子どもたちの追跡劇 - 1/2

                 2018.3/24

 ゴリゴリゴリゴリ……
 ウォーリアオブライト──ウォーリアが身を休めているテント内で、なにかを挽くような妙な音が聞こえてくる。瞼を閉じていたウォーリアは、そっと瞳を動かして音源を探った。そして見つけた先にいた人物に声をかける。
『……なにをしている? バッツ』
 時刻としては深夜に近い。無音に近い静寂な空気のなかでゴリゴリと音を出していれば、ほかのテントで休んでいる仲間たちが気になるのではないか。ウォーリアとしては、その意味での問いかけだった。
『ああ、すまん。ウォーリア。うるさかったか? もうすぐ終わるから我慢してくれ』
 だが、バッツは真逆の意味で捉えたようだった。ウォーリアに形だけの詫びを入れると、またゴリゴリと薬草らしきものを挽きだして粉末にしている。
『それは……なにかを作っているのか?』
『気にするな。おれが好きで勝手にやっていることだ』
 すんと香ってくる嫌いではない匂いに、ウォーリアは自然と問いかけていた。どこかで嗅いだことのある香りだった。気になったウォーリアは、バッツの傍へ寄っていく。そのときに肩にかけてあった外套が落ちたのだが、ウォーリアはそのことに目もくれない。
『……?』
どこで嗅いだ香りだろうと、ウォーリアは首を傾げて考えた。しかし、思いだそうとしても、すぐに思いだせるものではない。自然に眉まで歪んでいくウォーリアに、バッツはくすりと笑ってきた。
『いずれお前にもわかるよ。ほら。おれのことは気にしないで、少しでも躰を休めておけよ』
『……わかった』
 バッツの傍に近寄ったときに、パサリと落ちた濃紫色の外套を拾い上げて肩にかけた。ウォーリアはその場に座り、外套に包み込まれるようにして膝に頭をおく。眠ることはしなくても、ウォーリアはこうして身を休めている。
 バッツのゴリゴリとなにかを挽くような音は、明け方近くまで続いていた──。

 ***  **  ***

 とある日の晴れ間の少ない午前中のことだった。秩序勢が拠点としている野営地の中心で焚かれた火の側では、全員が揃って団らんしている。その総勢十名のメンバー内で実質的なリーダーを務めるクラウドから、年少組にひとつの命令が下った。
「俺たちは出かける。もし俺たちの留守中になにかあれば、そこはウォーリアに指示を仰げ」
「……だから、どうして私がっ、」
 火から少し離れた場所にある大きな樹の根元に腰を下ろして、ウォーリアは凭れかかって瞼を閉じて休んでいる。そのウォーリアはクラウドから自身を指名をされると、すっと瞼を開けてから、その美麗な柳眉を心底嫌そうに顰めさせながら答えた。
「前も言ったな。ここの年齢設定により、俺が最年長だから今はリーダーなんてやっている。だがな、将来はお前がリーダーになるんだ。今のうちから練習しろ」
「別に、今する必要性はないと思うが?」
 これまでに、何度かクラウドたち年長組が野営地を出ていくことはあった。そして、その都度ウォーリアはクラウドから指名を受けてきた。ウォーリアにすれば、勘弁願いたいことでしかない。どうにか回避しようと、クラウドに食ってかかる。しかし……。
「リーダーの命令は絶対だ。聞け」
 クラウドのひと言に、ピタリとウォーリアは止まってしまった。このひと言を出されてしまえば、いくらウォーリアでもそれ以上を続けることはできない。
「……了解した」
面倒くさい。ウォーリアの頭の中はそれだけが占めてしまった。だが、リーダーの命令は絶対なので、ウォーリアは渋々引き受けることにする。
「オレが手伝う。それならいいだろう? クラウド」
「俺も手伝うよ、ウォル。別に構わないだろう? クラウド」
「……君たち」
 だが、思わぬところから掩護射撃がきた。年少組のまとめ役を担うスコールとフリオニールだった。ウォーリアのその氷のような冷たい無表情からはわかりにくいが、気持ち口角が少しだけ上がっている。
「……そうだったな」
 二人のありがたい申し出に、ウォーリアは思わずポロリと洩らした。あまりに小さな声だったので、周りに届くことはなかったが。
「じゃあ決定だね。ね、クラウド」
「そうだぜ。せっかくスコールとフリオが申し出てきたんだ。そこは乗っかっておけ、ウォーリア」
 指示者なんて面倒な仕事、本来なら基本的に誰もやりたがらない。リーダー代行のクラウドも渋々これをしているが、実際は補佐役のセシルとバッツがすべてを担っている。
 ウォーリアの補佐として、スコールとフリオニールが務めてくれるなら、これ以上にない心強さを得る。
「そうだな。スコール、フリオニール。ウォーリアの補佐を任せたぞ」
 セシルとバッツから言われ、クラウドが決定を出す。比較的寡黙なクラウドの口角が上がっている。年少の二人が率先して補佐に買って出てきてくれたことが、クラウドとしてはやはり嬉しいものだった。
 将来はウォーリアの指示のもと、フリオニールとスコールが補佐につく。という図式が出来上がりつつあることに、年長の三人は内心で喜んでいる。これで、ウォーリアがリーダーになり次第、自分たちは引退し、ほかの年少メンバーとともにのんびりできる。そこまで年長三人は考えている。
 しかし、実際はウォーリアが将来は年長組のほうに入るために、この図式そのものが成立するのかはまだ未定なのだが。そのことを年長三人はうっかり失念してしまっている。
 それに、ウォーリアのレベルがほかのメンバーより特出して低いため、この考えは当分先のことになる。ウォーリアのレベルをリーダーを任せることのできるところまで上げる。これが実は一番の当面の目標でもあった。
「スコール、フリオニール、助かる。ならば今回は頼む」
 ウォーリアの素直な礼に、スコールは内心でこっそり喜び、フリオニールは屈託なく笑う。それに応えるかのように、ウォーリアの無表情も自然と緩やなものへと変わっていた。
「気にするな。それより決めることをさっさと決めるぞ」
「ウォル、こっちに来て。三人で打ち合わせをしよう」
「わかった」
 スコールとフリオニールの言葉に、ウォーリアはゆらりと立ち上がった。そのままゆっくりと火の側にいる二人のもとへと行く。ガシャガシャと鳴る鎧の擦れる金属音が出ないように、ウォーリアとしても多少は気遣っていた。
 ウォーリアやクラウドと並んで寡黙なスコールと、それとは真逆でフリオニールは表情豊かなほうだった。ウォーリアは対照的な二人に挟まれ、打ち合わせを進めていく。

