノクティスは目を丸くしていた。ガーランドはウォーリアに似ていたから、そのセーラ姫を攫ったのではないのか? 救出って、そのお姫様を逃がしてあげること? セシルとノクティスの頭上には疑問符がいくつも飛び交った。
「……君たちは、先ほど私の話を遮った」
気持ち不機嫌な表情を浮かべたウォーリアに、セシルとノクティスは依然として呆然としていた。そして、二人して、そういえばウォーリアはなにか言おうとしていたな。と、思いだした。
「私がいるのに、似ているという理由だけで、ガーランドは別の人物を意味もなく攫ったりはしない。セーラ姫は婚約者とは別に、恋い慕う相手がいた。その者と姫は無事結ばれ、代わりにガーランドは罰せられた……」
意外な展開に、二人は無言で聞いていた。どこから突っ込んだらいいのか、まるでわからない。おかしくないか? ガーランドは姫を攫ったあと、ウォーリアに討たれたのではなかったか? セシルとノクティスは目配せを行った。そのあとで、ノクティスはおそるおそるウォーリアに問いた。
「えーと。じゃあ、オッサンがアンタに殺されかけたってのは?」
「……ノウサツ?」
首を傾げ、少し考えてから疑問形で答えるウォーリアに、ブハァッ‼ セシルとノクティスは二人同時に噴き出した。そうきたか。さすが安定の天然……! どうしてか、二人は妙に納得ができた。
「……そうではない。騎士としてのすべてを断たれただけだ」
地位と名誉と、これまでのすべてをな。これ以上、ウォーリアに任せて説明をさせていては、収拾のつかないことになりかねない。黙って顛末を聞いていたガーランドは、自ら話に割り込んでいった。
「……悩殺なんて言葉、どうすれば出てくる」
盛大に嘆息し、それから斜め上に話がいかないうちに……と、ガーランドが真実を述べていく。それは、ウォーリアの話す内容からでは、やはりわかりにくいものだった。
◆◆◆ ◆◆ ◆◆◆
王位簒奪を目論み、そのためにセーラ姫を誘拐したとされるガーランドは、カオス神殿にて光の戦士に討たれた──。
あっという間に広がったこの噂は、ガーランドを追い詰めるには十分すぎるものだった。実際は、カオス神殿でセーラ姫の意中の者と落ち合い、セーラ姫を安全なところまで逃がすことが行われた。その際に、ガーランドはウォーリアに討たれたことにしていた。こうすれば、ガーランドも……。
『理由はどうあれ、こうなってしまった以上、お前を処分せざるを得ぬ』
『今まで……ありがとうございました』
事の詳細をすべて理解したコーネリア国王は、ガーランドを追放処分とした。コーネリアの王座を狙い、姫を攫った逆臣として──。国王としても苦渋の決断であった。
ガーランドはなにひとつ真実を述べず、この処分を受諾した。
『これで……良い』
これまでに培った〝コーネリアの騎士団長〟としての輝かしい騎士の称号をすべて剥奪され、ガーランドはコーネリアを去ることになった。別に悔いてはいない。ウォーリアの手助けもあって、セーラ姫を無事に逃すことができた。
幼少時より見てきたセーラ姫を、望まない婚姻で他国に渡したくはなかった。せめて意中の相手と結ばせてあげたかった。これは家臣として、絶対に許されない行為であった。国のためを思うのであるならば。
だが、ガーランドは、これで良かったと思っている。人として間違ったことはしていないと……。そして、騎士団に残してある荷をまとめ、誰にも知られないうちに王城をあとにした。
そのままひっそりとこの地を去ろうと、ガーランドは町外れまで脚を運んでいた。もうすぐ町を出る直前に、ウォーリアは追いかけてきた。
『ガーランド。おまえはどこへ行こうとしている……?』
『……』
王城内にウォーリアを残してきたことは、ガーランドにとって失敗だったかもしれない。思ったが、もう遅い。この青年が追いかけてきてしまったのなら、王城ではガーランドが出奔したことが、じきに知れ渡るだろう。ガーランドは小さく舌打ちした。
『お前は此処に残れ』
〝光の戦士〟として讃えられているウォーリアを連れ出すわけにもいかず、ガーランドは心を鬼にして告げた。
『この王城にお前を留めていたのは、儂であるのにな……。だが、罪を背負うのは儂だけでよい』
お前はもう自由だ……。ガーランドは兜の中でそっと瞼を閉じていた。ウォーリアとこの地で出逢い、ともに過ごしてきたことを思い返す。
この青年を手放したくはない。だが、ウォーリアのこれからを思うのならば、ここで別離の道を歩むほうがいいのではないか、と……ガーランドは考えていた。
『ならば、私もその罪とやらを半分背負おう』
『お前は……っ、』
『私も行く』
ガーランドがこの地を去ると伝えれば、意外にもウォーリアは自身もついて行くと言いだした。どうやらウォーリアもうまくコーネリア王城から抜け出してきたらしい。
