悪戯する者される者

                2021.10/31

 コーネリア城にある自室にて、ガーランドは執務に追われていた。世間ではハロウィンというイベントが開かれ、本来の由来も無視してコーネリアの町はお祭り一色となっている。
 そんな忙しくある状態のなかで、事務作業をしていたガーランドの元へ、バーンッと大きな音を立てて扉は開かれた。何事かと思い、ガーランドは目にしていた書類から顔を上げた。部屋の入口にはウォーリアオブライト──ウォーリアが立っており、気持ち頬は紅潮している。なにか期待を込めたように眼を潤ませていた。
「trick or treat‼️ ガーランド! どういった悪戯をしてほしい‼️」
 潤ませた瞳に紅潮させた頬は、まるで情事のときを彷彿させてしまう。ガーランドがその厚い胸をときめかせていると、唐突にウォーリアから興奮したような大声で切りだされた。呆気にとられたガーランドはときめかせた胸も冷めるような思いだったが、突拍子もない発言内容はしっかりと耳に入れている。
「なにをいきなり……?」
 しかし、これだけを返すのがやっとだった。ウォーリアはなにか変な悪巧みでもしようとしているのではないか。つい、疑ってしまった。 
 しかし、この流れをガーランドのほうに向けてしまえば、ウォーリアの良からぬ企みも未然に防ぐことは可能になる。考えたガーランドは、一応考えるふりをしてからウォーリアに目を向けた。
「そうだな……」
 思わず視線に意図を含ませてしまったが、ウォーリアは気づいたようだった。くっと嗤うと、ウォーリアは美しい形の眉を寄せて、ガーランドをじっと見つめている。
「……悪戯をしてほしいのか⁉」
 これに驚いたのはウォーリアのほうだった。ガーランドなら、悪戯を阻止するためになにかしら反応があると思っていた。だが、今の言い方では、悪戯を享受するようにも捉えることができる。ウォーリアはガーランドの次の言葉を待つことにした。
「ふむ、お前に悪戯とやらがやれるものならな」
「……」
 これにはウォーリアのほうが困惑した。ハロウィンのイベントに理由に、ガーランドを驚かせるのが目的だった。そのために胸をワクワクとさせ、勢いよく扉を開けて大声を出した。普段のウォーリアからすれば相当らしくない行動により、多少の羞恥も生じている。それなのに、逆に返されてしまい、ウォーリアは口元に指を添えて考えだした。
「そう言われても……おまえにできる悪戯など、咄嗟には思いつかない」
「ほう」
 ウォーリアの室内乱入が思いつきのものであると理解し、ガーランドは苦笑をしていた。それであれだけの表情を見ることができたなら、悪戯としては十分に果たしているのかもしれない。これはガーランドが心の中でこっそりと秘めておくが。
「……では。次の食事のときに、私の嫌いな料理とおまえの好きな料理を入れ替えるとか」
「くだらぬ。好き嫌いなど人前でほざくな」
 あまりにも愛らしいウォーリアの悪戯とやらに、ガーランドの顔はだらしなく緩みそうになっていた。ウォーリアの嫌いなものはガーランドが言われなくても食べてやるが、改めて言われると否定したくなる。
 それに、料理を作る者に対して、先のはかなり失礼な言動だった。そのための窘めだったのだが、どうやらウォーリアには通じなかったらしい。ウォーリアは瞳を揺らしてガーランドを見上げてきた。
「っ、⁉ で、では……ここは騎士団に働きかけて、おまえに数日の休暇を」
「そうではない……」
 ガーランドは思わず顔に手をあて天を仰いだ。ウォーリアの悪戯は、すでに悪戯ではなくなっている。ガーランドを想う気持ちが勝り、本音を伝えている。
 それがわかると、ガーランドはウォーリアをしっかりと抱きしめた。ハロウィンを理由に部屋まではるばるやってきた想い人を逃すはずもない。胸の中にウォーリアを閉じ込めると、じっと見つめられた。
「どうした?」
「これでは悪戯ができない……」
 おずおずと言ってくるウォーリアに、ガーランドは噴きそうになっていた。ここまで愛らしい態度をとられては、ガーランドとしても胸の内より出してやることなどできはしない。
「悪戯なら、儂がしてやろう……存分にな」
「おまえ、しごとちゅ……」
 こういう展開になるとはウォーリアも考えてはいなかった。ちょっとした悪戯を行って、すぐに部屋を出るつもりでいた。ガーランドの仕事の邪魔になるようなことは避けるつもりでいたのに……もう、遅かった。抱きしめ合うと、ガーランドの下腹の異常までウォーリアにはわかってしまう。
「私に悪戯をするのか? あとでどうなるか……わかっているのだろうな」
「ふん。遅延ならいくらでも取り戻せるわ」
 ガーランドが行っていた事務作業は、実はほとんど終わりに近い。そのために、ここで手を休めても問題は生じない。そのことを伝えると、胸の中に閉じ込めたウォーリアの顔はみるみる朱く染まっていった。
 ガーランドに威圧をかけても無駄になり、むしろ誘ってしまったようになっている。ウォーリアはガーランドに抱きしめられたまま、うううと小さく唸った。
「まだ明るい……」
「そうだな。久しぶりに明るい時間にお前を喰らえるのも良きこと。儂に悪戯など考えたこと……これからゆっくりとその身で食らうとよい」
「〜〜っ、」
 明るい部屋の中で、息を潜めるような情事が行われるのはあと数分後──。

 Fin