「それで? クラウドたちはどこへ行くんスか?」
「そうだっ。行き先を聞いておかないとな。前回みたいなのはもうイヤだぜ」
 打ち合わせ中のウォーリアたち三人の近くで、ティーダとジタンは年長三人に訊いている。これには年長三人は顔を見合わせた。
「あれはもうしないよ。僕たちもさすがに参ったからね」
「心配からきた様子見だったのにな。悪ふざけ認定を食らうとは思わなかったぜ」
 セシルとバッツは顔を見合わせた先で苦笑しあう。
 実は、先日年長三人は外出を装い、こっそりと年少メンバーの各々の過ごし方を外から覗き見るということを行った。
 年長三人からすれば、バッツの言うとおり心配からくる様子見……というか覗き見だったのだが。ウォーリアとスコールは悪趣味な悪戯と見なし、三人にお仕置きをした。
 これにより、ほかの年少メンバーからも心配からではなく、悪戯心から行ったものだと解釈されることになった。そのせいで、しばらくのあいだは年少組からちょっぴり……いや、かなり白い目で年長組は見られていた。年長三人にとっては痛々しい黒歴史に輝くものになる。
「今回は本当に出かける。戻ってくるのは夕刻くらいだ」
 ふぅと眉を寄せて嘆息しながらクラウドが独り言のように零すと、パンと手を叩いてティナはにこやかに微笑んだ。
「わかったわ、クラウド。気をつけて行ってきて」
「ちょ、ティナ? 行き先をまだ聞いてもいな」
「すまないな、行ってくる」
「ん。なるべく早く帰ってくるからね」
「お前ら、いい子にしてるんだぞ」
 クラウドの独り言を理解できたのか、理解できていないのか。それすらもわかっていない様子のティナはさらっと答えた。慌ててオニオンが軌道修正を図るが、時すでに遅しとなっている。
 ここぞとばかりに年長三人は言葉少なく言い残すと、そのままささっと出かけてしまった。