『私はおまえと……ともに在る』
駄目……、だろうか。震え声で囁くウォーリアに絆されたわけではなかった。鬼にするはずの心はガラガラと音を立てて崩壊し、気づけばガーランドはウォーリアをその厚い胸の中に収めていた。
『ガー、ランド?』
『連れては行きたい。だが、それでは』
鬼の心は崩れても、まだ躊躇は残っている。未練がましく抱きしめているのは、最後にウォーリアの温もりを感じたかったからにすぎない。互いの鎧の擦れる金属音は、ガシャリと街はずれの静かな街道にまで響いている。あまり長居しては街人の注目を集めてしまう。
『……』
『ウォーリア』
ウォーリアは突然黙り込んでしまったので、ガーランドは抱きしめたまま声をかけようとした。すると、兜面にちゅっと唇を押しつけられた。なにが起きたのか、ガーランドにはわからない。兜になにかされても、振動と衝撃しか身は感じない。
頬に口づけられたのだと……理解するまで、ガーランドは無言で硬直していた。呆然としたまま、唇を押しつけられた頬面に手で触れる。ウォーリアが自らこのような行為を行うのは、これが初めてのことだった。
『おまえだけに罪は……。私も傍らに在りたい』
ガーランドの頬に唇をつけたウォーリアは、震える声で想いを口にした。気恥ずかしいのか、視線を伏せるように下げて告げるウォーリアに、ガーランドの頭は一瞬で真っ白になった。
ガーランドに抱きしめられていても、ウォーリアはその腕を伸ばして首にまわしてきた。置いて行かれるかもしれない、という思いから、ウォーリアの声には震えが出ている。
『どうした? 喧嘩か?』
抱きしめ合った際に、ガシャッと鎧の擦れ合う音だけが周囲に響いていた。気付かなかったのは、重鎧を装備するガーランドとウォーリアのみで、周囲にいた通行人や店舗の者には異音として聞こえている。
街人たちが、次々に『喧嘩か?』と騒ぎ立てるなか、ガーランドはすっぽりと胸の中で震えるウォーリアの顎を掴み、くいと上を向かせた。
『……儂は重いぞ。これまで以上に覚悟しておれ』
望んだのはお前だ……。もう、手放そうなどと考えぬ。そのようなどす黒い独占欲が、ガーランドの心の中に溢れ出てきた。ガーランドの着込む白銀だった騎士団の重鎧は、闇の覇気をまとってその色を闇色へと変貌させていく。
漆黒の重鎧へと変化した鎧をまとう者が、ガーランドであると気づく者は、この世界においてもはや存在しない。……抱きしめられているウォーリアを除いて。
黒く厳ついフルフェイスの重鎧と、青の鎧に身を包んだ美しい青年の抱擁に、周囲の人々からいろんな意味での視線を集めさせた。しかし、当人同士は全く気にせず、しばらく抱きしめ合っていた。
『望むところだ。おまえが重いのは、外見から見てもわかる』
『……意味を理解しておるか?』
珍しく無表情を崩し、にこりと微笑うウォーリアに、なんとなくだが一抹の不安をガーランドは感じていた。ウォーリアはガーランドの言葉の意味を、絶対に理解してはいない。
だが、傍らに在ると言うのなら、いつかは気づくであろうし、まず手放すことはないから、誰かのもとへ勝手に行く心配もない。時間はある。ゆっくり教えていけばいい。ガーランドは考え、抱きしめる力を強めた。……もう、ウォーリアの躰から、震えはなくなっていた。
◆◆◆ ◆◆ ◆◆◆
「……なるほどな」
「だいたいわかったけど。それって、告白になっているの? ウォーリア、大丈夫?」
火に小枝を焚べながら、呆然と話を聞いていたノクティスとセシルからは、ようやく納得の声があがった。
ガーランドは過去の忘れ去りたい黒歴史を、自らで暴露してしまうことになり、若干不機嫌になっている。放出される闇の覇気による威圧感がとんでもなく恐ろしいが、隣にはウォーリアがいる。
そのウォーリアといえば、威圧感に全く臆することなく、ガーランドの肩に体重を預けて瞼を閉じている。小さく身を縮めて震えるウォーリアに、セシルは眉を寄せて返答を促した。普段のウォーリアなら、あり得ない震えを生じさせているからだった。
「私は……ガーランドの傍らに居られれば、それでいい」
「そう……」
ウォーリアは閉じていた瞼を開き、揺らぐことのないアイスブルーの虹彩でセシルを見つめてきた。震えることを止めて、ズバッと言いきったウォーリアに、セシルは必要以上に尋ねるのをやめることにした。
これ以上は馬に蹴られそうだから、ウォーリアにはあまり触れないほうがいい。セシルは一瞬で見抜き、寄せた眉のまま微苦笑を浮かべていた。
「ノクト」
「……だな」
セシルはノクティスと顔を見合わし、互いにこくりと頷き合った。それから、ウォーリアとガーランドに対して、二人とも躰ごと向き合った。
「ねえ。夜番は僕たちでするから、あなたたちは休んできて」
「しかし、今晩は私が行うはずで」
