記憶の行く末

                 2019.5/23

『はるか彼方の夢の向こう側でお前を待っていよう』

はるか彼方より夢を追いかけて……いや、夢を見続けていたのかもしれない。

……お前は私に関するすべてを……忘れてしまうのだろうか──?

 最後の戦いの最中で、私はふと考えた。私はいつも神竜による浄化を受け、お前を忘れてしまう。では、お前は……?
 私は頭を左右に振った。今はそのようなことを考える暇はない。目の前に在るこの男との真の決着をつけねば……。私はいつの間に流していたのだろう、頬に伝わる涙を甲で拭った。戦いに集中しないと、この男に勝利することは能わないのに。この男を縛る時の鎖から解き放つことなど、到底できはしないのに。
 私は目の前の男──ガーランド──を見据えていた。突然涙を流した私をどう捉えたのだろう。ガーランドは巨剣を下ろしていた。
「なにを泣く」
「っ、お前には関係ないっ」
 私は少し焦っていた。この男が私に話しかけることなど、これまでほぼなかったのに……どうして、この局面で──?
 私はハッとガーランドを見上げた。……どうしてだろう。ガーランドは兜を外し、その素の顔を私に晒してきた。
「なぜ……」
「儂にもわからぬ。だが、今……貴様に見せておかねばならぬ。そのように感じた」
「え……?」
 私はこの男の言わんとすることが理解できずにいた。これから勝敗を決する戦いを行うのに、どうしてそのような必要がある? ガーランドはなにを私に求めている? 私は注意深くガーランドを見つめていた。
 ガーランドは巨剣を下げた状態で、まるで戦う意思はないようだった。
「くっ、」
 だが、そのようなことは私には関係ない。私は剣と盾を構えた。そして、重戦車のようなガーランドの巨躯を目掛け、剣を走らせた。しかし……。
「ガーランド……?」
「これでよい……」
 ガーランドは私の一撃を受け、その場に伏していた。私はガーランドのもとに駆け寄った。どうしてこの男がこのような行動に出たのか……。私は知りたかった。
「ガーランド、どうして……?」
「……儂を縛る鎖を断ち切ってくれたこと、礼を言う」
「……⁉」
「在るべき場所へ儂は先に戻る。……お前もすぐに来い。着いた先で……逢おうぞ」
「ガーランド……」
 私は涙を流していた。どうしてそのように言ってくる。正しく導かれた世界の先にあるのは……。
「儂は記憶をなくさぬ。お前を覚えていよう」
これが約束だ……。ガーランドは私の頬を包むように触れ、優しい口付けをしてくれた。鉄の味のする……悲しい口付けだった。私は瞼を閉じ、ガーランドの好きにさせていた。この男の命はもう……永くはない。
「ガーラ……っ、」
 唇が外され、私はようやく紡ぐことが可能になった。しかし、眼を開けると、ガーランドの姿はそこになかった。私は唇に触れた。確かにガーランドと約束の口付けを交わした。私は何度と唇を指でなぞり、はらはらと涙を流した。流れるだけ……涙をこの場所で流し続けていた。

 いつまでも泣いてはいられない。私は神殿をあとにした。神殿を出て、私は驚愕した。
……どうして?
 周囲の光景ががらりと変わっていた。先までは曇天の薄暗い天気のなかで、神殿は立派なものだった。だけど、今は全くの真逆だった。
 空は澄み渡り、太陽はさんさんと森のなかまで光を差し込ませていた。それに、神殿は──。
「……朽ちている。どうして?」
 誰からも捨て置かれ、朽ちた神殿がそこにあった。先までガーランドと戦っていたはずなのに。私はそこで眼を凝らした。
……ここはガーランドの世界なのか?
先に言っていた在るべき場所なのだろうか。私は歩きだした。とはいえ、どこに行けばいいのか……皆目検討もつかない。だけど、私はなにかに導かれるように、ふらりと歩きだした。しばらく歩きつづけた先で、大きな橋に差しかかった。私はそこで、ひとりの男と出逢った。
「……遅かったな」
「ガーラっ!」
どうしてここに⁉ 言いたかったが、言えなかった。男は先までの漆黒の鎧を身に着けておらず、白銀の鎧を今は身にまとっている。それでも……わかる。この男はガーランドだと。兜の中から私を見つめるガーランドの黄金色の瞳は、とても優しいものに感じられた。
 ガーランドは兜を外した。やはり、私の知る男だった。あのときはこのために兜を外し、私に素の顔を見せてくれたのだろうか……考えてしまう。
「あ……」
 だけど、そのようなことは、もはやどうでもよかった。気付けば私はガーランドの逞しい胸の中に閉じ込められていた。痛いくらい強く締められ、互いの鎧から軋むような金属音が響いている。
「約束したであろう。よく迷わずに此処まで来れたな」
「ガーランド……」
「……泣くな」
 ガーランドの大きな指で涙を拭われ、私は安堵から身を預けていた。冷たい鎧しか感じないが、指からは確かにガーランドの体温を感じた。ガーランドはここに在る。それがわかり、私は嬉しくなった。
「儂を縛る鎖はお前が断ち切った。……この世界ではともに在ろうぞ」
「ガーランド……」
 こくり。私は頷いた。私たちはその場で口付けを交わしていた。今度は……鉄の味のしない優しい口付けだった。

 あるべき世界で記憶をなくさず、約束を守ってくれたこの優しい男に……私は──。

 ──了