「行き先……。結局言わなかったな」
「……ボクには逃げたようにしか見えなかったけどね」
 呆れたように呟くジタンに、疑いの目で三人の向かっていった方向を見ていたオニオンが続けた。
 前回年長三人に覗かれていたことがわかってから、子どもにしては思慮深いオニオンは、三人のことを猜疑の目で見るようになった。これは三人が信じられないから見ているのではなく、彼らを信じたいから見ているのだが……。
「大丈夫だ、オニオン。今から行こう」
「え……? どこに?」
 オニオンは突然、背後から肩をポンッと叩かれた。ビクッと反応して振り返った驚愕のまなざしのオニオンに対し、肩を緩く叩いたフリオニールはくすっと笑っている。ただし主語がないため、オニオンはフリオニールがなにを言おうとしているのか理解ができていない。
「連中の後を追うぞ。皆、準備をしろ」
「え????」
 三人での打ち合わせが終わったのか、今度はスコールが指示を出す。いきなり準備とか言われても、咄嗟に反応のできないメンバーからは驚きの声が出た。
「弁当は作ったから、今からすぐに行けるよ」
「早っ‼︎‼︎」
 こちらはフリオニールだった。スコールやウォーリアとの打ち合わせ終了後、すぐに食べられる備蓄食材とパンを簡単に詰め込んでいた。『詰め込んだ』だけといったものだが、フリオニールが手がけるものなら、弁当として十分に成り立つ。こちらもほかの年少組たちから驚きの声があがった。
「前回とは逆だ。今回は私たちがあの三人を追跡する。皆、準備が出来次第すぐに出発だ」
「え?……っ、了解っ‼︎‼︎」
 ウォーリアの声に躊躇うものの、ほかのメンバーもどうにか納得ができた。
 打ち合わせは年長三人の追跡について、ウォーリアたちは先ほど綿密な計画を練っていた。もちろん前回の報復のために。
 そのことをここで知らされたウォーリア、スコール、フリオニール以外の年少組は、瞳を輝かせる者、不安げにする者など、様々な表情を見せている。
「うわ。こういうの、オレ大好き♪」
 尻尾をふるふると震わせ、ジタンはすごく嬉しそうな顔を見せている。握る拳から、気合いの入りようが伺えた。
「バレないようにってヤツッスね」
「……大丈夫かしら」
 同じく嬉しそうなティーダの横で、相反してティナは心配そうな表情を浮かべている。ぽそりと洩らしたティナの小さな言葉は、隣にいたオニオンが引き継いだ。ただし、オニオンもこの場合は心配より、むしろ楽しむほうへベクトルが向かっている。
「このあいだのお返しだね。ボクは忍者になっておこう」
 この世界線では、基本的にオニオンは賢者になることが多い。ここぞとばかりに、隠密行動向きな忍者にジョブチェンジをして準備を整えていった。
「……」
……皆の心が折れねばよいが。
 一部ワクワク、一部は心配げにしながら準備を進めていくメンバーを見ていたウォーリアは、口には出さずに心の中で留めておいた。
「はは……」
……問題は、ウォルの音だな。
「……」
……アイツの鎧の音でバレなければいいが。
 そんなウォーリアの様子を遠くも近くもないところから見ながら、フリオニールとスコールは同じようなことを考えていた。

 

 

 

「んで、クラウド。今日は行って渡して終わりか?」
 道すがら、バッツはクラウドに声をかけた。行って帰ってくるだけの行程なら、さほど時間はかからない。時間にゆとりがあるのなら……。そうしたことを踏まえてのことだった。
「それでもいいけどな。今日は殺」
「あ、ちょっと見て。あの樹に果物みたいなのがあるよ」
 クラウドが答えようとしているのを被せてくるかのように、セシルは近くの樹を指さした。クラウドの言葉から物騒な文字が見えたからとった、セシルなりの咄嗟の判断でもあった。
「どれどれ……? お、これはいけるぞ。クラウド、帰りの土産にするか」
 低い場所にあった実をひとつもぎ取り、バッツは香りを確認してからひと口齧った。少し酸味はあるが、悪い酸味ではない。後味のさっぱりとするものに、バッツはクラウドに問いていた。バッツとはいえ、クラウドの許可なく勝手なことはできない。
「そうだな……」
 バッツがわざわざ訊いてきたことに、クラウドはぴくりと小さく眉を動かした。この場合、許可を求めてくる以上に、この果物になにかがある……ということに繋がるからだった。果物の味に触れずに訊いてくる。すなわち、〝いける〟=〝癖が多少はある〟と同意に等しい。
 だが、バッツが〝食べられる〟と判断したのだから、反対することはない。毒物をバッツが調合目的で持ち帰ろうとするなら、そこは正直にクラウドに説明を入れてくる。そうでないと、常に腹ぺこな年少組と過ごすうえで管理能力が問われてくるからだった。……バッツやフリオニールに任せるのなら、なにも問題はないのだが。
「美味く調理してくれるなら、俺はいいぞ」
「よっしゃ!」
 言おうとしていたことをセシルに妨害されたことなど、クラウドもバッツもすっかり忘れていた。この果物についての会話を和やかに弾ませていく。具体的にはどう調理するか、だった。
 果物に気をとられがちだが、年長三人は結構な速度で歩いている。バッツはともかく、優雅で煌めく白銀の鎧装備のセシルと金属のカタマリのようなバスターソードを背中に貼りつけたクラウドからは、とてもじゃないが想定もできない徒歩速度だった。

