星のクッキー

                 2019.7/04

『バッツ、これは?』
『ん、作ったんだ。要るならやるぜ』
『……いいのか?』
 気付けば私はバッツから〝それ〟を受け取っていた。そばではフリオニールが笑っている。
『ウォル。どうせなら、あなたが作ってみたら?』
『私が?』
『お。それいーな。ウォーリア、オレも手伝ってやるよ』
『いや。私は……』
 くすくす笑うフリオニールを恨めしげに見ながら、私はバッツからのスパルタを受けることになってしまった。
 それでも、私の表情は緩んでいたのだと思う。教えてくれるバッツも、手伝ってくれるフリオニールも、どこか楽しそうにしてくれていた。
 初めは嫌々だった私も、いつしか楽しく作業ができた。形はいびつなものが多い。バッツの作ったものに比べたら、私のものは……。
『それがいいんだよ。オレのより喜んでくれるんじゃねーか』
『そうだろうか……』
 それでも、少しばかりの不安を滲ませる私に、フリオニールはなにか作業を始めだした。
『ウォル。どうしても心配なら、ほら……これをつけたらいいよ』
『……!』
 まるで魔法のようだった。私はフリオニールがひとつひとつ施していく様子を、ただひたすら眼で追いかけていた。

「ほら、行ってこいよ。今晩はオレが見ておいてやるから」
「ウォル、気楽に!」
 バッツとフリオニールに見守られ、私は秩序の野営地をあとにした。手には先ほど作ったものを持っている。喜んでくれるのか……そのようなこと、私にわかるはずもない。それでも……私は胸を躍らせていた。早く逢いたくて。早く伝えたくて。それだけを想い、私は急いだ。

★★★

 低い草の生える、なにもない平原に私は立った。さら……、緩く風は草を薙いでいく。兜が落とされるほどの強い風ではない。それでも、私は兜を押さえ、周辺を見まわした。

「……待っただろうか」
「構わぬ」
 初めて……私たちはここで逢瀬をすごす約束をした。闘争中だとか、筆頭だとか……すべて無視して、ガーランドは私に声をかけてくれた。嬉しかった。私はなにも言わずにこくりとだけ頷いて、ガーランドと約束を交わし合った。
 そして、その場所に、早くもガーランドは来ていた。私は逸る胸を押さえ、傍へと近づいた。柔らかな草の上に腰を下ろしているガーランドの隣へ、私も同様に腰を下ろす。
 ガーランドは星を見ているようだった。天空を見上げ、じっとしている。
「なにが見える?」
 数多の星に名が付けられていても、私にはよくわからない。等級の区別すら理解できていない。よく火のそばでバッツと深夜番をしているときに教えてもらうのだが、私にはすべて同じに映ってしまう。
『星に興味がないと、覚えられないと思うぜ?』
 バッツはよく笑っていた。図星を指された私は、少しだけ眉を寄せていた──。
「……天の河くらいはわかるであろう? あれだ」
「……あれが?」
 話には聞いていた。だけど、こんなにまで壮大だとは……。ここ最近長雨が続き、星を見る機会なんてなかなか得ることはできなかった。
 それなのに、この時機にガーランドは私を誘ってくれた。闘争外で呼ばれることなど経験がない私は、……私は喜んでいたのだと思う。それが証拠に手には、このようなものを持っているのだから。
「なにを持ってきておる? 出せ」
「……初めはバッツのものを持ってこようと思っていた」
 私はガーランドに包みを渡した。ガーランドはなにも言わず、ガサガサと包みを開けている。この沈黙が重苦しくて、私は天空の煌めく星を見つめていた。
「なるほどな。星か……」
「バッツの作ったものは、もっと上手で美味しそうだった……」
 私は俯いた。形のいびつな星のクッキーを見られて、途端に羞恥を感じていた。どうして最初からバッツの作った、美味しそうな〝それ〟を持ってこなかったのだろう。私は後悔でいっぱいになっていた。
「なにをぬかすか。儂はこれがよい」
「ガーランド……」
 口当てを外し、もぐもぐと咀嚼を始めたガーランドを、私はひたすら見つめていた。
 フリオニールは焼く直前に、乾燥させたナッツやフルーツをクッキーに散らしてくれた。なんの変哲もないいびつな形のクッキーはそれだけで……すごく色鮮やかな星型のクッキーに早変わりした。ナッツやフルーツはまるで、今の星空のように星型のクッキーを飾ってくれている。
「ありがとう……」
 バッツにもフリオニールにも、そして食べてくれたガーランドにも。私は心の底からの感謝を告げていた。

「……礼だ」
「んっ、」
 カラン……
 兜が落ちた。でも、そのようなこと、今の私たちには関係なかった。数多の星々が煌めく夜空で、私は目眩がするほど甘く、甘く優しい口づけをお礼にともらえた。
……これが初めての口づけになるのを、ガーランドは気付いているのだろうか。
 口づけを受けながら、私はぼんやりと考えていた。甘い口づけに、躰の力が抜けていく。いつしか私はガーランドに身を預け、腕をまわしていた。
 ガーランドは私の身が離れることのないように、しっかり抱き留めてくれている。
「ずっと、お前とこうしていたい……」
 唇が離されてからも名残惜しくて、私は自ら訴えていた。ガーランドの口許は緩んでいたから、きっと聞き届けてくれるのだと思う。
 嬉しくて、でも少し恥ずかしくて……私はガーランドの濃紫色の外套に顔を隠したまま、ぎゅっと抱きしめていた。
 ガーランドは外套の上から、私を撫でてくれている。
「……儂もな」
 素っ気なく、だけど確かに私の耳に届いたガーランドの小さな囁きに、私は瞼を閉じて抱きしめる腕に力を込めた。

 今少しの時間だけでも、こうしていたくて──。

 Fin