「オレが替わる。アンタらはふたりで、しっっかり話し合いな」
セシルから思ってもいない意外なことを言われ、ウォーリアは反論しようとした。しかし、ノクティスに発言を話途中で止められ、ウォーリアはさらに困惑していった。話し合う? ガーランドとなにを? 愕然とするウォーリアを余所に、セシルはガーランドを睨んでいた。
セシルの優美な顔立ちが、とても険しいものに変化している。セシルがこのような表情をするときは、決まって怒っていることが多い。セシルは誰に怒っている? ガーランドに? なにかあったのだろうか? ウォーリアは珍しく静かに怒るセシルをじっと見つめ、事の成り行きを見守った。
「ガーランド。ウォーリアがそこまであなたに引っつく理由を、ちゃんと、考えて、言葉に、してあげてっ。言葉がないから不安がっている。ウォーリアが震えてるのは、そういうことでしょ?」
「オッサン。オレの目から見ても丸分かりだぜ。今まで行動してきて、揺らぐことなくまっすぐ前を見てきたコイツが、アンタの行動や言動にいちいち反応してるんだ。ちゃんと見てやれよな」
「……」
……儂は今、これと合流したところだが。
ウォーリアと一戦交えたときは、この世界でも出逢えた歓喜からお互いに昂ぶり、剣を何度も交わし合った。行動をともにすると決まってからは、ウォーリアとはほぼ別行動をとるようになった。
あの魔法陣の経緯をセシルに見られたことは失敗だった……と、ガーランドは後悔する。まさか、セシルがここまで口出ししてくるとは、ガーランドとしても考えが至らなかった。
ガーランドはセシルとともに、この周辺の見廻りをかねて、コーネリア王城の付近にまで哨戒に出ていた。此処に戻り、ようやくウォーリアを胸の中に収めたと思えば、知られたくもない黒歴史の暴露に説教ときた。なにがどうなって、このような事態に陥るのか。ウォーリアがいなければ、ガーランドはおそらく激昂している。
はー。ガーランドは大きな溜息をついた。それから、セシルとノクティスを睨みつけ、確認をかねて低い声で唸るように言い放つ。
「……よいのだな。此処を貴様らに任せても」
確認をかねる……というより、ほぼ確定事項のようなガーランドの発言に、セシルもノクティスも無言で頷いた。そのことにより、ガーランドもふむ、と腕を組んで熟考しだした。少し思考を巡らせ、結論を出す。
「では。儂らは一晩不在する。……構わぬな」
「行ってらっしゃい。あまり時間は取らせてあげられないけどね」
「不安要素はな、全部オッサンの胸にぶち撒けてきな」
意外なほどあっさり了承を出したセシルとノクティスに、ガーランドは立ち上がった。まだ状況を理解できず、丸太に腰かけたままのウォーリアの手を取って立たせる。
「行くぞ、ウォーリア」
「うわ……っ、」
そのままガーランドはウォーリアの手を引くと、足早に歩みだした。現状把握のできていないウォーリアを引きずるように連れ、もと来た小藪へと入って行く。
「持ってきた荷物は好きにしろ」
振り向きざまに、ガーランドからそれだけを告げられ、この場にはセシルとノクティスだけが残された。
まるで嵐が過ぎ去ったかのように、この場は静寂な空気が戻ってきている。ガーランドがそれだけのものを放出していたことを得心すると、セシルとノクティスはやれやれと互いに肩を竦めた。
「熟年かと思ったら、あのふたりはまだ新婚なのか。だからあんだけ縛るんだな。やっと納得がいったぜ」
「ガーランドがはっきり言わないから、ウォーリアも不安なんだよね。どう伝えていいのかわからず、とりあえずくっつくことしかできていないみたいだし」
お互いに不器用だよね〜。そう言って、ふぅとセシルは大きな溜息をつく。ウォーリアがまっすぐに前を見据える青年であると同時に、かなり不器用でもあることはとうに知り得ることだった。ガーランドを相手にしてもズバズバ言うように見えて、あながちそうでもないのかもしれない。
「いや〜。あのオッサンの態度を見てたら、だいたいわかると思うんだけどな」
「僕たちが気づいても、肝心のウォーリアが気づいていないと意味がないでしょ……。気づかないから、あの束縛にも気づいていない」
「んー。確かに……そっち方面には疎そうだもんな」
それもそうだな……。頭をポリポリと掻きながら考える様子を見せるノクティスに、セシルはついつい微笑む。初顔合わせからまだ日も浅いのに、人を見る目は備わっている。そのことに、セシルはノクティスの王の器としての技量も正確に捉えていた。
「今日は軽く呑み明かすかい?」
「お、いいねぇ」
セシルはガーランドの持ってきた荷物から、酒瓶を数本取り出した。コーネリア城から持ってきたらしいそれをノクティスも喜び、二人は久々のアルコールに酔いしれた。願わくばウォーリアが無事、言葉で伝えてもらえますように。二人は呑みながら祈った。