 ────────

「アイツら……、はっっや」
「大人のコンパスを抜きにしてもキツいよ、この速さは」
 年長三人を追いかけるほうの年少組も、こうなってくると大変なものとなってくる。ジタンとオニオンはすでに小走り気味になっていた。
「……それにしても」
「この異様なエンカウントは、マジでなんなんスか?」
 年長三人のコンパスに加え、ティナとティーダが呆れていたのはこの異常ともいえる高エンカウント率だった。百メートルに一〜三度ほどの割合で、なにかしらと遭遇する。これでは、年長三人との差は全く縮まることがない。
「うーん……」
……ウォルかな? やっぱり。
「こうなるだろうと思った」
……ヤツだろ。想像以上だな。
 前回のことで理由を知るフリオニールとスコールは、アイコンタクトだけで理解しあっていた。
「いつものことだ。気にせずに進もう」
 青い重鎧からガシャガシャとうるさい摩擦音を出しながら、ウォーリアは無駄に有り余る存在感を放出して歩いている。うるさい音と強烈な存在感と威圧感により、肉食動物にしろ魔物にしろイミテーションにしろ、近寄らないかと……。実はフリオニールとスコールは、多少なりの期待を込めて考えていた。しかし、実際はそうではなかった。
 存在感や威圧感はあっても、ウォーリア本人がそれ以上のホイホイ体質だとわかった。そのせいで、野営地を出てから結構な確率でエンカウントをしている。そのたびに戦闘となり、年少組全員で敵と戦った。
「ここまでとはな……」
……この前の熊は、少ないほうだったのか。
 前回、狩猟のためにスコールはウォーリアと一緒に周辺を歩いたが、確かに熊とすぐにエンカウントした。現れたのが熊だけだったから安心してたが、実はそうではない。移動距離がさほどなかったから、熊以降はたまたまエンカウントしなかっただけである。
 そのことにスコールはようやく気づき、今の現状に後悔しはじめた。
「……アンタ。いつもこんな調子で、カオス神殿に行ってるのか?」
「そうだ。だから神殿に着くころにはいつもフラフラだ」
「……」
……自慢げに言うことか?
 ウォーリアはよくクラウドの許可をもらい、カオス神殿に行く。少し前まで──今のウォーリアが闘争を終結させるまで──は、宿命の相手であるガーランドと一戦交えるためだった。闘争を終結させてからはふたりは仲良くなり、お互いが神殿と野営地を行き来している。
 スコールはウォーリアひとりではカオス神殿に着くころにはフラフラになる、ということにすごく納得ができた。今、これだけの人数がいるのに、すでに心が折れそうになるエンカウント率の高さだった。横を歩くガシャガシャうるさい光り輝く勇者のブレない折れない心に、思わず拝みたくなる気持ちにさせられる。
「……この方向。カオス神殿だな」
「ウォル。オレもそう思った」
「ガーランドに用でもあるんスかね? あの三人は」
 何度となく行ったことのあるウォーリアが小さく呟くと、聞こえていたのかジタンとティーダが続く。ジタンもティーダもカオス神殿にはお使いで何回か往復したことがあるので、道中路にはほかのメンバーより詳しかった。
「カオス神殿のさらに向こうとか……かもしれないよ」
「それはあり得るな。でも……カオス神殿の向こうって、なにかあったか?」
 オニオンの意見に、うんと頷いてフリオニールが答えた。けれど、フリオニールがカオス神殿に行くことはほとんどない。そのために、そのあたりの地理にはさほど詳しくはなかった。とりあえずとばかりに、神殿付近に詳しそうな三人に話題を振る。
「私は知らない」
「オレも知らない。ティーダ、知ってるか?」
「オレも知らないッスよ。ジタン」
 ウォーリア、ジタン、ティーダの三人からの返答に、フリオニールは目を丸くした。一番詳しそうなウォーリアですら、素っ気ない態度をとっている。
「三人が知らなきゃ誰も知らないな。ひとまず急ごうか」
 少なくともウォーリアが知らないことを、ここにいるメンバーが知っているはずもない。結局は誰も知らないんだな。と、フリオニールはそう結論をつけた。否、つけるしかない。

 

 

 

「……なんかさ。今日はいつも以上にエンカウント率が高くないか?」
 襲いかかってきた魔物を倒し、ふーとひと息ついたバッツは、周囲を見まわしてから確認するように言葉を零した。周囲を警戒しながら進んでいるのに、それを上回るようなエンカウント率に、さすがのバッツも異変と捉えてしまう。
「うーん。言われてみれば、そんな感じがするよね」
 バッツに同意するように、セシルは首を傾げて答えた。しかし、バスターソードを背中に戻したクラウドは、周囲に立ち込める砂埃を払いながらバッツに振り向いた。
「いや。エンカウント率が高いというより、なにかに集まってきているような、そんな感じだぞ」
「クラウドもそう思うか? なんだろーな、これって」
 いつもならさらっと進む道中路が、突然前方から大量に現れた得体の知れない生命体の妨害に遭い、全然進まなくなった。エンカウントが高まったというより、なにかに引き寄せられてきているかのような遭遇率の高さに、バッツはクラウドと同じ答えを導きだしていた。
「いちいち構っていられん。……いくぞ」
 このままだと約束の時間に間に合わない。そう考えたクラウドは背に戻したバスターソードをもう一度構え、目の前にいる生命体の集団を目がけて横に一閃──。

「…………。えげつないな、お前」
「すっきりしていいじゃない。急ごうよ」
「時間の無駄はできないからな。早く行こう」
 クラウドがバスターソードで薙ぎ払ったことで、目の前の風景は変化していた。魔物どころか、自然に植わっていた背の高い野草や樹木までもが薙ぎ倒され、平坦な平地に早変わりしている。
 風景のビフォーアフターをしっかりと見てしまったバッツは、震える指で先方を指さした。セシルは邪魔がなくなってすっきりした景色に、風で揺らめく髪を気持ちよさそうに手櫛で整えている。
 クラウドのとんでもなく豪快な剣技のおかげで、これでようやくなにかしらの妨害はなくなった。すっきりした平坦な道中路を、三人は速度を落とすことなく進んでいく。

 ────────

「──……っ、」
「……さすがだ」
 年少メンバー全員唖然として声も出せない。その中で、自身のエンカウントにより、前方から来たよくわからない生命体の集団を一撃で蹴散らしたクラウドに、ウォーリアは素直な感嘆の声をあげていた。
「……なんだ、あれ?」
「クラウド、マジパないッスね」
 ジタンとティーダはクラウドの繰りだした剣戟の破壊力に呆然とし、声を出すのがやっとの状態にまで戻っている。それでも、信じられないものを見てしまったような顔で、表情は二人とも強ばっていた。
「あの人のあの躰から、あの馬鹿力ってどこから出るんだろうね……」
「オニオン、クラウドにそれを言っては絶対にいけない。君のその鎧では、確実に腹に穴が空いてしまう。私は君の〝すぷ……らった〟? など、できれば見たくはない」
 物事を比較的第三者目線で捉えるウォーリアは、オニオンの呟きに対してさらりと答えていた。だが、解答そのものがズレているうえに、カタコトでうまく言えていないことには気にも留めていない。
「……まぁ。それはこの作品にG指定が入るからダメよ?」
「…………。それ以前の問題でしょ、ティナ。ウォーリアさん、その言い方だと……ボク死んじゃってるよ?」
 ウォーリアの素のボケにボケを重ねてくるティナに、オニオンの精神は大きくダメージを食らっていた。オニオンの精神がゼロになる前に……と、止めたのはフリオニールとスコールだった。
「まあまあ。オニオン、ウォルは『気をつけて』と言いたいだけだよ。クラウドの怪力はみんなが知っていることじゃないか。今さらだよ」
「クラウドは今のこのメンバーの中で、一番の怪力だからな。あれくらいできても不思議ではない。むしろ、このエンカウントのほうが問題だろ」
 年長三人がウォーリアのエンカウントの影響を受けて速度を少し緩めたためか、ようやく年少組が追いつくことができてきた。しかし、それに伴い、前方からのエンカウントがダイレクトに年長組のほうへと向かい、年少組への直接被害は左右と後方からになっている。
 このような書き方だと、バイ〇ハザードのゾンビに囲まれたように感じるかもしれないが、実際は熊や猪などの大型の動物か、よくわからない生命体──要するにこの世界特有の魔物と遭遇するだけである。
 でも、この場合は質より量だった。魔物や肉食獣の数が多いとだんだん面倒くさくなる。気の短いクラウドは一番手っ取り早い方法で一掃しただけにすぎない。
「ウォルはこのエンカウントをどうしていたんだ?」
 ふと疑問に感じたフリオニールは、平然と歩き続けるウォーリアに問いていた。年少組のほとんどは、その遭遇率の高さに、いい加減辟易している。
「クラウドと同じだ。ある程度増えたら、盾で一掃する」
「そうか……」
 要するにクラウドと同じタイプなんだな。質問をしたフリオニールを含め、この場にいるウォーリア以外の全員が思った。
「使い方を少し間違えている気がしないでもないけど」
……盾を投擲武器扱いか。ブーメランとして使うだけの腕力があるのなら、利き腕に持つ剣も使ったらいいのにな。
「……」
……根本的に盾の使い方が間違っているな。剣は剣礼だけか? もったいない。
 はは……と、小さく微笑うフリオニールと、無言のスコールは心の中でいろいろと考えていた。
 盾の熟練度も一応はマスターしているが、それよりもフリオニールは多種類の武器を同時に使用して戦う。対して大剣に銃の機構を組み込んだガンブレードを両手で操るために、スコールは盾そのものを持つということがない。
 二人ともタイプは違うが、〝殺られる前に殺れ〟なアタッカータイプなので、剣は盾のついでで扱うウォーリアの戦い方に理解がなかなか追いつかない。
 実際はウォーリアも盾を使ってから剣で攻撃するのだが、どうも盾のインパクトが強いらしい。そのあとに剣を使っても、盾技のあとの剣は存在を忘れられてしまっているようであった。
「……」
 なにかメンバーたちから誤解をされている気はしているが、それが〝なにか〟まではウォーリアも理解できない。無理に訊くことはせず、ウォーリアはそのまま流していた。

 

 

 

「やっと着いたぜ。今回はすごく時間がかかったな」
「変なエンカウント率の高さだったね」
「変な……というか、妙な不自然さを感じたけどな」
 荘厳で、来る者すべてを阻むような雰囲気を感じさせるカオス神殿の門の前に、年長の三人は立っている。
 いつもより倍以上の時間をかけてしまったことに、クラウドは好きに話し合うバッツとセシルに声をかけた。
「そんなことはあとだ。さっさと済ませてしまおう」
 いつもより時間がかかり、予定より遅くカオス神殿に到着したことで、時間は押している。帰りのことを考えると、あまり余裕はない。クラウドはバッツとセシルを促して、勝手知ったるかのように神殿内に入ろうとした。
「ん?」
 神殿に入るその直前、バッツは空気の流れからなにかに気づく。なるほど、そういうことか。すべてを理解し、バッツは今後のこともついでにと考える。
「ん〜?」
……さあって、どうしよっかな。
 考えたところで、ひとりでは決定できないのも事実だった。この世界線のルールにより、すべてにおいてリーダー──今はクラウドが代行しているが──の許可が必要になってくる。先述したが、それは年長組内であっても適応される。バッツはスタスタと歩くクラウドに声をかけた。
「クラウド。どうする?」
「……放っておけ」
「いいんじゃない? 別に。さ、早く行こう」
「……。そっか、おれだけじゃなかったか」
 どうやらクラウドとセシルもわかっていたようだった。クスッと笑いながらバッツは考える。どうにかしてやんないとな。そのような思いも同時に膨れていた。
 けれど時間がかかった分だけ、ここの住人は怒っているかもしれない。なんたって、頭に超をたくさんくっつけることができるほどの超堅物なのだから。時間にはとても厳しいことを年長三人もよく知っている。奥の玉座を目指し、三人はひたすら進む。

「待っておったぞ」
 奥にある謁見の間の玉座には、漆黒の厳つい重鎧に身を包んだ巨躯──ガーランドが鎮座している。
 年長三人と黒い超堅物が視線を交わす。口火を切ったのは、バッツだった。
「おっさん。これ、頼まれてたヤツな」
 そのひと言に、玉座に腰かけていたガーランドは立ち上がった。玉座の肘当てに立てかけていた巨剣を手に持つと、ゆっくりとバッツのもとへ近づいていく。
「いつもすまぬな、旅人よ」
「いいよ、別にさ。おれとしても助かるからな。このくらい、苦にはならねーぜ」
 バッツから小さな袋を受け取ると、ガーランドは小さな小さな溜息を零した。
「……すまぬ」
 そう言ってガーランドは懐に袋をしまった。どこか悲哀を感じるガーランドの態度に、バッツはかける言葉を見つけられず無言でいる。気苦労を知る者同士、感じるものも同じだった。
「ガーランド。それではいいか?」
「兵士よ、儂は構わぬ」
 ガーランドとバッツのやりとりを黙って見ていたクラウドだったが、時機を見計らって声をかけた。あまり長居ができない以上、見極めることも重要であった。
「じゃあねぇ、ガーランド。そろそろ殺ろうか──」
 にっこりと微笑ったセシルから、じわじわと暗黒オーラが発せられる。瞬時に場の空気を変えてくれたセシルに、ガーランドも持ち得る覇気をまといだした──。

 ────────

「やっと着いたッスね」
「どうするよ。さすがにこのままじゃ、神殿に突入はできねーぜ?」
 膝に手をあてて、ふーと息をつくティーダに、ジタンは周囲をキョロキョロと見まわしてから、独り言のように呟いた。だが、声はひそひそ……というわけではなく、それなりの音量だったので、この場にいる全員に声は届いている。
「私は残るから、君たちだけで様子を見てきてくれるか」
 ジタンから遠まわしに鎧がうるさいと言われていることに、さすがにウォーリアも察する。どうやらウォーリアは、察しが全く悪いわけではないらしい。
 神殿内は静寂なために、音がとてもよく響く。何度となくガーランドと戦ってきたので、神殿内で鎧の擦れる音がどれほど響くのかウォーリアでも理解している。音が響けば、年長三人にすぐバレてしまう。そして、それは何度とお使いに来たことのあるジタンもティーダもわかることだった。
「どうして? みんなで行こうよ?」
「……そう、だな。ティナ。だが……、私は行」
「ウォル、あなたも行こう」
 ティナの言葉に、ウォーリアはやんわりと断りをいれようとした。しかし、最後まで言わせてもらうことはできず、途中でフリオニールに遮られてしまった。
「フリオニールと同感だな。アンタだけここに置いてはいけない」
「しかし……」
 スコールにまで同行を求められ、ウォーリアは少し困惑していた。嬉しいが、しかし……。ウォーリアは言葉に詰まり、何度も頭の中で同じことをぐるぐると巡らせた。
「ウォーリアさん、ボクとジタンで先に様子を見てくるよ。それならいいでしょ?」
 ウォーリアが神殿内に入ることに躊躇しているのを、オニオンは機敏に察してジタンを促した。
「よっし、オニオン。行こうぜ」
 ジタンもなんとなくだがウォーリアの様子から察し、オニオンにグッと親指を立てた。二人は顔を見合わせると、ウォーリアにいい笑顔を向けてくる。これにはウォーリアも眼を見張った。
「すまない、二人とも──」
 様子を見にいくと言ってくれたオニオンとジタンに、ウォーリアは礼を伝えようとした。だが、その前に二人はささっと行ってしまった。
「神殿の中で空気が動いているな。もしかしたら中で戦っているのかも……」
 フリオニールは神殿内の僅かな空気の流れを、神殿の外側から読みとった。本来ならば旅人のバッツの領分であるが、弓スキルの高いフリオニールも行える。
「誰がッスか?」
「察しろ。この状況なら、ガーランドとクラウドたちしかいないだろう」
 ティーダはぽかんとした表情で、それでも疑問をフリオニールにぶつけてくる。けれど答えたのは集中しているフリオニールではなく、スコールだった。
「なんのためにッスか?」
「……オレが知るか」
 スコール自身もなんとなく察することはできる。しかし、黙って集中し続けるフリオニール同様、その理由までは知ることができない。
 ただ、それを確かめるために、オニオンとジタンに隠密行動をさせている。これはフリオニールとスコールへ相談もなく、ウォーリアの独断で勝手に行かせたものだった。
 ウォーリアは先ほどから神殿に入ることを渋っており、ここから入りたがらない理由へと繋がるのではないか……とスコールは考えている。音を理由にしているが、これだけでは神殿内に踏み込みたくないという理由として不十分だった。
 フリオニール、ティーダ、スコールの会話を横で聞きながら、ウォーリアは近くの大きな樹に凭れて瞼を閉じる。少し頭の中を整理したかった。
「おい、アンタ……」
「ここにいる」
……そういうこと、か。
 スコールに声をかけられても、ウォーリアは我関せずを貫くつもりだった。ウォーリアは年長三人の今回のお出かけの理由をようやく理解した。
 バッツが早朝からゴリゴリゴリゴリとやっていたこと、慌てるように野営地から三人が出ていったこと。フリオニールが読んだ空気の流れ──神殿の中で戦う音というもの……。
「……」
……バッツには礼を言わねばならないな。
 瞼を閉じたまま、ウォーリアは口角を小さく上げる。ずっとモヤのようなものがかかっていた胸の内が少しずつ落ち着いていくのが、ウォーリア自身でもわかった。
「アンタの横、いいか?」
「私は構わない」
 スコールはウォーリアに許可を得ると、その横に凭れかけて同じように瞼を閉じた。スコールも頭の整理をしたかった。
 今回、年長組を追いかけようと前もってウォーリアに持ちかけていたのは、実はスコールのほうだった。
 前回は年長組にいいように振りまわされ、腹が立ってウォーリアと結託して報復をした。そのあとはあの三人が罰を罰と感じずに、楽しそうに笑いながら罰を受けるのを見て、ウォーリアとともに一度は許した。怒っているのが馬鹿馬鹿しくなったからだった。
 それでも、一度燻った内なる怒りの心はなかなか収まらず、次に年長組が出かける際には尾行してやろうと。これはスコールが提案し、ウォーリアとフリオニールで決めていた。
「ちっ、」
……連中ならとっくに。いや、最初から気づいてるはずなのに。これでやっと納得ができた。疲れたが、こういうのもたまになら悪くはない。
 スコールもここでようやく年長三人の意図に気づき、気持ちが落ち着いていくのが自身でもわかった。
「フリオ。オレ、そろそろ腹が減ってきたッスよ」
「そうだな。でもみんなが揃わないとな」
 フリオニールは前回採取と熊の解体だけで、直接的な被害はほぼゼロに近い。なんとなくだったが、年長組の本来の意図がその持ち得るスキルゆえに読み取れた。ただの悪ふざけではなく、父親が影からこっそり子どもたちを見守っている、と。
 だから、前回はスコールやウォーリアほど怒ることもなかったし、ちょっとやり過ぎたかな年長組は……くらいにしか思わなかった。
 今回のフリオニールの参加は、もしかしたら暴走するかもしれないスコールとウォーリアを止めるためだった。二人ともブチ切れすると、なにをするかわからない。そのときは、どうしてもストッパーとなり得る者が必要になる。スコールと並び、まとめ役の自身が一番の適任と感じていた。
 今回ウォーリアが指示者に選ばれたときに、スコールは自分から補佐役に立候補した。だから今回は、その計画を絶対に遂行させるつもりだな、と。フリオニールは考え、自身も立候補した。
「空気が変わったな」
……二人とも、やっと落ち着いたか。
 樹に凭れて休むウォーリアとスコールを見て、フリオニールは二人の様子に変化を感じていた。二人のピリピリとした空気が落ち着いたものに変わっていったのを感じ、もう大丈夫かな、とフリオニール自身も安堵する。
「ねぇ。ウォル、隣いい?」
「私は構わない」
 ティナもウォーリアの隣、スコールの反対側に凭れかけた。座り込まなかったのは、一度座ると立てなくなるかもしれないからだった。そのくらいティナは魔法力を消耗していた。
「ティーダ、少し黙っていよう」
「そうッスね」
 三人で大きな樹に凭れ込む様子を見ていたフリオニールは、ティーダに前もって言葉を制した。賑やかなティーダが逸れば、場は途端に騒がしくなる。そうなれば心身を休めている三人は、心を落ち着かせることもできなくなってしまう。今はそれを避けたかった。
「オニオンとジタンが戻って来たらお昼にしよう。今はみんなで少し休憩しよう」
 瞼を閉じたウォーリアとスコール、休むティナを見て、普段は賑やかなティーダも、フリオニールの言葉に従っている。フリオニールの言わんとすることを理解したためと、ティーダ自身もさすがに疲弊しているからだった。
 フリオニールはクスッと笑い、ティーダを促してウォーリアたちのいる樹の隣にある樹木へ行った。ここで背をつけて、フリオニールとティーダも休む。
 オニオンとジタン以外の全員で揃った大きな二本の樹の側で、フリオニールの優しい声で皆がその疲れを癒すことになった──。

 ***  **  ***

「ただいま」
「どうだったッスか?」
「奥でドンパチやってるよ。なにしてるんだろーな。わざわざここまで来てよ」
 さほど時間を経過させることなく、オニオンとジタンが戻って来た。ホッとしたような顔をして様子を聞いてきたティーダに対し、ジタンは呆れ顔になっている。
「意味がわかんねー」
 肩を竦めて小さく呟いたジタンを、ティーダは見て目を丸くしていた。
 これで全員が揃ったことを確認してから、スコールが代表して告げた。
「まあ、なんでもいい。先に昼食を食べてしまおう」
 神殿内に突入する前に腹を満たしておくのは、手荷物を減らす意味も兼ねていた。これだけのエンカウント率を誇るなら、手荷物は少ないほうがいい。この神殿と周囲はガーランドの結界が張られているために、魔物の類は入ってこない。ある意味、昼食を摂るなら安全な場所でもあった。
「ティナ、ウォルもこっち来るッスよ」
「ウォルは無理そうなら水分だけ摂って。無理して食べないでいいよ。そのまま休んでていいから」
「……すまない」
「お腹空いてるから、食べるわ……」
 ティーダとフリオニールの誘いに、ティナだけが昼食を食べに動いた。ウォーリアは水分だけを摂り、また樹に凭れかかる。
 今回の追跡用に、フリオニールは前もって弁当用の備蓄食材を大量に溜め込んでいた。いつでもすぐに出発できるようにと、人数分に小分けまでしておく仕事ぶりまで発揮している。バッツに見つからないようにするのが大変だった、というのはフリオニールだけの内緒事項であった……が。
「食べたら突入だな。休めるのはここまでだから、オニオンとジタンの休憩が終わり次第突入だ」
 スコールがもう一度代表してまとめる。これにウォーリア以外の全員が大きく頷いた。